取締役は、企業経営の中核を担う重要な役職であり、「役員」とも呼ばれます。
取締役の選任は、株主総会の決議で行われ、その結果は法務局で商業登記に反映させる必要があります。取締役は企業にとって重要な存在なので、選任の手続きには、法律に基づいた厳格なルールが定められています。
会社法における「所有と経営の分離」の原則により、会社は株主が所有しますが、実際の経営は、株主から委任を受けた「取締役」が行います。事業の拡大や経営体制の強化のためには、会社にとって重要な人物を取締役に追加し、経営に関与させることは不可欠です。取締役の選任手続きは、新任の場合はもちろん、再任や役員の追加・変更の場合にも必要となります。
取締役に選任された者は、専門的な知識と経験を活かし、経営層としての活躍が期待されます。また、対価として報酬が支払われ、企業経営に対する責任を明確にすることができます。
今回は、取締役を選任する手続きや注意点について、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 取締役を選任する手続きは「株主総会決議→就任の承諾→登記申請」の流れ
- 少数派株主の保護などの目的を果たすため、特殊な選任方法もある
- 取締役を選任する手続きでは、員数や任期、欠格事由に違反しないよう注意
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取締役を選任する手続きの流れ
まず、取締役の選任手続きについて、具体的な手順を解説します。
株式会社では、必ず取締役を選任する必要があります。取締役の人数についても、少なくとも取締役会設置会社なら3名以上、取締役会非設置会社なら1名以上と会社法に規定されています。この規定に従い、最低人数以上の取締役を選任しなければなりません。
以下では、取締役を選任する際の基本的な流れと、それぞれの手続きについて詳しく解説します(「取締役の特殊な選任方法」については次章)。
株主総会による選任決議
株主総会における取締役の選任決議は、「普通決議」によります。つまり、総株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、その議決権の過半数の賛成をもって決議することを要件とします。
なお、定款で決議要件を変更することも可能ですが、取締役選任の重要性からして、決議要件の緩和はできず、過半数を上回る割合に引き上げる変更に限られます。定足数の変更も、総株主の議決権の3分の1以上の出席を要することが求められます。
就任の承諾
株主総会の選任決議は、会社の判断として取締役を選んだに過ぎず、その後に、選ばれた本人が取締役に就任することを承諾する必要があります。
就任承諾の意思を明らかにするために、「就任承諾書」を作成し、取締役となる人に押印してもらいます。この書類は、会社設立時や登記変更時に、法務局への提出書類として必要になります(なお、定款に設立時取締役の定めがあるときは、就任承諾書は不要)。
取締役とは、株主から経営を委任されるポジションであり、会社と取締役との関係は委任契約となります。その委託条件や責任を明らかにするため、委任契約書(取締役業務委託契約書)を締結する必要があります。
役員就任登記の申請
以上の手続きによって取締役が就任したら、その旨を法人登記に反映する必要があります(役員就任登記)。具体的には、本店所在地を管轄する法務局に対し、就任の日から2週間以内に申請を行います。
登記申請における提出書類は、例えば次の通りです。
- 株主総会議事録
- 株主リスト
- 就任承諾書
- (取締役会設置会社の場合)取締役会議事録
- (代理人が申請する場合)委任状
- (代表取締役の選任する場合)就任承諾書に実印・印鑑証明書
- 登録免許税として、1万円分の収入印紙
なお、商業登記規則の改正により、平成27年2月以降は、役員の変更登記申請時に本人確認書類の添付が義務付けられています。具体的には、住民票・運転免許証・マイナンバーカードのいずれか1点の写しを添付し、「原本と相違ない旨」を記載して署名または記名押印する必要があります。
取締役の特殊な選任方法
以上の原則的な選任手続きに対して、特殊な選任の方法もあります。
特殊な選任方法は、少数派の保護、出資者の利益の確保や、緊急時の対応といったそれぞれの目的から設けられています。
