従業員同士のトラブルが起きたとき、会社はどう対応すべきでしょうか。
職場では、他人同士が集まって仕事をしています。家族や友人ですらトラブルになるので、まして仕事の関係だけで成り立つ職場で、対人関係の問題が生じるのは当然です。どうしても相性が合わない上司、同僚もいることでしょう。
実際、喧嘩や口論、ハラスメントやいじめなど、社員同士のトラブルは絶えません。これらの問題に対し、「個人間の問題だから会社は関与しない」「喧嘩両成敗だ」「当事者同士で解決すべき」といった姿勢は適切とは言えません。社員は会社に雇用されているからこそ職場に来ているのであり、対応を怠った会社にも責任が生じるからです。
社員が業務中に起こしたトラブルに関して会社が負う責任を「使用者責任」と呼びます。従業員同士のトラブルで負傷したり、精神に不調を来したりした場合、労災として対処すべき場面もあります。再発防止のため、異動・配転したり、懲戒処分を下したりする必要も出てきます。
今回は、従業員同士のトラブルに対して、会社がどのように対応すべきかについて、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 従業員間のトラブルは、喧嘩やハラスメントなど、理由によって対応が異なる
- 従業員間のトラブルでも、職場で起これば会社に責任が生じるおそれがある
- トラブルの正確な情報を聴取して、被害者、加害者の順に対処する
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従業員同士のトラブルが起こるケース
多くの人が集まる場では、トラブルが発生するのは避けがたいものです。
会社も例外ではなく、仕事のためとはいえ、様々な背景や価値観を持つ人が一つの空間で一日の大半を過ごします。「仕事上の関係として割り切って付き合う」のが理想ですが、実際は、職場で過ごす時間が長いからこそ、感情的な衝突がよく起こります。人の感情が絡み合う環境では、トラブルの発生は避けられません。
大切なのは、トラブルを完全に無くすことではなく、紛争化する背景を理解して、発生した際は速やかに対処することです。社内の従業員同士のトラブルは、例えば次の事例があります。
- 従業員同士の口論や喧嘩
- 身体的なもみ合い・暴力行為
- 小さな行き違いから発展した口喧嘩
- ハラスメント(セクハラ・パワハラなど)
- 職場内でのいじめや無視
- 従業員間の金銭の貸し借り
- 性格的に相容れない社員同士の不仲
従業員同士のトラブルは、同僚間だけでなく、上司と部下といった上下関係の中でも生じます。特に、上司が、優越的な地位を利用した言動を行った場合、パワハラに該当します。
もちろん、ほとんど社員は、意図してトラブルを引き起こすわけではなく、むしろ衝突を回避しようと努力しています。それでも職場では、思わぬ形で喧嘩やいざこざが起こるのです。
従業員間のトラブルにおける会社の責任は?
次に、従業員同士のトラブルにおける、会社の法的責任について解説します。
「従業員同士のトラブルは個人的な問題だから、会社は関係ない」という考えは危険です。業務時間中の行動である以上、完全にプライベートとは言えず、会社の責任が問われる可能性があります(むしろ、勤務時間中の私的行動こそ問題でしょう)。企業側は、責任が生じることを理解した上で、業務に支障が出ないよう配慮し、職場の秩序を維持しなければなりません。
以下では、特に重要な2つの法的責任、「使用者責任」と「安全配慮義務違反」について詳しく解説していきます。
使用者責任(民法715条)
従業員同士のトラブルでは、加害者となった社員は被害者に対し、民法709条に基づく不法行為責任を負います。例えば、喧嘩などの暴力的な行為でケガをした社員は、治療費や休業損害、慰謝料などの損害賠償を請求できます。そして、加害者を雇用していた会社も、民法715条に基づく「使用者責任」を負うことがあります。
民法715条(使用者等の責任)
1. ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2. 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3. 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
民法(e-Gov法令検索)
会社が使用者責任を負うのは、そのトラブルが「事業の執行について」行われた場合です。事業の執行と密接に関連する必要があり、私的な喧嘩など、業務と無関係なら使用者責任は生じません。選任・監督について相当の注意をしていた場合(注意しても損害が生じた場合)も会社は責任を負いませんが、この免責はごく例外的なものと考えられています。
安全配慮義務違反(労働契約法5条)
会社には、労働者が、安全な職場環境で働けるよう配慮する義務があります。これを「安全配慮義務」と呼び、労働契約法5条に明記されています。
労働契約法5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
労働契約法(e-Gov法令検索)
