日本の裁判制度では、「三審制」という制度がとられていることは非常に有名であり、皆様ご存じなのではないでしょうか。
これは、1つの紛争について、「3回まで」裁判所に判断をしてもらう機会がもらえる制度です。
典型的には、第一審を地方裁判所、控訴審を高等裁判所、上告審を最高裁判所で、それぞれ審理判断して戦うケースです。日本では、民事訴訟でも刑事訴訟でも、「三審制」が採用されています。
会社が民事訴訟を争う場合、民事訴訟の控訴審を戦うための弁護士の選び方をどのようにしたらよいか、そして、控訴審をどのように戦えばよいかは非常に難しい問題です。
「三審制」といいながら、実務上の運用は、「3回分チャンスがある。」、「チャンスは3倍である。」とは言い難い状況です。
むしろ、原則は第一審がすべてで、第一審で敗訴すれば逆転は難しいと考えておく方が実態に沿っています。万が一、第一審に敗訴して控訴審を戦う場合も、きちんと理解しなければ、控訴審で良い結果を得ることは困難です。
今回は、民事訴訟で控訴して戦うための弁護士の選び方と、控訴審のポイントを、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
目次
1. 「三審制」とはいえ第一審がすべて
「三審制」という、裁判所で3回審理をしてもらえる制度があるとはいっても、冒頭でも、「3回分チャンスがあるとは考えないでほしい。」と解説しました。
このことから、「第一審が全てである。」と考えていただいた方がよいでしょう。まずは第一審に集中し、勝訴を目指すのが大原則です。
「三審制」を正しく理解していただくために、いくつかのポイントから、控訴審を行う際に注意して頂きたいことを解説していきます。
1.1. 控訴審は「やり直し」ではない
「三審制」では3回チャンスがあるわけではないというのは、3回分、裁判をやり直すことができる、というわけでは決してないからです。
民事訴訟の控訴審は、専門用語でいうと「続審」といって、裁判をやりなおすわけではなく、第一審の続きを行っているにすぎないとされているからです。
このことは、民事訴訟法の次の規定からも明らかです。
民事訴訟法298条1項第一審においてした訴訟行為は、控訴審においてもその効力を有する。
民事訴訟法の規定により、第一審で行った主張立証は、控訴審でもその効力を持ち、改めてやり直すわけではないという意味です。
控訴審は、あくまでも、第一審の審理の続きを行い、新たな証拠があるのであれば提出し、主張を補充、追加するためのものという位置づけであることに注意が必要です。
1.2. 控訴審での審理対象は?
民事訴訟の控訴審では、「控訴審でも請求に理由があるかどうか?」を判断するものとされていますが、実務上は、「第一審に誤りがあるか?」という観点から検討をされるケースが多いといえます。
そのため、第一審の判断は、控訴審でも参考にされるため、控訴審があるからといって第一審をないがしろにしてよいわけではありません。
1.3. 控訴審の期間は短い
以上に解説したことからもわかるとおり、控訴審では、第一審での審理結果を前提に、追加での主張立証、審理を行いますから、審理期間も第一審に比べて短いケースがほとんどです。
裁判を一からやり直すわけではなく、第一審の続きを行うだけというわけです。
控訴審の多くは、第一回期日のみで終わってしまうことも少なくありません。
審理が短く終わるケースの多くは、第一審の結果が変更されないこととなることが多いといえます。
第一審では、1年以上にわたって長期間戦ってきた場合が多いため、イメージが大きく違うことにびっくりされる方も多いでしょう。
これは、控訴審が、論点を整理し、判断が変更される可能性のある論点にしぼって審理をするというのが現在の控訴審の実務であるためです。
1.4. 控訴審で結果が変更される可能性が低い
控訴審で結果が変更される可能性は、統計上、かなり低いとされています。
既に解説してきたことからも容易に想像がつくでしょう。
第一審で手抜きをしていたのでない限り、新しい証拠はそう多くは出ないし、新しい主張や請求の変更もあまりないはずだからです。
むしろ、第一審で手抜きをして、提出すべき証拠を提出せず、行うべき主張を行っていなかったとすると、控訴審で改めてこれらの主張立証を行うのは、後で解説する「時機に遅れた攻撃防御方法」の問題すら生じかねません。
すると、裁判官によって評価、判断が異なる場合もあるとはいえ、同じ結論となる可能性は高いといえます。
裁判官による判断は、基本的には、心証は常識的な判断がされることとなります。専門用語で「経験則」といいますが、何も裁判官にしかない特殊な能力ではありません。
したがって、大きく結果が異なることととなる可能性は、低く抑えられてしまうというわけです。
2. 最高裁への上告は期待しない
以上の通り、控訴審を戦うことは、非常に大きな困難がともないます。
しかし一方で、最高裁への上告を期待して、控訴審を甘く見ることは禁物です。
