★ お問い合わせはこちら

うつ病を会社に報告しない社員への対応は?無理して出社させないことが大切

うつ病を抱えながらも会社に報告せず、無理に出社を続ける社員が後を絶ちません。

職場のメンタルヘルスの重要性が叫ばれる中、それでも我慢する社員は、「うつ病だと低評価にされそう」「解雇されるかも」といった不安を抱えています。上司や人事担当者としては、「声をかけるべきか、黙って様子を見るべきか」と対応に迷う場面も多いでしょう。

しかし、うつ病などの精神疾患は目に見えず、兆候を見逃したり不適切な対応をしたりすると、本人の病状が悪化するだけでなく、企業にとって大きな法務リスクに繋がります。社員の心身の健康を守ることは、会社の安全配慮義務の一環だからです。悪いイメージが付くことを回避するため、うつ病を隠し、無理して出社を続ける社員も少なくないので要注意です。

今回は、うつ病を会社に報告しない社員への対応と、無理して出社を続ける社員に対して企業がすべき対処法について、弁護士が解説します。

この解説のポイント
  • 社員がうつ病を会社に報告しなくても、会社は健康状態を把握する義務がある
  • うつ病であると気づいたら、無理に出社させるのは法的なリスクが高い
  • うつ病が労災であると主張される場合に備え、記録を保存しておく

\お気軽に問い合わせください/

目次(クリックで移動)

うつ病を会社に報告しない理由

まず「なぜ社員がうつ病を報告しないのか」という理由を理解してください。

うつ病を発症しても、会社に報告せず出社を続ける社員は多いです。確かに、業務に影響しない軽度のうつ病なら、必ずしも報告しなければならない義務はありません。しかし、会社が安全配慮義務を適切に果たすには、社員の健康状態は正確に把握したいところです。

社員が、うつ病を隠す背景には、以下の複雑な要因が絡み合っています。

  • 自分がうつ病だと認めたくない
    うつ病の初期段階は、自分の不調を認めたくない心理が働きます。「疲れただけ」「気の持ちようだ」と言い聞かせ、病気の自覚がないまま日常業務をこなそうとします。
  • 周囲に迷惑をかけたくない
    責任感が強く、真面目な社員ほど「自分が抜けると現場が回らない」「同僚に負担をかけたくない」と考えて無理しがちです。心身の限界に気づきながらも、報告や相談を先延ばしにし、状態を悪化させてしまいます。
  • 人事評価や雇用継続への不安
    「うつ病を申告すると降格されるのでは」「解雇されるかも」といった不安も、うつ病を隠す原因の一つです。
  • 会社に無力感を抱いている
    過去にパワハラを受けた経験がある社員ほど、「相談しても無駄」「また責められるだけ」など、職場への無力感を感じ、助けを求めなくなります。
  • 相談体制が整備されていない
    社長や上司が忙しそうで相談しづらかったり、社内の相談窓口が未設置だったりして、適切な相談先がわからないケースもあります。相談内容が人事に筒抜けなのでは、という不安から報告をためらう人もいます。
  • 精神疾患に偏見がある
    「うつ病は甘え」「根性が足りない」といった根強い偏見が、社員の沈黙を助長しています。年齢が高い人が多い職場ほど、このような文化が蔓延しがちです。

企業側で大切なポイントは、以上のような理由で「たとえ不調でも、うつ病になったことを隠したいと思う社員がいる」と理解することです。

しっかりと配慮し、会社側が率先して「気づく」「寄り添う」姿勢を見せなければ、うつ病の早期発見は叶いません。

無理して出社させるリスクと企業の責任

次に、無理して出社させるリスクと企業の責任について解説します。

うつ病の社員が、不調を隠して出社を続けるとき、放置すれば企業にとって重大なリスクとなります。本人の健康を損なうだけでなく、職場全体の信頼を損なったり、労災トラブルに発展して企業の信頼を喪失したりする危険もあります。

