自己破産が間近に迫ると、回避するために「やれることはなんでもやるべき」という気持ちになるのも無理はありません。自己破産を避けたいのは当然で、良い方策があると聞けば「藁にもすがる思い」でしょう。
しかし、自己破産前にやってはいけないことがあります。破産間近だと、グレーな行為、違法業者の誘惑に負けがちなので注意を要します。一見すると破産を回避できそうな資金繰りの対策も、違法な方策を実施すれば、最悪は破産手続きにおける免責が認められない危険があります。一時的にプラスに見えても社会的信用を低下させ、破産のデメリットに直結します。
会社の破産と同時に自己破産する経営者は特に、自分一人の利益だけでなく、事業を継続し、大切な取引先、従業員を守るためにも様々な対策を検討するでしょう。
今回は、自己破産前にやってはいけないことについて、企業法務に強い弁護士が解説します。
自己破産の検討を先延ばしにしてはいけない
まず大切なのは、自己破産の決断を先延ばしにしてはいけないという点です。
確かに自己破産には多くのデメリットがあります。債権者の取り立てがなくなり、借入の返済は免責されるものの、ブラックリストに登録されて新たな借入ができず、自由財産を除く全ての財産が処分されるといったことが起こります。
とはいえ、返済が厳しくなったら、できる限り早めに破産を検討しなければなりません。検討のタイミングが早ければ、自己破産する以外にも、任意整理や個人再生など、他の倒産手続きを踏むことによってやり直しの効く可能性もあります。
自己破産が最適なのか、それとも任意整理、個人再生などの手続きが可能なのかは、資産と負債の総額、今後の収入などにより慎重に判断すべきです。
無理して自己破産を避けようとすれば、かえって事態を悪化させ、取り返しのつかないことになる危険もあります。いずれにせよ、早めに対策を講じるほど選択肢は増えるため、決断の先延ばしやお勧めできません。
自己破産に、良くないイメージがあるのは当然です。しかし、法律で認められた再出発の手段であり、決して悪いことではなく、実際に破産するかどうかはともかく、弁護士への相談、検討は早いに越したことはありません。
破産するデメリットと、リスクを回避する方法は、次に解説します。
自己破産前にやってはいけないこと
次に、自己破産前にやってはいけないことについて解説します。
財産の処分
自己破産前にやってはいけないことの1つ目は、財産の処分です。
自己破産の直前に財産を処分してはいけません。所有する不動産や車、動産などの財産の売却はもちろん、親族に名義変更しておくといった対策も禁止されます。破産手続開始決定が下されると財産の管理処分権を失うのに対し、破産前なら自身の財産は自由に処分できるのが原則。しかし、これから破産するのに不用意に財産を減少させては、債権者に不利な行為をしたと解釈され、裁判所から免責不許可事由に該当すると判断される危険があります。
同様に、破産直前に離婚し、財産分与の名目で財産の名義を変更する行為も、悪質な財産隠しを疑われる危険があるため、やってはいけません。
新たな借入
自己破産すると、全ての借金が帳消しになるため、その前にできる限り借りておこうとする人もいます。しかし、新たな借入は、自己破産前にやってはいけないことの1つです。返済ができる状態なら良いですが、既に支払不能の状態になっているのに借りると、免責不許可事由に該当するおそれがあります。悪質な場合、詐欺罪(刑法246条)となる可能性もあります。
闇金からの借入は特に止めるべきです。闇金は貸金業の登録をしておらず、出資法違反の法外な利息で貸し付けます。滞納すれば暴力的な回収に及ぶ危険もあります。SNSで広告する「ソフト闇金」といった心理的なハードルを下げた闇金も登場しており、注意を要します。
一部の債権者への返済(偏頗弁済)
一部の債権者のみの借入を返済することを、偏頗弁済といいます。偏頗弁済は、破産手続きの公平性を損ない、免責不許可事由に該当するため、自己破産前にやってはいけないことです。
家族や友人からの借金を優先し、他の債権者より先に返済してしまおうとする人がいます。しかし、既に全ての借入の支払いができない状態になっているなら、許されない偏頗弁済に当たります。
ギャンブル、無駄遣い
自己破産を申し立てる前に、無駄遣いをしてはならないのは当然です。破産すれば債務がなくなるからといって、無駄遣いしてしまうと、免責不許可事由に該当するおそれがあります。支出が無駄かどうかは、生活に必要であるかどうかを基準に検討してください。少なくとも、次の行為は禁止されます。
- ギャンブル(競馬・パチンコ・競輪など)
- 風俗通い
- 贅沢すぎる食事
- ブランド品の購入
ファクタリング
ファクタリングも、自己破産前にやってはいけないことの1つです。
ファクタリングは、決済期日前の債権を第三者に譲渡して資金を調達する方法であり、債権売買の一種です。ファクタリングそのものは違法ではないものの、債権売買であり借入ではないために利息制限法の適用を受けず、実質的には違法な利息を付すのと同じ状況となっているケースがあります。
給与債権のファクタリングは、実質的に貸金業であるとの裁判例(東京地裁令和2年3月24日判決)も登場し、特に注意が必要です。
結局は、前章で解説した「新たな借入」と同じこととなれば、免責が不許可となる上、貸金業法違反として「10年以下の懲役又は3000万円以下の罰金又はその併科」(同法3条1項、同47条1項)に処せられるおそれがあります。
クレジットカードの現金化
