アプリやゲームをリリースするにあたり、どのような名称を付けるかは、ヒットするかどうかに直結する非常に重大な問題です。
また、アプリやゲームの名称を、一般ユーザーにわかりやすく、親しみやすく認知してもらうために、ロゴやマークを発案することもあるのではないでしょうか。
これらの問題は、「商標権」という、商品やサービスを保護する法律で保護される問題です。
万が一、他社の商標権を侵害した場合には「差止め請求」、「損害賠償請求」を受けるおそれがあり、事前に注意しておかなければなりません。
商標権は、特許権と同様に、特許庁へ登録手続きを行うことによって発生する権利であるため、類似の商標が存在しないかどうか、サービス名を決定する前に事前に調査できます。
類似商標が発見された場合には、対応が必要です。
今回は、他社の商標権を侵害しないための、既存商標の調査と、類似商標が発見された場合の対応を、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 商標権侵害の基礎知識
商標権とは、特許庁に登録することによって得られる、商品やサービスにつける名称やマークを保護する権利です。
商標は、顧客吸引力の柱となることも多い、すなわち、「この名前の商品がほしい。」「このマークだから買った。」という購買判断における重要な要素となることが多いため、マネされないように保護されているわけです。
したがって、商標を決定することは、今後の新商品、新サービスの命運を握る、非常に重要なことなわけで、類似商標が存在したことを見過ごして、差押え、損害賠償などを請求されては、企業にとって大きな損失となります。
まずは、他社の商標権を侵害しないための、商標権についての基礎知識を解説します。
1.1. 商標には「指定商品役務」がある
商標は、単に名称だけで決まるものではなく、どのような商品、サービスに使用するかを登録前に特定しておく必要があります。
商標権が効果を発揮する商品、サービスを「指定商品役務」といい、第1類から第45塁までの区分に分類されています。
なお、「商品自体」と「商品を提供するサービス」とは、別の指定商品役務であると分類されます。
特定の指定商品役務を指定し、商標権を取得することによって、その指定商品役務において、他社が自社の商標権を侵害することを排除し、独占的に使用できるようになるわけです。
したがって、次で解説する類似商標の調査、対応についても、指定商品役務がどのようなものであるかを意識する必要があります。
1.2. 商標権侵害となる行為の態様
商標権侵害となる行為を「使用」といいますが、これには、商品に商標を付する行為、商標を付したサービスを提供する行為以外に、商標法2条3項に、次の通り定められています。
一 商品又は商品の包装に標章を付する行為
二 商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為
三 役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物(譲渡し、又は貸し渡す物を含む。以下同じ。)に標章を付する行為
四 役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物に標章を付したものを用いて役務を提供する行為
五 役務の提供の用に供する物(役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物を含む。以下同じ。)に標章を付したものを役務の提供のために展示する行為
六 役務の提供に当たりその提供を受ける者の当該役務の提供に係る物に標章を付する行為
七 電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法をいう。次号において同じ。)により行う映像面を介した役務の提供に当たりその映像面に標章を表示して役務を提供する行為
八 商品若しくは役務に関する広告、価格表若しくは取引書類に標章を付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為
九 音の標章にあつては、前各号に掲げるもののほか、商品の譲渡若しくは引渡し又は役務の提供のために音の標章を発する行為
十 前各号に掲げるもののほか、政令で定める行為
例えば、オンライン上のアプリ内で、その商標を付する行為についても、商標権侵害行為となり得ます。
万が一、商標権侵害行為を行ってしまった場合には、商標権者から、差止請求や損害賠償請求を受ける可能性があります。
1.3. 商標の出所明示機能
商標を保護する大きな理由の1つとして、商標の「出所明示機能」の保護があげられます。
商標の「出所明示機能」とは、「同じ商標が付されていれば、同じ商品・サービス元から出されているものだろう。」という、顧客側の信頼を意味します。
同じ商標を付すことによって、同じ会社から出された商品、サービスであることを示し、その信頼、人気を利用ができます。
他方で、商標権が侵害されてしまうと、他社が類似の商標をマネすることにより、顧客側では商標を信用して購入を決断することができなくなってしまいます。
2. 「知らなかった。」では済まされない商標権侵害
商標権は、特許庁に登録されることによって権利が発生するものです。
そして、商標権者は、指定商品役務について、他人が登録商標と同一または類似の標章を使用している場合、差止請求できます。
「登録商標があることは知らなかった。」という反論をしても、使用の停止をしなければなりません。
また、損害賠償請求においても、登録商標については、商標法上、過失が推定されます。
すなわち、通常の損害賠償請求では、損害賠償を請求する側が過失の立証をしなければならないのに対し、登録された商標権を侵害した場合には、損害賠償請求を受けた側が、自社の「無過失」を証明しなければならないわけです。
そして、商標が登録され、公開されている以上、次の通り調査をすれば、「類似商標があるかどうか」はチェックできますから、「知らなかった。」という無過失の主張が認められることはかなり難しいです。
したがって、差止請求、損害賠償請求の責任を負わないためにも、商品名、サービス名を決める前に、既存商標に関するリサーチが必要です。
3. 商標権の具体的な調査方法
