うつ病をはじめとする精神疾患にかかった社員は、生産性や業務効率の悪化、更には休職を余儀なくされるなど、業務に大きな支障となります。そのため、企業としては、精神疾患を抱える人の採用には慎重にならざるを得ないのが実情でしょう。
うつ病をはじめとする精神疾患により業務遂行が困難な応募者は、採用面接で見抜ければ、採用を見送ることが可能です。長期的な療養を要するケースも多く、完治は難しいため、既往歴のある人についても採用を控えたいのが本音でしょう。
しかし、企業に「採用の自由」が認められるとはいえ、差別的な取扱いは法律上許されません。そして、採用差別を防ぐ観点から、差別の原因となり得る事情は、面接で質問すること自体が問題となる場合もあります。うつ病やその他の精神疾患の既往歴は、極めてセンシティブな個人情報に該当し、慎重な取扱いが必要です。
今回は、採用面接で、うつ病や精神疾患など、健康状態について質問できるか(回答を強制できるか、虚偽の回答に制裁を下せるか)、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 精神疾患などによって業務に支障があるかは、採用面接で見抜く必要がある
- 精神疾患や健康状態について、就業に配慮を要するのであれば質問が可能
- うつ病など、採用差別に繋がりやすい事情は、要配慮個人情報として扱い
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採用判断に必要な質問は可能
企業には「採用の自由」が認められており、どの求職者を採用するか(あるいは採用しないか)、その際の労働条件をどのように設定するかについて、自由に決めることができます。
この採用の自由の原則は、裁判例(三菱樹脂事件:最高裁昭和48年12月12日判決)においても、次の通り明確に示されています。
自己の営業のために労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができる。
三菱樹脂事件:最高裁昭和48年12月12日判決
採用の自由の裏返しとして、採用判断にあたって必要とされる情報については、採用面接の場で質問できるのが原則となります。調査や質問によって正確な情報が得られなければ、採用の自由そのものが、実効性を欠くことになってしまいます。
ただし近年では、個人情報保護の重要性も強く認識されています。
これに伴い、企業の情報取得にも一定の制約が課されます。個人情報保護法は、「要配慮個人情報」として、特に慎重な取り扱いが求められる情報を定義しています。
要配慮個人情報とは、本人の病歴をはじめ、不当な差別や偏見など、不利益が生じるおそれのある情報であり、取得には原則として本人の同意が必要です。うつ病や精神疾患の既往歴は、「採用されづらくなる可能性がある」という点で、要配慮個人情報の典型例であると考えられます。
就業上の配慮を要する健康状態については質問可能
以上の通り、うつ病などの精神疾患について「現在治療中か」「過去にかかったことがあるか」といった質問は、差別に繋がるおそれがあるので慎重な配慮を要します。企業にとっては重要な情報でも、労働者にも人権があり、それに基づく制約があるからです。
企業にとって採用面接は万能ではなく、法律の枠内で、適切な範囲に留まる形で質問を工夫する必要があります。病気や健康状態に関する質問が全て禁止されるわけではなく、質問の仕方や意図次第では、むしろ積極的に尋ねるべき場合もあります。
特に、就業上の配慮を要する健康状態は、採用面接の段階で質問を行い、あらかじめ把握しておくことが大切です。例えば、以下のようなケースが考えられます。
- 妊娠中であり、担当できない業務がある。
- 時間外労働(残業)を制限すべき。
- 持病等によって移動や転勤を伴う業務が制限される。
- ストレス耐性に不安があり、接客やクレーム対応が困難である。
医師の診断に基づいて配慮が必要とされるなら、積極的に健康状態を質問すべきです。
むしろ、採用面接の段階で健康状態を確認しなければ、入社後の配慮が不足し、健康状態をますます悪化させるリスクがあります。場合によっては、企業が労働者に対して負っている安全配慮義務への違反ともなりかねません。
したがって、「業務に支障を及ぼす病気や健康上の制約があるか」という観点から、面接で質問を積極的に行うべき場面があります。うつ病などの精神疾患も、就業における配慮を要するケースが多く、質問して確認するのが適切なことがあります。
なお、質問に回答がなかったり、故意に隠したりしたことで適切な配慮を行えなかった場合は、企業が責任を問われることはありません。
うつ病・精神疾患などの健康状態を質問する際の注意点
以上の通り、うつ病や精神疾患などの質問を行うハードルは高いと理解すべきです。
精神疾患の既往歴は、応募者にとってセンシティブな情報で、「伏せておきたい」と考えるのが通常です。同意を得て情報を引き出すのは容易ではなく、無理に開示させることも許されません。
したがって、就業に影響する健康状態について情報を得るには、採用面接における質問に工夫を凝らす必要があります。
業務上の必要性を明確にして質問する
採用面接において企業が健康状態を確認するのは、「業務を支障なく遂行できるか」を見極めるためです。労働者が、企業に対して「労務を提供する義務」を負う以上、その義務を履行できる健康状態にあるかを調査し、確認することが、採用時の重要な判断材料となります。
したがって、うつ病などの精神疾患が、労務提供に支障を生じさせる場合、一定の範囲で健康状態を確認することが認められます。
ただし注意点として、現在の労働能力に直接影響しない既往歴についてまで質問すると、プライバシーの侵害や差別となるおそれがあり、違法と判断される可能性があります。
質問の仕方を工夫する
うつ病などの精神疾患は、採用差別の原因となりやすいため、業務上の必要があったとしても単刀直入な質問は避けるべきです。要配慮個人情報に該当するため、医師の診断書の提出を求めるなど、踏み込んだ健康状態を確認しようとすれば、労働者の同意を要します。
