採用面接で、結婚や妊娠、出産や育児など、プライベートに過度に干渉したり、性別により差別したりするのは、不適切な対応です。セクハラやマタハラなどの責任追及を受けるおそれがあり、厳に慎むべきです。労使の格差を背景とした「就活セクハラ」は社会問題にもなっています。
しかし、採用面接の段階では気付かず、内定後に妊娠が発覚したとき、企業としては、当初想定していた業務への従事が困難になることがあります。このとき、妊娠を理由として内定を取り消すことができるのかが問題となります。
また、内定を取り消さないとしても、入社直後に産休や育休の取得を希望されることに対し、戸惑いや懸念を抱く企業もあるでしょう。こうした事情を理由に、内定の取り消しや入社の延期を求めることは許されるのでしょうか。
今回は、妊娠・出産・育児を理由とした内定取り消しについて、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 妊娠を理由とする内定取り消しは、解雇権の濫用として違法となるリスクあり
- 妊娠の有無を事前に確認することは、就職差別に繋がるため適切ではない
- 入社直後の育児休業は、労使協定を締結することで取得を制限できる
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妊娠を理由に内定取り消しできるか
採用面接時には気付かず、入社直前になって妊娠が発覚するケースがあります。内定後、入社までの間に妊娠する人もいます。企業としては、「妊娠を理由に内定を取り消し、入社を取り止められるか」が問題となります。妊娠中だと、肉体労働や外周りの営業、長距離の出張や転勤など、身体的な負担の大きい業務は難しい可能性があります。
しかし、内定後に、妊娠を理由として採用を取り止めるのは違法の可能性が高いです。男女雇用機会均等法の趣旨に反し、マタニティハラスメント(マタハラ)に該当するおそれがあるからです。
マタハラとは、妊娠・出産・育児といった理由に基づき、精神的・身体的な嫌がらせを行ったり、不利益な取扱いを強制したりする行為を指します。
内定の法的性質は、「始期付解約権留保付労働契約」とされます。
つまり、内定は、単なる雇用の予約ではなく、入社日を始期とした労働契約が既に成立した状態を意味します。その取り消しは法的には「解雇」と同義であり、解雇権の制限が適用され、企業には正当な理由が求められます。
労働契約法16条は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められない限り、解雇は無効となることを定めます。妊娠を理由とした内定取り消しは、客観的に合理的な理由がなく、不当解雇として違法と判断されるリスクが高いです。
「妊娠しているか」を採用面接で確認できるか
入社前でも、妊娠を理由とする内定の取り消しは違法であると解説しました。
では、業務への支障を事前に防ぐ目的で、採用面接の段階で「妊娠しているかどうか」を確認することは可能でしょうか。
結論として、採用面接で妊娠の有無を質問することは不適切であり、原則として許されません。このような質問はマタハラや違法な男女差別になり得るからです。企業に「採用の自由」があるとはいえ、決して無制限ではなく、採用選考には公正さが求められます。就職差別は禁止されており、差別に繋がる質問も避けるべきです。
この点について、厚生労働省が公表する「公正な採用選考を目指して」という指針でも、採用面接時に配慮を要する質問事項として、以下の項目が列挙されています。
【本人に責任のない事項の把握】
- 本籍・出生地に関すること
- 家族に関すること(職業・続柄・健康・病歴・地位・学歴・収入・資産など)
- 住宅状況に関すること(間取り・部屋数・住宅の種類・近隣の施設など)
- 生活環境・家庭環境などに関すること
【本来自由であるべき事項の把握(思想・信条など)】
- 宗教に関すること
- 支持政党に関すること
- 人生観・生活信条に関すること
- 尊敬する人物に関すること
- 思想・信条に関すること
- 労働組合への加入状況や活動歴、学生運動などの社会運動に関すること
- 購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること
ただし、企業には採用選考において応募者を総合的に評価し、最終的に誰を採用するか(しないか)を決定する自由があります。したがって、「妊娠していること」そのものを理由に不採用とするのは違法ですが、結果的に、他の要素も含めた総合評価の中で、妊娠中の人を不採用にすること自体は、直ちに違法とはなりません。
対応には慎重を要する場面なので、採用や面接の設計に不安のある企業は、事前に労務に詳しい弁護士のアドバイスを得ておくのがお勧めです。
「人事労務を弁護士に依頼するメリット」の解説

入社直後に産休・育休を取得できるか
妊娠中の人が入社する際、企業が直面する課題が「入社直後の産休・育休」への対応です。
「入社直後に休暇を取得されるのは困る」というのが企業側の本音かもしれません。しかし、産前産後休業(産休)・育児休業(育休)は、いずれも法律に定められた労働者の権利であり、正当な理由なく拒否することはできません。
