「時間にルーズ」といえば、遅刻や無断欠勤を繰り返したり、理由なく早退したりする社員をイメージしがち。しかし、これと真逆に、不必要に早く出社したり、理由なく居残り続けたりする社員もまた「問題社員」です。
特に、始業時間より早く会社に来た、いわゆる「早出社員」が、高額の残業代を請求するケースは、慎重な対応を要します。勝手に早く出勤し、タイムカードを押す社員を止められないと、無用な人件費が嵩みます。定時より早く出社し、勝手に朝残業するのを認めたり、対処せず放置したりするのは悪手です。勝手に早出し、早く出勤する人には、注意指導をすべき。更に、改善されず、悪質なら、懲戒処分や解雇も検討しましょう。
今回は、始業時間より早く出社する「早出社員」に残業代を払う必要があるのか、その適切な対応方法を、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 勝手に早出しても、黙認していれば始業時刻前の時間が「労働時間」となる
- 勝手に早出する社員に残業代請求されないため、会社は労務管理を徹底すべき
- 注意に従わずに勝手に早出する社員には、注意指導書を交付して証拠に残す
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勝手に早出しても、朝残業になる
社員が、自ら積極的に、始業時間よりも早く出社してくるケースがあります。例えば「電車が遅れるかもしれない」、「道路が渋滞するかもしれない」など、遅刻の可能性があり余裕をもって出社するケースです。
企業の立場として、「早く会社に来て仕事をするのは良い心掛けだ」と感じるかもしれません。放置して働かせる会社も多いでしょうが、正しい対応とは言えません。「早出」した時間が、「残業」になるおそれがあるからです。このとき、定時より前に来て余分に働いた時間には、残業代が発生します。
労働時間の考え方
労働基準法では、労働時間に対して賃金を支払わなければなりません。賃金の支払いは、会社にとって法律上の義務なのです。このとき、法律上、賃金を払うべき時間を「労働時間」といい、裁判例で「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」と解釈されます(三菱重工業長崎造船所事件:最高裁平成12年3月9日判決)。
労働基準法32条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。そして、労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される。
三菱重工業長崎造船所事件(最高裁平成12年3月9日判決)
使用者の指揮命令下にあるかどうかは、会社が社員に、働くよう明示的に命令した場合が含まれるのは当然のこと。それだけでなく、黙示に業務を命令していると評価できる時間もまた、労働時間に含まれます。つまり、早出して労働していることを認識しながら放置していた場合には、「会社は黙認していた」と評価され、労働時間に加算されます。
労働時間の具体的な基準
どの程度の事情があれば、黙示の業務命令があったと評価できるか、ケースバイケースの判断となります。労働時間に該当するかどうか、事前に予測するには、裁判例の基準を知る必要があります。
早出をした時間が、労働時間に該当するかどうかは、具体的には次の2つの基準で検討してください。
- 社員が、会社で業務をする必要性があったかどうか
- 会社が社員に対し、業務を明示または黙示に命令したかどうか
最終判断は、裁判所が証拠によって決定します。そのため、過去の裁判例をよく知る弁護士に相談するのが有益です。
勝手に早出する社員にも残業代が必要
始業時間より早く出社するなど、勝手に早出する社員が労使トラブルのもととなる大きな原因が、残業代です。勝手に早出する社員にも、残業代が必要となるからです。朝の残業も労働時間になるときには、その時間も加算し、「1日8時間、1週40時間」という法定労働時間を越えると、残業代を支払う義務が生じます。
始業時間より早く出社するのはやる気があってよいことでしょう。しかし、業務をする必要性が全くないにもかかわらず出社しても、その早出は、会社にとって利益を生みません。利益を生まないのに、残業代を支払う義務が生じ、人件費が増えてしまっては、企業経営にとってマイナスです。
1日の早出は数分でも、毎日積み重ねると、相当高額となる危険があります。
「早出は残業ではない」という誤った理解のもと、早出した労働時間を把握していないと、労働者の記録した残業時間に反論ができず、一方的な主張を許すこととなってしまいます。
勝手に早出する社員への対処法
勝手に早出する社員は、その残業を記録し、残業代を請求してくる可能性があるため、注意を要します。このとき、早出している社員を発見したら、企業側がすべき対策を知らなければなりません。
早出が恒常化した社員からの残業代請求は、高額となるおそれがあります。将来の残業代請求のリスクを避けるには、常日頃の対策が必要です。
早出する理由を確認する
まず、始業時間より早く出社してくる社員には、早出の理由を明らかにするよう求めてください。そして、その理由が、業務の必要性に結びつくものなのか、厳しく問い質すようにします。
早出したにもかかわらず、タイムカードを押した後すぐに仕事をせず、タバコを吸ったりコーヒー休憩をしたりといった社員に、業務上の必要性があるとはいえません。したがって、社員に理由を確認するだけでなく、早出して働いていたかどうかを、客観的な証拠に残す努力が必要となります。
例えば、次のものが証拠になります。
- 監視カメラの映像
- 上司、同僚の証言
- 早出を禁止する旨の貼り紙
- 注意指導書
「仕事をしていない」「黙認していない」という証拠をしっかり残しておかないと、裁判所はタイムカードを重視する傾向にあり、社員が出社した時間をもって労働を開始したと評価される傾向にあります。
労務管理のため「早出して他の社員を管理、監督する」という理由は、始業より早く出社する正当な理由です。
ただ、管理、監督の業務を担う社員は、管理監督者(労働基準法41条2号)であり、時間外労働の対象外で、残業代が生じないのが原則です。
