契約をする場合には、一般的に、一方の当事者が、他方の当事者に対して「債務」を負います。そして、「債務」が履行されなかったときは、「損害賠償」や「契約解除(解約)」などといった責任追及が問題となります。
例えば、売買契約では、売主は物を引き渡す債務、買主は代金を支払う債務を負います。
そして、売買契約上のこれらの債務が、売主や買主によって履行されなかったときは、その相手方当事者は、売買契約を解除したり、生じた損害の賠償を請求したりといった責任追及を行います。
この法的トラブルが大きくなると、裁判となるわけです。
契約によって定められた「債務」が履行されなかったり(不履行)、あるいは、「不法行為」が行われたりした場合には、「損害賠償請求」を行うことができると、民法に定められています。
そのため、特に契約書において「損害賠償」についての定めを記載しておかなくても、民法に書かれているとおりの「損害賠償請求」によって責任を追及することは可能です。
これを越えて、契約書では、しばしば、民法上の規定が修正されることも少なくありません。また、修正がなかったとしても、念のため「民法では当たり前のこと」を契約書でも確認しておくこともあります。
今回は、契約書において損害賠償条項を記載するときに注意すべきポイントを、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 損害賠償についての民法のルール
「損害賠償請求」については、民法で、一般的なルールが定められています。
そのため、契約書において、わざわざ「損害賠償請求ができる。」と書いていなくても、民法の要件を満たしていれば、「損害賠償請求」することができます。
民法で定められた、損害賠償をするための「要件」は、次の2つです。
- 債務不履行責任
- 不法行為責任
契約条項による修正を検討する前に、まずは、民法の一般原則である、「債務不履行責任」、「不法行為責任」のルールをよく理解するようにしてください。
1.1. 債務不履行責任
契約によって契約当事者が負う「債務」を履行しなかった場合(不履行)、民法415条によって「債務不履行責任」が発生し、「損害賠償請求」を行うことができます。
債務不履行責任によって損害賠償請求を行うための要件は、次の通りです。
- 債務不履行の事実があること
- 債務者に帰責事由があること
- 債務不履行と損害の間に因果関係があること
「債務不履行責任」には、「損害賠償請求」以外にも「解除」も可能ですが、「解除」をしたとしても、同時に「損害賠償請求」を行うことができます。
「債務不履行責任」における損害は、金銭に評価して算出するのが原則であり、民法では「通常損害」と「特別損害」に区別し、それぞれ責任を負う範囲を異なるものとしています。
すなわち、「通常損害」については、負った損害の全額を賠償請求できることが原則ですが、「特別損害」については、「当事者がその事情を予見し、又は予見することができたとき」に限って、特別損害の賠償を請求できるとするのが、民法の一般的なルールです。
1.2. 不法行為責任
今回は、契約によって生じる責任の解説ですが、補足して、「不法行為責任」についても少し解説しておきます。
「不法行為責任」における「損害賠償請求」とは、故意または過失による権利侵害が起こったときに生じる責任です。
不法行為による損害賠償請求を行うための要件は、次の通りです。
- 権利又は法律上保護される利益の侵害があったこと
- 故意または過失があること
- 損害が発生していること
- 権利侵害と損害との間に因果関係があること
今回のテーマとなっている「契約書」について、不法行為責任が問題となるケースがあります。それが、「契約締結上の過失」という問題です。
契約を締結するための交渉を行っている最中に、相手方の期待を裏切って、途中で契約交渉を終了するようなケースで、「契約締結上の過失」という不法行為責任が問題となるケースがあります。
契約を締結する以前ですと、まだ契約が成立していないため、契約書上の責任は追及できないものの、一定の期待を保護しなければいけないという考えから、「不法行為責任」が発生するという考え方です。
この「契約締結上の過失」により、一定程度の契約締結への期待が生じていた場合には、契約が成立する前であっても「損害賠償請求」を行うことができることとなります。
なお、「債務不履行責任」について、契約書で民法の一般的なルールを修正した場合に、これが「不法行為責任」にも適用されると判断された判例が存在します。
つまり、「債務不履行責任」を一定程度に制限すると、同様に「不法行為責任」を問うこともできなくなるおそれがあるということです。
2. 民法の一般的ルールを確認する契約条項
以上の通り、民法の一般的なルールのとおりの「損害賠償請求」をするだけであれば、契約書に「損害賠償条項」を設けることは、必須であるとはいえません。
とはいえ、それでも契約書上に、「損害賠償条項」を確認的に設けることは、一般的に多く行われています。
「必須」ではないとしても、民法のルールを確認するための「損害賠償条項」を契約書に記載しておくのは、次のような理由によります。
- 解釈上の争いや、無用な争いを排除するため
- 損害賠償請求がありうることを示し、債務を履行させるため
民法上の一般的なルールを確認する内容の条項は、次のようなものが考えられます。
甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、相手方に対し、その損害を賠償しなければならない。
3. 契約書による損害賠償ルールの修正
「損害賠償条項」を契約書に記載するとき、原則としては、「契約自由の原則」によって、契約当事者が同意していれば、どのような条項でも問題ありません。
そのため、民法のルールとは異なる修正を、契約書で行うことも可能です。