産休(産前産後休業)の取得要件
産休(産前産後休業)は、労働基準法に基づく制度です。
出産予定日の6週間前(双子以上の妊娠の場合は14週間前)から、妊娠した女性従業員の申請により休業を取得できます。また、出産の翌日から8週間は、本人の申出があるかどうかにかかわらず、企業は就業させてはなりません。
したがって、産前の休業は労働者の希望があれば必ず取得でき、産後の休業は希望がなくても取得させなければならず、企業はこれを拒否できません。
育休(育児休業)の取得要件
育休(育児休業)は、育児介護休業法に基づく制度です。
原則として、子が1歳に達するまでの間、労働者の申出により育児休業を取得できます。更に、保育所への入所が困難な場合などは、最長で2歳に達するまで延長が可能です。育休の取得に会社の承諾は不要であり、労働者が申し出れば、原則として企業は拒否できません。
その他にも、育児休暇、育児のための時短勤務や子の看護休暇など、子育てを支援する様々な法制度が整備されています。
入社直後の育休は例外的に拒否できる場合がある
以上の休暇制度は、法律に基づくもので、要件を満たす限り拒否はできません。
少子高齢化が進み、子育て支援が社会課題とされる中、制度利用を理由に不利益な扱いをすることが違法なのはもちろん、社会的な非難の対象となるでしょう。「ブラック企業」として批判を受け、企業の信用失墜に繋がるおそれもあります。
ただし、次の2つの要件をいずれも満たす場合、企業は育休の申出を拒否できます。
- 育児休業の申出をした時点で、当該労働者の継続勤務期間が1年未満であること
- 労使協定において「入社1年未満の労働者について育児休業を認めない」旨が明記されていること
したがって、内定者や新入社員が、入社直前・直後に妊娠していた場合に備え、企業側としてはあらかじめ労使協定を締結しておくことが必要です。これにより、業務への支障を最小限に抑える対策を講じることができます。
採用時に会社側が注意すべき「妊娠」の対策
最後に、採用時に企業側が注意すべき「妊娠」への対策を解説します。
採用面接の場面で、「妊娠しているか」「今後妊娠する予定があるか」と質問することは、マタハラや性差別に該当する可能性のある不適切な対応であると解説しました。また、知ってしまった妊娠の事実を理由に、採用において不利益な扱いをすることも許されません。
マタハラが横行する「ブラック企業」という評価を受け、社会的な信用を大きく損なうことのないよう、正しい対応を理解してください。
職務内容を説明して適性を確認する
妊娠中でも、担当職務の内容によっては業務に支障がないケースもあります。
例えば、軽度のデスクワークを中心とした業務なら遂行可能でしょう。一方で、重度の肉体労働や危険を伴う業務では、妊娠中の就労は現実的ではないこともあります。つまり、職務をどの程度完遂できるかは、その内容によって異なります。
企業として重要なのは、採用面接時に職務内容を十分に説明し、労働者本人に遂行可能かどうかを確認することです。この確認は、「妊娠の有無」を直接聞くものではなく、職務に対する適性を確認するプロセスとして、問題なく行うことができます。
そして、遂行が困難であることを把握しながら、あえて「可能である」と虚偽の回答をした場合、内定を取り消す理由となり得ます。
試用期間と本採用拒否について
採用面接だけでは労働者の適性を見極めるのが難しいとき、試用期間を設け、実際に就労させて評価するのが一般的です。試用期間は3か月~6か月が目安とされ、試用期間中、あるいはその終了時点で社員として資質に欠けると判断した場合は、本採用を拒否することが可能です。
ただし、本採用拒否にも解雇権の制限が適用されるので、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当でなければ違法とされる点には注意が必要です。
本採用拒否もまた、内定取り消しと同じく、「妊娠していること」だけを理由とするのではなく、採用時に説明した業務内容について、労働者の理解を得ていたかどうかが重要なポイントとなります。
まとめ

今回は、入社前、内定を出した社員の妊娠が発覚した際の対策について解説しました。
妊娠や出産によって当初期待した活躍ができないとき、「内定を取り消したい」と考える企業もあるかもしれません。しかし、妊娠や出産、育児などを理由とした不利益な取り扱いは、「マタニティハラスメント(マタハラ)」に該当し、深刻な社会問題となっています。不適切な対応をすれば、「ブラック企業」非難され、社会的信用が低下し、企業価値が毀損されてしまいます。
女性社員に対する労務管理には、法律知識に基づいた慎重な配慮を要します。不安のある会社は、ぜひ早い段階で弁護士に相談し、適切な対策を講じることをお勧めします。
- 妊娠を理由とする内定取り消しは、解雇権の濫用として違法となるリスクあり
- 妊娠の有無を事前に確認することは、就職差別に繋がるため適切ではない
- 入社直後の育児休業は、労使協定を締結することで取得を制限できる
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