知的財産権は目に見えないですが、会社の大きな資産であるという意識を強く持ちましょう。
知的財産権が企業のビジネスの中核となることもあれば、中核とならずとも、顧客吸引力を生むケースも非常に多いです。
企業を取り巻く紛争において、知的財産権が問題となるのは、主に次の2つのケースです。自社がいずれの立場にあたるかによって、主張すべき法的ポイントは異なります。
- 自社の製品、商標、技術、著作物を、他社が侵害していることが発覚したケース
- 自社の商品・サービスが、他社の知的財産権を侵害していると警告を受けたケース
いずれの立場であっても、知的財産権について紛争が起こる可能性をそのまま放置しては、今後の企業経営に大きな支障を及ぼすこととなります。
例えば、自社の知的財産権が他社に侵害されていた場合、放置しておけば、自社の独自性が失われ、製品の売上が減少することが予想されます。
逆に、自社が知的財産権を侵害していると警告された場合、そのまま商品の在庫を抱えれば、いざ訴訟で敗訴した場合に、投下コストが回収不能となることが予想されます。
今回は、企業が陥る可能性のある「知的財産権」の侵害をめぐる紛争で、主張を検討すべきポイントを、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 知的財産をめぐる紛争の2類型
知的財産権をめぐって企業間の争いが起こるケースは、次の2つに大きく分類されます。
知的財産のトラブルに巻き込まれたとき、自社がいずれの立場にあるかを明らかにした上で、対応を検討する必要があります。
1.1. 【被告側】他社から、知的財産の侵害だと主張されるケース
まず、自社で提供していた商品・サービスが、他社の有している知的財産権を侵害していると主張されるケースです。
他社からこのような主張を受けた場合に、会社は、次の4通りのリスクがあり得ます。
- 製品の製造・使用の差止め
- 損害賠償請求
- 信用回復措置請求
- 刑事罰
いずれも、特許法、実用新案法、商標法、意匠法、著作権法といった、主要な知的財産権のいずれにも規定のあるため、どの知的財産権の侵害となるか、という細かい論点を考えなくても、いずれの方法でも紛争となる可能性があると考えておいた方がよいでしょう。
1.2. 【原告側】他社に対して、知的財産の侵害だと主張するケース
自社で保有している知的財産権を、他社が侵害していることが発覚した場合には、逆に、御社が上記の4つの手法を、他社に対して主張することを検討することとなります。
知的財産権は、目に見えないですが非常に重要な権利です。
御社が知的財産権を保有するためには、多額の費用をかけて製造、開発、研究を行ったり、多くの時間と労力をかけたりしてきたはずです。
また、取引によって得た知的財産権である場合には、その価値が高ければ高い程、支出も大きかったはずです。
このような価値の高い知的財産権を、他社が労力も費用もかけずにタダ乗りすることを許した結果、自社の独占的な利益が失われれば、投下資本の回収ができくなるなど、大きな経済的損失となることは想像に難くありません。
2. 知的財産をめぐる紛争の流れ
ここまでお読み頂ければ、知的財産権は、会社にとって非常に重要な権利であることがご理解いただけたのではないでしょうか。
そのため、知的財産権を守るために、特許法、著作権法、商標法、不正競争防止法などの多くの法律が、様々な責任追及の方法を用意しているわけです。
知的財産を侵害されたと考える会社が、これらの責任追及の方法を使って侵害者の責任追及をするわけですが、知的財産をめぐる紛争といえども、直ちに訴訟となるわけではありません。
知的財産をめぐる紛争の流れを理解し、現在どの段階で争っているかを意識しながら進めましょう。
2.1. 訴訟外の争い
まず、知的財産を侵害されたと考える会社は、侵害している会社に対し、「警告書」を送付します。
これに対し、警告書を受けた会社は、知的財産を侵害していないと考える場合には、「回答書」、「反論書」などを送付し、書面や対面、電話などの方法によって話し合いを行います。
この段階での話し合いの経緯、主張の内容が、後に訴訟となったときに証拠となるケースも多いため、できる限り交渉の経緯を記録化して、証拠に残しておくようにしてください。
重要なやり取りは、できる限り書面を送付する形によって行いましょう。
この段階から、顧問弁護士、弁理士など、知的財産の専門家のアドバイスを受けることが有益です。
2.2. 訴訟における争い
警告書、反論書などのやり取りによる交渉によっても、知的財産をめぐる争いが解決しない場合には、訴訟に移行して引続き争います。
訴訟の際に検討すべきは、既に解説したとおり、「製品の使用、製造などの差止め」という方法と、「損害賠償請求」という方法が検討されます。
これらの訴訟はいずれも、事後的な解決にすぎず、特許権侵害など、世に出回ってしまえば、会社の独占的利益が永遠に失われてしまうという非常に緊急を要するケースも、知的財産をめぐるトラブルでは少なくありません。
緊急を要する場合には、「差止めの仮処分」といった「仮」の訴訟も検討してください。
いずれも、知的財産権と訴訟の、双方の専門的な知識が必要となることから、弁護士、弁理士などの専門家の助力を借りることとなります。
3.3. 民事以外の争い
民事訴訟における争い方以外に、刑事事件、行政事件として、知的財産権の侵害について争う方法があります。
3.3.1. 刑事事件における争い
刑事罰が科せられる行為については、警察に刑事告訴を行うことが考えられます。
刑事告訴、被害届の提出を行った場合、捜査機関(警察・検察)の捜査が開始されます。
事案によっては、公訴が提起され、有罪となるケースもあり得ます。
3.3.2. 行政事件における争い
特許権、商標権など、特許庁への登録がされている権利については、特許庁に対して、無効審判の申立を行うことができます。
これは、行政上の手続きに分類される行為であり、認められると、「権利侵害である。」と警告を受けていた元の権利自体が無効となることから、権利侵害はなかったということとなります。
そして、無効審判によって出た特許庁の審決に不服がある場合には、次は訴訟における争いへ移行し、審決取消訴訟で争うこととなります。
4. 「権利侵害をされた。」と主張する側が行うべき主張のポイント
他社が、自社の保有する知的財産権を侵害していると主張する場合に、行うべき準備のポイントについて、弁護士が解説します。
4.1. どのような権利の侵害か?
