重大な介護事故が起きたとき、事後対応が重要となります。起きた事故は取り返せませんが、事後対応を適切に行えば、リスクを軽減できます。一方で、深刻な介護事故ほど、隠蔽されがちです。介護事故を起こしたと発覚すれば、施設の悪評につながるおそれがあり、ひいては企業経営全体に影響するためです。
隠しておいても無かったことにはできず、事後対応を適切に行わないと、利用者やその家族から損害賠償を請求されます。むしろ悪質な隠蔽が判明すれば、より重い責任を負うことともなりかねません。更に、行政からも厳しい制裁を下され、指定取り消しや業務停止といった処分を受けるおそれもあります。介護事故を報告しないリスクは非常に大きいのです。
したがって、重大な介護事故ほど、現場の職員と経営者とが連携し、スピーディに原因を究明し、事故報告するよう努めなければなりません。介護事故の事後対応にリスクを感じるとき、弁護士への相談も有効です。
今回は、介護事故を報告しないデメリットと、隠蔽した責任、適切な事後対応を、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 介護事故を起こした施設には、安全配慮義務違反、使用者責任などの法的責任が生じる
- 介護事故が起こったら、速やかに行政及び家族への報告を行う
- 介護事故を報告せず、隠蔽したり虚偽の報告をしたりすると重い責任を負いかねない
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介護事故の責任とは
利用者と介護施設との間には、介護サービス提供についての準委任契約が締結されます。準委任契約とは、事実行為の委任を内容とする契約のことです。事業者は、契約の当事者として、介護事故については重大な責任を負います。
介護に関する契約に付随する義務として、介護施設は利用者に対し、安全配慮義務を負います。介護施設の安全性は、その運営する事業者が確保しなければならないのです。したがって、介護事故を起こし、利用者に危険が生じたら、安全配慮義務違反の責任を負い、利用者の負った損害を賠償しなければなりません。
また、介護施設の職員が、事業の執行に際して起こした行動については、その雇用する事業者は、不法行為の使用者責任(民法715条)を負います。
介護施設そのものに欠陥があった場合(例:手すりの破損、不十分なバリアフリーなど)、施設管理の瑕疵について、介護施設を運営する事業者が責任を負います。
介護事故の適切な対応のしかた
まず、介護事故が起きてしまったときの正しい対応の流れを解説します。いずれも、平常時から事故対応マニュアルを作成し、職員を教育しておくことが、対応が後手に回らないために重要です。
介護事故の対応は、発生直後から始まります。まずは、介護事故の被害を拡大させないようにした上で、再発を防止することが優先されます。利用者の生命、身体の安全を守る必要があるからです。
事故状況を把握し、安全を確保する
介護事故の直後は、焦ってしまいがちです。スピード重視とはいえ、冷静に対応しなければ被害を拡大させます。まずは事故の状況を把握することから始めます。
そして、介護事故の被害が拡大しないよう、安全を確保します。例えば、転倒事故が起きた後、床が滑りやすいまま放置されては、他の利用者も同じ事故に遭うおそれがあります。利用者の安全を最優先に考えて行動してください。また、日頃から、緊急事態に備えた救命講習を受講するなどの準備を徹底する必要があります。
応急手当をし、医師に連絡する
安全を確保したら、応急手当、救命措置をします。まず、利用者に声掛けして意識の有無を確認し、呼吸や出血の有無、打撲や骨折といった外傷の有無を確認してください。
応急手当後は直ちに医師に連絡します。適切な治療のために、事故発生時の状況、利用者の状態だけでなく、日頃の健康状態も踏まえる必要があり、認知症の程度や服薬状況も伝えましょう。利用者が病院への搬送を希望しなくても、素人判断は止め、必ず医師の指示に従います(認知症の影響でコミュニケーションに難ある場合、病院へ搬送しないと介護放棄となるおそれがあります)。