従業員同士でトラブルが頻発し、職場において暴言や暴力が横行している状態は、安全な労働環境とは到底言えません。このような事態を放置する会社は、安全配慮義務を果たしていないと判断され、被害を受けた社員から損害賠償請求を受ける危険があります。
使用者責任と同じく、全く予測できなかった突発的な暴力行為については、責任を免れる場合もあります。ただ、一般に、職場では人間関係に起因するトラブルが起きがちなので、「予測できなかった」という主張は容易には通りません。特に、被害者が事前に会社に相談していた場合、対応を怠った責任は重大です。
従業員同士のトラブルへの適切な対応
従業員同士のトラブルが発生した際、初動対応が非常に重要です。
軽微な喧嘩や口論、ハラスメントなど、初期の段階で迅速に対応すれば、問題の拡大を防げます。逆に、事態を放置し、トラブルが深刻化した場合、法的責任は重大です。
両当事者から正確に事情聴取する
まず、初動対応で最も重要なのが事情聴取です。
会社が責任を負う立場とはいえ、実際に何が起こったのか、正確な事実を把握しないと適切な対応はできません。そして、事情聴取なしには「被害者」「加害者」の区別も困難です。事実の確認が不十分なまま「喧嘩両成敗」として両者を対等に扱ったり、誤って被害者を加害者扱いしたりすれば、かえって会社への不信感が募り、法的トラブルに発展しやすくなります。
正確な事情聴取のためには、会社は中立の立場を保ちつつ、両当事者の主張に公平に耳を傾ける必要があります。
時系列に基づく報告書の提出を求める
口頭での事情聴取に加えて、時系列に沿った報告書の提出を求めることが重要です。
従業員同士のトラブルでは、口頭の報告だけでは不十分で、より詳細で正確な情報を得るために、文書で報告を求めることが必要不可欠です。報告書の提出にあたっては、従業員に対して、次の点を丁寧に指示するようにしてください。
- 出来事を時系列順に記載すること
- 評価や感情ではなく、客観的事実のみを記載すること
- 「始末書」とは異なり、制裁の意図はないこと
報告書はあくまで事実確認が目的であり、制裁ではないと明確に伝えることが重要です。自分が責められていると感じると、社員が不利な事実を隠すおそれがあり、正確な事実を把握できなくなるからです。また、責任の所在が不明確な段階では、片方の当事者のみに不利益な取り扱いをするのは避けるべきです。
証拠を収集する
事情聴取や報告書だけでは判断が難しい場合もあります。
双方の主張が食い違うケースでは、客観的な証拠が重要です。トラブルの当事者は自身に不利な事情を隠すことも想定されるので、証拠に基づいて事実を冷静に認定すべきです。一方の主張を鵜呑みにした結果「声の大きい方が勝つ」こととなれば、他方から責任追及を受けるおそれがあります。
従業員同士のトラブルでは、次の証拠を収集しましょう。
- トラブルを目撃した第三者(他の従業員など)の証言
- 従業員の上司による報告書
- 監視カメラ映像
- 医師の診断書(ケガや体調不良を伴う場合)
- 修理見積書(社内設備が破損した場合)
従業員間のトラブルにおいて、被害者・加害者を適切に特定した後は、それぞれに対応を検討することが次のステップとなります。具体的な対応は、次章以降で詳しく解説します。
被害者への適切な対応(被害回復・再発防止)
次に、被害者にすべき対応について解説します。
従業員同士のトラブルに関する調査が終了したら、優先すべきは被害者と認定した従業員への対応です。加害者への措置よりも前に、被害者への対応を迅速かつ丁寧に行うべきです。対応が遅れたり不十分だったりすると、後に使用者責任や安全配慮義務違反といった法的責任を追及された際に、会社の責任がより重く評価されます。
責任を認めて謝罪する
会社として、トラブルについての責任を負うべきかを判断しましょう。
会社に責任があると判断した場合、速やかにその旨を被害者に説明し、謝罪の意思を示すと共に、被害回復と再発防止に向けた対策を講じます。一方で、会社に法的責任は認められないと判断した場合でも、その結論に至った理由を被害者・加害者双方に説明し、社員間での問題解決を進めるよう、会社の姿勢を明確に示すべきです。
態度が曖昧なまま対応を先延ばしにすると、当事者が不安や不信感を募らせ、かえって問題がこじれるおそれがあります。
慰謝料を支払う
次に、会社の責任によって生じた被害を回復する必要があります。
会社に責任がある場合、損害を回復するため、慰謝料をはじめとした賠償を検討します。話し合いで解決できる場合、「慰謝料」でなく、「解決金」などの表現を用いて、会社の責任を全面的に認めることなく円満に解決する手もあります。
金銭の支払いを行う際は、清算条項付きの合意書を必ず締結してください。この合意書には「本件に関して、会社と社員との間には一切の債権債務関係が存在しないことを相互に確認する」旨の文言を盛り込み、将来の責任追及を防ぎます。なお、後述する労災給付との関係についても合意書に記載することで、二重払いのトラブルを回避できます。
労災申請に協力する
