人事労務

引き継ぎを拒否して退職する社員への対策は?損害賠償請求できる?

社員が自主退職する場合、退職を申し出てから退職まで有給休暇を取得して会社に出社しないケースや、突然出社しなくなったと思ったらそのまま退職を申し出るケースなどがあります。

このように突然出社しなくなってしまうと、引継は十分に行えないことになりかねません。重要な業務を任せていた社員が、業務引継ぎをおこなわずに退職してしまうと会社としては大きな損失をこうむることとなります。ましてや、解雇やリストラなどによって会社から一方的に辞めてもらう場合、労働トラブルとなった結果、社員が引継を拒否してくることがあります。

引継が未了でも勝手に退職してしまう社員、いわば「バックレ」ともいえる問題社員に対して、会社側(企業側)として適切な対応方法はあるのでしょうか。

問題社員に対して、有給休暇の取得を拒否したり、懲戒処分としたり、引継未了について損害賠償請求をしたりすることができるのかなど、適切な対応方法を弁護士が解説します。

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引き継ぎをせず退職した社員への対応方法

どれほど予防策を講じたとしても、引き継ぎをせずに退職してしまう社員は少なからず出てきます。

会社は、社員に対して、雇用契約上必要な業務を命じる権利があり、正当な命令である限り、社員はこれに従う義務があります。これを「業務命令権」といいます。業務引き継ぎは正当な業務命令ですから、退職時の引き継ぎを命じる権利が、会社には当然に与えられています。

しかしながら、この業務命令にしたがわずに退職してしまう社員が多いのも実情です。ここでは、引継ぎをせず退職した社員への対応方法についてご説明します。

損害賠償請求

退職をするにあたって誠実に引き継ぎをすべきという義務は、雇用契約上の信義則として当然に社員が会社に対して負う義務です。このことは、就業規則や雇用契約書に記載がなかったとしても当然のことです。

したがって、誠実な引継ぎが行われなかった結果、会社が損害を被ったときは、会社は社員に対して損害賠償請求を行うことができます。

ただし、この損害賠償請求をするためには、会社が実際に損害を被っており、かつ、社員の引き継ぎ拒否と損害との間に因果関係があること、つまり、引継ぎが全くなされていないか、著しく不十分であって、社員にそのことについて悪意がある必要があります。損害賠償が認められるかどうかについて、次の裁判例が参考になります。

ケイズインターナショナル事件(東京地裁平成4年9月30日判決)は、入社約1ヶ月後(実質の出勤は4日間)の退職について会社に発生した損害の賠償責任を認めた事例です。

この事件では、退職者が、退職後に200万円の損害賠償をすることに合意しており、また、会社に対して、同合意は、社長がやくざを使って強迫した恐喝行為だとする内容証明郵便を会社に送付し、訴訟でも同様の批難を繰り返していたことなどを理由としてうち70万円の請求を認めたという事情があります。

つまり、退職後の事情や労働者側の悪意が、損害賠償請求を認めるという判断に影響したと考えられます。

プロシード元従業員事件(横浜地裁平成29年3月30日判決)は、うつ病を理由に退職した元従業員に対して、退職理由が虚偽であり、就業規則に違反して業務の引継ぎをせずに退職したとしておこなった約1270万円の損害賠償請求が認められなかった事例です。

この事件では、会社の主張する損害と、従業員の退職との間に因果関係がないとされています。加えて、年収の5倍にも相当する賠償金の請求自体が不当訴訟であるとして、逆に会社が元従業員に対して不当訴訟に対する慰謝料等として110万円の支払が認められました。

以上の裁判例からもわかるとおり、退職を拒否した社員に対して、損害賠償請求をすることは可能ではあるものの、請求が認められるハードルはそれなりに高く、請求が認められる場合でも会社の損害のすべてが認められるとは限らず社員に請求できるのはその一部にとどめられます。