まず、「他社の行為が、自社の不利益になっている。」と考える場合には、法的に、どのような知的財産権の侵害であるかを検討する必要があります。
法律の専門用語でいうと「侵害論」といいます。
権利侵害行為の具体的内容を特定する必要があることから、次の点を順にチェックしてください。
- 自社の保有する知的財産権の内容
- どの法律によって保護される権利であるか
- 侵害者の製品の具体的内容
自社、相手方のそれぞれの製品について詳しく調査した上で、侵害行為を具体的に特定してください。
4.2. 損害額はいくらか
次に、「知的財産権を侵害している。」ということが、具体的内容をもって特定できたら、この侵害行為によって、「御社にどれだけの損害が生じているか?」を主張する準備をします。
本来、民法の不法行為による主張の場合には、相手方の行為によって自社が損害を被ったのであれば、その「行為と損害の間の相当因果関係」を主張立証しない限り、その損害は相手方の行為によるものであるとは認められないのが原則です。
しかしながら、知的財産権の侵害の場合、「相手方が侵害行為をしたことによって、どれだけ自社製品が売れなくなったか。」を、客観的に立証することは非常に困難です。
そのため、特許法、著作権法、商標法などの主要な知的財産権を保護する法律の中には、「損害の推定規定」があり、これによって、権利者側の損害の立証を緩和しています。
5. 「権利侵害をしている。」と警告を受けた側が行うべき主張のポイント
他社から、自社が知的財産権を侵害しているとの警告を受けた場合に、行うべき準備のポイントについて、弁護士が解説します。
5.1. 権利侵害をしていないと反論するために
知的財産権の侵害をしているとの警告を受けた会社の側では、まず、「自社の製品などが他社の知的財産権を侵害していない。」という反論をすることとなります。
この主張は、大きく分けて、次の2つのパターンとなります。
- 自社の製品が、他社の知的財産権の範囲内ではない。
- 他社が知的財産権を取得する前から使用していた。
このうち、前者は、知的財産権とは、投下資本に対して独占的利益を与える権利であるところから、範囲を定めて与えられた権利ですから、その範囲内にない技術、著作などであれば、知的財産権の侵害にはならないという意味の反論です。
後者は、法律の専門用語で「先使用権」といわれる権利の主張です。
先使用権を反論として主張することを考える場合には、自社の製品が、他社の製品よりも先に使用されていたことを示す資料を収集する必要があります。
5.2. 侵害を主張する知的財産権が無効だと反論するために
仮に、自社の製品などが、他社の知的財産権の範囲内であったとしても、その権利自体が無効なのであれば、侵害はなかったこととなります。
そのため、「他社の主張する知的財産権に無効理由がある。」という主張を行うこともできます。
また、著作権の場合には、権利の成立に登録が不要であることから、「そもそも著作権として認められない。」「創作性がない。といった反論になります。
他社の知的財産権に無効理由がある場合、その権利に基づく差止、損害賠償は制限されます。
5.3. 損害が生じていないと反論するために
以上の知的財産権に関する反論を行っても、なお権利侵害が認められるという場合には、次は、損害額を争うこととなります。
すなわち、権利侵害行為によって、「他社が主張するほどの損害は生じていない。」、という反論です。
この場合、既に解説した「損害額の推定規定」を用いた主張がなされている場合、「それほどの損害は生じていない。」と反論する側が、推定を覆すための立証をしなければなりません。
そのため、自社、他社それぞれの製品の、販売額、販売数量などを、公表されている資料から調べ、損害額を計算する準備をします。
6. まとめ
知的財産権に関する紛争は、企業の販売する製品が、「差止め」によって全く販売できなくなってしまうという最悪のケースも想定されます。
そのため、法的紛争の行方をできる限り予想しながら、最前の策を講じてかなければなりません。
法律的な専門性の非常に高い分野となりますので、知的財産の知識を有する弁護士と共に、技術的な紛争となる場合には、その分野を得意とする弁理士の紹介を受けておきましょう。