医療・介護分野で、施設内の「介護事故」のうち最も多く発生しているのが、「転倒・転落事故」です。
転倒・転落事故は、いつでもどこでも発生する可能性があるため、常に注意しておかなければなりません。
いつでも発生する介護事故であるからこそ、発生した場合には、介護施設側の過失が認められやすくなってしまいます。
特に、介護施設を利用する高齢者は、足腰が弱っており、慎重に注意したとしても、転倒・転落事故が起きやすい状態にあります。
万が一転倒・転落事故が起きてしまった場合に備えて、介護事業者の法的責任についても、裁判例をよく理解しておく必要があります。
今回は、介護施設において転倒・転落事故が発生した場合の、介護事業者の責任と、裁判例のポイントを、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
目次
1. 転倒事故は介護施設の責任?
「転倒、転落事故」は、介護現場のあらゆるタイミングで発生する可能性のある、最も注意しておかなければならない介護事故の1つです。
この発生件数の非常に多い「転倒・転落事故」について、介護施設の法的責任という観点から検討していきましょう。
まず、あらゆる場面で必ずしも介護事業者に責任が発生するわけではありませんので、できる限り責任が軽減されるよう、次の2点に注意して対応してください。
- 平常時から、転倒・転落事故の対策を検討し、マニュアル化しておく。
- 万が一転倒・転落事故が発生した場合には、利用者の生命、身体を最優先にスピーディに対応する。
その上で、転倒・転落事故の場合には、一部の例外を除いて、幸いにして死亡事故など重大な事態となるケースはあまり多くはありません。
多くは、打撲、骨折といった症状となります。
他方で、転倒・転落事故は、非常に多く発生する事故であるからこそ、介護施設の法的責任は認められやすくなっています。
次では、どのような介護事故に、介護施設の法的責任が認められるかについてまとめていきます。
2. 不法行為となるか?
介護事業者が起こしてしまった「転倒・転落事故」は、利用者に対する「不法行為」と評価されることとなります。
そして、不法行為となった場合には、直接不法行為を行った介護職員だけでなく、その使用者である介護施設を運営する事業者もまた、不法行為の使用者責任を負い、損害賠償を行わなければなりません。
介護事故が「不法行為」であると評価されるためには、不法行為を行った者に、故意または過失がなければなりません。
故意でわざと介護事故を起こしたような場合は問題外として、ここでは、「どのような事故の場合に、介護施設に「過失」が認められるのか。」が重要なポイントとなります。
「過失アリ」との判断となるためには、まず予測可能性があることが大前提とされています。つまり、全く予測できなかった事故では、事前にしっかり対策をしても避けられませんから、責任を負うことはない、というわけです。
この考え方の中で、転倒・転落事故は、介護現場で非常によく起こる事故であって、「過失アリ」と判断されて介護施設の法的責任が認められる可能性が非常に高くなっています。
3. 【裁判例】から見る介護事業者の法的責任
既に解説したとおり、転倒・転落事故では、裁判例においても、介護事業者側の過失が認められやすい傾向にあり、したがって、損害賠償請求が認められやすい傾向にあります。
では、どのようなケースで、介護施設側の法的責任が認められているのでしょうか。
また、これを理解することによって、実際にどのような介護事故防止の対策をとっておけば、介護施設はきちんと責任を果たしていたと判断されるのか、を理解しておいてください。
3.1. 指示に違反した転落事故のケース
病院において、転倒の危険性から「畳対応」となっていた利用者について、介護施設に入所した際、壁に頭をぶつけるなど逆に危険だとして、ベッド対応に変更していました。
しかし、ベッド下の衝撃吸収マットなどの対策を行わず、また、ベッドに変更したことを家族にも伝えていませんでした。
ある日、ベッドから転落し、急性硬膜下血腫によって死亡し、介護施設側に2442万円の損害賠償支払いが命じられました(前橋地裁平成25年12月19日判決)。
全く転倒・転落事故を防止するための対策をほどこしていなかったという場合にも、当然ながら過失を認められる場合がありますが、こちらのケースでは、むしろ「対策が裏目に出た。」ケースです。
積極的に転倒・転落事故を防止するための対策をほどこしたとしても、その対策が間違っていた場合には、十分な検討のもとに対策を考えない限り、介護施設の過失が認められるという場合も少なくありません。
3.2. 再度の転倒事故のケース
ベッドから起床した際に転倒して頭をぶつけるという1回目の介護事故の後、介護施設は、移動の際にはナースコールを利用するよう指示し、1時間ごとの看視を行うなどの対策を行っていました。