必要なく早く出勤する人には注意をする
始業時間より早く出社することに、「業務上の必要性がない」と判断したら、始業時間ちょうどに出社するよう、注意指導します。注意を怠り、早めの出勤を放置していれば、会社は黙認していたこととなります。黙示の命令によって労働時間になっていたと主張され、残業代を請求されても仕方ありません。
口頭での注意でも、勝手な早出が止まらないときには、注意指導書を交付し、改善を促すようにします。次のような注意指導書が、早出を黙認せず厳しく注意した証拠となります。
注意指導書(早出残業の禁止)
XX部XX課
〇〇〇〇殿
20XX年XX月XX日
株式会社YYYY
代表取締役〇〇〇〇
本年XX月XX日より、貴殿が、始業時間(午前9時)より1時間以上早い時刻から出社していたことは、当社タイムカードの記録より明らかです。しかし、当社として、貴殿が早出する業務上の必要性はないと判断しました。したがって、明日より、始業時間に出社して業務を開始するよう指導します。
必要なく始業時間より前に出社しても、賃金の発生する労働時間とは評価されないのをご理解ください。担当する業務の状況によって始業時間前に出社の必要があると考えるときは、就業規則に従い、所属長に残業申請書を提出し、許可を得るようにしてください。
今後も不必要な早出を繰り返し、改善の余地が見られない場合は、懲戒処分を含めた厳しい処分を下す可能性もあるので、くれぐれも注意してください。
以上
業務を指示するときは残業代を意識する
会社が、あえて始業時間よりも早くきて業務をするよう指示せざるを得ないこともあります。このときに注意すべきは、やはり残業代です。長く働かせるならば、その分の人件費が発生することを理解し、それに見合った業務の必要性があるかどうか、よく検討した上で業務を指示しなければなりません。
「残業」という文字からイメージされるように、終業時間を超えて残った時間が残業なのは当然ですが、始業時間より前に働いた時間もまた、残業になると理解するのが大切です。早出残業を勝手にする社員は、残業への意識が強い可能性があります。トラブルを招かないよう、会社側で注意をしなければなりません。
懲戒処分、懲戒解雇にできる?
以上のとおり、会社の許可を得ず、勝手に早出する社員には、厳しい対応が必要です。会社内で、社員に下される処分のうち、最も厳しいのが懲戒解雇です。とはいえ、懲戒処分や、そのなかでも厳しい懲戒解雇による制裁を下すかどうかは、慎重に検討しなければなりません。
懲戒処分は、客観的に合理的な理由があり、社会的に相当な場合でなければ、不当処分となります。懲戒解雇が労働者に与えるダメージは非常に大きく、その違法性は裁判所でも特に厳しく評価されます。
勝手に早出することに問題があるとはいえ、やる気や努力の表れであるようなとき、残業代のリスクがあるからといって厳しすぎる制裁を下すべきではありません。
厳しすぎる制裁は、労働者から訴えられて違法となるリスクのほか、社内のモチベーションを下げ、やる気のある他の社員の士気を低下させる危険もあります。
まずは、前章の通りに早出の理由と必要性を確認し、注意指導することから始めてください。あわせて、社員にルールを守らせたいなら、会社もまた、労務管理を徹底する努力を怠ってはなりません。
早出社員に対抗するために労務管理を徹底する
勝手に早出する社員がいるときに、適切に注意、指導し、無用な残業代請求を避けるには、会社としても労務管理を徹底しなければなりません。
労働時間の把握は、労働安全衛生法の改正により、2019年4月から会社の義務となりました。以前より、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」によって客観的な把握が推奨されていましたが、法律上の義務となったことにより、労務管理の必要性は更に増しています。
労働時間の把握は、客観的な方法によって行うのが義務とされており、具体的には次の方法が挙げられます。
- 労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、適正に記録すること
- 労働者の自己申告ではなく、客観的な記録(タイムカード等)に基づくこと
- 労働者の自己申告と客観的記録に乖離があるときは実態調査と補正をすること
労働者の、労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、記録に残しておかなければ、不必要な早出を理由に残業代を請求してくる「問題社員」に対抗できません。昨今は、タイムカードより便利に労働時間を把握できるクラウドサービスや、GPSを併用して正確に把握する方法もあります。メールの送受信、パソコンのログ履歴などから、始業・終業時間を記録できるサービスも充実しています。
早出社員の対策のため、会社の業務内容や労働時間の状況に合わせて、より正確に労働時間を管理できるシステムを導入することが、対策の鍵です。
まとめ
今回は、会社に無断で、勝手に早出する社員の対処法を解説しました。
例えば、毎日きっちり1時間早く出社するといった態様は、適切な早出でない可能性が高いです。毎日早出が必須なほど仕事がありはしないでしょうし、もし仕事が忙しいとしても、きっちり1時間早いなら、いわゆる「残業代稼ぎ」の可能性が高いと言えるからです。企業として、適切に対処し、適正な人件費に抑えなければなりません。
「早出社員はやる気がある」として放置し、「無償で働いてくれて助かる」などと甘く見ていては、後に残業代を請求され、思わぬダメージを食らうこととなります。勤怠管理、労務管理に不安のある会社は、リスクの少ない体制を構築するために、ぜひ弁護士に相談ください。
- 勝手に早出しても、黙認していれば始業時刻前の時間が「労働時間」となる
- 勝手に早出する社員に残業代請求されないため、会社は労務管理を徹底すべき
- 注意に従わずに勝手に早出する社員には、注意指導書を交付して証拠に残す
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