★ お問い合わせはこちら

介護施設での転倒事故の責任について、裁判例をもとに詳しく解説

介護施設内で発生する事故のうち、最も多いのが転倒事故。転倒は、いつでもどこでも発生する可能性があり、常に注意しなければなりません。特に、介護施設を利用する高齢者は、足腰が弱っており、転倒しやすくなっています。通常なら簡単に乗り越えられる小さな段差でも、つまづいてこけてしまう方も少なくありません。

いつでも発生する事故なので、予測しやすく、事前に対策が立てられます。だからこそ、いざ転倒事故が発生し、骨折や死亡など、重大な結果に結びついたときは、介護施設の過失が認められやすく、責任が肯定されやすいものでもあります。

万が一、施設内で転倒事故が起きたとき、介護施設の法的責任を知るには、裁判例をよく理解する必要があります。裁判例の判断基準を知れば、事前に転倒事故の防止を徹底し、介護施設の責任を回避することができます。

今回は、介護施設での転倒事故の責任について、企業法務に強い弁護士が、裁判例をもとに詳しく解説します。

この解説のポイント
  • 介護施設でよく起こる転倒事故は、予測可能であり、対策しなければ法的な責任がある
  • 転倒事故によって利用者が死亡してしまえば、遺族から高額の慰謝料請求を受ける
  • 介護中の転倒事故で責任を負わないよう、事前に十分な対策をすることが重要

\お気軽に問い合わせください/

目次(クリックで移動)

介護施設に転倒事故の責任はある?

転倒事故は、介護の現場のあらゆるタイミングで発生する可能性ある、最も注意すべき事故の1つです。発生件数が多いからこそ、介護施設として責任を問われる機会も多く、よく準備しておかなければなりません。

介護施設で起こる転倒には、次の2種類があります。

  • 環境的要因による転倒
    物につまづいてこける、段差でよろけるなど、設備の問題が原因となって起こる転倒
  • 身体的要因による転倒
    高齢で足が弱くなる、意識を失って気絶するなど、対象者の体調などが原因となって起こる転倒

※ いずれか一方に分類できる転倒事故ばかりではなく、複合的な要因のものも多くあります。

介護施設を利用する高齢者は、転倒しやすく、全ての転倒ケースで、介護施設に責任が生じるとは限りません。ただ、環境的要因は、事前に気をつけておけば可能な限り排除できたはずです。身体的要因についても、介護施設の利用者の身体が弱っているのは事前に予測できたはずであり、介助が可能な場面も多くあるといえます。

そのため、転倒事故の要因が予測可能であったにもかかわらず、不注意にも転倒させてしまい、その結果、骨折、挫傷や打撲、打ちどころが悪ければ死亡するなど、重大な結果を招いてしまえば、責任は免れません。施設内でよく発生する事故だからこそ、事前に対策を打っていなければ、介護施設の法的な責任が認められやすくなります。

介護中の転倒事故で慰謝料を請求されるケース

介護施設が、転倒事故を起こしてしまったとき、利用者に対する関係では不法行為(民法709条)となる危険があります。不法行為に該当するならば、慰謝料を請求されてしまいます。もし、転倒した利用者が死亡した場合には、遺族から、高額の慰謝料を請求され、厳しい責任追及をされてしまいます。

不法行為であるといえるには、次の要件が必要です。

  • 故意または過失
    わざと転倒させる故意のケースだけでなく、不注意に転倒させてしまった過失のケースも、不法行為となる。過失ありといえるには、転倒が予測可能な必要があるが、介護施設では、転倒事故は十分に予測できていると考えられる。
  • 権利・利益の侵害
  • 因果関係
    違法行為と、損害の発生との間に因果関係が必要となるが、介護施設を利用する高齢者が転倒すれば、身体に重大な障害を発生させる可能性は高い。
  • 損害の発生
    骨折、打撲や挫傷といった程度の場合には、それによる治療費や、精神的苦痛といった損害が発生する。最悪は、死亡事故のケースでは、高額の慰謝料が生じるおそれがある。

転倒させてしまったことが不法行為になる場合、直接の加害者である介護職員だけの責任ではありません。その使用者である介護施設もまた、不法行為の使用者責任(民法715条)を負い、損害賠償を請求されてしまいます。

全く予測できなかった事故の責任は負いませんが、多くの場合には、その原因を解明すれば、あらかじめ対策できたであろう事情がほとんどです。したがって、施設内で、転倒事故が起きてしまったら、不法行為に基づく法的責任を負うのが原則と考えたほうが善いでしょう。

介護施設における転倒事故の責任について判断した裁判例

転倒事故の法的な責任について判断した裁判例は数多くあります。それだけ、介護施設はよく転倒事故が起こるのです。

そのため、裁判例においても、介護施設側の過失が認められやすい傾向にあります。裁判例の判断基準を知ることで、どのようなケースで介護施設の責任が認められるのか、また、どのような対策をとれば、責任を果たしたこととなり、慰謝料請求が否定されるのか、理解することができます。

病院の指示に違反して転倒させた例

転倒事故を防止するための対策を全く施さなかった場合に責任を負うのは当然ですが、実施した対策が不適切なケースでも、施設利用者の被害を拡大させてしまうリスクがあります。つまり「対策が裏目に出る」こともあるのです。

前橋地裁平成25年12月19日判決では、病院から、転倒の危険性があり「畳対応」とすべきと指示された利用者について、入所後、壁に頭をぶつける危険があるとして「ベッド対応」に変更した点で、介護施設の責任を認めました。介護施設は、ベッド下に衝撃吸収マットを敷くなどの対策をせず、ベッドへの変更を家族にも伝えず、その結果、ベッドから転落させ、急性硬膜下血腫によって死亡させてしまいました。