有給休暇の時季変更権を行使する

退職する社員が業務の引き継ぎを拒否するケースでよくあるのが、最終出社日を社員が勝手に定めて、それ以降退職日までの間の有給休暇を取得するというケースです。

この点で、有給休暇については、会社に「時季変更権」が認められており、「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる」(労働基準法39条5項)こととされています。

退職前に引き継ぎをしてもらわないと会社が困るのであれば、「事業の正常な運営を妨げる」という要件は満たす場合もあります。しかし、退職後に有給休暇を与えることはできないため、有給休暇の残日数と退職日までの日数が同じ場合、時季変更権を適切に行使することができません。

社員との話し合いで退職日を後ろ倒しにしたり、消化しきれない有給休暇について会社が買い上げることで了承を得たりといった方法と併用することにより、時季変更権によって退職前の業務引き継ぎをおこなわせることができます。

懲戒処分・懲戒解雇

引き継ぎ拒否が悪質な場合には、懲戒処分として処罰することも考えられます。懲戒処分とは、企業秩序に違反する社員の行為について制裁を下すことを意味しており、就業規則に該当する事由をあらかじめ定めておかなければなりません。のちほど予防策としても解説するとおり、業務引き継ぎが義務であること、違反したら懲戒処分となることを就業規則に記載する必要があります。

すでに退職日が決まっていたとしても、退職日前の引き継ぎ拒否を理由として懲戒処分や、さらには懲戒解雇とすることも理論上は可能です。引き継ぎ拒否自体だけでなく、引き継ぎせずに無断欠勤している場合、無断欠勤を理由に懲戒処分をすることも可能です。

ただし、懲戒解雇には「解雇権濫用法理」というルールによる厳しい制限があり、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上不相当な解雇は「不当解雇」として違法、無効となるため注意が必要です。

退職金の減額・不支給

会社が社員に対して退職時に支払う退職金には、賃金の後払い的な性格と、功労報奨的な性格の2つがあります。

これまで会社に頑張って貢献してきてくれた社員であっても、業務の引き継ぎを拒否するという非違行為がある場合には、これを理由として退職金を減額したり、不支給としたりするといった対応方法があります。

ただし、退職金には功労報償的な性格があることを考えると、引き継ぎ拒否を理由として退職金を不支給とすることが認められるのは、これまでの功労部分に比べてそれを帳消しにするほどに悪質性が高い場合や減額部分が引継を行わないという義務違反に対する罰として適正である場合に限られます。

逆に、退職金支給にあたり、引き継ぎ業務の手間などを考慮して退職金に上乗せをおこなう運用も可能です。これにより「引き継ぎをきちんと行えば得になる」という意識を社員に持たせることは、引継ぎについてのインセンティブとして有効です。

「退職の自由」はさまたげられない

社員には「退職の自由」があり、これは憲法22条1項の定める「職業選択の自由」の一環として裁判上も認められています。

ここまで、引き継ぎを拒否して会社を辞めた退職者への対応方法や制裁について解説しましたが、いずれの方法でも、退職自体を妨げることはできません。つまり、「退職の自由」を否定することはできないのです。

退職にあたって、会社の許可・承認を必要とするなどの退職の自由を妨げる就業規則は無効です。

以上のことから会社として適切な対策は、「引き継ぎをしないと退職させない」というのではなく「引き継ぎをしないと損をする」「引継ぎした方が得になる」という制度づくりにより、社員が引き継ぎをしたくなるよう仕向けることです。

引き継ぎを拒否して退職されないための予防方法

ここまで、引き継ぎを拒否して退職した社員に対する対応方法、制裁などを解説しましたが、実際には、引き継ぎを拒否して退職が完了してしまうと、どのような罰を課せたとしても業務に支障が出てしまうことは明らかです。また、制裁にも限度があります。

個々の社員が業務に関する情報を自分だけで持っていると、会社としては引き継ぎを受けなければその情報を知ることができず、業務に支障をきたすことはもちろん、最悪その情報が失われてしまう危険もあります。

