中途採用者が期待していた能力や成果を発揮できないと、現場に混乱が生じます。
このような状況に直面し、「中途採用者を解雇すべきかどうか」と悩む経営者や人事からの相談は多くあります。日本の労働法は、解雇を厳しく制限しており、中途採用者を「能力不足」を理由にクビにする場合、不当解雇となるリスクが高いです。期待された能力や成果の定義が曖昧だったり、活躍できる環境や指導が提供されなかったりすると、その解雇は違法になりやすいです。
中途採用者は、「即戦力」や「ハイパフォーマー」と期待され、高い労働条件を与えられるケースも少なくありません。その一方で、企業の対応が不適切だとトラブルの火種となり、労働審判や訴訟などの法的手続きに発展することもあります。
今回は、中途採用者の解雇について、その法的な制限や対処法を解説します。不当解雇とならないよう、正しい知識を理解してください。
- 中途採用者の採用時には、期待する能力や成果を明確に示す
 - 中途採用者を解雇する前に、指導や改善の機会を必ず与える
 - 不当解雇のリスクを軽減するために、記録を残し客観的証拠を示す
 
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中途採用者の解雇は難しい?
はじめに、中途採用者の解雇に関する法律の基本を解説します。
中途採用者が、採用後に期待する能力を有しておらず、成果や業績が出なくても、簡単には解雇できません。日本の労働法は解雇を制限しており、これは中途採用者でも変わらないからです。
法律による解雇の制限
日本の労働法は、解雇権濫用法理によって解雇を厳しく制限しています。
具体的には、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、解雇は権利濫用として無効となることが定められています(労働契約法16条)。例えば、「雰囲気が合わない」「協調性がない」といった主観的で抽象的な理由では、解雇の理由として不十分であり、無効であると判断される可能性があります。
中途採用者は特に、「即戦力」としての期待が大きいので、企業は「裏切られた」という思いを抱きやすいです。しかし、それだけで解雇が正当化されはしません。
中途採用者に対する期待と企業の責任
中途採用は、実務経験や専門性への期待が大きいため、採用後のミスマッチも生じやすいです。そして、ミスマッチの責任は、企業側にあると判断されることも多いものです。少なくとも、中途採用者を「能力不足」を理由に解雇するなら、次の点に注意しなければなりません。
採用時の見極めは企業の責務
第一に、採用時の見極めは企業の責務であるということです。
中途採用者の働きぶりについて、「思ったより能力がない」「期待外れ」と感じても、企業側の見通しの甘さが原因なら、労働者のせいにするのは不適切です。採用時に判明していた能力が原因であり、労働者が虚偽の申告をしていないなら、解雇は難しいでしょう。
求める能力は成果は明確に定義する
第二に、求める能力や成果は、企業側が明確に定義すべきです。
求める基準が曖昧だと、労働者側も「どのように努力すべきか」「どこを改善すれば評価されるか」を理解できません。この状態では、たとえ問題があるとしても具体的な改善策を示せず、解雇は不当であると判断されやすくなってしまいます。
注意・指導や教育は中途採用でも必要
第三に、注意・指導や教育が必要なことも忘れてはなりません。
「中途採用だから即戦力で当然」という認識は、法的に通用しない場面もあります。十分な能力があっても、適切な職場環境が整備されることが前提であり、その会社に特有の業務の進め方や社内ルールの理解なしには活躍は望めません。会社ごとに異なるものについて、一定の教育や指導のプロセスを経ることは、解雇に踏み切る前に当然行っておくべきです。
この点についても、指導記録や業務改善の努力がなければ、後の解雇が「合理性を欠く」と見なされるリスクがあります。
中途採用者を解雇するリスク
次に、中途採用者を解雇するリスクや危険性について解説します。
