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芸能人(タレント)は労働基準法で保護される「労働者」?

近年、芸能人(タレント)を巡る、契約トラブル、労使トラブルが、ニュース等でも話題になっています。マネジメント契約の解約トラブル、報酬未払(賃金未払)、長時間拘束の問題から、AV出演強要まで、労使対立のテーマは様々。

芸能人(タレント)の場合、「事務所所属」といえども労働者の「雇用」とは異なり、個人事業主(フリーランス)の業務委託関係に近いことが多いですし、その方が合っている働き方ともいえます。

しかし、契約内容が芸能人(タレント)側に著しく不利なケースでは、専属契約に長期間拘束されたり、長時間労働を強いられたり、パワハラ・セクハラの被害に遭ったりもします。この場合、労働基準法にいう「労働者」として、芸能人(タレント)は保護されないのでしょうか。

今回は、芸能人(タレント)を扱う業務を行う会社に向けて、芸能人(タレント)が「労働者」なのかどうかと、会社側の適切な対応を、企業法務に強い弁護士が解説します。

この解説のポイント
  • 芸能人(タレント)を使用するのは、雇用のケースと業務委託のケースとがある
  • 芸能人(タレント)が「労働者」に当たると、労働基準法に違反しないよう配慮を要する
  • 芸能人(タレント)の労働者性は、指揮命令下にあるかなど、複数の基準で判断される

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芸能人(タレント)の契約トラブルと契約形態

冒頭で解説の通り、芸能人(タレント)の働き方は、個人事業主(フリーランス)と評価される場合のほうが多いですが、個人事業主(フリーランス)は、芸能プロダクション等の使用者と「対等」だということです。

これに対して、事実上、所属先プロダクションの逐一の指示に従わざるを得ず、「雇用」された労働者に等しい働き方をしている芸能人(タレント)もいます。この場合には、労働基準法にいう「労働者」としての手厚い保護が必要となります。

芸能人(タレント)の契約トラブルと「雇用」か「業務委託」かの違いについて、次の例をもとに説明します。

Aさんは、18歳の売り出し中のアイドルです。

何も知らないAさんは、渋谷でスカウトされ、芸能事務所の提示するまま契約書にサインをしました。その結果、長期間の専属契約に拘束され、事務所を辞めた場合は5年間アイドル活動をできないという契約を締結していました。

契約内容は「雇用契約」ではなく「業務委託契約」。朝早くから夜遅くまで働いた結果、報酬は明らかに最低賃金を下回り、その少ない報酬から更にレッスン代が差し引かれます。

ある日突然、社長からホテルに呼び出され肉体関係を持つよう強要されました。怖くなって逃げたところ、未払いの報酬を支払わないままマネジメント契約の解約を言い渡されました。当然、その後5年間は芸能活動を禁止するよう、各メディアにお触れが渡っており、Aさんの芸能人生は終了しました。

この例でも分かる通り、芸能人(タレント)と芸能事務所との関係が、個人事業主(フリーランス)との業務委託契約であることを前提とすると、芸能人(タレント)の地位を不当に害する場合があります。

会社側(使用者側)にとっても、「悪徳プロダクション」「ブラック企業」の汚名を着せられ、社会的評価を低下させないためにも、芸能人(タレント)の「労働者性」に関する正しい理解が必要です。

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芸能トラブルの内容「雇用」の場合「業務委託」の場合
長期間、専属契約に拘束される退職の自由があり、退職後の競業避止義務も負わない。両当事者の合意がある限り自由。
報酬からレッスン料が控除される賃金全額払の原則により、同意なく控除できない。両当事者の合意がある限り自由。
長時間の業務に拘束される時間外業務、深夜労働、休日労働には割増賃金(残業代)が必要。割増賃金(残業代)は不要。ただし、健康被害に注意が必要な点は同様。
危険な芸能活動で傷病を負った業務上災害として労災による補償がある。会社は安全配慮義務を負う。労災の適用は無いが、安全、健康への配慮が必要な点は同様。
解約したら違約金を請求された退職の自由を制限するため労働基準法16条違反。両当事者の合意がある限り自由。

以上の表の通り、芸能人(タレント)が業務委託契約を締結した個人事業主だとすると、両当事者間の合意がある限り、かなり幅広い裁量が認められます。これは、契約締結の当事者である芸能人(タレント)と芸能プロダクションが、対等だと考えられるからです。

労働基準法上の「労働者」に該当すると、弱い立場にある労働者として保護を受けます。

芸能人(タレント)が「労働者」に該当するとき、会社側の注意点

次に、芸能人(タレント)が「労働者」に当たるときの会社側の注意点を解説します。

芸能人(タレント)が、労働基準法にいう「労働者」に当たる場合、法律を守って対応しなければなりません。「労働者」である芸能人(タレント)を使用するのに労務管理が不適切だと、労働者側から訴えられるおそれがあります。

