従業員同士が会社で喧嘩(けんか)をした場合、会社として行うべき適切な対応方法を、企業法務に強い弁護士が解説します。
会社内で社員同士の喧嘩が起こったとき、「従業員のプライベートな問題だ。」「『喧嘩両成敗』だから社員間で解決してほしい。」など考え、会社としての対応を全く行わないことは、お勧めできません。
雇用している従業員であり、業務中に起こったトラブルである以上、まったく対応しなければ、会社が責任追及を受けるおそれもあるからです(これを「使用者責任」といいます。)。
また、「使用者責任」が問われるケース以外にも、会社の「労災」として対応すべきケースも少なくありません。
「使用者責任」「労災」といった、喧嘩の被害者に対する対応はもちろんのこと、加害者に対しても、異動、配転、懲戒処分など、人事上の処分を検討する必要があります。
今回は、従業員同士が喧嘩をした際に、会社が負う可能性のある責任を解説すると共に、会社としての適切な対応を、企業法務に強い弁護士が解説します。
目次
1. 従業員同士の喧嘩!会社の責任は?
「従業員同士の喧嘩(けんか)は、社員の個人的な問題(プライベート)ではないか。」という甘い考えは捨ててください。
御社が雇用している社員同士のトラブルである以上、労働法の法的責任はもちろんのこと、事実上、喧嘩が円満に解決するよう、対応すべき事実上の責任があるとお考えください。
まず、社員同士の喧嘩が起こったときの、会社の「法的」責任について、弁護士が解説します。
1.1. 使用者責任
従業員同士の喧嘩(けんか)で、暴力行為があったとき、加害者となった従業員は、被害者となった従業員に対して、不法行為に基づく責任を負います(民法709条)。
具体的には、被害者となった従業員が負った損害を賠償する責任、すなわち、損害賠償責任です。
そして、会社は、加害者となった従業員の「使用者」として、使用者責任を負います(民法715条)。
会社が使用者責任を負わなければならないケースとは、その「喧嘩(けんか)」が、御社の「事業の執行」について行われた行為である場合であるか、「事業の執行と密接な関連性を有すると認められる場合」です。
1.2. 安全配慮義務違反
一般的に、会社は、従業員を、安全な環境で働かせるという義務を負っています。これを、専門用語で「安全配慮義務」「職場環境配慮義務」などと呼びます。
したがって、「喧嘩(けんか)」が起こるような職場は安全な職場とはいえませんので、「安全配慮義務に違反した。」として、損害賠償請求を受けるおそれがあります。
安全配慮義務は、労働契約法5条に、次のように定められています。
労働契約法5条(労働者の安全への配慮)使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
ただし、会社にとって、全く予測もできなかったような暴行、傷害については、安全配慮義務違反の損害賠償責任を回避できるケースもあります。
とはいえ、労働者を雇って働かせている以上、人間関係でトラブルが起きるリスクは常にありますから、「予想もできなかった。」という反論は、なかなか厳しい場合が多いでしょう。
2. 被害者への対応が最優先
従業員同士の喧嘩が起こってしまったとき、会社は、加害者、被害者のいずれにも対応を行う必要があるわけですが、まずは被害者への対応を最優先に行うよう心がけてください。
被害者への対応が遅れ、使用者責任、安全配慮義務違反の責任を追及されてしまったケースでは、労働審判、団体交渉、訴訟などの法的紛争に発展しかねないからです。
したがって、積極的に紛争を防止すると共に、あわせて、再発防止策も講じなければなりません。
被害者が労災として取り扱うことを求めるときには、「労災」の要件を満たすケースかどうか、慎重に判断しなければなりません。
労災として認定を受けることができるかどうかは、その災害が生じた原因、経緯をしっかりと把握して判断する必要があります。
業務に起因して生じた災害であれば、労災と認められる可能性があります。そのため、職場で、業務時間中に起きた喧嘩の場合には、労災の認定を受けられる可能性が高いといえます。
これに対して、社員同士の喧嘩であっても、業務時間外に起きたものであるとか、職場で起きたとしても、私怨から発展したプライベートな喧嘩であるときは、労災とならないケースもあります。
会社としては、できる限り被害者となった労働者に有利な解決となるよう、明らかに労災とならないケースでない限りは、労災申請には協力するべきです。
労災となるかどうかは、労働基準監督署が判断しますので、過去の例などを参考に、労災の認定を受けることとなりそうかどうか、労働問題に強い弁護士に法律相談してみてください。
