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社員が「給料を上げてほしい」と言ったとき、会社の適切な対応は?

社員から「給料を上げてほしい」と要求されることがあります。

社員にとって給料は「生活の糧」であり、高いに越したことはないと考えるのが自然です。しかし、企業側は、限られた人件費の中で、無制限に昇給に応じることはできません。経営の安定や、他の社員とのバランスも考慮する必要があります。

社員が「給料を上げてほしい」と要求したのは、現状の労働条件に不満があるサインでもあります。この声を無視して放置すれば、モチベーションの低下を招き、離職に繋がるおそれもあります。能力の高い社員ほど他社でも活躍できるので、賃上げ交渉に応じなければすぐに転職してしまいます。

人材不足の昨今、中小企業にとって幹部クラスの退職は大きな損失でしょうから、賃上げの要求に対しては、単なる「拒否」や「放置」ではなく、状況に応じた対処が不可欠です。

今回は、「給料を上げてほしい」といった社員の要求に、企業がどう対処すべきなのか、企業法務に強い弁護士が解説します。

この解説のポイント
  • 給料を上げるかどうかは会社の裁量なので、賃上げ交渉は拒否できる
  • 契約上の義務があれば応じるべきで、違法な不平等は是正するのが適切
  • 賃上げに応じるにせよ拒否するにせよ、社員の納得感を大切にする

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給料を上げるかどうかは会社の自由

「給料を上げるかどうか」は、企業の経営判断に直結する重要な問題です。

そのため、単なる人事評価の延長では語れません。人件費が増加すれば、いくら売上があっても利益が圧迫される危険があり、企業の経営基盤を大きく揺るがしかねません。

もちろん、努力を重ねる社員には、適切な評価や処遇で報いるのが望ましいです。

しかし、現実には、経営上の制約から「これ以上給料を上げられない」と判断する企業も多いでしょう。中には、自己評価が高すぎて、十分な貢献がないのに過剰な賃上げ要求をする者もいます。

したがって、企業としては、合理的な判断の結果として、昇給を見送る・拒否するという対応もやむを得ません。

原則として、給料を上げるかどうかは会社の自由です。

というのも、法律上は、労働者には「昇給を求める権利」は存在しないためです。このことは、正社員の基本給に限らず、賞与(ボーナス)・各種手当・退職金・アルバイトの時給などにも共通します。つまり、これらの賃金項目について、企業には一定の裁量が認められており、必ずしも社員の希望通りに応じる義務はありません。

したがって、社員から「給料を上げてほしい」と強く求められても、会社としては拒否できます。とりわけ、人件費の抑制が経営の安定に寄与する中小企業にとっては、安易に賃上げを容認しないことが基本的な方針となります。

給料を上げるべきケースとは

次に、社員からの昇給や賃上げ要求に応じるべきケースを解説します。

前述の通り、昇給や賃上げ要求には、毅然とした姿勢で断るべき場面が多いのが実情です。しかし一方で、状況によっては、賃上げに応じる方が会社にメリットがある場合や、逆に拒否するとデメリットが生じる場合があり、合理的に判断しなければなりません。

労働契約で昇給を確約した場合

最も明確なのは、労働契約上で昇給を約束している場合です。

確実な約束として「給料を上げる」と保障したなら、その約束を履行せざるを得ません。例えば、「勤続年数や評価に応じて必ず昇給する」といった内容が雇用契約書や就業規則、賃金規程に明記され、社員がその条件を明確に満たすなら、企業は契約に基づいて昇給する義務を負います。

この場合、「経営状況が苦しいから」といった理由だけでは昇給を拒否できません。たとえ法律上は給料を上げる義務がなくても、契約上の根拠に基づいて昇給しなければならないケースです。

明らかに不平等な待遇である場合(同一労働同一賃金)

次に、明らかな不平等が存在する場合も、昇給の要求に応じるべき場合があります。

全く同一の業務内容・能力で働く社員間に、明らかな給与格差がある場合、一人だけ給料を上げないのは不公平であり、不平等です。これは、「同一労働同一賃金」の原則に基づく考え方です。裁判例でも、正社員と非正規社員の間の不合理な待遇差について、是正を命じる判断が相次いでいます。

