入社のプロセスは、労働者の応募に始まり、採用面接などの選考を経て、内定に至ります。
内定の段階は、就労が開始していなくても既に密接な法律関係が成立しており、企業側からは対応に関する法律相談が多く寄せられます。内定者の処遇を検討する際に「入社前から就業規則が適用されるか」は重要なポイントです。「入社前に就業規則を確認したい」「入社していないのに会社のルールに従う必要があるのか」と質問され、トラブルに発展するケースもあります。
内定は、法的には「始期付き解約権留保付き雇用契約」と位置付けられ、この段階で既に労働契約が締結された状態であることを意味します(ただし、入社までは就労義務は生じず、会社が社員の行動を制限するにせよ、一定の限界があります)。
今回は、入社前の内定者に、会社の就業規則がどのように適用されるか、開示する必要があるかについて、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 入社前でも、内定が成立した段階で、就業規則が適用されるのが原則
- 内定者は就労義務を負わないので、就労を前提とした条項は適用されない
- 就業規則の適用の有無にかかわらず、内定取り消しは違法となるおそれがある
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入社前の内定者の法的地位
内定とは、会社が労働者に対し、将来の入社を前提に労働契約を締結することです。
内定に至った時点で、労働契約そのものは成立しているものの、実際の勤務(就労)はまだ始まっていない状態です。採用から内定に至る流れは、次のようなプロセスで進みます。
- 労働者からの応募
- 選考(書類審査、面接、筆記試験など)
- 内定(内定通知書の交付と内定者の受諾)
- 雇用契約書の締結(雇用契約書、身元保証書、誓約書などの作成)
- 入社・就労開始
内定は、企業が労働者に対して「内定通知書」などの書面の交付により、労働契約を結ぶ意思を明確に伝える行為です。法的には、労働者が行った応募という意思表示に対し、企業がこれを受諾することで労働契約が成立します。したがって、内定通知書を交付することをもって労使の合意がなされ、労働契約が成立することとなります。
内定はあくまで入社前なので、「まだ準備中の状態」と誤解されがちです。しかし、法律上は、内定の時点で既に、労働契約は成立しています(ただし、就労義務は、入社日から生じます)。このように「就労は将来の入社時となること」「それまでの間、会社から解約(内定取り消し)があり得ること」などの仕組みなので、法的には「始期付き解約権留保付き雇用契約」と呼ばれるのです。
入社前の内定者に就業規則は適用される?
入社前の内定者は、既に労働契約を締結した社員ですが、就労義務は負いません。
この特殊な状況にある内定者に、入社前から就業規則が適用されるのか(適用される場合に全部なのか、一部なのか)といった点を解説します。
入社前の内定者にも就業規則が適用されるのが原則
就業規則とは、会社全体に適用されるルールを定める規程です。
多くの就業規則は、冒頭に「適用範囲」が定め、「本規則は、当社に雇用される従業員に適用する」など記載されます。つまり、就業規則は「社員」「従業員」への適用が前提となっています。
「いつから『社員』『従業員』なのか」は、就業規則に明記されないことも多いですが、法的には、内定段階で「始期付き解約権留保付き労働契約」という特殊な契約が成立すると解されます。したがって、内定者も、法的には労働契約の当事者であり、就業規則が適用されるのが原則です。
就業規則が適用される場合、労働契約法により、主に次の効果が生じます。
部分的に適用されない場合がある
入社前の内定者について、就業規則の全てが一律に適用されるわけではありません。
内定者は、確かに労働契約を締結した状態ではあるものの、入社前なら、まだ就労義務が発生しておらず、就業規則の適用範囲にも限界があります。そのため、内定者には、就業規則のうち就労を前提としない規定のみが適用されると考えるのが適切です。
【内定者にも適用される条項(就労を前提としない部分)】
- 企業秩序の維持に関する義務(社外での言動も含む)
- 会社の名誉、信用を保持する義務
【内定者に適用されない条項(就労を前提とする部分)】
- 勤務時間、休憩、休日などの労働時間に関する規定
- 業務命令への服従義務
- 賃金の支払に関する規定
特に、新卒内定者の多くは学生であり、学業との両立が重要です。学業に支障のある業務命令は不適切で、就業規則に根拠が定められていても、内定者に従う義務はないと考えるべきです。使用者としても、「就業規則が適用されるから」といって、形式的に内定者を強く拘束しようとすれば、企業に対する信頼を損ね、将来の入社意欲を低下させるおそれがあります。
入社前の内定者に就業規則を開示する必要があるか
入社前の内定者にも、就労を前提としない範囲で就業規則が適用されると解説しました。