累積投票
累積投票による取締役選任は、少数派の株主を保護するために設けられた手続きです。
通常の選任方法では、多数派の株主の意見が優先され、取締役全員が多数派によって選ばれることになりがちですが、これでは、少数派の意見が反映されづらくなってしまいます。
通常の選任方法だと、複数の取締役を選任する場合も、株式1株につき1議決権とし、1人ずつ順番に決めます。この方法は、多数派の株主の意見が通りやすく、その結果、取締役全員が、多数派の意見を反映した選任となってしまいます。
累積投票では、各株主の有する1株につき、選任する取締役の人数分の議決権が与えられ、その議決権をある候補者に集中して投票することも、複数名に分散して投票することも可能とされます。
これにより、少数派の株主でも、自身の議決権を全て同じ候補者に投票すれば、その利益を代表する取締役を選任する可能性を残すことができます。
なお、累積投票の制度は、定款で「採用しない」と定めることも可能です。つまり、企業ごとに、累積投票が適用されるかどうかが異なるので、事前に確認が必要です。
種類株主総会による選任
種類株主総会とは、種類株式を発行する会社で行われる、その特定の種類株式を有する株主のみが参加する株主総会のことです。非公開会社では、定款の定めにより、取締役の選任について内容の異なる種類株式を発行することができます。
例えば、一定の取締役について、種類株主総会の議決によって選任できると定める方法です。
この方法は、種類株式を保有する株主の意見のみを反映した役員を選任可能とする意味があります。実際に活用される場面としては、ベンチャーキャピタル(VC)などの出資者に取締役1名を選任する権限を与えるケース、重要な出資者の意見を取締役選任に反映させたいケースなどがあります。
種類株主総会で選任された取締役を解任する権限は、その種類株主総会の決議にのみ帰属します。
補欠取締役の選任
補欠取締役とは、現在の取締役が辞任や死亡によって欠員となった場合に備えて、あらかじめ選任しておく取締役候補のことです(会社法329条3項)。
取締役が欠員となると、企業の経営に支障を来すおそれがあります。また、会社法では、取締役の員数が不足するとき、欠員のまま新たに選任しないと100万円以下の過料の制裁を下されるおそれもあります(会社法976条22号)。このような不都合を回避するためにも、補欠取締役を選任しておくことが有効です。
補欠取締役の選任の効力は、その決議の後、最初に開催される定時株主総会の開始の時までが原則とされますが(会社規則96条3項)、定款で任期を伸長することも可能です。
一時取締役の選任
一次取締役とは、辞任・解任・死亡などによって取締役に欠員が生じたとき、一時的にその職務を行う者として裁判所により選任される取締役のことを指します(会社法346条2項)。
一時取締役は、利害関係人の申立によって、裁判所が必要と認めた場合に限って選任されます。株主総会ではなく、裁判所の判断で行われ、報酬についても裁判所が決定します。
通常、取締役が任期満了や辞任をした場合、新たに選任されるまでは退任した取締役が職務を継続します。しかし、役員は重要なポジションなので、辞めることとなった人にそのまま任せておくのは不都合なケースもあり、その場合に、一時取締役の選任を裁判所に申し立てるのが有効です。
取締役を選任するときの注意点
最後に、取締役を選任するときに注意すべきポイントを解説します。
取締役の員数
旧商法では、株式会社は3名以上の取締役を選任することが義務付けられていました。しかし現在はこのルールは撤廃され、会社組織の構成によって必要な人数は変わります。
- 取締役設置会社の場合:取締役は3名以上
- 取締役非設置会社の場合:取締役は1名以上
つまり、取締役非設置会社である中小規模の会社では、取締役は1名のみ(役員は社長のみ)という形でも構いません。
また、会社法に反しない限り、定款で取締役の員数の上限・下限を設定することも可能です。選任数を変更するときは、員数の制限がないか、定款を確認してください。定款で定めた範囲を超えた人数を選任する場合は、あわせて定款変更の手続きを要します。
取締役の任期
取締役の任期は、原則として選任から2年です。