職場内で発生した従業員同士のトラブルによって、被害者がケガを負ったり精神的な不調を訴えたりした場合、労災保険の対象となる可能性があります。会社は、被害者から労災申請の希望があった場合、労災の要件を満たすかどうか、慎重に判断しなければなりません。
労災に該当する場合は、被害回復のため、会社として積極的に協力すべきです。
労災の要件を満たすかどうかは、その原因や経緯によって異なります。
業務時間中に職場で起きたトラブルなら、基本的には業務起因性が認められ、労災に該当する可能性が高いです。ただし、職場内で起こっても、私的な感情に基づく喧嘩など、業務とは無関係な行為は、労災と認められないケースもあります。
なお、最終的に労災かどうかを判断するのは労働基準監督署です。会社が一方的に判断して申請を拒否するのではなく、被害者本人の意思を尊重し、適切に手続きを進めるようにしてください。労基署の判断に不服があるなら、労働者自身が不服申立てや訴訟をすることとなりますが、この場合も、会社は中立的な立場を保つのがよいでしょう。
加害者への適切な対応(責任追及と再発防止)
被害者への対応が完了したら、次に取り組むべきは加害者への対応です。加害者への対応の目的は、責任の明確化と再発の防止にあります。
懲戒処分や解雇などの制裁
加害者には、自身の行為が職場秩序を乱す重大な問題であると自覚させ、反省を促す必要があります。企業秩序を乱した労働者に対して会社が講じる措置は、懲戒処分が一般的です。
例えば、暴力行為や大声での威圧的な叱責など、職場の秩序を著しく損なう行為については、懲戒解雇を有効と認めた裁判例も存在します。問題行為の性質や程度、再発の可能性などを踏まえた上で、相応の処分を検討してください。
ただし、懲戒処分や解雇は、権利濫用と評価されるリスクもあります。
行為に対して、処分の内容が過度である場合、加害者から「不当処分」「不当解雇」であるとして争われ、法的なトラブルに発展するケースもあります。そのため、懲戒処分を行う際は、次の点を必ず確認してください。
- 処分理由の妥当性(事実に基づくか)
- 処分内容の相当性(行為の程度と釣り合っているか)
- 就業規則上の手続きを遵守しているか
再三にわたりトラブルを起こす従業員や、問題行為が重大で改善の見込みがない場合には、解雇も視野に入れる必要があります。
損害賠償の求償請求
会社が、被害者となった従業員に対して慰謝料などの損害賠償を支払った場合、その一部について、加害者への求償請求が可能です。使用者責任が生じるにしても、全ての損害を会社が負担するのは妥当でなく、主たる原因を作った加害者に責任を分担させるべきだからです。
もっとも、労働契約関係における損害の分担は、「報償責任」の観点から制限があります。報償責任とは、労働力の提供によって企業が利益を得ている以上、企業側も一定のリスクを負うべきという考え方で、次のような考慮がなされています。
- 労働者が企業のために働く以上、一定の損失は会社が受け入れるべき。
- 故意または重大な過失がある場合は、加害者に求償が可能。
したがって、求償を行う場合は、加害行為の内容や悪質性を慎重に判断して、過度な請求とならないよう留意してください。
再発防止のための配置転換
従業員間のトラブルの当事者が、今後も勤務し続ける場合、再発防止策は必須です。
同じ環境下に被害者と加害者が残ることで、再び喧嘩やトラブルが起こる危険があります。問題を放置して再燃させれば、会社は安全配慮義務違反の責任は免れません。トラブルの当事者が、職場でできるだけ顔を合わせないようにする措置が有効です。異動や部署変更といった配置転換を行い、物理的な距離を確保しましょう。
この際、次の点に注意して進めてください
- 被害者ではなく加害者の異動が原則
被害者に異動を強いると、精神的に大きな負担を与えることとなります。「被害者として暴行された上に、慣れ親しんだ職場から異動させられた」と主張されれば、配慮が足りないとして会社の責任が重く評価される可能性があります。 - 再発時の厳格な処分方針を明確に伝える
再度同様のトラブルを起こした場合には、懲戒処分や解雇も含めた厳しい措置をとる旨を事前に説明しておく必要があります。
組織としての再発防止体制の構築
再発防止には、個別の異動や制裁だけでなく、組織全体としての体制強化も求められます。表面的な対応だけでは不十分であり、次のような施策もあわせて検討すべきです。
- 不適切な労務管理を是正する
管理職による放置や対応の甘さが原因となった場合、管理体制の見直しが必要。 - 管理職の教育・研修を実施する
ハラスメント防止や人間関係トラブルの初期対応に関する研修を定期的に行い、現場での適切な監督を徹底する。 - 匿名アンケートの実施
上司と部下の間に問題がないか、不満がないか、職場内の雰囲気が悪化していないか、匿名のアンケート調査を通じて早期に把握する。 - 従業員同士のコミュニケーションを促す機会の提供
業務外の懇親会やチームビルディングの場を設け、人間関係の改善を図る。 - ハラスメント相談窓口の整備
相談しやすい体制を整えることで、問題の早期発見・早期対応が可能になる。労働施策総合推進法において、ハラスメント相談窓口の設置が義務化された。
従業員同士の喧嘩で、会社として警察に通報すべき?