商標権の調査を行うためには、「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」というホームページを活用する方法が便利です。
無料で手軽に調査することが可能であるため、まずはこちらのサイトを利用して、既存商標の調査を進めてください。
既存商標の具体的な調査方法を、順に説明します。
3.1. 指定商品役務を検討する
まず、商標権は、指定商品役務ごとに保護されていると、既に解説しました。
したがって、指定商品役務が異なる商品、サービスに利用する場合には、同一の商標を利用したとしても、商標権侵害にはなりません。
まずは、自社の商品名、サービス名の商標権侵害を調査するにあたって、どのような指定商品役務を考えておかなければならないかを検討してください。
ただ、注意しなければならないのは、指定商品役務が同一でなかったとしても、密接な関係がある場合には、類似していると判断され、商標権侵害となるおそれがあります。
したがって、密接な関係を有する指定商品役務にまで手を広げて調査しなければなりません。
どのような指定商品役務を調査すべきであるかは、自社が考える商品・サービスの種類、提供方法や内容によって異なるため、ケースバイケースの対応が必要となります。
3.2. 商標の「称呼検索」を行う
「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」のトップ画面から、「商標を検索する。」を選択すると、簡易キーワード検索が可能ですので、これによって手軽に調査していきます。
「特許情報プラットフォーム」の検索画面
商標が類似しているかどうかは、「称呼」「外観」「観念」という3つの要素から判断していきますが、「称呼」で類似性を判断するのが最も容易です。
すなわち、その商標権を「声に出して読んだときに、似ているかどうか。」という観点です。
キーワード検索を利用するという観点からも、まずは「称呼」によって、類似商標が存在するかどうかの絞り込みをかけていくべきです。
「称呼検索」の画面
「称呼」で検索をした場合に、全く同一の音でなかったとしても、1音違いであったり、語感・語調が似ていたりといった場合、「称呼」が類似していると判断される可能性があります。
3.3. 検索結果で注意すべきこと
「称呼」によるキーワード検索をすると、「称呼」が類似している商標が一覧表示されますので、順番にチェックしていってください。
検索結果の一覧表示画面
この検索結果のうち、「登録」と記載のあるものが、商標権として既に特許庁に登録されているものです。
これに対して、「商願」と記載されているものは、現在商標出願中で、審査中のものです。
登録済の商標権を侵害することのないよう注意するのは当然ですが、今後商標権を取得する可能性のある出願中のものについても注意してください。
4. 商標権を侵害しないための対応方法
以上の既存商標の調査を行った結果、同一、類似の商標が見つかってしまった場合、どのように対応するべきかについて解説します。
対応を怠り、商標権侵害を放置すると、]差止請求、損害賠償請求の責任を負う可能性があります。
このような事態となれば、それまでに築き上げてきた自社の商品名、サービス名による顧客吸引力、信用、イメージは、すべて損なわれてしまいます。
4.1. 同一の商標が発見された場合の対応
自社が商品、サービスにつけようとしていた商標と、全く同一の商標が既に登録されていた場合や、出願されていた場合には、商標の変更しかありません。
完全に同一の商標が、同じ<指定商品役務の中に存在するケースであれば、商標変更以外の対応はなく、このまま進めては、事後に責任追及を受けるおそれが非常に高いといえます。
4.2. 類似の商標が発見された場合の対応
完全に同一ではないけれども、「似ている」という商標があった場合には、商標権侵害となり得るのかどうか、さらに進んだ検討が必要です。
この段階になると、商標法について専門的な知識経験を踏まえた判断が必要となってくるため、専門の弁護士、弁理士のアドバイスを受けて進めた方がよいでしょう。
商標法においては、同一の商標だけでなく「類似」の商標であっても商標権侵害となると定められているわけですが、「類似」であると判断できるかどうかを検討しなければなりません。
4.3. 類似性判断の方法
類似の商標として商標権侵害になるかどうかは、次の手順で進めていきます。
最終的な判断は、過去の判例、審決例といった専門的知識、経験をもとに、「誤認混同のおそれ」があるかどうかで決定します。
4.3.1. 3つの基準を比較する
類似商標であるかどうかを検討するにあたっては、「称呼」「外観」「観念」という3つの基準を比較します。
すなわち、「どのように読めるか」「どのような見た目か」「どのような意味か」という風に言い換えて頂くとわかりやすいでしょう。
4.3.2. 3つのうち、「称呼」が類似している場合
まず、「称呼」が類似している場合には、原則として、商標の変更を検討してください。
ここで解説するとおり、最終的には3つの基準を総合考慮するわけですが、称呼が似ているということは、顧客から見て区別がつきにくいため、類似元の他社とのトラブルの火種となりやすいです。
4.3.3. 「称呼」以外の基準が類似している場合
以上の3つの基準のうち、いずれか1つでも類似しているときは、類似商標と判断される可能性が高いといえます。
ただし、次の2つのケースでは、類似商標と判断されない余地が残されています。
- 1つの基準が類似しているが、他の2つが著しく相違している場合
- 取引の実情に照らして出所の誤認混同が生じるおそれのない場合
したがって、称呼以外の基準のうちの1つが類似しているという場合であっても、上記の¥]例外に該当して商標権侵害とならない場合¥でないかを検討します。
5. まとめ
商標権は、侵害してしまうと、差止、損害賠償など大きな責任を負うことで、せっかく決めた商品名、サービス名が使用できなくなるおそれがあるため、重要な検討要素の1つです。
調査を全くせずに、ある程度有名になってきてから、突然他社から警告が入るパターンは、最悪のケースといえるでしょう。
強いこだわりがなければ、調査をしながら、専門家のアドバイスを聞きつつ、商品名、サービス名を決定していくのがよいのではないでしょうか。
商標権の侵害についてお悩みの経営者の方は、知的財産を得意とする弁護士に、お気軽に法律相談ください。