裏を返せば、内定者にとっても、自分に適用される就業規則の内容を知っておく必要があることを意味します。以下では、内定者から「就業規則を見せてほしい」と求められた際、会社としてどのように対応すべきかについて解説します。
就業規則を周知しなければ無効となる
そもそも、就業規則は、労働者に周知していなければ無効となります。
労働契約法7条は、「使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合」に限って、その規則が労働条件として有効になると定めます。また、労働基準法89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業場では、労働基準監督署への届出を義務付けています。
したがって、周知していないと、就業規則は効力を有しません。
入社前の内定者に開示する方法
たとえ入社前でも、内定者は、既に労働契約を締結した「社員」「従業員」の立場にあります。そのため、就業規則が適用されることを前提に、周知を図る必要があります。特に、内定者から「就業規則を確認したい」と求められた場合は、誠実に応じなければなりません。
入社前の内定者に就業規則を開示する方法は、以下の通りです。
- 内定通知書と共に、就業規則の写しを交付する。
- 入社前に、就業規則の写しを提供して確認させる。
- 会社のウェブサイトに掲載し、自由に閲覧できる状態にしておく。
就業規則の周知は、本来、事業場への備え置きによって行いますが、入社前の内定者の場合にはオフィスに来て確認することは現実的ではありません。したがって、郵送や電子的な方法、面接時の交付などによって対応するのがよいでしょう。
労働基準法15条は、会社に対し、入社時に労働条件を明示する義務を課しています。
多くの企業は、雇用契約書や労働条件通知書に「詳細は就業規則による」などと定めており、入社時に就業規則の内容を確認できなければ、法律上の労働条件の通知義務すら不十分になるおそれがあります。
内定者からの開示の要求に対し「入社後に見せるから」といった対応も不適切です。
就業規則は、そもそも会社のために作成するものです。内容に不備があることを懸念したり、開示することで内定辞退に繋がることを恐れていたりするなら、適切な就業規則が作成できておらず、労務管理が不十分となっているおそれがあります。
適切な就業規則をあらかじめ整備し、内定の段階から誠実に開示することで、内定者の信頼を集め、正しい労務管理をスタートする第一歩を踏み出しましょう。
内定の取り消しは労働法で制限される
企業が一度内定を出した後、会社の都合で撤回することを「内定取り消し」といいます。
内定は、法的には既に労働契約が成立した状態(始期付き解約権留保付き労働契約)なので、その取り消しは、会社が一方的に労働契約を解約することを意味します。つまり、内定取り消しは、法的には解雇と同じ性質であり、内定者も労働法による保護の対象となります。
解雇は、解雇権濫用法理によって制限されるため、内定取り消しについても同様に、以下の制限を受けることとなります。
- 労働契約法16条
客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当でない場合、違法な内定取り消しであり、無効となる(解雇権濫用法理)。 - 労働基準法20条
解雇の30日前に予告するか、不足する日数分の手当を支払う必要がある。 - 労働基準法22条
労働者が求める場合は、解雇理由を書面で通知する必要がある。
労働基準法は、労働者保護のための最低限のルールです。
そのため、労働基準法に反する就業規則を定めても無効となります。したがって、入社前の内定者に就業規則が適用されるかどうかにかかわらず、内定取り消しは厳しく制限されます。安易に取り消しを行えば、不当解雇として争われる危険があるので、注意が必要です。
「解雇通知書」の解説

まとめ

今回は、内定者に、就業規則が適用されるかどうかについて解説しました。
結論として、入社前の内定段階に過ぎない人も、既に労働契約を締結済みの状態であり、社員に対して適用される就業規則により、一定の制約を加えることができます。そして、その裏返しとして、「就業規則を見せてほしい」という内定者の求めにも応じる必要があり、写しを交付するなどして内容を確認させる必要があります。
一方で、入社前はまだ、労働を命じることはできません。
そのため、適用されるのは就業規則の「一部」に限られ、就労を前提とする条項は適用されないと考えます。内定者は「入社前の準備段階」として軽視されがちですが、可能な限り、社員と同等の扱いをすべきである点には注意を要します。
内定者の処遇についてお困りの会社は、ぜひ弁護士に相談してください。
- 入社前でも、内定が成立した段階で、就業規則が適用されるのが原則
- 内定者は就労義務を負わないので、就労を前提とした条項は適用されない
- 就業規則の適用の有無にかかわらず、内定取り消しは違法となるおそれがある
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