「自己株式の取得」とは、会社が、発行済の「自社株」を買い取ることをいいます。
かつては、自社株を買うことは禁止されていましたが、会社法の改正によって、一定の条件の下に、自己株式を取得することが可能となりました。
無条件で無制限に自己株式を取得できることとすると、会社財産を棄損し、債権者に損害を与えるおそれがあることから、「財源規制」がされています。
「自己株式の取得」は、会社法に定められた手続的ルールにしたがって、適切に行わなければなりません。「自己株式の取得」には、税務上の問題、株価上昇に与える影響といった、法律以外の注意ポイントもあります。
今回は、自己株式を取得するときのルールと、特定の株主から自社株を買うときの「財源規制」について、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
目次
1. 自己株式取得の自由化
かつては、自己株式を会社が取得することは制限されており、ストックオプションや消却など、ごく限られた場合にしか「自社株買い」をすることは禁止されていました。
その後、経済界の強い要請により、2001年の商法改正で、「金庫株(自己株式)」が解禁され、自己株式の取得を機動的に行うことが可能となりました。
とはいえ、「自己株式取得」は、無制限に行うことができるわけではなく、今回解説する通り、一定の制限と手続的なルールにしたがって行わなければなりません。
1.1. 自己株式取得が制限されていた理由
「自己株式の取得」を実行するときに注意するポイントを理解しやすくするためにも、まずは、なぜ過去に「自己株式取得」が制限されていたのか、その理由について知っておきましょう。
かつて「自己株式取得」が制限されていた理由は、次のようなものです。
- 会社の出資金を減らすこととなり、会社債権者を害する。
(資本充実・維持の原則に反する。) - 取得金額によっては、株主平等原則違反となる。
(特定の株主に対し、他の株主より有利な条件で出資金の回収を可能とする。) - 不公正な取引を誘発する。
(会社支配、株価操縦、インサイダー取引などの不正に利用される。)
1.2. 自己株式取得のメリットは?
その後、2001年商法改正によって、「自己株式の取得・保有」が容認されたわけですが、会社が「自己株式取得」を行うメリットは、次のようなものです。
- 経営基盤を強化できる。
(組織再編・相続などで分散しがちな株式を取得することが可能となる。) - 事業承継を円滑に進めることができる。
- 敵対的買収に対する防衛が可能となる。
(大株主が株式を手放すと、株価が下がり買収されやすくなるが、自己株式取得で防衛が可能となる。)
2. 自己株式を取得する具体的な手続
自己株式を取得するための、会社法上のルールは、「譲渡人をあらかじめ指定するかどうか?」によって大きく変わります。
譲渡人をあらかじめ指定しない方法とは、小型の「公開買い付け」にも似たものであって、「株主平等の原則」の違反となるおそれが比較的少ないためです。
他方、あらかじめ譲渡人を指定する場合、つまり、特定の株主からのみ自己株式を取得しようとする場合には、特定の株主のみに出資金の回収チャンスを与えることとなり、「株主平等の原則」に違反するおそれがあります。
そこで、あらかじめ譲渡人を指定する場合には、他の株主にも、投下資本を回収するチャンスを与えなければなりません。
2.1. 不特定株主からの取得手続
譲渡人をあらかじめ指定しない場合、つまり、不特定の株主から自己株式を取得する場合には、株主平等の原則違反となる可能性が比較的少ないといえます。
そのため、手続も、特定の株主から自己株式を取得する際よりも、簡潔で、要件も緩いものです。
2.1.1. 株主総会の普通決議
まず、「株主総会の決議」で、次の事項を決定します。
この決議は、「普通決議」、すなわち、総株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、その過半数の賛成を得ることが条件となります。
株主総会での決議事項は、次の通りです。
- 取得する株式の数(株式の種類と種類ごとの数)
- 株式取得と引換えに交付する金銭等の内容及びその総額
- 株式を取得することができる期間(1年未満の期間)
2.1.2. 取得の都度の決議
株主総会の決議をあらかじめ取得した上で、自己株式の取得を行うごとに、株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の決議が必要です。
この決議では、次の事項を決定します。
- 取得する株式の数(株式の種類と種類ごとの数)
- 一株につき交付する金銭等の内容、額
- 交付する金銭等の総額
- 申込みの期日
2.1.3. 株主への通知(公告)
以上の決議によって決定された株式数、金額、期日を、株主に対して通知します。
なお、「公開会社」の場合には、「公告」という方法によることも可能です。
2.1.4. 株主からの申込み
通知を受けた株主は、「自己株式取得」を希望する場合には、会社に対して、取得を希望する株式数を明らかにし、申込みを行います。