裁判所は、本事案で、介護施設に2442万円の損害賠償の支払を命じました。

転倒事故を防止する対策には、医学などの専門的な知見を有することもあります。十分な検討のもとに対策しなければ、介護施設の過失が認められてしまいます。

転倒事故を複数回起こした例

一度転倒事故が起きたときは、同じ事故が二度と起きぬよう、万全の対策をすべきです。一度目の事故を予測し、防止するのが最善ですが、そうでなくても、利用者や施設の状況が改善しなければ、同種の事故は何度も起きうると考えるべきです。予測が付きやすい分、施設の過失が認められる可能性が高く、責任も重く評価されます。

京都地裁平成24年7月11日判決では、1回目の転倒事故の2週間後に、再度同じ事故が起き、急性硬膜下血腫により死亡させてしまった事案で、介護施設に3402万円の損害賠償の支払を命じました。

ベッドから起床した際に転倒して頭をぶつけるという転倒事故でした。介護施設は、移動時にはナースコールを利用するよう指示し、1時間ごとの看視をするなどの対策をしましたが、2度目の事故は防げませんでした。

この裁判例からして、一度事故が起きてしまったら、同じことを繰り返さないよう、さらに防止策を徹底しなければならないことが理解できます。

実施した対策が不十分で転倒させた例

一定の防止策を行ったからといって油断してはなりません。介護施設における転倒事故は、健常者であればつまづかないような場所で発生し、思いの外被害を拡大させることがあるからです。

東京地裁平成24年3月28日判決では、一定の対策を実施したものの、不十分だったとして、介護施設に208万円の損害賠償の支払を命じました。

この裁判例の事案では、入所後に、頻繁に転倒を繰り返していたため、診療録に記載し、居室をサービスステーションの近くへ変更、衝撃吸収マットや支援バーを設置して転倒対策をしました。しかし、裁判所は、夜間の看視が不足し、夜勤者が巡回している時間に転倒事故が起きた点で、動静の見守りが不足していたと評価しました。

転倒事故の危険は、介護のあらゆるタイミングに潜んでおり、夜間も例外ではありません。考えられる防止策を適切に行った上でも事故が起きたら、過失ありと判断される危険があります。少しでも損害を広げないような工夫も必要となります。

介護施設が責任を回避するための転倒事故の対策

最後に、介護施設が責任を回避し、軽減するために講じるべき、転倒事故の対策について解説します。

転倒の原因を排除する

介護の現場で、転倒事故がよく起こることを知れば、事前にその危険を排除できます。つまり、転倒の環境的な要因を、可能な限り排除し、事故の発生する確率を下げる努力をするのです。段差やベッドといった、介護施設内で転倒の危険のある場所を知り、次の対策を講じてください。

  • 段差をなくす工事をする
  • バリアフリー化する
  • 転倒しやすい場所を立ち入り禁止とする
  • 通行する必要があるときは介助する
  • 階段を一人で昇降させない
  • 衝撃吸収マットを敷く
  • 電気コードなど足をひっかけやすいものを片付ける
  • 滑りやすい水拭き掃除をしない

そして、転倒事故が起こるのは介護施設内だけでないことに注意が必要です。夜間に徘徊し、転倒する方もいます。訪問介護の訪問先でのサービス中など、施設外であっても転倒が起きやすいことを理解してください。

事後対応をマニュアル化する

最悪の場合に、転倒させてしまっても、死亡事故など重大な結果に繋げないことが重要です。事後対応を適切に行うことによって、施設利用者の被害を最小限に食い止めるべき。そのためには、どのスタッフもあわてず速やかに対処できるよう、事後対応をマニュアル化して、教育を徹底しておくのが大切です。

万が一に転倒事故が起きたときには、利用者の生命を最優先として、スピーディに対応しなければなりません。

転倒リスクの高い利用者から目を離さない

介護施設を利用する高齢者の場合には、加齢による筋肉の衰えにより、転倒しやすくなっています。使わない筋肉はますます衰え、足腰が弱くなっている方が多いです。認知症などで注意力が欠如していることも、転倒を起こす大きな原因です。そして、骨の劣化などから、いざ転倒したときの被害は大きくなりやすいです。

身体的な要因から、転倒リスクの高い利用者ほど、施設側でよく配慮しなければなりません。リスクの高い利用者から目を離さず、介助なしで歩き回らせてはなりません。 さほど危険が高くない方でも、杖や歩行器、車椅子など、福祉用具を活用する方法も検討しなければなりません。

まとめ

弁護士法人浅野総合法律事務所
弁護士法人浅野総合法律事務所

今回は、介護施設で最もよく発生する、転倒事故とその責任について解説しました。

転倒事故について、介護施設の責任が認められた裁判例をよく理解し、日常的な防止策を講じるようにしてください。また、施設の責任を否定した裁判例の重視したポイントを知れば、転倒事故が起きてしまったときの責任回避に役立ちます。

万全の対策を施してもなお、加齢による衰えなど、身体的要因による転倒は避けられません。万が一の事故の際に、平時から準備したマニュアルがあれば、スピーディに対応できます。ぜひ一度弁護士に相談ください。

この解説のポイント
  • 介護施設でよく起こる転倒事故は、予測可能であり、対策しなければ法的な責任がある
  • 転倒事故によって利用者が死亡してしまえば、遺族から高額の慰謝料請求を受ける
  • 介護中の転倒事故で責任を負わないよう、事前に十分な対策をすることが重要

\お気軽に問い合わせください/

目次(クリックで移動)