精神疾患は、適切な治療と休養を取らなければ、徐々に悪化していきます。

うつ病を抱えたまま働き続けることは、症状の慢性化や重症化を招き、最悪は自殺に至るケースもあります。また、うつ病によって、集中力や判断力が低下すれば、通常生じないようなミスや事故を起こしやすくなります。

無理をして出社する社員の不調は、他のメンバーにも影響します。

例えば、カバーに回った同僚の業務負荷が高くなる、コミュニケーションがうまく取れず業務効率が落ちる、ピリピリした雰囲気が職場の士気を下げるといった悪影響です。更に、企業が対応しない状態が続けば、他の社員も「メンタル不調の社員に冷たい会社だ」と不信感を持ち、職場全体の心理的安全性が低下するおそれもあります。

企業には、労働者が心身ともに安全で健康に働けるよう配慮する義務(安全配慮義務)があります(労働契約法5条)。うつ病の疑いがある社員が、会社に報告せず出社しているとき、それを認識しながら対処しなかったなら、安全配慮義務違反と評価されるおそれがあります。

上司や人事が異変に気づいていた、あるいは気づけたはずなのに放置した場合、裁判上で企業の過失が認定されやすくなります。無理に出社させ続けたことが原因で症状が悪化し、休職や退職に至った場合、労災申請がされる可能性もあります。

社員がうつ病を報告しない場合の初動対応

次に、社員がうつ病を報告しない場合の初動対応について解説します。

うつ病の兆候が見られるのに、本人から報告や相談がない場合、企業としてどのような初動対応を取るべきかは非常に重要です。接し方に注意しなければ、病状を悪化させるだけでなく、安全配慮義務違反として責任を問われる可能性もあります。

強く説得したり励ましたりしない

うつ病の人を追い詰めたり、プレッシャーをかけたりするのはリスクが高いです。

体調不良の兆候が見られるのに、「忙しいから今だけ何とか頑張ってくれ」「これくらいの仕事はできるはずだ」などと発言しては、追い詰める結果にしかなりません。ただでさえ、うつ病の人は罪悪感や無力感を抱きやすく、できない自分に対する自己否定感が高まった状態です。

「がんばれ」「気のせいだよ」「みんな大変な思いをしている」などの言葉は、一見すると励ましに見えますが、精神疾患を抱える人にとっては否定的に捉えられる可能性があります。このような会社の発言により「自分の苦しみは理解されない」「ここにいても安心できない」といった孤立感を助長すれば、更に相談や報告を遠ざけてしまいます。

気の使いすぎが逆効果なことがある

うつ病だからといって気を使いすぎると、かえって逆効果です。

必要以上に特別扱いすると、孤立感を強めることもあります。「あの人はうつだから」といって必要以上に義務を免除したり、周囲に距離を置かせたりすると、逆に「自分だけ違う扱いをされている」という不安を抱かせ、更に無理して、出社を続けてしまう危険もあります。

社員のメンタル不調に過剰反応しすぎると、周囲もどう接してよいか分からなくなり、かえって職場内にぎこちない空気が生まれます。本人にとっても「腫れ物扱いされている」「職場から排斥された」と感じられ、ストレスが増していきます。

したがって、うつ病を疑う社員でも、業務遂行が可能なら、特別視せずに普段と変わらない接し方を心がけることが大切です。

放置してはいけない

初期段階での対応が遅れるとリスクが大きくなるので、放置は禁物です。

「そのうち落ち着くだろう」「本人から相談があるまで待とう」といった考えで放置すると、状態が進行し、長期の休職や離職、最悪は労災トラブルに発展する危険があります。

企業には、社員の健康状態に気づき、適切な措置を取る義務があります。労働者本人がうつ病を隠し、会社に報告しないとしても、体調不良が明らかなのに放置すれば、安全配慮義務違反の責任を問われても仕方なく、「知らなかった」では済まされません。

