雇用している社員が突然に行方不明になり、対応に困るケースがあります。
この「社員の失踪」の場面に、どう対処すべきでしょうか。突然に無断欠勤となり、不審に思って連絡を試みても電話もメールも一切繋がらないケースもあります。従業員といえど所詮は他人なので、連絡が取れなくなると対応に窮してしまいます。
会社としては、自宅訪問や実家・身元保証人への連絡など、手を尽くしても連絡が付かない場合、「退職扱い」にして整理したいのが正直なところでしょう。無断で仕事を放棄する態度からは、責任感も感じられないでしょうが、安易に処理するのは危険なこともあります。
解雇は、解雇権濫用法理によって厳しく制限され、解雇時には本人への通知が必要です。失踪して連絡すら付かない状態だと、解雇の意思を伝えることすらできません。行方不明の社員を会社から追い出すには、事前の準備と適切な手続きが求められます。
今回は、社員が突然失踪して行方不明となった場合に、企業としてどのように対応すべきかについて、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 社員が失踪して行方不明となった際、理由ごとに適切な対応は異なる
- 家族とも連絡がとれない「失踪」は、民法のルールに従って対処すべき
- 無責任な「バックレ」なら、就業規則に基づき「当然退職」とする
\お気軽に問い合わせください/
社員の失踪による行方不明とは
社員が突然出社しなくなり連絡も取れなくなる、「失踪」のケースは珍しくありません。
経営者の立場だと、突然に失踪する理由が思い当たらず不思議に感じたり、「仕事を放棄してバックレるのは無責任ではないか」と疑問を持ったりするのも無理はありません。しかし、仕事に対する価値観や職場への適応は人それぞれです。
例えば、社員が失踪して行方不明になる背景には、次の理由があります。
- 仕事に対するモチベーションややりがいを失ってしまった。
- 強いストレスや職場の人間関係に悩んでいた。
- 特定の上司との関係を断ちたかった。
- 心機一転、自分を知っている人がいない場所で再出発したかった。
- 家族と縁を切って蒸発したくなった。
- 危ない借金から夜逃げした。
このような事情から、突然連絡を絶ち、出社しなくなる社員もいるのです。
民法は、「失踪」に関するルールを定めています。具体的には以下の2つの類型があります。
- 普通失踪(民法30条1項)
不在者の生死が7年間不明の状態が続いたとき、家庭裁判所の失踪宣告によって、その人は法律上死亡したものとみなされます。 - 特別失踪(民法30条2項)
戦争や災害、事故など、生命に関わる危難に遭遇し、それが去った後も1年間生死が不明な場合に、同様に失踪宣告がなされます。
民法上の失踪は、生死不明の状態が一定期間続くときに、家族などの利害関係人の請求によって行われます。社員が事故にあったり、家族から行方がわからないと連絡を受けたりしたケースでは、民法のルールに従って対処すべきです。
一方で、労使関係で問題となる「失踪」は、民法上の「失踪」と異なる状況もあります。
例えば、会社とは連絡が取れず「飛んだ」状態になっていても、家族や友人とは普通に連絡を取り合っている場合もあります。このようなケースでは、単に会社が行方を知らないというだけで、法的には「死亡」や「生死不明」とはみなされません。
このような状況を「バックレ」と呼ぶことがあります。
バックレの場合は、民法の失踪制度では対処できず、労使トラブルを防止する観点から、就業規則に基づいた労務管理が求められます。
社員と連絡がとれなくなったときの対応
次に、社員と連絡が取れなくなった際に企業がすべき対応を解説します。
突然出社せず、連絡も取れなくなると、戸惑いや怒りが先立つ経営者もいます。常日頃から勤務態度が悪く、引継ぎもなく姿を消すと、現場が混乱するのも無理はありませんが、こうした状況でこそ冷静な初動対応が求められます。
まずは本人との連絡を試みる
まずは、本人と連絡を取るための努力を尽くすことが重要です。