能力不足や業績不良を理由に解雇を検討する企業は少なくないものの、解雇は非常に厳しく判断されるのが実情です。そのため、安易にクビにすれば「不当解雇」として争われる危険があり、実際に解雇無効と判断した裁判例も存在します。
不当解雇とされる典型例
中途採用者の解雇が、不当解雇とされる典型的なケースは、以下の通りです。
客観的な評価基準がない
中途採用者を、能力不足で解雇するなら、客観的な評価基準が必要です。
「上司が能力不足だと感じた」「他の社員より遅い気がする」といった主観的な判断は曖昧であり、どのように改善すべきかを示せません。労働審判や訴訟などの法的手続きでは、売上や契約数など、数値で表せる定量的な目標があるか、事実に基づき客観的に判断しているか、といった点が重視されます。
明確な基準のないまま恣意的に行う解雇は、無効となるリスクが高いです。
改善の機会を与えない
中途採用者を能力不足で解雇する前に、改善の機会を与える必要があります。
具体的な注意・指導をして改善点を明確にし、猶予を与えなければ解雇は無効とされる可能性が高いです。例えば、以下のプロセスを踏むことが考えられます。
- 本人に対し、問題点を具体的に指摘する。
 - 改善方法を説明する。
 - 一定期間(数週間〜数か月)を設けて改善を促す。
 - その過程を記録として残す(面談記録、指導書など)。
 
注意・指導や教育を行ったことは、記録に残さなければなりません。証拠がなければ「適切な指導を怠った」と判断され、企業側に不利になるリスクがあります。
評価の一貫性がない
一貫性のない評価もまた、不当解雇と判断されやすくなります。
能力不足の判断では「他社員との比較」や「過去の評価との整合性」も重視されます。そして、同程度の成績なのに特定の社員だけ解雇するのは不公平であり、解雇の理由の説明が付きませんし、場合によっては、差別だと判断されるでしょう。
なお、中途採用者は「同期と比べる」ことができず、判断が困難なケースもあります。
中途採用者の解雇について判断した裁判例
次に、中途採用者の解雇について判断した裁判例を紹介します。
実際の裁判例でも、企業が「能力不足」を理由に解雇を行ったケースで、有効であると判断されたケースが存在します。しっかりと準備を怠らないことが非常に重要です。
人事部長として中途採用された社員が、入社後の勤務態度や成果が期待に反し、「積極性に欠ける」「能率が著しく低い」と評価されて解雇された事案。
裁判所は、会社が中途採用時に本人の学歴・職歴に着目したこと、本人も人事部長という地位でなければ入社する意思がなかったことなどから、地位を特定して採用されたものと判断しました。したがって、配転命令をせずに解雇しても不当ではないとし、解雇は有効であると判断しました。
海外勤務歴があり、業務に必要な語学力や品質管理能力を備えた即戦力として「品質管理部海外顧客担当・主事1級」の待遇で中途採用された社員が、勤務成績の不良や勤務態度の悪さを理由に解雇された事案。
本件では、就業規則に定められた「業務遂行に誠意がなく、知識・技能・能率が著しく劣り、将来の見込みがないと認められるとき」に該当するかが争点となりました。
裁判所は、会社が採用時に語学力や品質管理能力を重視して採用したこと、本人もその能力を前提とした地位での採用であると理解していたこと、実際には雇用時に期待された能力を全く発揮せず、改善の努力も見られなかったことを認定し、解雇を有効と判断しました。
保険会社での勤務経験を持つ中途採用者が、保険代理業を営む会社に「営業部長」として採用されたものの、業務遂行態度が悪く、雇用時に期待された保険業務経験者に見合った能力を有しないとして解雇された事案。
本件では、中途採用者としての能力不足に加え、他の従業員からクレームが出るほどの勤務態度の不良が問題とされました。
裁判所は、中途採用時に職歴を重視され、営業部長として月額42万円の待遇で採用されたこと、長期育成ではなく即戦力としての採用であったこと、そして、顧客対応の不備やビジネスルール違反があり、社員全員から辞めさせてほしいとの嘆願書が提出されたほど勤務態度が悪かったことを重視し、解雇を有効と判断しました。