3. 加害者への対応
さきほど解説した、「最優先」となる被害者に対する対応、再発防止が終わったら、次に、加害者に対する対応を行っていきます。
つまり、従業員同士の喧嘩(けんか)が発生したとき、会社は、加害者となった社員に対して、社内で適切な制裁(ペナルティ)を与えることを検討しなければなりません。
会社が、喧嘩の加害者となった従業員に対して行うことを検討すべき処分は、次の3つです。
3.1. 懲戒処分、解雇
まず、職場の同僚に対して暴行、傷害を行う行為は、「企業の秩序を侵害する不適切な行為」であることが明らかです。
一般的に、労働者が企業の秩序を乱したときには、懲戒処分を下し、制裁(ペナルティ)を明らかにします。
また、あまりに頻繁に喧嘩を繰り返すような問題社員に対しては、解雇することを検討する必要があります。
頻繁に喧嘩を繰り返すような問題社員に対して行う「解雇」には、「普通解雇」と「懲戒解雇」の2つが考えられます。
2つの解雇は、それぞれ意味が異なり、求められる条件も異なる場合がありますので、どちらの解雇を選択するかは、より専門的な判断が必要となります。
ただし、懲戒処分を行う場合には、権利の濫用とならないよう、その理由と相当性について、人事労務を得意とする弁護士のチェックを受けるのがよいでしょう。
というのも、懲戒処分や解雇を行ったものの、制裁が厳しすぎると、加害者となった従業員の側から、「処分の有効性・適法性」を、労働審判、団体交渉、訴訟などで争われるおそれが高いためです。
3.2. 損害賠償の求償
会社が、被害者となった従業員に対して、既に解説した「安全配慮義務違反」などの理由で損害賠償を行ったときは、支払った金額を、加害者となった従業員に対して、「求償請求」することが考えられます。
つまり、喧嘩によって被害者に損害を与えたことは、「会社だけの責任」ではないため、責任の分配を求めることができるというわけです。
ただし、会社と労働者との間の責任分配は、「労働によって会社が利益を得ている。」ことから、全額を求償請求できるケースは、必ずしも多くはありません。
3.3. 配置転換
加害者、被害者のいずれの従業員もが、御社で今後も働き続ける場合には、同じような喧嘩(けんか)が再度起こるリスクが非常に大きいといえます。
そのため、会社の規模、業種などにもよりますが、できる限り異動、配転を行うことがオススメです。
「加害者、被害者のいずれかを異動、配転しなければならない。」というケースでは、必ず、加害者側の従業員に命令するよう心がけてください。
というのも、被害者となった従業員からすれば、暴行を受けた上に、異動によって慣れ親しんだ職場を離れなければならないとすれば、「泣きっ面に蜂」です。
被害者に対する配慮が十分でないと、会社に対して「使用者責任」、「安全配慮義務」の責任を追及したいという気持ちが強くなることが予想されます。
4. 初動対応が重要!
喧嘩が小規模であれば、会社が初動対応を適切に、かつスピーディに行えば、すぐに解決するケースも少なくありません。
しかし、会社が対応を放置し、事情を適切に把握する努力をしないケースでは、トラブルは拡大します。
最後に、従業員同士の喧嘩(けんか)が起こったときの、会社の行うべき初動対応について、弁護士が順に解説していきます。
4.1. 双方から正確に事情聴取する
まず初動対応で最も重要なのが、事情聴取です。
いくら会社に責任があるといっても、正確な事実を把握しなければ対応ができないからです。事実関係を把握しなければ、「被害者」「加害者」を区別して対応することも困難です。
「被害者」であるのに「加害者」であるように扱ったり、「喧嘩両成敗だ。」などと言われてしまえば、被害者側の従業員からの会社に対する責任追及の手が強まるおそれがあります。
正確な事情聴取を行うためには、会社が中立の立場で、双方の意見を聞く必要があります。
4.2. 時系列で報告書を提出させる
喧嘩の当事者となった双方の従業員に対して、時系列に沿った報告書を提出するよう指示しましょう。
この報告書は、懲戒処分としての「始末書」とは別であることを説明しておいてください。喧嘩の当事者となった従業員が、自分に不利な事実を隠して、事実を把握することが難しくなってしまうのを防ぐためです。
この報告書と、始末書とでは、次のように、作成の目的が異なります。
- 報告書
:会社が事実関係を正確に把握することが主な目的である。 - 始末書
:会社が、問題あると考える社員に対して反省を促すことが主な目的である。