最高裁における審理は、第一審、控訴審とは大きく異なり、最高裁での結果の変更に大きな期待を寄せることは非常に危険だからです。
最高裁で結果が変更される可能性は、控訴審よりも更に低いと考え、万が一、第一審で敗訴した場合であっても、控訴審で最善の努力を尽くすべきです。
最高裁への上告に期待して控訴審をないがしろにしてはならない理由は、次の通りです。
2.1. 事実認定の変更は控訴審まで
裁判所の行う、事案の解決のための判断には、「事実認定」と「法的評価」の2種類があります。
- 「事実認定」
:具体的にどのようなことが起こったのか。 - 「法的評価」
:法律にあてはめるとどのように評価されるのか。
このうち、「事実認定」を変更できるのは控訴審までとされ、最高裁は「事実認定」の判断を行いません。したがって、最高裁における上告審では、「事実認定」を変更することはできません。
依頼者が裁判所の判決に不満を持っているケースの多くは、「事実認定」に対する不満にある場合が多いといえます。むしろ、「法的評価」のあやまりは、弁護士の責任範囲でもあります。
依頼者が裁判所の判断に不満を持つことの多い「事実認定」の誤りは、控訴審までの間でしか修正することはできないということです。
2.2. 最高裁の上告審は法的評価がメイン
最高裁で行われる上告審の審理は、「法的評価」の修正がメインです。
つまり、法律を誤って適用してしまったり、誤った手続きで行ってしまったりという場合には、上告審において結果が変更される場合もある。
これは、法令解釈の統一のための最高裁の機能でもあります。
裁判官もまた法律のプロであり、どの弁護士の目から見ても明らかに誤っているというような判断を行う裁判官はいないといってよいでしょう。
その上、第一審、控訴審と2人の裁判官がこれまでに「法的評価」を行っていますから、「法的評価」を変更される可能性すら、非常に低いといってよいでしょう。
3. 控訴審の具体的な準備
以上の、「三審制」、控訴審の基本を理解していただいた上で、次に、控訴審を行う際に具体的に行うべき準備について解説していきます。
控訴審の準備は非常にやるべきことが多く、かつ、準備期間が短く設定されていますので、必要なことをスピーディに進めなければなりません。
控訴審を弁護士に依頼する場合には、「控訴する。」と決意したらすぐに相談、依頼を行うことが重要です。
控訴審の準備を非常に大変なものとしている2つの要素、すなわち、短い準備期間と、準備事項の多さについて、順に解説していきます。
3.1. 準備期間が非常に短い
第一審に敗訴し、控訴審で戦うという場合、この間のスケジュールは非常にタイトなものと定められています。
具体的には、第一審の判決の送達を受けてから2週間以内という控訴期間の間に、「控訴状」を提出し、その後、控訴状を提出してから50日以内の提出期限の間に、「控訴理由書」を提出しなければなりません
「控訴状」の提出期限を過ぎると、控訴ができなくなってしまいます。
これに対して、控訴理由書の提出期限は、守れなくても控訴自体が無効となるわけではありません。
さらにいえば、これはあくまでも会社自身が守るべき期限であって、控訴を依頼する弁護士に相談がくるころには、期間はさらに余裕がなくなっていることが多いといえます。
既に解説したとおり、控訴審は1回結審となるケースが非常に多いため、新たに主張、証拠を追加できるタイミングも、「控訴理由書」の提出時点程度しかないことも少なくありません。
3.2. 控訴審の準備事項が多い
控訴審では、準備期間が非常に短いにもかかわらず、控訴審を戦うための準備事項は非常に多いです。
控訴審で新たな主張、証拠をする準備を行うわけですが、既に第一審で精査がされている上で、さらに役に立つ証拠を発見することは非常に難しいといえます。
控訴審を依頼された弁護士が、第一審段階でも依頼を受けている場合、やることは尽くしている可能性が高いといえますし、そうでもなければ弁護士の怠慢か依頼者の手抜きの可能性があるでしょう。
一方で、控訴審を依頼された弁護士が、第一審で依頼を受けていない場合、控訴審の段階からはじめて依頼を受け、改めて記録の精査から始める必要があり、事案が複雑であると作業時間が長時間となります。
記録を精査した上で、判決の誤りを見つけ、これを正すための論理構成を検討しなければなりません。
控訴審で主張する論理構成は、第一審の繰り返しだけでは不足です。というのも、第一審の裁判官もプロですから、同様の主張を繰り返せば、同様の結果となる可能性の方が高いからです。
3.3. 控訴提起の進め方
第一審の判決が送達されてから2週間以内に、控訴審裁判所宛ての「控訴状」を、第一審裁判所に提出することで控訴を受理してもらいます。
例えば、第一審が東京地方裁判所の場合には、東京高等裁判所宛ての控訴状を東京地方裁判所に提出するというようになります。
また、第一審が簡易裁判所であった場合、地方裁判所に対して控訴をすることとされています。