保険会社に連絡する
加入する保険会社への連絡も忘れずに行います。
賠償責任が生じる介護事故では、免責事項に該当しない限り保険金が払われます。初期対応の後すぐ連絡することで、保険金の支払いを早めにしてもらえます。保険金の支払いには調査を要すること多く、介護記録やカルテのほか、事案によっては現地調査が行われることもあります。
弁護士に相談する
重度のケガを負うケースや死亡事故など、施設の責任を問われるおそれある介護事故では、弁護士への相談も必須です。介護事故の損害賠償では、施設の過失、因果関係の有無や損害の範囲など、法的な争いの生じる点が多く、専門的なアドバイスが必要だからです。
弁護士に相談すれば、利用者やその家族と、示談交渉を代わりにしてくれます。誠実に対応せず、訴訟に発展すると、介護施設の社会的な信用を落とす危険もあります。介護事故に精通した弁護士に相談し、慎重に対応するのが適切です。
介護事故が起こったら、行政に報告する義務がある
介護事故が発生したら、施設には、行政への報告が義務付けられます。事業者がすべき行政への対応を解説します。
行政への報告もできる限り速やかにすべきですが、安全確保や治療の方が優先されます。
介護事故の報告義務
介護施設は、サービスの提供により事故が発生したら行政に報告する義務があります。
報告すべき事故は①死亡事故、②医師の診断を受け投薬、処置等何らかの治療が必要となった事故が原則。その他の事故をどこまで報告すべきかは、各自治体で扱いが異なるので確認を要します。例えば、東京都中央区は「事業者の責任の有無にかかわらず、介護サービスまたは宿泊サービスの提供に伴い発生した事故」を報告すべきとし、以下の例を挙げています。
報告が必要な事故は、原則として、①死亡事故や②医師の診断を受け投薬、処置等何らかの治療が必要となった事故です。
中央区介護保険サービス事故報告取扱要領2条(事故の範囲)
サービス提供事業者(以下「事業者」という。)が、保険者(以下「区」という。)へ報告すべき事故の範囲は、事業者の責任の有無にかかわらず、介護サービス又は宿泊サービスの提供に伴い発生した事故とし、次の各号に該当するものとする。
(1) 原因等が次のいずれかに該当する場合
ア 身体不自由又は認知症等に起因するもの
イ 施設の設備等に起因するもの
ウ 感染症、食中毒又は疥癬の発生
エ 地震等の自然災害、火災又は交通事故
オ 職員、利用者又は第三者の故意又は過失 による行為及びそれらが疑われる場合
カ 原因を特定できない場合
(2) 次のいずれかに該当する被害又は影響を生じた場合
ア 利用者が死亡、けが等、身体的又は精神的被害を受けた場合
イ 利用者が経済的損失を受けた場合
ウ 利用者が加害者となった場合
エ その他、事業所のサービス提供等に重大な支障を伴う場合
(3) その他、区長が特に報告が必要と判断したもの
2 次の各号のいずれかに該当する場合は、前項に該当する場合を含め、報告を要しない
ものとすることができる。
(1) 比較的軽易なけがの場合
(2) 老衰等により死亡した場合
3 前2項にかかわらず、本区より報告を求められた場合は報告を要するものとする。
中央区介護保険サービス事故報告取扱要領
報告先は、一般的には、保険者である市町村です。ただし、自治体によっては市町村だけでなく県に報告すべき定めたり、各サービスごとに報告先が異なったりするケースがあるため確認すべきです。
しかし、その場合でも、遅くとも5日以内に報告をします。
介護事故報告書の書き方
行政への報告は、介護事故報告書の提出によります。行政の統一書式(厚生労働省)を参照してください。
報告書は、単なる事実確認のみならず、再発防止、介護計画の見直しなどの目的もあります。利用者側が報告書を入手することもあり、利用者やその家族への説明と齟齬があると、介護事故の隠蔽を疑われてしまいます。憶測や評価は書かず、あくまで事実に基づいて書くようにしてください。