賃金全額払いの原則

事務所が、芸能人(タレント)に支払う報酬から、レッスン料などの名目の費用を天引きするケースがあります。芸能人(タレント)が個人事業主で、かつ、本人の同意があれば相殺は可能。しかし、「労働者」に当たる場合は「賃金全額払いの原則」(労働基準法24条)に違反してしまいます。

労働基準法24条(賃金の支払)

1. 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

2. 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。

労働基準法(e-Gov法令検索)

賃金全額払いの原則により、「労働者」の生活の糧となる賃金から、不当な搾取をするのは許されていません。なので、賃金の全額を「労働者」に払う必要があり、過半数代表者との労使協定などの要件を満たすことなく控除はできません。

業務上の負傷・疾病

芸能活動中に、芸能人(タレント)が怪我を負ったり病気にかかったりすることがあります。例えば、ライブやコンサート中の転落事故、ロケ中の怪我など。「労働者」なら、業務上の負傷や疾病は、労災保険の適用を受け、労働災害補償保険法により手厚く補償されます。また、労災による療養期間中とその後30日は、解雇できません。

会社は、安全配慮義務違反の責任を負います。芸能人(タレント)が「労働者」に当たらない場合でも、労災による保護はないものの、安全に配慮しなければならないのに変わりません。

違約金・損害賠償額の予定の禁止

売れた芸能人(タレント)ほど、所属し続けてほしいのに独立してしまう、という悩みがあるでしょう。手塩にかけて育てた人に独立されるのは避けたいでしょうが、「労働者」に該当する場合、違約金、損害賠償額の予定は許されません。

芸能プロダクションが芸能人(タレント)と締結する契約に、「辞めたら罰金を払う」という条項がある例もあります。突然辞められると、予定した芸能活動に支障が生じるなどして、取引先から損害賠償請求される危険もあります。

しかし、芸能人(タレント)が労基法にいう「労働者」に当たる場合、退職の自由が保障されます。退職の自由を不当に制限する違約金、損害賠償額の予定などの契約は、労働基準法16条で禁止とされます。いわゆる「在職強要(引き留め)」はリスクの高い行為とご理解ください。

契約書の損害賠償条項について、次の解説を参考にしてください。

解雇予告と解雇制限

芸能事務所が、芸能人(タレント)を一方的に辞めさせる場合、業務委託ならば委任契約の解約ルールに従います。このとき、解約そのものは可能だが、相手に不利な時期に解約すると、相手に負わせた損害を賠償しなければなりません(なお、契約書に任意解約の規定があるなら、それに従います)。

これに対し、芸能人(タレント)が「労働者」にあたる場合、会社からの一方的な解約は「解雇」を意味します。解雇は、解雇権濫用法理で制限され、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当な場合でなければ無効となります(労働契約法16条)。また、30日前に解雇予告を行うか、足りない日数分の解雇予告手当を支払わなければなりません(労働基準法20条)。

最低賃金

芸能人(タレント)の報酬面でも、「労働者」にあたる場合に最低賃金法の適用を受けることに注意すべきです。最低賃金は、その名の通り最低限の保証であり、下回ることは許されません。

芸能人(タレント)の業務で、拘束時間が延長されると、時給換算で最低賃金を下回るおそれがあります。

残業代

芸能人(タレント)が「労働者」に該当するなら、「1日8時間、1週40時間」を超えて働かせると、25%以上の割増賃金(残業代)を払わなければなりません。

「1週1日または4週4日」の法定休日の労働には35%以上の休日割増賃金を、深夜労働(午後10時〜午前5時の時間帯の労働)には25%以上の深夜割増賃金をそれぞれ支払わなければなりません。

著作権、肖像権

芸能人(タレント)を雇用するときや、退職するタイミングでは、その著作権や肖像権に配慮する必要があります。

著作権とは、創作的な表現に与えられた権利で、書籍や音楽、写真、映画などを扱うならば、注意しなければなりません。また、その芸能人(タレント)の活動の際には、その肖像(容姿、容貌など)に関する権利が生まれますが、退職後の利用が制限されているかどうか、確認しておいてください。

最低就労年齢

労働基準法は、満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで、労働への従事を禁止しています。例外として、児童の健康と福祉に有害でなく、かつ、労働が軽易な場合に、労働基準監督署長の許可を受けて満13歳以上の児童を就学時間外に働かせることができます。また、映画の制作または演劇の事業について、満13歳に満たない児童を使用することができます。

したがって、芸能人(タレント)が「労働者」に当たる場合は、最低就労年齢に関するルールを守る必要があります。特に、映画やドラマで子役を使うときに問題となります。

また、未成年者と契約を締結する際は、法定代理人である両親の同意を得なければなりません。法定代理人の同意なく契約した場合には、後から取り消されるおそれがあるからです。