中途採用者が、試用期間3ヶ月の定めのある労働契約で入社したものの、入社1か月後に自宅待機命令を受け、その後に本採用を拒否された事案。
本件では、試用期間中に能力不足を理由として本採用を拒否することが、権利の濫用にあたるかどうかが争点となりました。
裁判所は、経歴に基づき、発達支援事業部の部長として、法人全体の事業推進を担う管理職として高待遇で採用されたことを重視しました。また、職員のマネジメントや施設長との円滑なコミュニケーションが求められる立場でありながら、高圧的で協調性を欠く態度であったことも指摘し、本採用拒否を有効と判断しました。
中途採用者を解雇する方法
次に、中途採用者を解雇する方法について解説します。
中途採用者とはいえ解雇は容易でないと解説しました。しかし、中途採用であるがゆえに地位や役職を与えられ、高待遇で入社しているケースが多く、問題社員となった際の損失は、新卒社員に比べても拡大しやすいです。
期待する能力や成果を明示する
中途採用者の入社時に「どのような能力や成果を求めるか」を明確に伝えることが重要です。
これは将来「能力不足だった」「期待に反した」と判断する際の基準となります。例えば、管理職なら、業務スキルのほかにマネジメント能力が要求されます。同業界の経験者なら、それだけ高い成果が求められるのも当然でしょう。
期待値を正確にすり合わせるには、定量的な目標を数値化し、文書に定めるのが大切です。入社時に期待を具体的に示せば、将来の争いになった際、「想定外の高い目標を課された」「期待される水準が不明だった」といった反論は防げます。
なお、労働者のモチベーションを維持するために、期待される水準とその対価のバランスを検討することは、経営課題となります。
地位の特定を明示する
中途採用者に高い役職や地位、対価を与えるなら、地位の特定を明示しましょう。
地位の特定とは、労働契約において、中途採用者を一定の地位に就かせることを決め、その地位にふさわしい対価を与える約束です。その反面として、それに見合った十分な能力と成果を発揮できない場合は、異動や降格を経ることなく解雇が許容されます。
会社が望んでいる能力や成果が明確であり、期待を裏切られた場合には解雇を想定している場合、雇用契約書において「地位特定者」に該当することを明記すべきです。
期待との相違を客観的に記録する
期待と相違していたことが明らかになったら、客観的に記録しておきましょう。
入社時に、定量的な目標を数値化しておけば、勤務実績や評価の記録によって、期待との差が明らかになります。労働審判や訴訟の際も、裁判所は、客観的な証拠を重視して判断します。
例えば、以下のような記録を取るのが有効です。
- 評価シート
 - 行動目標に関する達成度
 - 定期的な1on1の実施記録
 - 業務日報や報告書など
 - 面談記録や人事評価メモ
 
これらの資料を継続的に残しておけば、「期待した能力が不足している」ことを示すと共に、「指導を行っても改善が見られなかった」という証拠とし、企業のリスクを軽減できます。
改善指導を実施して記録に残す
中途採用者に能力不足が見られても、いきなり解雇するのでなく、改善の機会を与えることが必要です。そして、改善指導を実施したら、必ずその記録を残しておきます。その典型的な方法に、PIP(Performance Improvement Program)の導入があります。
具体的には、改善の指導は、次のような手順で進めます。
- 問題点を明確化する
どの業務に、どんな不足があるのか、課題を具体的に指摘する。 - 改善目標を設定する
期限や目標、達成基準を明示する(例:「3か月以内に契約件数◯件を達成する」)。 - 定期的に面談でフィードバックする
進捗を確認して、改善点を指導するなど、支援を行う。 - 記録を保存する
面談記録・メール・指導内容は文書で残して記録化する。 