社員が失踪して行方不明になったのが単なるバックレなのか、退職の意思表示なのか、それとも事故やトラブルによるものか、すぐには判別できないからです。若手社員や中途採用者の中には、環境に馴染めず突然職場を離れてしまうケースも見られます。社会人経験が浅い新卒社員だと、思い描いていた職場と現実のギャップに戸惑い、失踪してしまう人もいます。
この背景を踏まえ、本人との信頼関係を意識しつつ、次の手段で連絡を試みてください。
- 把握する全ての連絡先にアクセスする(電話・メール・LINE・チャットなど)。
- 数日おきに定期的に連絡を試みる。
- 社員の自宅を訪問する。
- 社員の実家を訪問する。
- 親しい上司や同僚から連絡させる。
- 精神的な不安や職場での悩みを聞き出し、寄り添う姿勢を見せる。
失踪した社員の苦しみを理解し、共感を示して復職を促せば、離職を防ぎ、定着率を高めることができます。採用や研修にかかるコストを考慮すれば、一度入社した人材を簡単に失ってしまうことは、会社にとって大きな損失ともなりかねません。
身元保証人に連絡する
本人との連絡が付かない場合、身元保証人への連絡をしましょう。
多くの企業では、入社時に親族などを身元保証人としています。この身元保証人に連絡を取ることで、社員の現在の居場所や状況を把握できる可能性があります。
身元保証人が社員と連絡を取れる場合、次のような対応が期待できます。
- 事故や事件の可能性は否定できる。
- 本人の出社や復職を説得してもらう。
- 感情的に刺激して労働問題になる危険を避けられる。
- 退職の意思がある場合は、本人の意思を確認できる。
多くの場合は会社と連絡が取れないだけで、親族は行方を知っている可能性が高いです。親族に取り次いでもらえば、トラブルの拡大を避けられます。
身元保証人に説得してもらって仕事を継続できればベストですが、そうでなくても、退職の意思表示を取り付けることで「解雇」などの強制的な追い出しのリスクを減らせます。本人が出社しないまま退職手続きを進めたい場合は「退職扱いとなっても異議がない」といった内容の書面を身元保証人から取得しておくのが役立ちます(ただし、親族でも、本人に代わって退職の意思表示を行う権限はないので、リスク軽減に留まります)。
身元保証は、社員の行為によって生じた損害について連帯責任を追及できるので、入社時に必ず取得しておくべきです。
失踪して行方不明の社員を解雇できるか
次に、失踪して行方不明の社員を解雇できるか、またその具体的な方法を解説します。
社員が突然出社しなくなり、連絡も取れない場合、最終的には退職させざるを得ません。ただ、解雇は労働者の地位を一方的に奪うので、たとえ行方が知れなくても慎重に進めるべきです。
普通解雇の理由になる場合
長期間にわたり無断欠勤くことは、普通解雇の理由となります。したがって、失踪して行方不明になってしまったなら、普通解雇が可能です。
労働者は、労働契約に基づいて就労する義務を負っています。出勤せずに業務を放棄すれば、労働契約上の債務不履行となり、労使の信頼関係を大きく損なうこととなります。普通解雇は、労働者が義務の履行せず、信頼関係が破壊された場合に、会社が労働契約を解除する処分を意味するので、失踪して連絡がとれない状態なら、普通解雇できるケースに該当する可能性が高いです。
懲戒解雇の理由になる場合
労働者の失踪は、懲戒解雇の理由となる可能性もあります。
懲戒解雇は、企業秩序を乱す社員に対する制裁を意味する解雇であり、企業が行える最も重い処分です。業務を放棄して行方をくらますことは、企業秩序を著しく乱すことが明らかであり、懲戒解雇を検討すべきケースの典型例です。
ただし、失踪して行方不明の社員を懲戒解雇にするなら、次の点に注意して慎重に進めてください。
- 就業規則に懲戒解雇理由の明記されているか(例:「◯日以上の無断欠勤」)。
- 欠勤期間や行為の悪質性が、その規定に該当するか。
- 出社の督促をし、改善の機会を与えたか。
- 安否確認の努力を行ったか。
- 連絡が取れた場合、事情を聴取したか。
- 失踪や行方不明の理由がやむを得ないものか、確認したか。
懲戒解雇は非常に厳しい処分であり、解雇権濫用法理が厳格に適用されます。