クレジットカードの現金化も、免責不許可事由に該当するおそれがあり、自己破産前にやってはいけないことの1つです。クレジットカードの現金化とは、クレジットカードでキャッシング枠を使い切った人が、ショッピング枠で高額なブランド品など換金性の高い商品を購入し、転売する行為です。
自己破産前にやってはいけないことをするリスク
以上の通り、自己破産前にはやってはいけないこと、つまり、禁止事項があるのは、それらの行為をしてしまうと、リスクがあるからです。
免責不許可事由に該当する
自己破産前にやってはいけないことは、破産法の免責不許可事由に該当します。免責不許可事由が存在すると、破産を申し立てても、裁判所が免責を認めてくれず、債務をなくすことができなくなってしまいます。免責不許可事由とは、免責を認めるべきではない事情として破産法252条1項に定められており、主には、財産隠し、財産を不当に減少させる行為、債権者に不利益となる行為があてはまります。
破産法252条(免責許可の決定の要件等)
破産法252条(免責許可の決定の要件等) 裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
一 債権者を害する目的で、破産財団に属し、又は属すべき財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと。
二 破産手続の開始を遅延させる目的で、著しく不利益な条件で債務を負担し、又は信用取引により商品を買い入れてこれを著しく不利益な条件で処分したこと。
三 特定の債権者に対する債務について、当該債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的で、担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって、債務者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたこと。
四 浪費又は賭博その他の射幸行為をしたことによって著しく財産を減少させ、又は過大な債務を負担したこと。
五 破産手続開始の申立てがあった日の一年前の日から破産手続開始の決定があった日までの間に、破産手続開始の原因となる事実があることを知りながら、当該事実がないと信じさせるため、詐術を用いて信用取引により財産を取得したこと。
六 業務及び財産の状況に関する帳簿、書類その他の物件を隠滅し、偽造し、又は変造したこと。
七 虚偽の債権者名簿(第二百四十八条第五項の規定により債権者名簿とみなされる債権者一覧表を含む。次条第一項第六号において同じ。)を提出したこと。
八 破産手続において裁判所が行う調査において、説明を拒み、又は虚偽の説明をしたこと。
九 不正の手段により、破産管財人、保全管理人、破産管財人代理又は保全管理人代理の職務を妨害したこと。
十 次のイからハまでに掲げる事由のいずれかがある場合において、それぞれイからハまでに定める日から七年以内に免責許可の申立てがあったこと。
イ 免責許可の決定が確定したこと 当該免責許可の決定の確定の日
ロ 民事再生法(平成十一年法律第二百二十五号)第二百三十九条第一項に規定する給与所得者等再生における再生計画が遂行されたこと 当該再生計画認可の決定の確定の日
ハ 民事再生法第二百三十五条第一項(同法第二百四十四条において準用する場合を含む。)に規定する免責の決定が確定したこと 当該免責の決定に係る再生計画認可の決定の確定の日十一 第四十条第一項第一号、第四十一条又は第二百五十条第二項に規定する義務その他この法律に定める義務に違反したこと。
破産法(e-Gov法令検索)
また、個人の破産の多くは、同時廃止という簡易の手続きによりスピーディに終わりますが、免責不許可事由が存在するのではないかと裁判所に疑われると、管財事件となり、破産管財人の監視の下に行う厳密な手続きに移行するおそれがあります。すると、会社の破産と同様に長期間かかる上に、裁判所に予納する金銭も増額されます。
なお、万が一、免責不許可事由に該当しそうな事情が生じてしまっても、それだけであきらめてはありません。裁判所の裁量によって、免責不許可事由があっても免責が認められるケースもあるからです(裁量免責・破産法252条2項)。
犯罪行為となる
債権者を害する目的で、財産を隠匿したり損壊したり、譲渡や債務負担を仮装するといった悪質な行為は、詐欺破産罪という犯罪に当たります。詐欺破産罪に該当すると、「10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金」という刑罰が科され、または両方が併科されるおそれがあります(破産法265条)。
まとめ
今回は、自己破産前にやってはいけないことについて解説しました。
不適切な破産の回避策は「麻薬」に似ています。自己破産を避け、一時的に延命できたように見えても、確実に体力を奪い、結果として立ち行かなくなります。そして、いざ破産せざるを得なくなったとき、過去に不適切な行為に手を染めていると、裁判所が免責を認めないおそれがあります。破産手続きは、債権者に不利益を与える分、公正に運用すべきだからです。
疑わしい行為もまた、裁判所から厳しい指摘を受け、借金苦から逃れられなくなる危険があります。
自己破産前にやってはいけないことを知れば、逆に、すべき対策も明らかになります。自己破産が間近に迫ってお悩みの際は、ぜひ一度弁護士に相談ください。