そこで次に、引き継ぎを拒否して退職されないための予防方法について弁護士が解説します。

社員間で情報を共有する

ある1人の社員だけしか知らない情報、ある1人の社員しか担当していない顧客、社員1人に限られた高度なノウハウのように、1人の社員が情報を専有している状態は危険です。

労働トラブルとなって社員が退職してしまう場合だけでなく、病気で業務を離れざるを得ないケース、予見しえない事故などで急死するケースもあります。そうした万一の場合に備えて、業務に必要な情報を社員が個人的に管理する状況は改めるべきです。

常日頃から社員間で情報を共有するよう努め、業務を進めるときには必要なノウハウはマニュアル化し、平準化しておくことが大切です。このような日頃の努力が、引き継ぎ拒否で損失をこうむらない強い会社を作ることにつながります。

業務に必要な情報は、全て社内やクラウドベースのサーバーで管理し、社員専用のパソコンや個人所有の情報端末などに情報を保管することのないようにし、全ての業務情報を会社管理にしておけば、引き継ぎが必要な範囲を少なくすることができます。

就業規則で業務引継を義務にする

引き継ぎを拒否されないようにするためには、引き継ぎを拒否した場合の制裁を明文化しておく必要があります。具体的には、就業規則に、常日頃の情報共有を義務として明示するともに、退職時には業務を引き継ぐこともあわせて義務として明示しておくべきです。

就業規則は、労働条件や働き方のルールを定めた規程であり、社員に周知させることで、会社全体のルールとすることができます。

退職時の業務引き継ぎを義務にする場合の記載例は、次のとおりです。

第X条(退職時の業務引き継ぎ)

労働者が退職し、または解雇される場合は、会社の指定した後任者に対し、指定した期日までに業務の引継ぎを完了し、所属長にその旨報告してその確認を得なければならない。

あわせて、業務の引き継ぎ義務を怠ったときは懲戒処分の対象となることも就業規則に定めておき、社員へあらかじめ警告しておきましょう。規定の仕方としては、以下にあげるように懲戒処分の事由の中に明記しておく方法があります。

第XX条(懲戒処分)

1. 労働者が次のいずれかに該当するときは、情状に応じ、けん責、減給又は出勤停止とする。
①…
○ 第△条、第□条、…、第X条(退職時の業務引き継ぎ)に違反したとき

2.労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする…
○ 第△条、第□条、…、第X条に違反し、その情状が悪質と認められるとき

上記の条文例では、引き継ぎを怠ると、情状に応じてけん責、減給又は出勤停止の処分を課すことを可能とするほか、特に悪質な場合には懲戒解雇も可能としています。

退職金・最終給与を支払わない

引き継ぎをおこなわずに退職することを予防するために、引き継ぎが完了するまでは退職金や最終給与を支払わないことで、退職者にプレッシャーをかけるという方法があります。

退職金の支払いは法律上の義務ではなく、会社が支払条件を限定することもできます。そのため、引き継ぎの完了を退職金支払いの要件とすることも可能です。退職金規程の記載例は、例えば次のとおりです。

第X条(退職金の支払期限)

退職金は退職日(退職までに引継を命じられたにも関わらず、退職時に引継未了の場合は、引継完了日。)から3ヶ月以内に、退職した労働者(死亡による退職の場合はその遺族)に対して支払う。

一方、最終月の給与を手渡しとする方法を勧める専門家もいますが、これについては以下に述べるとおり問題があり、お勧めできません。

注意ポイント

大阪高裁平成10年4月30日決定は、労働協約、就業規則に定めがない場合は、賃金の支払は、民法の原則通り、従業員の住所地へ持参の方法で支払うべきであると認定しています(このような債務を「持参債務」といいます)。なお、同決定では、社員の口座への銀行振込による支払や現金書留を郵送しての支払も持参の方法による支払にあたるとしています。

社員に手渡しで渡すと伝えた場合、仮に社員が取りにくればいつでも支払える準備をしていたとしても、給与支払の提供をしたとは認められず、支払日を過ぎると支払遅滞となり、遅延損害金をつけなければなりません。遅延損害金の利息は、退職日以降は、年14.6%です。