初動対応で重要なのは、タイミングを見て穏やかに声をかけ、健康状態を気遣うことです。すぐに休職を要するほどの状態でなければ、まずは体調を整えることを優先するのがよいでしょう。

無理して出社を続ける社員への対応方法

次に、明らかに体調不良なのに出社を続ける社員への対応方法を解説します。

初動の段階を越え、うつ病の兆候があるにもかかわらず会社に報告しないで、無理をして出社を続ける社員には、特に慎重な対応が必要となります。

医師に相談して意見を求める

うつ病への対応は、医師による医学的な判断に基づいて行うべきです。

医師の意見を聞くにあたり、最初に行うべきは、本人に受診を促すことです。直接的に「病気ではないか」と指摘するのではなく、「最近お疲れのようなので、一度体調を見てもらってはどうか」など、体調への気遣いを提案するのが望ましいです。既にかかりつけの医者(主治医)がいる場合には、健康管理の一環として、診断を受けるよう促します。

しかし、労働者の中には、うつ病だと気づいていなかったり、隠そうとしたり、医師の治療を避けようとしたりする人もいます。この場合、産業医がいる会社では、産業医面談を進めるのが有効です(※ 産業医がいない場合、指定医の受診を促すことも可能)。

本人からうつ病の診断書が提出されていなくても、会社として病気を疑うなら、早期に医学的な判断を取り入れるべきです。

業務への影響や支障の程度を検討する

次に、体調不良が疑われる社員について、業務への影響を検討します。

例えば、勤怠状況(遅刻、欠勤の傾向など)、業務パフォーマンス(業務の遅延、判断ミスの頻度など)を具体的に記録し、整理してください。また、うつ病などの不調のある社員を無理に出社させることで、周囲の社員の業務負担が過剰になったり、チーム全体の生産性や士気が下がったりする弊害も見逃せません。

同僚からの不満や懸念が表面化する前に、会社が責任をもって調整する姿勢が大切です。一時的に業務負担を軽減したり、ストレスの少ない部署へ配置転換することも、休職を回避するための選択肢として有効です。

就業規則に従って休職を命じる

次に、業務遂行が困難と判断される場合、休職を命じます。

例えば、出社できているが業務が円滑に進まない、遅刻や無断欠勤、相対を繰り返しているといった状況だと、もはや労務提供は不十分だと言わざるを得ません。

就業規則には、「心身の疾患により業務に支障をきたす場合は休職を命じることができる」といったように、休職命令に関する条項が定められていることが多いです。このような根拠規定を明らかにして社員に説明し、理解を求めましょう。労働者への説明の際は、休職命令の理由、期間、その間の扱い(有給か無給かなど)をわかりやすく示し、書面で行うのが基本です。

可能な限り理解を求め、本人の同意のもとに休職扱いとした方がトラブルを回避できますが、どうしても納得が得られない場合、休職命令とすることも検討します。

復職させるかどうかを慎重に検討する

最後に、うつ病で休職命令を発した場合、復職の判断も慎重に行ってください。

休職期間満了の前に、社員から復職の医師が示されたときは、主治医の診断書を提出するよう依頼します。その上で、産業医面談の実施、職場での受け入れ体制の確認、職場復帰支援プログラム(リワーク)の実施などを検討します。復職の判断は、主治医が「復職可」という所見を出したというだけで即決してはいけません(主治医は、職場の現実的な対応を理解していないこともあります)。

場合によっては、すぐ元の職場に復帰させるのでなく、短時間勤務や時差出勤、トライアル勤務などを活用することが、スムーズな復職の役に立ちます。

なお、休職期間満了までの、復職可能な程度に回復しない場合には、就業規則などの根拠に基づいて、自然退職扱いとなります。

うつ病社員に関するリスク管理の注意点

最後に、うつ病社員の労務管理を行う際の、企業側の注意点について解説します。

うつ病を抱えながら、会社に報告せずに働く社員がいる場合、企業は、健康への配慮だけでなく、組織運営上のリスク管理も求められます。特に「問題行為への対応」と「労災認定リスク」は、判断を誤ると大きな法的トラブルになります。