従業員同士のトラブルがエスカレートし、暴力行為に発展した場合、刑事事件として扱われる可能性があります。例えば、従業員間の喧嘩の結果、相手にケガを負わせてしまったとき、暴行罪、傷害罪などの犯罪が成立します。
- 暴行罪(刑法208条)
「2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」 - 傷害罪(刑法204条)
「15年以下の懲役又は50万円以下の罰金」
ケガの程度や暴行態様の悪質性によっては、逮捕・勾留され、身柄拘束を受けるリスクもあります。この重大な事態に際し、企業は「警察に通報すべきかどうか」の判断を迫られます。
被害者となった従業員の生命・身体を守る切迫した必要がある場合、速やかに警察に通報し、公的な保護を受けるべきです。このような対応は、従業員の安全確保という観点からも、会社の安全配慮義務の一環としても必要なことです。
喧嘩が既に収束し、緊急性がない状況での事後的な通報は判断が分かれ、ケースバイケースの検討を要します。
例えば、次の点を考慮して検討してください。
- 社内調査を実施したか。
- 適切な処分を行ったか。
- 当事者同士の和解や被害回復がなされたか。
- 再発のおそれがあるか。
- 他の従業員や会社全体の秩序への影響があるか。
通報するかどうかは会社の判断ですが、「事実を隠蔽した」と受け取られないよう、透明性のある対応を心がけ、当事者には説明をして納得を得るべきです。
被害を受けた従業員が、警察に被害届を出したいと希望するなら、会社は妨害してはいけません。社内での円満解決を望む気持ちは理解できますが、被害届の提出はあくまで個人の自由です。抑え込もうとする対応は、会社の責任逃れだと受け取られ、不信感の原因となり、責任追及の矛先を向けられる危険があります。
無理な説得は、会社に対する不満となり、二次被害となってトラブルが拡大するおそれもあるので注意してください。
警察による捜査が開始された場合には、可能な範囲で誠実に協力することが重要です。会社として事実関係を正確に説明し、既に実施した社内調査や対応については丁寧に報告します。合わせて、社内で検討中の再発防止策についても報告しましょう。
このように会社が適切に対応する姿勢を示すことは、被害者や警察だけでなく、企業の社会的な信用を維持・向上することにも繋がります。
まとめ

今回は、従業員同士のトラブルについて、会社の責任と対応を解説しました。
従業員同士のトラブルは、必ずしも表面化するとは限らず、会社に知られないまま水面下で進行する例もあります。喧嘩や口論のように表沙汰になるケースに迅速に対応すべきは当然ですが、ハラスメントやいじめなど、隠れて起こる問題こそ、会社が早期に発見して対処しなければ、後に重大な責任を問われるおそれがあります。
現場任せでは不十分な場合も多く、対応を誤れば、被害を受けた従業員から法的責任を追及されます。そのような事態を避けるためにも、組織として対応マニュアルを整備し、社員を教育しなければなりません。
万が一、被害者から会社への責任追及が始まると、労働審判や訴訟に発展し、労使紛争へと発展します。当初は小さないざこざも、初動を誤ると取り返しのつかない損失に繋がりかねないので、日頃の備えは不可欠です。
- 従業員間のトラブルは、喧嘩やハラスメントなど、理由によって対応が異なる
- 従業員間のトラブルでも、職場で起これば会社に責任が生じるおそれがある
- トラブルの正確な情報を聴取して、被害者、加害者の順に対処する
\お気軽に問い合わせください/