具体的には、会社法において「2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」と定められています。任期が到来すると取締役は退任となり、再任されない限り取締役の地位を失い、その後は職務を行うことはできません。
取締役の任期は、定款または株主総会の決議で変更できます。非公開会社では、最長10年まで延長することが可能です(公開会社では、任期の短縮は可能ですが、延長はできません)。
取締役を増員する場合は、任期を「既に選任された取締役の残存任期と同一」とし、再任の時期を合わせるケースがよくあります。
取締役の任期を長くすると、頻繁に再任決議をする手間が省けるメリットがある一方、不都合な取締役を任期満了によって退任させられないデメリットがあります。
社内の活性化と、必要な人員の選任のために、任期を1年に短縮するケースも多く、メリット・デメリットを比較し、会社の目的に合った任期を設定することが重要です。
取締役の欠格事由
会社法では、一定の事由に該当する者は、取締役の資格を認めらず、取締役に就任できません。これを「欠格事由」といいます。
主な欠格事由は、次の通りです。
- 法人(会社法331条1項1号)
取締役は自然人に限られ、法人は就任できません。法人を役員にすると、経営責任の所在が不明確になってしまうからです。 - 一定の罪を犯して刑罰に服する者(同法331条1項3号)
企業運営に不適切な法違反により、罰則を受けた者と、その執行を終わった日(又は執行を受けることがなくなった日)から2年を経過していない者は、取締役になれません。(例:会社法、金融商品取引法、民事再生法、破産法、会社更生法、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律などへの違反) - 禁固刑に処せられた者(同法331条1項4号)
上記以外の法律に違反して禁錮以上の刑を受けた者も、執行が終わるまで又はその執行を受けることがなくなるまでの間(執行猶予中を除く)は、取締役に就任できません。
令和元年の会社法改正以前は、成年被後見人・被保佐人であることも、欠格事由とされていましたが、成年後見人制度の利用が阻害されるとの理由から、令和3年3月1日施行の法改正により、現在は欠格事由ではなくなりました。ただ、欠格事由ではないものの、成年後見人などを取締役に就任させるには、一定の制限があります(会社法331条の2第1項、2項)。
- 成年被後見人を取締役にする場合
後見人が、被後見人の同意に基づいて就任の承諾を行う必要があります。 - 被保佐人を取締役にする場合
被保佐人の同意が必要です。
その他、会社法に違反しない範囲であれば、取締役の欠格事由について、定款で独自の制限を設けることも可能です(例:年齢制限、特定の地域の居住者に限るなど)。ただし、差別に基づく制限など、不合理な理由によるものは無効とされるおそれがあります。裁判例には、取締役を日本人に限定する定款の効力を認めた例(名古屋地裁昭和46年4月30日判決)があります。
なお、公開会社においては、取締役の資格を株主に限定する旨の定めを置くことはできません(会社法331条2項)。
まとめ

今回は、取締役を選任する手続きについての法律知識を解説しました。
取締役をはじめとした役員は、企業経営において非常に重要なポジションです。取締役の選任手続きは、新たな人材を迎える場合だけでなく、退任した取締役の後任を決めたり、経営体制の強化のために役員を増員したりする場面でも必要な手続きです。このような場面に備え、選任の流れを正しく理解しておくことが大切です。
選任手続き自体は決して複雑ではないものの、必要なステップを正確に踏み、全体のスケジュールを把握すべきです。一定の準備期間を要するので、余裕をもって着手しなければ経営に支障を来すおそれがあります。手続きを誤ると選任が無効となるリスクもあるので注意してください。
経営陣の体制を盤石なものとするためにも、顧問弁護士によるアドバイスを得ながら、確実に手続きを進めることが重要です。
- 取締役を選任する手続きは「株主総会決議→就任の承諾→登記申請」の流れ
- 少数派株主の保護などの目的を果たすため、特殊な選任方法もある
- 取締役を選任する手続きでは、員数や任期、欠格事由に違反しないよう注意
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