介護事故報告書の書き方と、その注意点は次の通りです。
【発生時状況、事故内容の詳細】
- 覚知の端緒
いつ、どこで、誰が、なぜ、事故を発見したか、5W1Hに基づき詳しく記載する。 - 事故の態様
利用者が、事故発生前と比べてどう変化したか記載する。客観的な数値(バイタルサイン)が分かれば正確に書く。 - 現場の状況
壁、床、設備の状態に変化があったか、障害物の有無、居合わせた他の利用者やスタッフの有無など、時系列に沿って記載する。可能な限り現場の状況を撮影した写真を添付する。
【発生時の対応】
- 第一発見者や、その他のスタッフの行動とその理由、病院への搬送の有無、治療の有無などを記載する
【利用者の状況】
- 介護事故の直後から、利用者に起きた変化、職員とのやり取りを記載する。
【事故の原因分析】
- 書式記載の通り、本人要因、職員要因、環境要因の3つの観点から記載する。直接の要因のみならず、間接的な原因も分かれば詳しく記載する。
行政指導への対応
介護事故への対応が不適切だったり、不十分と判断されたりすると、行政指導を受けるおそれがあります。厳しい場合には、指定取り消し、業務停止といった大きな損失を被ることもあります。職員が故意に施設利用者に暴行を加えたり、施設ぐるみで隠蔽しようとしたりといったケースは、刑事事件化される危険もあります。
ただし、行政指導や処分では、処分前の聴聞手続、弁明の機会の付与といった争う余地もあります。また、行政処分が出た後でも、審査請求や取消訴訟の方法で争えます。
利用者の家族にも報告する必要がある
次に、介護事故が起こったときの家族への報告について解説します。
介護事故の直接の被害者となった利用者への対応は、特に慎重さを要します。事故に対応し、その原因が究明されたり、責任の所在が明らかになったりする都度、報告すべきです。最悪は、利用者が事故に巻き込まれて死亡した場合には、家族にも十分な説明と、報告をしなければなりません。
家族への報告の必要性
まず、施設で介護事故が起こってしまったら、家族への報告は必須です。施設に預けるということは、利用者は判断力が低下している可能性が高く、利用者への説明だけでなく、家族にも理解を求めておかなければトラブルのもとだからです。
このとき、できるだけ客観的な状況を、正確に説明し、感情や主観は排除するようにしてください。介護事故の詳細とともに、今後の対応策や、同種の事故を回避するための努力についても合わせて説明します。対応が不適切だと、悪評を招き、企業の社会的信用に傷が付くおそれもあります。
家族に謝罪をすべきかどうか
家族への報告の際に、介護事故が起きたことについて謝罪すべきか、迷うことがあるでしょう。「謝罪すると、法的な責任を認めることになり、デメリットが大きい」と考える事業者も多いようです。しかし、横柄な態度を取ってはならないのは当然、責任を逃れようとする態度も、家族の感情を逆撫でし、逆効果です。
謝罪したからといって要求がエスカレートするケースばかりではなく、謝罪せずに放置するほうがむしろ紛争を激化させます。被害者側の立場でも、金銭解決だけでなく、感情的な整理も必要でしょう。損得ばかり考えるのでなく、まずは謝罪をすべきです。謝罪は形式的にするのでなく、気持ちに寄り添って誠意をみせなければなりません。否定して議論するのは避け、相手の言い分によく耳を傾けるのが大切です。
謝罪の発言が、後に不利にならないか、事態を複雑化させないか、慎重に配慮すべきです。
具体的な謝罪のしかたや文言、謝罪会見の進行などは、弁護士に相談し、リスク軽減に努めてください。
賠償について合意する
介護事故により、利用者やその家族に損害の生じると、慰謝料をはじめとした賠償請求を受けるおそれがあります。介護施設を運用する事業者は、利用者と締結した施設利用契約に基づいて安全配慮義務を負い、これに違反して事故を起こすと損害の賠償を要します。また、職員が不法行為によって利用者に損害を与えると、それが業務の執行に際してした行為だと、使用者責任を負います(民法715条)。