その後、「控訴状」提出から50日以内に、「控訴理由書」によって具体的な主張を行います。
第一審の判決を変更することが予想されるような有力な証拠(書証・証人)がある場合、その後、複数回の期日が設けられ、準備書面によるやりとりが、第一審と同様に数回継続することもありますが、第一回期日で結審することも少なくありません。
控訴審であらためて和解の機会がもたれることもあります。
この場合、第一回期日の前に、「進行協議期日」という、話し合いの機会が設けられたり、事前の協議や、事実上の面接が行われ、期日以外でも裁判官に会う機会がある場合があります。
とはいえ、このような機会があるからといって、そこで主張立証を追加したり、いつでも主張を変更できたりするといった期待を持たず、早めに準備し、控訴理由書にすべてをつぎ込むことが大事です。
4. 時機に遅れた攻撃防御方法
「時機に遅れた攻撃防御方法」という、民事訴訟法上のルールがあります。
訴訟当事者の主張立証が、「いつどのタイミングで行ってもよい。」というわけではなく、「適時適切なタイミングで行わなければならない。」というルールです。
適時適切なタイミングで行わない場合には、裁判所から却下されてしまう可能性もあるため、非常に重要なルールであるといえます。
民事訴訟法には、「時機に遅れた攻撃防御方法」の却下ついて、次のように定められています。この条項は、民事訴訟法297条で、控訴審にも適用されます。
民事訴訟法157条1項当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
このルールは、訴訟の遅延を防ぐために、当事者がいつでも主張立証を追加できることを一定程度制限し、適切なタイミングで提出するよう求めるルールです。
控訴審を戦う場合であっても、主張立証は、できる限り早めに行わなければならないということです。
5. 控訴審での証人尋問
控訴審ではじめて尋問がされるというケースはあまり多くはありません。というのも、控訴審では、証人尋問を申請しても、裁判所に採用してもらえないケースが多いためです。
第一審ですでに調べている証人の尋問は、行われない場合が多いといわれています。
ただし、新たな証拠が提出された場合や、第一審での尋問が不十分、不適切であったと考えられる場合には、控訴審でもう一度証人尋問を行うことが許される場合もありますので、検討すべきでしょう。
第一審で証人尋問をしていない新たな証人の尋問は、「第一審の結果を変更すべきである。」と判断される場合には、行われることがあります。
これに対し、第一審の結果に影響を与えないと考えれば、証人尋問が却下されるケースも非常に多いです。
第一審の段階では証人尋問が不可能であったが、控訴審の段階で事情が変わったという場合には、証人尋問を行ってもらえる可能性が高まります。
控訴審で証人尋問を認めてもらえるかどうかを考えるにあたって、重要なポイントは、次のとおりです。
- 事案の解明のため、証人尋問が必要であることを主張する。
- 証人尋問をすれば第一審の結果を変更する必要があることを、説得的に説明する。
6. 控訴審の弁護士費用
第一審段階を担当した弁護士とは、信頼関係がなくなっている場合が多いのではないでしょうか。
弁護士と依頼者との間の委任契約では、弁護士はいつでも解任できるが、弁護士の側からもいつでも辞任できるのが原則ですが、最終的な判断は依頼者に任せられる場合が多いと思います。
6.1. 控訴審で弁護士を変更すべきか
敗訴して信頼関係がなくなっている場合には、解任した方がよいケースも多いといえます。
ただし、控訴審の場合、「控訴状」、「控訴理由書」の提出期限が非常にタイトであり、特に、「控訴状」の提出期限2週間の間に、控訴審における見通しをつけることは困難です。
そのため、「控訴状」提出までは第一審の弁護士に担当してもらうことも考えるべきです。
6.1. 控訴審で弁護士を変更した場合の弁護士費用
控訴審を第一審とは別の弁護士に依頼した場合、着手金をもう一度支払わなければならないため、弁護士費用が多めに必要となります。
第一審の弁護士が引き続いて担当する場合に比べて、作業量が多くかかるため、準備のためにも着手金をいただくこととなります。
第一審の弁護士が控訴審を担当する場合であっても、追加の着手金を請求されることがほとんどでしょうから、それほど大きな差がないケースもあり得ます。
第一審の委任契約書を見ていただきたい、「受任の範囲」などと記載がある部分に、「第一審」のみを受任の範囲とし、控訴審は別の委任契約が必要という内容が記載されているはずです。
7. まとめ
第一審に敗訴した後、控訴審を戦うという場合には、非常に大きな困難がともないます。
「三審制」、控訴審の意義、内容をきちんと理解し、適切な準備を行いましょう。
控訴審を戦う場合、弁護士>を依頼するケースがほとんどであろうと思いますが、短い準備期間、タイトなスケジュールの中で、適切な準備を進めてもらうためにも、早めの法律相談、弁護士への依頼が鉄則です。