離職率を低下させることは、会社経営にとって非常に重要です。採用コストを多くかけたにもかかわらず、転職とともに引抜きを受けた会社は、よくご理解いただけるのではないでしょうか。
労働者には、憲法上、「職業選択の自由」が認められているため、どこの会社ではたらくかは、労働者の自由です。したがって、「退職の自由」、「転職の自由」もあります。
しかし、会社に対して悪意をもつ退職者が、他の社員に対して一斉に引き抜き行為を行う場合には、違法となり、損害賠償請求ができるケースもあります。
今回は、退職者による引き抜き行為、転職を防止し、損害賠償請求する方法について、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士が解説します。
目次
1. 転職の自由
退職をした社員が独立をするとき、前職で仲の良かった従業員に転職の勧誘をし、いわゆる「引き抜き」を行うことがあります。
また、退職をした従業員が転職し、転職先へ、前職の従業員を同じように転職させようとする「引き抜き」もあります。これらの行為は、違法にならないのでしょうか。
会社としては、せっかく費用をかけて教育した社員を引き抜かれることは、「採用コスト」、「教育コスト」の大きな損失となりますが、「職業選択の自由」、「転職の自由」がある以上、すべての行為が違法なわけではありません。
2. 損害賠償請求すべき違法な引き抜きとは?
では、会社に対するダメージの非常に大きい、退職をした元社員からの「引き抜き」行為ですが、違法となるかどうかは、退職前に行われたか、それとも退職後かによっても異なります。
引き抜き行為が会社に与えるダメージを放置しておくことはオススメできません。
2.1. 退職前なら原則違法
退職前におこなわれた引き抜き行為は、原則として違法となります。
労働者は、会社に雇用されている間は、会社にとって不利益になる行為をしてはならない義務(誠実義務)を負っており、その内容として、競業避止義務を追っているからです。
したがって、元社員が引き抜き行為を行ったとき、特に退職前に行った行為によって損害が発生したときには、会社側(使用者側)は、損害賠償請求をすることができます。
2.2. 退職後も違法となることがある
これに対して、退職後の引き抜き行為の場合には、すべて違法というわけではありません。雇用契約はすでに終了していることから、誠実義務、競業避止義務を追わないためです。
しかし、どのような行為であっても許されるわけではなく、常識はずれの過度な「引き抜き行為」は、やはり違法となり、損害賠償請求をすることができます。
社会的に不相当な引き抜き行為は、民法上の「不法行為」となることが、損害賠償請求の根拠です。
3. 退職後の引き抜き行為の違法性
ここまでお読みいただければ、退職前の引き抜きは、原則として違法であり、退職後の引き抜きは、社会的に不相当なものだけが違法で、損害賠償請求ができると理解いただけたことでしょう。
そこで、退職後の引き抜き行為を行った元社員に対して、会社が適切に損害賠償請求をするために、退職後の引き抜き行為が、どのような場合に違法となるかについて解説します。
3.1. 引き抜かれた社員の地位
まず、退職後の引き抜き行為が違法であるかどうかを判断するにあたっては、引き抜かれた社員の、会社における地位、役職が重要な要素となります。
というのも、より上位の役職であり、会社にとって重要な人物を引き抜いたほうが、会社に与えるダメージは大きく、違法性が強い引き抜きであるといえるからです。
会社にとって必要不可欠な社員を引き抜き、会社に決定的ダメージを与える引き抜き行為は違法であり、損害賠償を請求すべきであるといえるでしょう。
3.2. 引き抜かれた人数
退職後の引き抜き行為の違法性を検討する際に、引き抜かれた人数もまた、違法性に大きな影響を与えます。
というのも、「会社の大半の従業員を引き抜いた。」といったケースなど、引き抜かれた人数が多ければ多いほど、会社に与える支障が大きく、違法性が強いといえるからです。
3.3. 経営への影響力
以上のように、会社の経営に明らかに影響する、「重要人物の引き抜き」、「多人数の引き抜き」以外であっても、会社経営に明らかに悪影響を与える引き抜き行為は、違法となると考えられます。
例えば、会社の多忙時期を狙った、会社に不利な時期の引き抜き行為などが典型例です。
会社経営に大きな支障を及ぼす「引き抜き行為」に対しては、損害賠償請求をすべきといえるでしょう。
3.4. 勧誘方法の違法性
勧誘方法が、単に従業員の転職を誘う、といった程度であれば、社会的に不相当とまではいえず、勧誘方法だけで違法とされることはありません。
しかし、退職した元社員による勧誘の中には、次のように、勧誘方法自体が違法であるといえるものもあります。
- 会社に対するネガティブな情報を伝えることで、転職を促す行為
- 転職の対価として、多額の金銭を与える行為
- 社員でなければ知りえなかった秘密情報を利用して転職を促す行為
これらの行為は、転職の勧誘行為自体が違法性が強く、会社として、損害賠償請求をすべきケースであるといえます。
退職した元社員による勧誘、引き抜き行為が、不正な目的がある場合、特に違法性が強く、損害賠償請求をすべきケースであるといえます。
特に、不正競争防止法では、「不正の競業その他の不正の利益を得る目的」で行う営業秘密の開示、漏洩行為について、「10年以下の懲役または1000万円以下の罰金」という刑事罰を科して、厳しく禁止しています。
4. 退職後の引き抜きが違法ではないケース
以上で解説しましたとおり、会社の経営に対して大きな支障を与える引き抜きは、たとえ退職後の元社員が行ったものであっても違法となります。
しかし、中には、退職後の引き抜きが、違法ではないケースもあります。冒頭で説明したとおり、「職業選択の自由」があることから、優秀な人材の奪い合いは、「市場原理」に任せられる部分があるからです。
違法とはならない引き抜きとは、例えば、次のようなケースです。
- 引き抜かれた社員の自由な意思で、転職を決定したケース
- 転職時のゴタゴタに嫌気がさして会社を退職したケース
- もともと会社に強い不満を抱いていたケース
したがって、自由な意思で行う退職、転職は、いかに会社に与える支障が大きい場合であっても、止めることはできず、また、損害賠償請求をすることもできません。
引き抜き行為自体を違法とするために、退職する重要な社員に対しては、競業避止義務を課しておくのがよいでしょう。
5. まとめ
今回は、退職をした元社員(元従業員)が、会社の社員に対して、転職を勧誘するなどの「引き抜き行為」をしてきたとき、会社側(使用者側)が損害賠償請求をすることができるかについて、弁護士が解説しました。
会社に与える支障が非常に大きい「引き抜き行為」は、損害賠償請求をすることによって止めなければなりませんが、損害賠償請求が認められないケースもあります。
社員の転職、退職にお悩みの会社経営者の方は、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士に、お早めにご相談ください。