したがって、報告書を提出させる段階で、どちらに責任があるとも判明しないままに、一方的に責任追及をすべきではありません。
4.3. 証拠を収集する
当事者の報告書、事情聴取以外にも、客観的な証拠が非常に重要となります。
というのも、喧嘩の当事者となった社員は、自分の責任が重くならないように、会社に対して真実を言わないおそれがあるからです。
そこで、次のような証拠の収集を検討してください。
- 目撃者(第三者)の証言、報告書
- (ケガをしている場合には)医師の診断書
- (会社設備が破損した場合には)修理見積書
以上の重要な資料を下にして、会社の労務管理に問題があったケースであるかどうかを、慎重に判断してください。
4.4. 被害者への対応を決める
冒頭でも解説しましたとおり、以上の調査が終わったら、まずは会社が「被害者である。」と考える従業員への対応を最優先で行ってください。
被害者への対応を検討する際には、会社の「使用者としての責任」を認めるかどうかをまず決める必要があります。
責任を認める場合には、その代償として、次のことが可能かどうかを検討します。
- 経営者・役員などが謝罪をすること
- 見舞金の支払をすること
- 合意書を締結すること
- 示談金(解決金)の支払をすること
示談金(解決金)を支払うときは、「会社に対する責任追及をこれ以上は行わない。」という内容の合意書を締結することが一般的です。
また、労災給付を受ける場合には、合意書にもその旨を記載しておく必要があります。
被害者と示談をする場合、労災給付と解決金との調整、事後的に後遺障害の認定を受けた場合の対応といった、法的に非常に難しい問題が絡んできますので、事後的なトラブルを回避するためにも、弁護士のアドバイスが必須です。
4.5. 加害者の責任追及と再発防止
被害者との話し合いが一定程度進めば、次は加害者への責任追及を行うこととなります。
暴行行為、大声で怒鳴りつける行為など、非常に悪質なケースでは、裁判例でも懲戒解雇を有効としたケースも存在します。従業員の問題行為の程度に応じて、どの程度の処分とするかを判断します。
また、同様の喧嘩があった場合には、加害者となった従業員には厳しい制裁があることについて、従業員に教育し、周知徹底してください。
再発防止を徹底するためには、ただ会社が上から指導をして押さえつけるだけでは足りません。次のような対策も適切に検討してください。
- 労務管理に不適切な点はなかったか再検討する。
- 従業員同士、上司と部下の間に不満はないか調査する。
- 従業員相互間のコミュニケーションが不足していないか調査する。
- 従業員から会社に対する不満はないか調査する。
再発防止を徹底し、従業員に対しての教育を行うことには、次のような効果があります。
- 同様の喧嘩(けんか)トラブルが起こらないようにする。
- 万が一、同様の喧嘩(けんか)トラブルが起きたとき、会社の責任を最小限にする。
- 被害者となった従業員の気持ちを納得させる。
再発防止策を全く行わずに、再度同じようなトラブルが発生したときには、会社の責任は、今回よりも更に重くなるといわざるをえません。
4.5. 警察・マスコミへの対応は?
喧嘩によってケガを負わせてしまった場合、法的に考えると、暴行罪、傷害罪などの刑法違反となります。
そのため、ケガの程度や暴行行為の態様が悪質な場合には、警察などの関与(逮捕、刑罰など)が考えられます。
特に注意しなければならないのは、会社が、被害届の提出を妨害してはいけないということです。会社の中には、大事にしたくないとの一心で、被害者に被害届を出さないよう説得する会社があります。
しかし、被害者となった従業員にとって、被害届を提出することは自由であり、会社が説得して取りやめさせると、会社の対応に不満を持ち、トラブルとなるケースが少なくありません。
警察からの捜査にはできる限り協力すると共に、会社内で適切な対応を行うことを伝えるようにします。事件の内容が重大な場合には、マスコミ対応も必要なケースがあります。
5. まとめ
従業員同士の喧嘩の場合、経営者の知らないところで起こってしまい、現場で適切な処理がされていないことも多いです。
しかし、いざ被害者となった従業員が会社に対する責任追及をはじめると、労働審判、訴訟、団体交渉などと紛争は拡大します。
そして、従業員同士の喧嘩から発展した、会社に対する責任追及は、会社が初動対応を誤っている場合には、取り返しのつかない損害を会社に与えることともなりかねません。
今回の解説を参考に、今一度、御社の労務管理が適切になされているかを、チェックしてみてください。