ここでは、「損害賠償条項」を契約書に記載するにあたって、顧問弁護士がよく質問を受ける修正内容ごとに、条項例と共に解説していきます。
3.1. 債務者の「故意または過失」の限定
債権者が債務者に対して、「損害賠償を請求できる範囲」を限定する、逆に言うと、債務者が「損害賠償責任を負わなければならない範囲」を限定するという修正が考えられます。
民法のルールでは、「故意または過失」がある場合に「損害賠償責任」を負うとされているところを、範囲を広げたり、狭めたり修正には、次のような方法が考えられます。
- 範囲を狭める修正 : 「故意または重過失」の場合のみ責任を負う内容に修正する。
- 範囲を広げる修正 : 「不可効力以外のすべて」の場合に責任を負う内容に修正する。
例えば、次のように、契約書に「損害賠償条項」を記載することが考えられます。
甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、故意又は重過失の場合に限って、相手方に対し、その損害を賠償しなければならない。
甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、故意又は過失の有無を問わず、相手方に対し、その損害を賠償しなければならない。
なお、重過失の場合にまで損害賠償責任を負わないと記載することは、債権者に不当に有利であり、債務者に不当に不利であるため、許されないと考えられています。
したがって、次のような修正は、債権者側としては望ましいものでしょうが、契約書が将来無効と判断されるリスクがあります。
甲は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、故意の場合を除き、損害賠償を請求できない。
3.2. 損害の範囲の限定
損害賠償を負うときは、その損害の種類には、「通常損害」と「特別損害」ことは、既に解説したとおりです。
損害の範囲について、民法のルールを修正する場合には、この損害の種類のうち、一部について損害賠償責任を負わないという内容を、契約書に記載することが考えられます。
甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、現実に生じた通常損害に限って、相手方に対し、その損害を賠償しなければならない。
ただ、このような契約書における修正は、「何が通常損害なのか。」「実際に生じた損害が、通常損害・特別損害のいずれと評価されるのか。」といった事後的なトラブルの火種ともなりかねません。
契約書の読み方にミスマッチがないように、通常損害・特別損害について、契約当事者の間で事前に話合いをしておくべきです。
そして、ある程度発生が予想される損害については、個別に列挙し、それが損害賠償の範囲に含まれるのかどうかを、契約書にあらかじめ記載しておくことを検討してください。
3.3. 損害賠償額の予定
損害賠償の額を、あらかじめ契約書で一定の金額に定めておくという修正ケースがよくあります。
このような契約書には、債権者、債務者側からの様々な修正要望がされます。
例えば、債務者側からは、「いざ損害が発生したときでも、損害賠償責任の範囲を限定してほしい。」という考えで、損害賠償の額に上限を設ける「損害賠償条項」を求めることがあります。
実務的には、受領した代金、報酬額などを上限とするケースが多くあります。
甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、相手方に対し、その損害を賠償しなければならない。
ただし、甲が乙に対して負う損害賠償の金額は、〇〇〇円を超えないものとする。
これに対し、債権者側からは、債務不履行を起こされないよう、債務不履行があった場合にはできる限り高額な違約金を発生させようという契約書の修正を要望することが考えられます。
ただし、実際に生じる損害からかけ離れたあまりに高額な損害賠償額の予定は、後で解説するとおり、公序良俗違反として無効となるおそれがあります。
甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、相手方に対し、違約金として〇〇〇円を支払う。
ただし、実際に生じた損害が上記違約金額を上回る場合には、実際に生じた損害の賠償を請求できる。
「損害賠償額の予定」を定めるときに注意しなければならないのは、違約金条項のみしか定めないと、「違約金は損害賠償額の予定であると推定する」という裁判例があることから、実際の損害がこれを超える場合であっても、あらかじめ定めておいた損害賠償額しか請求できなくなる点です。
そのため、上の例のように、ただし書きとして、実際に生じた損害が違約金を上回る場合には、実際に生じた損害の賠償を請求できるという条項を追加しておきます。
違約金、損害賠償額の予定などの契約書の修正案を利用することは、一方当事者に不当に有利なケースだけではなく、損害額の立証が困難となることが予想される場合に、双方のために役に立ちます。
3.4. 法定利率以上の利息
民法には「民事法定利率」といって、年5%、商法には「商事法定利率」といって、年6%の利率がそれぞれ定められており、特別法や契約書において特別な取り決めをしなければ、法定利率を請求することになります。
この「法定利率」を修正するため、契約書において、法定利率以上の利息を定めるケースがあります。
ただし、後に解説するとおり、利息制限法の上限利率を超えないよう、注意をしておいてください。
3.5. 損害賠償の請求期間の限定
契約期間に定めがある場合など、契約当事者をあまりに長期間、「損害賠償責任」によって拘束しておくことが適切でないケースもあり得ます。
このような場合に、損害賠償の請求期間を一定期間に限定するという内容の「損害賠償条項」が考えられます。
ただし、一方当事者の責任を不当に短く制限するような契約書は、無効となる可能性があります。
4. 契約書による修正が許されないケースは?