不当解雇と判断されるリスクを避けるためにも、行方不明の社員に行った配慮について、記録を残すことが不可欠です。連絡の試み、出社の督促、安否の確認といったプロセスを踏む際は、連絡手段として内容証明を用いるなど、証拠に残せる形で進めましょう。
失踪した社員に解雇を通知する方法
解雇を行うには、労働者本人に対して解雇通知を行う必要があります。
「解雇」という労働者に不利益な処分をするなら、その理由や処分内容を伝える必要があるからであり、このことは普通解雇、懲戒解雇のいずれでも同じです。解雇通知は、労働者にとって不当解雇を争う機会を確保する重要な意味もあります。
しかし、失踪して行方不明で、連絡が完全に取れない場合、現実的に通知することが困難です。この場合、民法98条に定める「公示による意思表示」の制度を利用する方法が有効です。
民法98条(公示による意思表示)
1. 意思表示は、表意者が相手方を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、公示の方法によってすることができる。
2. 前項の公示は、公示送達に関する民事訴訟法 (平成八年法律第百九号)の規定に従い、裁判所の掲示場に掲示し、かつ、その掲示があったことを官報に少なくとも一回掲載して行う。ただし、裁判所は、相当と認めるときは、官報への掲載に代えて、市役所、区役所、町村役場又はこれらに準ずる施設の掲示場に掲示すべきことを命ずることができる。
3. 公示による意思表示は、最後に官報に掲載した日又はその掲載に代わる掲示を始めた日から二週間を経過した時に、相手方に到達したものとみなす。ただし、表意者が相手方を知らないこと又はその所在を知らないことについて過失があったときは、到達の効力を生じない。
4. 公示に関する手続は、相手方を知ることができない場合には表意者の住所地の、相手方の所在を知ることができない場合には相手方の最後の住所地の簡易裁判所の管轄に属する。
5. 裁判所は、表意者に、公示に関する費用を予納させなければならない。
民法(e-Gov法令検索)
この制度によれば、相手の所在が不明な場合に、最後の住所地を管轄する簡易裁判所に申し立て、裁判所の許可を得て公示(掲示と官報掲載)して、意思表示があったものとみなすことができます。公示の効力は、掲示開始日または官報掲載日から2週間経過後に、意思表示が相手に到達したものとみなされます。
したがって、行方不明や無断欠勤の社員に対し、公示による意思表示の方法によって解雇を通知し、有効に解雇することができます。
「解雇通知書」の解説

失踪して行方不明の社員を退職させる方法
次に、失踪社員を退職扱いとする具体的な方法について解説します。
失踪して行方不明となっても、解雇する法的ハードルは高く、通知や手続きも煩雑なので、現実的には「退職扱い」とするのが通例です。ただし、退職としての処理を円滑に進めるには、事前に就業規則を整備する必要があります。
当然退職扱いとする方法
1つ目が、当然退職扱いとする方法です。
つまり、一定期間の無断欠勤が続いた場合に、自動的に退職となるというルールを適用する方法です。このルールは全ての社員に統一的に適用されるので、就業規則に定めを設けるべきです。連絡が付かないとき、「期間の経過」によって当然に退職となるルールなので、失踪や行方不明でも、解雇の意思表示を通知する必要はなく、会社を辞めてもらうことができます。
就業規則には、次のような定めを置きます。
「○日以上連絡なく欠勤した場合は、本人が退職の意思を有するとみなし、当然退職とする」
当然退職を定める就業規則の規定は、ルール適用のために明確に定める必要があります。
また、当然退職のために必要となる欠勤日数を定めるにあたっては、解雇予告が30日間であること、6ヶ月以上(その労働日の8割)働けば有給休暇が最低10日間生じることなどを考慮して、妥当な期間とするようにしてください。
辞職の意思表示があったとみなす方法
2つ目は、黙示的な意思表示としての辞職を認定する方法です。
本来、自主退職(辞職)は、社員自身の意思表示により成立するのが原則です。しかし、長期間無断欠勤が続き、連絡も一切取れない状況なら「もはや働く意思はない」とも考えられます。