契約期間満了後の拘束

労働基準法の「労働者」に当たる場合、職業選択の自由による保護を受けます。その結果、退職後の競業避止義務を負わせることについては厳しく制限されています。

芸能人(タレント)が辞めるとき、将来の芸能活動を制限する合意をすることがあります。しかし、芸能人(タレント)が「労働者」に当たるなら、解約後の芸能活動の禁止、制限を契約書に定めても無効となるおそれがあります。「労働者」に対する退職後の競業避止義務の有効性は、次の事情をもとに総合的に判断されます。

  • 時間的制限
    将来の一定期間に限って競業を禁止する定め。期間が短いほど、有効性が認められやすい。
  • 場所的制限
    商圏が重複する範囲内に絞って競業を禁止する定め。地域が限定されるほど、有効性が認められやすい。
  • 職種の制限
    同一ないし類似の職種に限り競業を禁止する定め。職種が限定されるほど、有効性が認められやすい。
  • 代償措置の有無
    競業避止義務を負う代償として金銭補償、退職金の増額など。

芸能人(タレント)は「労働者」に該当する?

芸能人(タレント)が「労働者」に当たる場合、労働法による保護に配慮しなければなりません。そこで次に、会社で取り扱う芸能人(タレント)が「労働者」に該当するかを知るため、その判断基準を解説します。

芸能人(タレント)を扱う会社を経営している場合、業界ルールや慣習を信じて盲進すると、労働法に基づく請求を受けるおそれがあります。芸能人(タレント)の労働者性について「建設業手間請け従業者及び芸能関係者に関する労働基準法の「労働者」の判断基準について」(労働基準法研究会)が参考となります。

指揮監督下にあるか

芸能活動の内容について事務所から具体的な指揮命令がなされ、これに従わなければならない場合、その芸能人(タレント)は「労働者」と評価される可能性が高いです。「労働者」だからこそ、労働契約を結んだ使用者の指揮監督下に置かれ、具体的な業務命令に従う義務が生じるからです。

芸能人(タレント)としてメディアなどに出演する時間以外に、社内での事務作業や社長の秘書業務、PR・広報などを担当しているケースも、「労働者」と評価される可能性が高い例です。

専属性があるか

労働契約でも副業は許されますが、本来、「労働者」とは雇用される一社に従うのが基本でした。これに対し、業務委託で働く個人事業主なら、様々な会社からの発注を受けることができます。芸能人(タレント)も同様で、1つの事務所と専属契約を結び、他社からの仕事を受けられない場合、「労働者」と評価される可能性が高まります。

また、仕事の依頼があった場合に、断ることができるかどうかも「労働者性」を判断する重要な要素。自分の裁量で仕事を断ることができないなら「労働者」であると言えます。

代替性があるか

代替性とは、仕事の依頼を受けたときに、その依頼を他人に代わりにやってもらうことが可能か、どいう点です。「労働者」ではなく個人事業主なら、自分の雇用する社員に遂行させることも可能です。これに対し、自分で全て対応する必要があり、代替性がないなら「労働者」である可能性が高まります。

ただし、芸能人(タレント)の場合、その人の個性の重要性が高いケースが多く、代替性がないからといって直ちに「労働者」と言い切れるかは難しいところです。

事業者性があるか

事業者性がある場合には、芸能人(タレント)は、個人事業主と評価されます。

例えば、衣装や小物、小道具など、芸能活動に必要な物品について「芸能人(タレント)が自分で用意する」という場合、事業者性があると評価されやすく、「会社の費用負担で貸し与えている」場合は事業者性が低いと考えられています。

まとめ

弁護士法人浅野総合法律事務所
弁護士法人浅野総合法律事務所

今回は、契約トラブルが起こりやすい芸能人(タレント)の「労働者性」について解説しました。

芸能人(タレント)にも様々な種類があります。俳優、女優やアイドルはもちろん、Youtuberやインフルエンサーなども同じ性質を有することがあります。いずれも人によって雇用形態は様々です。しかし、少なくとも芸能プロダクションと対等な交渉が難しい「弱者」の立場にあるなら、「労働者」として労働基準法の保護を受ける可能性があります。

芸能人(タレント)を扱う業務を運営し、労務管理に不安のある会社は、ぜひ弁護士に相談ください。

この解説のポイント
  • 芸能人(タレント)を使用するのは、雇用のケースと業務委託のケースとがある
  • 芸能人(タレント)が「労働者」に当たると、労働基準法に違反しないよう配慮を要する
  • 芸能人(タレント)の労働者性は、指揮命令下にあるかなど、複数の基準で判断される

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