なお、株主からの申込みが、会社が取得を予定する株式数を越えた場合には、各株主から案分して取得することとなります。
2.2. 特定の株主からの取得手続【売主追加請求権】
特定の株主から自己株式を取得する場合には、その買取額によっては、「株主平等の原則」違反となるおそれが強まります。
そのため、特定の株主にだけ投下資本の回収機会を与えることのないよう、他の株主にも、そのチャンスを与えなければなりません。
これを「売主追加請求権」といいます。
したがって、既に解説した、不特定株主からの自己株式取得の手続とは、次の点で異なります。
2.2.1. 株主総会の特別決議
自己株式の買取について、「株主総会」の「特別決議」を取得する必要があります。
この場合、株主間の公平を害しないよう、この株主総会の特別決議では、売主となる株主の議決権は制限されます。
2.2.2. 売主追加請求権
売主となる特定の株主に、自分を加えるように請求できる権利があることを株主に通知し、自己株式の取得を希望する株主は、株主総会決議の前に、「売主追加請求権」を行使することが可能です。
「売主追加請求権」を株主が行使した結果、会社が取得を予定する自己株式数を超えた場合には、各株主から案分して取得します。
その結果、当初予定していた株主からの自己株式の取得を、予定通りに行えなくなる可能性があります。
2.2.3. 売主追加請求権の例外
次の2つのケースでは、「売主追加請求権」が例外的に認められていません。
- 市場価格ある株式取得(会社法161条)
:取得する株式が市場価格ある株式であって、取得と引換えに交付する金銭などが市場価格を越えない場合には、他の株主の利益を害するおそれがないため、売主追加請求権が認められていません。 - 相続人等からの取得(会社法162条)
:株主の相続人その他の一般承継人から、その相続その他の一般承継により取得した自己株式を取得する場合には、他の株主の利益を害するおそれがないため、売主追加請求権が認められていません(ただし、公開会社である場合と、当該相続人その他の一般承継人が議決権を行使した場合には、売主追加請求権が認めらています。)。
2.2.4. 売主追加請求権の排除
以上で解説しました、「売主追加請求権」は、定款に記載することによって排除することが可能です。
ただし、定款変更をして新たに「売主追加請求権」を排除する旨を規定する場合には、株主全員の同意が必要となります。
3. 自己株式取得の財源規制と減資
自己株式を無制限に取得することができるとすると、会社の経営に資金的余裕がないにもかかわらず、自己株式を取得し続けることができることとなります。
このような「無制限な自己株式取得」を許せば、会社には自己株式だけが残り、会社の資産は流出することとなりますが、これでは、資本の維持を害し、債権者を不当に侵害するおそれがあります。
そのため、次に解説する通り、「自己株式の取得」には、「財源規制」がなされているのです。
3.1. 財源規制
「自己株式の取得」は、自己株式を取得する日における会社の分配可能額の範囲内でのみ行うことができます。
これを、「自己株式取得」の「財源規制」といいます。
分配可能額は、剰余金の額を基準に、一定の項目を加算・減算して算出した金額です。したがって、剰余金の金額を越えて、自己株式を取得することはできません。
3.2. 減資手続
「財源規制」が課されている中で、分配可能額以上の自己株式を取得したいと考える場合には、「減資手続」を行って分配可能額を増やす必要があります。
具体的には、資本金や資本準備金を、その他資本剰余金に振り替える手続きを行うことによって、剰余金を確保し、「分配可能額」の枠を作るということです。
ただし、この減資手続は、会社債権者を害するおそれのある手続であることから、会社法に定められた次の手続にしたがって行う必要があります。
- 債権者が異議を述べることができる旨を公告
- 知れたる債権者へ個別に催告
- 債権者の異議申立期間は最低1か月
したがって、債権者の異議申立期間1か月をおく必要があることから、減資手続を行った上で自己株式を取得するためには、一定の時間的余裕をみておかなければなりません。
4. まとめ
2001年商法改正によって解禁された「自己株式の取得」は、株式会社の経営を安定させ、相続、事業承継、組織再編などのタイミングで散らばりがちな株式をまとめるために非常に大きな効果を持っています。
他方で、「資本充実の原則」、「資本維持の原則」、「株主平等の原則」など、株式会社の大原則に対する一定の例外となることから、会社法に定められた手続に従って行わなければなりません。
「分配可能額の範囲内でしか取得できない。」という「財源規制」が重要です。
特に、中小企業やベンチャー企業では、「分配可能額が存在しない。」ということもあり、「減資手続」を行った上で自己株式を取得するためには、十分な時間的余裕を確保しておかなければなりません。
自己株式の取得をスムーズに進めたい経営者の方は、企業法務に強い弁護士に、お気軽にご相談ください。