このとき、利用者やその家族が、交渉で損害賠償を請求し、話し合いの結果和解に至るなら、合意書を作成すべきです。清算条項付きの合意書を作成すれば、将来これ以上の請求を受けるのを回避できます。慰謝料だけでなく、治療費や見舞金など、名目を問わず金銭を払うときは必ず合意書を作成しなければなりません。
話し合いによる解決が難しい場合には、訴訟で争わざるを得ません。とはいえ、介護施設側としては、誠意ある対応をしたと評価されるよう、事後対応を適切にすべきことに変わりはありません。
介護事故後にすべきでない対応
以上の通り、介護事故が起きてしまったらスピーディな事後対応をしないと、多くのリスクがあります。
とはいえ、介護施設として負う重い責任を恐れて、報告をせず放置したり、隠蔽したりしてはなりません。最後に、介護事故後にすべきでない対応について解説します。
介護事故を報告しない
介護事故の報告は法律上の義務です。介護事故を報告しないと、行政指導を受けるほか、指定取消しなどの行政処分を受けるおそれがあります。指定取消しとなると、取消しの日から5年間、新たなサービス事業者として指定を受けられず、また、事業者名が公表される可能性があります(介護保険法70条2項6号など)。指定を取り消された法人の役員であった者や当該事務所の管理者も、密接な関係にあったとして指定を受けられなくなります(介護保険法70条2項6号の3など)
このような不利益の大きさを考慮すると、意図的に介護事故を報告しないのは当然ながら、過失により報告が漏れたり、記載ミスがあったりといったこともリスクが大きいといえます。これらのリスクを回避するには、介護事故への対応をマニュアル化し、報告について組織として取り組む体制を日頃から整えておくべきです。
介護事故を隠蔽する
介護施設が、組織ぐるみで介護事故を隠蔽するケースだけでなく、責任追及を恐れた職員が事実をもみ消そうとするケースもあります。自身のミスが原因のとき、正確に報告するのは気の進まないことでしょう。
転倒事故や薬の飲み違えなど、職員の失敗で起こる介護事故は多く、家族の指摘で初めて発覚するケースもあります。呼吸停止や、重症、死亡といった危機に直面すると、自己保身に走る職員もいます。教育を徹底するとともに、過度にミスを責めず、介護事故には組織として対応するのが適切。防犯カメラを設置するのも、介護事故の隠蔽を抑止するのに効果的です。
虚偽の報告をする
責任を逃れようとして虚偽の報告をするのはもってのほかです。
虚偽の報告が発覚すれば、報告しない場合と同様、重大な行政処分の対象となります。また、介護事故に関する虚偽の報告が利用者やその家族に知られれば、不信感は増大します。訴訟に発展した場合、虚偽の報告をした事情は、施設にとって不利に働き、損害賠償が増額される危険があります。
行政処分により事業継続が困難になる不利益は甚大ですが、不正な手段で目先の不利益を避けようとすれば、かえって信用を失い、立て直しが困難となってしまいます。
まとめ
今回は、いざ介護事故が起こってしまったとき、知っておくべき事後対応を解説しました。
介護事故は、判明すると悪評につながるなどのリスクから、隠蔽が起こりがちです。しかし、介護施設を運営する事業者として、正しい対応を行わないのは、より大きなデメリットがあります。介護事故を報告しないのは、利用者やその家族からの咳に追及を受けるのはもちろん、行政からの処罰もあり得るもの。緊急対応は、透明性を重視しなければなりません。
介護事故の事後対応では、スピードが重要となります。平時から対応マニュアルを作成し、教育と訓練を欠かさないといった事前準備が大切です。
- 介護事故を起こした施設には、安全配慮義務違反、使用者責任などの法的責任が生じる
- 介護事故が起こったら、速やかに行政及び家族への報告を行う
- 介護事故を報告せず、隠蔽したり虚偽の報告をしたりすると重い責任を負いかねない
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