このような制約の中でも、採用面接における質問の仕方を工夫すれば、健康状態やストレス耐性を知ることができます。例えば、以下のような質問項目が挙げられます。
- 前職の退職理由
- 過去に休職したことがあるか
- 職歴に空白がある場合、その過ごし方
- 短期間で転職を繰り返している理由
- 社内の人間関係についてのエピソード
- ストレス耐性を確認するための質問
- 仕事のストレスの解消法について
これらの質問は、うつ病や精神疾患そのものに直接言及していないものの、応募者の就業適性やストレス耐性、職場環境への適応力を総合的に確認することができます。
「現在うつ病か」「通院中かどうか」といった直接的な質問には本人の同意を要しますが、病気の有無に固執するのではなく、総合的に労働能力を確認するのが重要なポイントです。
要配慮個人情報として取り扱う
応募者から得られた健康状態に関する情報は、要配慮個人情報として扱うべきです。
本人の同意により取得した情報でも、社内で不用意に共有されたり、社外に漏洩されたりすることは決してあってはなりません。応募者にとっては、採用のためにやむを得ず開示した情報であって、「他人には知られたくない」と考えるのが当然です。
また、健康診断の結果を提出させた場合も、その診断書は要配慮個人情報として扱います。うつ病やその他の精神疾患の既往歴は、誤った扱いをされると採用差別に繋がるリスクが高く、企業としても、情報管理体制を慎重に整えるべきです。
質問の回答を拒否された場合の対応
以上の通り、採用面接においてうつ病など精神疾患の有無を確認する場合、労働者の同意を必要とするのが原則です。仮に質問が可能な範囲でも、回答を強制することはできません。
同意とは、自発的で、真意に基づくものです。企業が無理に回答を迫ったり、「質問に答えないなら不採用にする」といった不利益を示すのも、問題ある強要行為といえます。そのため、採用面接において質問への回答を拒否された場合でも、それを理由に直ちに不採用とするのは差別的な扱いとみなされるおそれがあります。
とはいえ会社としても、うつ病だったり既往歴があったりといった懸念のある人を、疑いのあるまま採用する気持ちにはなれないでしょう。むしろ、回答を拒否する人ほど、健康上の問題を抱えている可能性が高いと考えられるケースもあります。
最終的には、会社には「採用の自由」があります。
質問への回答(あるいは、無回答)を含め、総合的に判断して採否を決めることは、直ちに違法となるわけではありません。
うつ病などの精神疾患に関する質問や、回答が得られなかった場合の対応は、非常に難しい問題なので、労務に精通した弁護士に相談しながら進めることをお勧めします。
採用面接で健康診断の結果を取得できるか
最後に、採用面接の段階で、健康診断の結果を取得できるかについて解説します。
入社時の健康診断は企業の義務ですが、多くの企業にとって「できれば採用前に健康状態を把握したい」というのが本音でしょう。精神疾患は再発率が高く、完治が難しいことも多いので、転職後も再び休職を繰り返すケースもあります。
入社前の健康診断は必要性ある範囲で認められる
健康診断を受診し、その情報を会社に提供するのは、労働者にとって大きな負担です。そのため、業務において健康診断を実施する必要性がなければ、違法となる可能性が高いです。
「必要性」は、検査の内容、対象や項目ごとに判断すべきであり、業務に必要な範囲を超えた幅広い検査は許されません。裁判例(B金融公庫事件:東京地裁平成15年6月20日判決)は次の通り、採用時に実施した健康診断の必要性を認めながら、B型肝炎ウィルスの感染について調べた点は違法であるとし、会社に損害賠償を命じました。
企業が、採用にあたり、労務提供を行い得る一定の身体的条件、能力を有するかを確認する目的で、応募者に対する健康診断を行うことは、予定される労務提供の内容に応じて、その必要性を肯定できる。
B金融公庫事件(東京地裁平成15年6月20日判決)
この裁判例では、健康診断の実施自体は業務に応じて許容される一方で、検査項目に過度なものが含まれていた場合は違法とされることを示しています。
したがって、うつ病などの精神疾患に関する検査を実施するなら、その必要性があるかどうかを慎重に検討する必要があります。
入社時の健康診断は会社の義務
一方で、入社時の健康診断は、労働安全衛生法に基づく企業の義務です。
企業は、入社後速やかに健康診断を実施し、その結果を記録・保存し、労働者に通知しなければなりません。この義務は、労働者の健康状態を把握し、職場における健康管理や安全配慮に活用することを目的としています。
そのため、入社時の健康診断では、労働者の同意を得なくても、健康保険組合などの外部機関から結果を取得できます。また、検査項目は法律で定められており、応募者の差別には繋がりづらい性質があります。
まとめ

今回は、うつ病などの精神疾患を抱えているか、採用段階で見極める方法を解説しました。
採用面接において健康状態に関する質問が許されるなら、質疑応答を通じて応募者の精神疾患を見抜くことができます。また、虚偽の申告をして入社した応募者は、懲戒処分をはじめとした制裁の対象とすることができます。
しかし一方で、うつ病などの精神疾患に関する情報は、非常にセンシティブな個人情報であり、面接時の質問には細心の注意が必要です。質問が許されるのは、あくまで業務遂行能力と直接関連する範囲に限られ、差別に繋がる質問は許されません。したがって、採用面接での質問には、一定の制約があることを十分に理解して対応すべきです。
採用活動において、労働法を遵守した適切な対応に不安のある企業は、トラブルを未然に防ぐため、ぜひ一度弁護士に相談してください。
- 精神疾患などによって業務に支障があるかは、採用面接で見抜く必要がある
- 精神疾患や健康状態について、就業に配慮を要するのであれば質問が可能
- うつ病など、採用差別に繋がりやすい事情は、要配慮個人情報として扱い
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