社会保険労務士と弁護士はいずれも、企業にアドバイスして労働問題を解決する点で、役割が共通します。しかし、社会保険労務士と弁護士は全く異なる資格であり、実際にできることは大きく違います。
企業の人事労務という分野において、共通する役割を持つのは確かです。しかし、社会保険労務士に任すべき業務、弁護士に依頼すべき業務のいずれもあることから、理想をいえば、社会保険労務士と弁護士のいずれにも依頼しておくのがよいでしょう。異なる専門知識と強みを持つ両者がタッグを組むことで、より良いサービスが提供できるからです。
とはいえ、現実問題として、2つの専門家のいずれにも費用を払わなければならないので、余裕のない会社にとっては、課題の解決に適したほうを選びたいところです。実際に直面する法律問題が、社会保険労務士と弁護士の、いずれに相談するのに適しているかは、とても悩ましい判断です。
今回は、社会保険労務士と弁護士の違いと、どちらに依頼すべきかを、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 社会保険労務士と弁護士の最大の違いは、紛争化した後に当事者を代理できるか
- トラブルとなることが予想できる場面では、弁護士に相談するのが適切
- 弁護士は業務範囲が広いため、企業の課題解決を得意とするか、相談前に確認する
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社会保険労務士と弁護士の違い
はじめに、社会保険労務士と弁護士の違いについて解説します。
社会保険労務士は、国家資格の1つで、労働問題を専門とします。「社労士」とも略されます。一方で、弁護士もまた国家資格で、司法試験に合格したら就ける職種。法律知識をもとに、法的な課題を解決します。
役割の違い
社会保険労務士が、労務分野における日常的な相談を担うのに対し、弁護士は、労働問題を扱う者もいますが、それに限らず、個人・法人の様々な法律問題を全般的に対応できます。そのなかでも企業に向けたアドバイスを行う弁護士は、人事労務はもちろん、債権回収から契約書チェック、M&Aまで、多くの場面で戦略的な法務サービスを提供できます。
社会保険労務士と弁護士の役割の大きな違いは、トラブルになった際に、当事者を代理して交渉する権限が弁護士のみに与えられる点。弁護士は、代理人として交渉し、決裂しても訴訟などの法的手続きを活用して解決へ導くことができます。
業務内容の違い
弁護士の主な業務は、当事者を代理して、相手と交渉し、問題を解決することです。ただ、企業法務の分野では、これに限らず、契約書チェックに代表されるように、紛争案件ばかりではありません。
社会保険労務士は、給与計算や社会保険の手続きをはじめとした労務のスペシャリストです。その職務範囲は、社会保険労務士法に次の通り定められています。
- 労働及び社会保険に関する法令に基づく申請書等の作成
- 申請書等の提出手続きの代行
- 労働社会保険諸法令に基づく申請等に関し、行政機関等に対してする主張若しくは陳述の代理
- 個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律等に関わる代理
- 労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類等の作成
- 事業における労務管理等に関する相談・指導
以上の通り、社会保険労務士は、企業が日常的に運営するにあたって必要となる、労務の手続きを作成したり、申請を代行したりする仕事を主としています。入退社の手続きでは、すべき作業が多く、社員数が多かったり、社員の出入りが激しかったりする会社では、社内でこなすのは相当な業務量となります。ミスや抜け漏れも防止しなければならず、社会保険労務士に外注するメリットがあります。
得意分野の違い
得意分野にも違いがあります。弁護士の場合は、得意分野が、依頼する目的に沿っているかどうか、事前に確認しなければなりません。というのも弁護士の得意分野は多岐にわたり、労務面のみならず多くのサポートを提供します。個人法務を中心とし、企業法務の経験は少ない弁護士もいます。
一方で、社会保険労務士の方が職務の範囲は狭く、依頼の趣旨と大きく外れる例は少ないでしょう。ただし、社会保険労務士でも、手続きの代行を得意とする者から、労務アドバイスを提供する者まで様々あり、用途に応じて選ぶ必要があります。