問題行為の原因が精神疾患かどうか不明なケース

従業員の問題行為が、精神疾患によるものかどうか不明なケースもあります。

うつ病になると、頻繁な遅刻や無断欠勤、作業効率の低下やミスの増加、集中力や判断力の低下、コミュニケーションの不能といった問題が起きますが、これらの行動があったというだけで、精神疾患であると断定することはできません。体調不良や家庭の事情など、他に原因があることもあるので、安易な精神疾患扱いは危険で、必ず医師の意見を聞くべきです。

本解説の通り、うつ病が原因ならば、正しい対応は休職扱いとすることです。これに対し、能力不足や勤怠不良など、その人に原因があるなら、懲戒処分や解雇を検討するケースもあります。大切なのは、その問題行為が、本人の規律違反によるものか、精神疾患に起因する症状なのかを、はじめに区別してから対応を決めることです。

裁判例でも、病気に起因する行動について懲戒解雇とした場合に、無効と判断した事例があります(日本ヒューレット・パッカード事件:最高裁平成24年4月27日判決)。

精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者であるY社としては、その欠勤の原因や経緯が上記の通りである以上、精神科医による健康診断を実施するなどした上で、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を進めた上で休職等の処分を検討し、その後の経緯を見るなどの対応をとるべきである。

日本ヒューレット・パッカード事件:最高裁平成24年4月27日判決

うつ病が「労災」に該当するケース

うつ病をはじめとする精神疾患は、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準について(平成23年12月26日基発1226第1号)」に基づき、次の要件を満たすと労災認定されます。

  • 発病前に業務による強い心理的負荷があったこと
  • 業務以外の要因(家庭問題など)がないこと
  • 医師によって精神障害と診断されていること

強い心理的負荷の典型例が「長時間労働」であり、過労死ライン(月80時間以上の残業)を超える時間外労働や、上司からの執拗な叱責などがあると、労災であると認定されやすいです。

うつ病が労災なのであれば、会社の責任ということになります。そのため、会社は療養による休業中とその後30日間は解雇することができません。また、労災であると認定されると、安全配慮義務違反による損害賠償請求も認められやすくなります。

労災となるような異変を放置していた場合、企業は大きなリスクを負います。社会的信用が低下し、従業員への不安が拡大するなど、二次的な損失も見逃せません。

まとめ

弁護士法人浅野総合法律事務所
弁護士法人浅野総合法律事務所

今回は、うつ病を隠し、無理に出社する社員への対策について解説しました。

うつ病を抱えた社員が会社に報告しないまま出社を続けることは、本人にとっては当然、職場にとっても非常にリスクの高い状態です。社員の精神状態の悪化に気づいたら、企業としても無理に働かせず、体調を気遣った上で、医師や弁護士などの専門家と連携して対応すべきです。

社員側は、キャリアへの悪影響を心配して、うつ病を隠すことがあります。そのため、会社側が「報告がないので対応しなかった」という姿勢では、安全配慮義務違反などの法的責任を問われるおそれがあります。また、対応を誤れば、職場全体の信頼関係が崩壊し、労災・訴訟といった重大な問題に発展する危険もあります。

社員の健康状態に敏感に気づき、誠実かつ慎重に対応することが、企業の持続的な成長に繋がります。労務管理に不安のある会社は、ぜひ弁護士に相談してください。

この解説のポイント
  • 社員がうつ病を会社に報告しなくても、会社は健康状態を把握する義務がある
  • うつ病であると気づいたら、無理に出社させるのは法的なリスクが高い
  • うつ病が労災であると主張される場合に備え、記録を保存しておく

\お気軽に問い合わせください/

目次(クリックで移動)