しかしながら、1回目の介護事故の2週間後に、再度転倒事故が起き、急性硬膜下血腫により死亡し、介護施設側に3402万円の損害賠償支払いが命じられました(京都地裁平成24年7月11日判決)。
一度介護事故が起きてしまった場合には、同種の介護事故が二度と起きないよう、万全の対策が必要となります。
二度目の事故が起きるとの予想が付きやすいことから、万が一同種の事故が発生した場合には、過失が認められる可能性が高く、責任も重く評価されがちです。
同様の態様の転倒・転落事故が複数回発生した場合、介護施設の責任は、より重いものと判断される可能性が高くなります。
つまり、一度転倒・転落事故が起これば、同じような事故が発生することは容易に予想することができ「過失」が認められやすくなります。
したがって、一度「介護事故」が起こったら、同じような事故が発生しないよう、防止策を十分に準備しておかなければならないということです。
3.3. 防止対策を行っていたケース
施設入所後に頻繁に転倒を繰り返していたことから、診療録への記載、居室をサービスステーションに近いところへ変更、衝撃吸収マット、支援バーの設置などの転倒・転落対策をしていました。
しかし、夜間の監視が不足し、夜勤者が巡視している時間に転倒事故が起こったことについて、動静への見守りが不足していたとして、208万円の損害賠償支払いが命じられました(東京地裁平成24年3月28日判決)。
一定の防止策を行ったからといって油断してはなりません。
転倒・転落事故の危険は、介護のあらゆるタイミングに潜んでおり、こちらの裁判例のように、結果的に起こった転倒・転落事故の原因について、「過失アリ」と判断されるケースも十分にありうるからです。
考えられる防止策を適切に行った上で、万が一にも介護事故が起こってしまった場合に、訴訟問題にまで発展しないような事後対応を、きちんとマニュアル化しておいてください。
介護事故を訴訟問題にまで発展しないようにする事後対応は、こちらの解説も参考にしてみてください。
4. 介護施設で「転倒・転落事故」防止のポイント
介護現場における事故の種類で、最も起きやすいとされているのが、「転倒・転落事故」です。
介護現場で起こる介護事故、トラブルのうち、約60%が、「転倒事故」であるといわれています。段差での転倒、ベッドからの転落といった事故は、わかっていてもなかなか避けられません。
そして、転倒事故は、介護施設内だけでなく、訪問介護の訪問先でのサービス中など、施設外であっても、いつでも発生する可能性があります。
医療・介護の現場において、転倒、転落事故が発生しやすくなっているのは、次のような理由によるものです。
4.1. 「環境的要因」の転倒事故の防止
転倒事故を発生しやすくしている「環境的要因」とは、次のような、高齢者が転倒する原因となるような外的要因をいいます。
- 2cm以上の段差
- 畳のヘリ
- カーペット、絨毯などの敷物
- 電気コード
- 階段
そして、介護施設であれば、ある程度このような危険が排除されているかと思いきや、実際には、どうしても排除することのできない外的要因が多く残っています。
次に解説するような、高齢者の身体的要因と重なって、転倒事故の発生する危険は、介護施設内といえども非常に多くあります。
介護施設内であれば、なおさら介護事故発生の可能性は高まります。
また、介護施設では、介護のプロセスにおいて、次のように、以上の外的要因が転倒事故につながりやすいタイミングがあります。
- 車椅子からベッドへの移動
- トイレ・風呂の介助
- 階段の昇降、車の乗り降り
まずは、バリアフリー化によって、環境的な転倒要因をなくすことが重要です。
4.2. 「身体的要因」の転倒事故の防止
高齢者の場合、加齢による筋肉のおとろえ、骨の劣化といった、身体的要因が、転倒事故発生の大きな原因となります。
特に「廃用性症候群」といって、使わない筋肉が衰えていく症状によって、高齢者の足腰は非常に弱くなっていることが大半です。
また、痴呆、認知症といった症状によって、注意力が著しく衰えていることもまた、転倒事故の大きな原因となります。
以上の身体的要因による転倒事故を防止するためには、トレーニング、訓練などの日常的な努力による方法と、杖、歩行器、車椅子といった福祉用具を活用する方法が考えられます。
5. まとめ
今回は、介護施設で最もよく発生する介護事故である、「転倒・転落事故」について解説しました。
転倒・転落事故によって介護施設側の法的責任が認められた裁判例をしっかりと理解しておくことで、介護施設が、日常的にどのような防止策を講じておかなければならないのかを理解しておきましょう。
万全の対策をほどこしていたとしても、やはり一定程度の転倒・転落事故は避けられません。
加齢によるおとろえなど、身体的要因による部分も大きいといえます。
万全の対策にもかかわらず、万が一転倒・転落事故が起こってしまった場合、平時から準備したマニュアルに基づくスピーディな対応が必須となります。
介護事故への対応を取り扱っている顧問弁護士へ、日常的に相談しておくことがよいでしょう。