社会保険労務士と弁護士のどちらに相談すべきか
次に、社会保険労務士と弁護士のどちらに相談すべきか、ケースに応じて解説します。
交渉や訴訟などの紛争
弁護士法では、法的紛争における代理人は、弁護士に限られると定められています。そのため、交渉や訴訟など、既に相手との間でトラブルが顕在化しているときには、相談先は弁護士が適切です。いかに労働問題といえど、紛争化したら社会保険労務士には解決することができず、弁護士の手助けが必要です。
労働者の権利意識の高まりによって、労働問題がトラブル化するケースは増加しました。労働問題を扱うにあたって、紛争化を予測して動かねばならず、弁護士に相談すべきタイミングは早まっているといえます。
労働問題を防ぐ予防法務
労働問題を未然に防ぐことも大切です。事前に早めの対処をするには、日常的に専門家へ相談しておくことが大切。このとき、紛争化した場合の解決方針を見据えたアドバイスが効果的であることから、弁護士に相談するのがお勧めです。
トラブル発生前の対応を、予防法務といいます。退職した社員から内容証明が届いたり、労働審判の申し立て、訴訟の提起があって初めて相談するのでは、できる対策は限られてしまいます。企業の労働問題は、早めに対応し、相談の時点から紛争化しないようにするのが鉄則です。
就業規則の作成や変更、労務管理の方法に関するアドバイスなど、紛争化の危険のある場面では、日常的な相談から弁護士にお任せください。
社内体制の構築
トラブルを防ぐという守りの法務だけでなく、より良い組織づくりをし、社員のモチベーションを向上させる努力をすべきです。企業法務では、攻めの姿勢を忘れないことが大切。社内体制の構築もまた、企業経営を円滑に進めるための大切なポイントとなります。
労務管理の手法には、時代に合わせた新しいやり方を知らなければなりません。残業代請求や不当解雇が問題となったのは過去のこと、それらの対策は当然として、現在では、リモート勤務や限定正社員など、新たな手法が生まれています。人手不足を克服するため、女性や高齢者、外国人など多様な人材を積極的に活用することが求められています。
労務管理を遵守しながら、社内体制を構築するには、これら新しい分野の法制度、裁判例を熟知した弁護士でなければ、対応が難しいでしょう。
良い弁護士は、良い社会保険労務士を紹介できる
以上の通り、企業が労働問題に課題を抱えるのであれば、まず弁護士に相談するのがお勧めです。
とはいえ、入退社時の社会保険の手続き、給与計算など、社会保険労務士を活用すべき場面もあります。このとき、良い弁護士に相談したり、顧問弁護士にしておいたりすれば、いざというとき、良い社会保険労務士の紹介を受けることも可能です。企業法務を扱う弁護士は、多くの顧問先企業から、他士業の専門家を紹介するよう求められています。紹介を繰り返すうちに自ずと、周囲には信頼の置ける他士業の専門家が集まるものです。
逆に、社会保険労務士は、自分の担当したクライアントがトラブルに巻き込まれたときには、弁護士を紹介しているはずです。そのため、そのような紛争を解決できる弁護士が紹介する社会保険労務士ならば、できるだけ争いを激化させづらい、高品質なサービスを提供してもらえると期待できます。
まとめ
今回は、社会保険労務士と弁護士の違いについて解説しました。
企業へのアドバイスにおいて、弁護士は企業法務、社会保険労務士は人事労務を担当します。しかし、企業法務を得意とする社会保険労務士、人事労務を得意とする弁護士もいるため、その専門分野は似通っており、どちらに相談すべきかは難しい問題です。小規模な企業ほど、まずは社会保険労務士への相談がお勧めですが、トラブルが顕在化したり、もはや悪化していたりするケースは、直ちに弁護士へ相談しなければなりません。
また、社会保険労務士、弁護士のいずれも、顧問契約をして継続的にアドバイスをもらえば、企業経営をより円滑に進める助けとなります。顧問弁護士となれば、必要なタイミングでは、社会保険労務士はもちろん他の士業の人脈を紹介してもらうことができます。
- 社会保険労務士と弁護士の最大の違いは、紛争化した後に当事者を代理できるか
- トラブルとなることが予想できる場面では、弁護士に相談するのが適切
- 弁護士は業務範囲が広いため、企業の課題解決を得意とするか、相談前に確認する
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