また、男女や国籍、人種など、社員の努力では変えられない性質に基づく不平等な給与差は、労働基準法や男女雇用機会均等法などに違反するおそれがあり、法的リスクが高いです。

このように、違法または不合理とされる格差が存在する場合には、社員の賃上げ要求に応じることが適切な対応となります。

代替困難な価値の高い社員の場合

代替困難な人材からの昇給の要求には、戦略的な視点で柔軟に対応すべきです。

特に、専門性が高い、業務上のキーパーソンである、顧客との強い関係性を持っているといった社員は、退職されると事業に大きな支障を来してしまいます。「離職されるくらいなら、給料を上げた方がよい」と判断できるなら、要求に応じて給料を上げるのも一つの選択肢です。

優秀な人材ほど、他社でも評価される可能性が高く、競合他社に流出すれば企業の損失は計り知れません。価値の高い社員からの賃上げ交渉は、拒否はすなわち、退職に直結します。したがって、人材流出のリスクと比較して、戦略的に決断しなければなりません。

給料を上げる際の注意点

次に、給料を上げる際の注意点について解説します。

社員の要望や経営判断によって「給料を上げる」と決断した場合も、進め方には十分注意が必要です。考えなく賃上げを行えば、社員に誤ったメッセージが伝わり、期待した効果が得られないどころか、組織の秩序を乱す原因にもなります。

社員の言いなりにならない

第一に、社員の言いなりにならないことです。

賃上げを求められるたびに応じては、「要求すれば給料が上がる」と誤解されかねません。努力よりも自己主張が優先される風土が生まれ、目先の利益ばかり求めるようになります。注意指導は浸透せず、真面目に業務に取り組む社員との間に不公平感が広がってしまいます。

賃上げは、あくまでも会社の判断として行うべきで、「どのような社員を評価するか」「どのような行動や成果が高評価に繋がるか」を定義し、その基準に基づいて決定しなければなりません。

この際、客観的で公正な基準(賃金規程や評価基準など)が不可欠です。一貫したルールなく、声の大きい社員が得をする状態となっては、他の社員が不満を募らせることとなります。

明確でわかりやすい評価基準を作る

第二に、客観的で明確な基準を作ることです。

どのような条件を満たせば給料が上がるかが明らかに説明されることは、社員の納得感を得る上で非常に重要で、やる気やモチベーションの向上にも繋がります。

評価基準が不明確なまま昇給が行われると、賃上げされなかった社員の間に不満が広がります。一方で、事前に全社員に共有された基準に従った昇給判断なら、不満は出にくくなります。社員が「評価されるポイント」を意識しやすくなり、努力の方向性が明確になる結果、組織全体のパフォーマンスも向上するという好循環が生まれます。

企業が準備すべき主なルールや制度は、次の通りです。

  • 賃金規程
    給与体系、支給日、支給条件、手当の種類など、賃金に関する基本的なルールを定める規程。就業規則の一部として整備されます。
  • 人事評価制度
    どのような行動・成果を評価するかを明示し、評価項目や基準を段階的に設定。社員が評価を意識しやすくなり、公平な判断が可能になります。
  • 賃金テーブル
    評価結果に応じてどの程度の昇給・減給が発生するかを明示した表。昇給の幅や給与レンジを定めることで、制度に透明性が生まれます。

なお、賃金規程は就業規則の一部となるため、常時10人以上の労働者を使用する事業場では労働基準監督署への届出義務があります。そのため、細かな運用ルールは、内規(ガイドライン)として別途定めるのが一般的です。

社員に対する事前説明を徹底する

第三に、社員に対して事前説明を徹底して行うことです。

給料に関するルールや制度を整えても、社員に周知・説明しなければ納得は得られません。昇給・昇格に関するルールや評価基準は、導入時はもとより、変更する際や、実際の給与変更の際などにも、継続的に説明の機会を設けることが重要です。

また、実際に給料を増減させる場合、当該社員に「どの基準に照らして評価されたか」「どの行動や成果が評価されたのか・されなかったのか」を具体的に説明すべきです。

社員が疑問を抱いた状態では、不満が蓄積し、最悪の場合には労使トラブルや法的紛争に発展するリスクもあります。このリスクを未然に防ぐためにも、納得のいくまで説明を尽くし、その記録を保存しておかなければなりません。