今回解説しています「損害賠償責任」は、基本的には「契約自由の原則」といって、契約の両当事者が合意する限り、民法のルールを自由に修正できるのが原則です。
したがって、契約の両当事者が合意するのであれば、損害賠償責任を制限したり、免除したり、損害賠償額をあらかじめ定めておくことが可能であることは、既に解説したとおりです。
しかし、「契約自由の原則」といえども、法律に違反することはできません。
そのため、契約書による修正には、一定の限界があり、次のケースでは、契約書によって民法のルールを修正することはできません。
4.1. 消費者契約法による限界
消費者契約法は、事業者よりも弱い立場にある消費者を保護するための法律です。
消費者契約法では、次のような「損害賠償条項」を制限しています。
- 事業者の「損害賠償責任」を免除する条項
- 消費者が支払う損害賠償の額をあらかじめ定める条項
- 消費者の利益を一方的に害する条項
事業者に有利な契約書の条項によって、民法のルールを修正することを許してしまえば、弱い立場にある消費者が、事業者の言うなりに契約書を記載した結果、消費者に不利な内容の契約書を締結させられるおそれがあるためです。
そのため、消費者契約法に違反するような契約書は、無効となります。
したがって、契約当事者が同意したとしても、事業者に一方的に有利で、消費者に一方的に不利な契約書を作成することはできません。
4.2. 公序良俗違反による限界
民法90条によって、「公序良俗」に違反する契約は無効とされます。
「公序良俗」に反して無効であると判断されるおそれのある「損害賠償条項」の内容は、例えば次のようなものです。
- 一方当事者に明らかに有利な、過大な免責条項
- 不当に高額な損害賠償額の予定
ただし、公序良俗違反とされるかどうかは、ケースバイケースの判断となります。
通常生じると予想される損害額を明らかに超えるような過大な金額を予定することは、契約書上行わない方がよいと考えておきましょう。
したがって、契約当事者が同意したとしても、公序良俗に反する内容の契約書を作成することはできません。
4.3. 労働基準法による限界
労働基準法は、会社(使用者)よりも弱い立場にある従業員(労働者)を保護するための法律です。
労働基準法でも、弱者である労働者を保護するという目的から、次のような「損害賠償条項」は違法、無効であるとされています。
- 労働契約の不履行について違約金を定める条項
- 労働者の行為に対して損害賠償額をあらかじめ定める条項
使用者に有利な契約書の条項によって、民法のルールを修正することを許すこととなれば、弱い立場にある労働者が、使用者の言うなりに雇用契約書を記載した結果、労働者に不利な内容の契約書を締結させられるおそれがあるためです。
したがって、契約当事者が同意したとしても、使用者に一方的に有利で、労働者に一方的に不利な契約書を作成することはできません。
4.4. 割賦販売法・特定商取引法による限界
割賦販売法・特定商取引法は、消費者被害が起きやすい一定の契約について、消費者保護のための規制を加えるための法律です。
割賦販売法では、次の3つの契約について、損害賠償額の予定、違約金の定めを制限しています。
- 割賦販売契約
- 包括信用購入あっせん契約
- 個別信用購入あっせん契約
また、特定商取引法では、次の5つの契約について、損害賠償額の予定、違約金の定めを制限しています。
- 訪問販売
- 電話勧誘販売
- 連鎖販売
- 特定継続的役務提供
- 業務提供誘因販売取引
したがって、契約当事者が同意したとしても、消費者を害する以上の内容の契約書を作成することはできません。
4.5. 独占禁止法・下請法による限界
独占禁止法・下請法は、いずれも、大規模な会社が、中小規模の会社を不当に侵害する行為を禁止する法律です。
損害賠償責任の制限、違約金の定めなどが、大規模な会社に一方的に有利であって、中小規模の会社を不当に侵害するような内容の契約書は、独占禁止法上の「優越的地位の濫用」、もしくは、下請法違反として禁止される行為となる可能性があります。
したがって、契約当事者が同意したとしても、中小規模の会社を不当に害する内容の契約書を作成することはできません。
4.6. 利息制限法による限界
利息制限法では、「金銭消費貸借上の債務不履行」による損害賠償をするときの「利率」について、上限を定めています。
]利息制限法における上限利率は、次の表の通りです。
債権額 | 上限利率 |
---|---|
100万円以上 | 年利15% |
10万円以上100万円未満 | 年利18% |
10万円未満 | 年利20% |
したがって、契約当事者が同意したとしても、金銭消費貸借契約書においては、上限利率を超えることはできません。<
5. まとめ
今回は、契約書の作成において、修正が要望されることが多く、契約書の交渉においても議題となりやすい、「損害賠償条項」について解説しました。
民法のルールを確認する場合であっても、修正する場合であっても、「損害賠償条項」の作成・チェックは慎重に行わなければなりません。
というのも、契約書は、いざトラブルとなったときの最大の武器として準備しているものであるところ、いざトラブルとなった場合に責任追及の一番の方法は、損害賠償に他ならないからです。