ただし、退職強要は許されません。不当な扱いをして争われるリスクを軽減するために、勝手な解釈をするのでなく、就業規則に明記し、あらかじめ社員に周知徹底しておくべきです。
また、「黙示の辞職の意思があった」と判断するために、どの程度の欠勤期間で判断するのか、客観的な基準が必要となります。民法627条1項は、期間の定めのない労働者からの退職の意思表示は退職日の2週間前に行うことを定めています。したがって、黙示の辞職として扱う場合にも、無断欠勤が2週間以上継続していることは、最低限の目安となるでしょう。
失踪して行方不明の社員への対応の注意点
最後に、失踪して行方不明の社員に対応する際、注意すべきポイントを解説します。
欠勤中の賃金は控除できる
失踪して行方不明の社員に対しては、賃金を支払う必要はありません。
賃金は労務の対価として支払われるので、就労実態がなければ、会社には支払い義務が生じません(ノーワーク・ノーペイの原則)。したがって、失踪中の期間の賃金は、欠勤控除の対象とすることができます。
ただし、社員の在籍が継続している間は、たとえ出社しなくても社会保険料や雇用保険料の負担が生じ続けます。社員の負担分を会社が立て替えた上で、社員または身元保証人に請求するのが通常です(社員の死亡、失踪による死亡扱いが明らかになったら、相続人に請求します)。入社時に身元保証人を立てさせていれば、立替金のほか、損失の補填なども請求することも可能です。
既発生の賃金は本人に払う必要がある
これに対して、失踪前に勤務した分の賃金は既に発生しています。
発生済の賃金は、社員が行方不明でも支払い義務がなくなりませんが、社員と連絡が付かないのであれば現実的には払うことができません。
労働基準法24条は「賃金の直接払いの原則」を定めており、賃金は原則として社員本人に直接支払わなければなりません。これは、労働者の生活の糧として重要な賃金について、第三者による不当な受領や中抜きを防ぐためです。
したがって、社員が失踪して行方がわからないとき、家族や友人から「代理で受け取りたい」と申出があったとしても、応じてはいけません。
警察への届出は慎重にする
失踪が疑われる場合も、警察への届出(捜索願や行方不明届)は慎重になりましょう。
実際に、会社との連絡を絶っただけで、家族や知人とは連絡が取れているケースも少なくありません。このようなケースで会社が警察に捜索願を出すと、混乱を招いてしまいます。もし仮に失踪が事実だとしても、警察への届出は、原則として家族や親族が行うべきです。
ただし、以下の状況では、例外的に会社から警察へ相談することも検討してください。
- 事故や災害に巻き込まれた可能性がある(特に、業務に関する場合)。
- 家族とも完全に連絡が取れず、生死不明の状態が継続している。
- 社内に不審物や遺書などが残されていた。
いずれにしても、警察への届出は最終手段であり、状況を十分に確認した上で、家族とも連携を取りながら判断することが望ましいでしょう。
まとめ

今回は、失踪して行方不明となった社員に対する適切な対処法について解説しました。
長期間にわたって無断欠勤が続き、連絡も一切取れないケースでは、会社としても実質的に「行方不明」と判断せざるを得ません。
就労の意思なく、業務に復帰する見込みもないなら、退職扱いは当然のようにも思えます。しかし、退職や解雇といった労働契約の終了場面は、特に労使トラブルが起こりやすいタイミングです。たとえ出社の意思がない社員でも、企業側の対応が不適切だと、後のトラブルに発展してしまいます。これまで顕在化していなかった労務リスクが、一気に表出するおそれもあります。
社員が失踪した場合、解雇や当然退職など、状況に応じた適切な対処が求められます。そのためにも、就業規則を準備し、対応フローを整備しましょう。問題社員対応について事前準備が十分でないなら、早い段階で弁護士に相談してください。
- 社員が失踪して行方不明となった際、理由ごとに適切な対応は異なる
- 家族とも連絡がとれない「失踪」は、民法のルールに従って対処すべき
- 無責任な「バックレ」なら、就業規則に基づき「当然退職」とする
\お気軽に問い合わせください/