賃上げ交渉に対応するときの注意点

最後に、賃上げ交渉に対応する際の注意点を解説しておきます。

経営状況や人件費の制約により、昇給要求に応じられないケースは少なくありません。安易に人件費を増やせば経営を圧迫し、最悪は、事業継続に支障を来してしまいます。

給料を上げられないときこそ、単に「できない」と断るだけでなく、誠実な説明が求められます。対応を誤れば、労使関係が悪化し、トラブルに発展するリスクもあります。

給料を上げられない理由を説明する

社員の立場では、「頑張っているのに報われない」「努力しても給料が上がらない」と感じる状況は、非常に辛いものです。給料が上がらないことで、能力や存在を否定されたと感じる人もいます。モチベーションの低下や離職のきっかけになることも十分あり得ます。

このような事態を避けるには、給料を上げられない場合でも誠実に対応することです。以下の点について、可能な範囲で説明するのが重要です。

  • なぜ昇給が難しいのか。
  • 現在の給与水準が、どのような評価に基づいているのか。

特に、社員側に落ち度がないときは、「あなたの評価が低いからではなく、会社の事情である」という点を明確に伝えましょう。経営上の理由など、企業秘密を開示するには限度があるでしょうが、納得感のある説明を心がける必要があります。

どうすれば給料が上がるかを伝える

給料を上げられない理由の説明と共に、「どうすれば昇給するか」を伝えることが大切です。

昇給の見通しが不透明なままだと、社員は努力の方向性が見えず、不安を募らせます。給料の上がらない原因が社員の問題点にある場合は、注意・指導し、改善を促すべきです。まして、業績悪化など会社側の理由ならば、理解を得るための説明は不可欠です。

次のポイントを、社員の職務内容や役職に応じて個別に説明することが重要です。

  • どのような貢献が評価対象となるのか。
  • 業績改善にどのように関与すれば給与が上がるのか。
  • どのようなスキルや姿勢が昇給の条件となるのか。

必ずしもすぐに給与を上げられなくても、フィードバックを丁寧に行えば、成長意欲を維持し、組織全体の生産性を向上させることができます。

残業代は適正に支払う

給料を上げることは企業の裁量に委ねられており、法的義務ではありません。しかし、残業代の支払いは法的義務であり、これを怠ると労働基準法違反となります。

したがって、昇給しなくても、労働時間が長くなれば、その分の残業代が発生します。具体的には、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を越えて働く場合には割増賃金(残業代)を支払う義務があり、経営が厳しい状況であっても、この義務は免れません。

要求通りの昇給が叶わなかった社員は不満を抱え、残業代の未払いを理由に労働審判や訴訟を起こすケースも増えています。このような「足元をすくわれる」トラブルを回避するためにも、日頃から適正な労働時間の管理と、正確な賃金計算・支払いを徹底してください。

まとめ

弁護士法人浅野総合法律事務所
弁護士法人浅野総合法律事務所

今回は、社員に「給料を上げてほしい」と要望された際の企業側の対応を解説しました。

賃上げの要求は、企業経営において頻繁に発生する問題であり、社員の不満が顕在化したサインでもあります。対応を誤ると、思わぬトラブルや法的リスクの原因ともなりかねません。優秀な社員ほど「給料が上がらないなら退職してもよい」と決意しており、労働問題になりやすいです。

企業には、社員の給与を上げる法的義務はありません。一方で、雇用契約や労使協定で昇給を約束していたなら、その内容に従うべきです。優秀層の定着やモチベーション維持といった経営戦略面から、給料を上げるメリットのあるケースもあります。

給与に関する要望の背景には、就労環境や評価への不満、職場内のコミュニケーション不足など、様々な問題が隠れていることがあります。社員との関係に悩んでいる場合や、対応に不安がある場合は、ぜひ弁護士にご相談ください。

この解説のポイント
  • 給料を上げるかどうかは会社の裁量なので、賃上げ交渉は拒否できる
  • 契約上の義務があれば応じるべきで、違法な不平等は是正するのが適切
  • 賃上げに応じるにせよ拒否するにせよ、社員の納得感を大切にする

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