このようなプロセスを踏んでも、改善の兆候が全く見られない場合に、解雇を検討することとなります。逆に、たとえ中途採用といえど、全く改善の機会を与えないで行った解雇は、不当解雇として無効になるリスクが非常に高くなります。
試用期間中に判断する
中途採用者にも、試用期間を設定することがリスク管理として適切です。
試用期間は、入社した社員の能力や適性が自社にふさわしいかを確認する期間で、期間中の解雇や満了時の本採用拒否は、少なくとも正社員の解雇よりはハードルが低いと考えられています。
ただし、試用期間だからといって自由に解雇できるわけではありません。裁判所では、試用期間中の解雇でも、客観的に合理的な理由と、社会通念上の相当性が必要と判断されています。
なお、試用期間を経過して本採用された場合、少なくともその時点では期待した能力に不足はなかったと評価されやすくなります。そのため、本採用するにしてもクビにするにしても、その理由は客観的に示し、労働者の納得を求める努力をすべきです。
中途採用者の解雇が難しい場合の代替案
最後に、中途採用者の解雇が難しい場合の代替案について解説しておきます。
配置転換や異動による適性判断
第一に、配置転換や異動を行い、適性判断をする方法です。
ある地位や役職、職種に適性がなくても、環境が変われば活躍する人もいます。能力やスキルが特定業務に合わない場合、職務内容を変更するのも有効な策です。このような扱いは裁判所でも教育や指導の一環であると評価されます。
管理職として採用した中途採用者が、マネジメント能力に欠けると明らかになったとしても、スキルが十分なら現場のプレイヤーとして活躍してもらう道もあります。このような措置は、本人の適性を再確認すると共に、会社としても誠意ある対応です。
ただし、中途採用者の職務内容を変更すると、「地位特定者」であることを理由に解雇できなくなるおそれがあります。したがって、「その地位・役職にふさわしい能力がないなら解雇を検討する」という場合は、あえて人事上の処遇を変更しない方がよいケースもあります。
退職勧奨による合意退職
第二に、退職勧奨を行って合意退職してもらう方法です。
どうしても改善が見込めず、会社としてこれ以上残ってほしくない場合、それでも解雇を有効に進めるのが難しいなら、退職を促す手があります。退職勧奨は、会社が労働者に働きかけ、自主的に退職をしてもらうことを意味します。このようなケースでは、従業員側もまた「長くはいられない」「活躍は難しい」と考え、早期の転職を検討している場合もあり、条件次第では退職の合意ができることも少なくありません。
ただし、退職勧奨は、慎重に進めなければパワハラと指摘されたり、不当な退職の強要であるとして争われたりするおそれがあります。そのため、強制的なものではなく、あくまでも選択肢の提示であることを明らかにして進めなければなりません。
「退職勧奨の進め方」の解説

まとめ

今回は、中途採用者を解雇する際に、会社が注意すべきポイントを解説しました。
中途採用者が期待したパフォーマンスを発揮できなかった場合でも、「能力不足」を理由とする解雇は紛争を招きやすく、慎重な対応が求められます。管理職待遇や役員候補など、高い地位と条件で入社した場合、解雇が許されると誤解する会社もあります。確かに新卒社員よりは前提とする能力が高いものの、解雇は決して容易ではありません。
十分な注意・指導を行わず、証拠も集めないまま解雇に踏み切れば、たとえ中途採用者でも、不当解雇と判断されるリスクは高く、企業側が不利な立場に立たされます。
中途採用者の対応を誤ると、企業の信頼を低下させます。自社の将来を考えても、このままでは転職者が活躍しづらい環境となるおそれもあります。判断に迷う場合やリスクを回避したい場合は、労働問題に精通した弁護士への相談をお勧めします。
- 中途採用者の採用時には、期待する能力や成果を明確に示す
 - 中途採用者を解雇する前に、指導や改善の機会を必ず与える
 - 不当解雇のリスクを軽減するために、記録を残し客観的証拠を示す
 
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