業務引き継ぎをおこないやすい環境整備

業務引き継ぎをできない理由が会社側(企業側)にあるときには、社員が引継ぎ義務を十分に果たせなかったとしても、会社が社員にその責任を追及することはできず、社員に不利益を課すことはできません。

例えば、パワハラ、セクハラなどが理由で社員がそうした職場環境が改善されない限り出勤を拒んでいる場合、長時間労働が慢性化しており引き継ぎにも長時間労働を強いられることが予想される場合などは、引継ぎ業務を行うにあたって、そうした職場環境を是正し、引き継ぎを行いやすい環境を整備しなければ、社員に引き継ぎへの協力を求めることはできません。

引き継ぎを効率よく行うことは会社・社員の双方の利益になります。後任者を早めに決定し、引継ぎ事項、引継ぎ方法を具体的に指示するとともに、引継ぎ完了の確認にあたっては、チェックリスト等を活用して、できるだけ客観的な基準で確認をするべきです。

また、退職を早めに察知するため、退職の予告期間を長めに設定し、就業規則に書いておくことです。ただし、退職申入れの予告期間をたとえば、1ヶ月前またはそれ以上の期間に定めたとしても、社員の退職申入れから2週間が経過すれば、雇用関係は終了し、社員は退職することができます(民法627条1項)。しかし、就業規則があることで、円満に退社したい社員が早めに退職を申し出るという効果は期待できます。

信頼関係の構築が第一

以上、ご説明してきたとおり、結局のところ引き継ぎをしない退職について予防をしたり、退職者に制裁を加えたりすることはできますが、引き継ぎ自体を強制することはできません。重要な業務を任せる社員ほど、会社は、引き継ぎをしてもらえないと困ってしまいます。

退職をするとしても気持ちよく引き継ぎをしてもらうためには、日ごろからの信頼関係の構築が第一です。制裁を加えるなど社員の不利益になるマイナスな対策でなく、逆に、引き継ぎをしてくれた場合には功労金を支払うなど、引き継ぎをしたくなるインセンティブを与えることも検討に値します。

引き継ぎをめぐるトラブルが、残業代請求、セクハラ・パワハラの慰謝料請求、安全配慮義務違反の損害賠償請求など別の労働問題を引き起こすこともあります。退職前後が、もっとも会社への不満が顕在化しやすいですから、労使トラブルを起こしてしまわないよう注意しましょう。

最近では「退職代行」というサービスも話題になっており、間に弁護士が入って窓口となる場合があります。このような際に制裁のみを前面に出すと、引継ぎについて協力が得られず、業務自体がうまくいかなくなってしまうこともあります。このような対応をされないよう事前に配慮しておき、準備しておく必要があります。

参 考
退職代行の連絡を受けた会社側の適切な対応方法!【弁護士解説】

「退職代行」というビジネスが、テレビやインターネットのニュースで報道され、世間の注目を集めています。これに伴い、「退職代行」を利用して仕事を辞める人が増えています。 「退職代行」とは、その名の通り、従 ...

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今回は、引き継ぎを拒否して退職する社員への対応方法について解説しました。社員には「退職の自由」があるため、引継ぎを強制することはできず制裁(ペナルティ)を課すことにも限界があります。そのため、社員が引継ぎを自発的に行うよう環境や条件面での整備を行うことが肝要です。

解雇の場合はもちろんのこと、自主退職であったとしても、引継ぎを拒否する社員は何かしら会社に不満を抱えて退職に至っています。退職する社員の不満を軽減しなくては、引継ぎへの協力が得られないばかりか、労働審判、訴訟といった形で会社への不満を解消しようとするおそれもあります。

そのような意味でも、引継ぎ拒否されてしまってから個々に対応するのではなく、拒否する退職者が出ないような体制を作るなど、日頃の労務管理、社内環境整備が必要です。

退職者に関する労働問題にお悩みの会社は、ぜひ一度、企業の人事労務に詳しい弁護士にご相談ください。

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