従業員が10人未満の小規模な会社では、就業規則を作る義務はありません。
労働基準法は、常時10人以上の労働者を使用する事業場において、就業規則の作成と届出を義務付けています。しかし、義務がないとしても就業規則を整備しなくてよいわけではありません。労基法は「最低限の労働条件」に過ぎず、これを上回る労務管理の体制を整備しても問題ありません。
就業規則は単なる「ルールブック」ではなく、会社を守る「経営リスクの防止策」の役割を果たします。労務トラブルを予防し、社員との信頼関係を構築するにも就業規則は有効であり、たとえ規模が小さい会社でも、役立つものに違いありません。
今回は、従業員10人未満の会社が就業規則をあえて作るメリットや注意点について、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 労働基準法上、就業規則の作成と届出の義務は「常時10人以上」が基準
- 10人未満でも、就業規則は労務トラブルを予防し、法的リスクの防止になる
- 統一的ルールで経営の透明性を確保し、採用や定着にも有利に働く
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就業規則の作成義務は「10人以上」
労働基準法89条は、就業規則の作成義務について「常時10人以上の労働者を使用する使用者は、…(略)…就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない」と定めています。つまり、労働者数が10名を超える事業場では、就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出ることが義務付けられています。これに違反すると、30万円以下の罰金が科されます(同法120条)。
「常時10人以上」のカウントの仕方は、次の通りです。
- 「常時」とは、繁忙期などを除き、継続的に10人以上使用する状態を指します。
- 「労働者」は正社員に限らず、パートやアルバイト、契約社員や嘱託社員などの非正規を含みます(役員、業務委託のフリーランスや派遣社員は含みません)。
- 「会社単位」でなく「事業場単位」(支店・店舗・工場など)で数えます。
したがって、従業員が10人未満の会社は、法的には、就業規則の作成義務はありません。
ただし、義務でなくても、就業規則を任意に作成するのは問題なく、むしろ推奨されます。就業規則に社内ルールを定めれば、労務トラブルを未然に防ぐ効果があるからです。。
労働基準法では、就業規則について作成・届出・周知が義務とされますが、裁判例では、「周知」さえすれば労働契約の内容になるとされます(つまり、「届出」しなくても刑事罰のおそれがあるだけで、その規則は法的効力があります)。10人未満でも、労働基準監督署への届出義務はないものの、労働者に周知しないとメリットを享受できません
なお、従業員10人未満でも、残業(時間外労働)を命じるには36協定の締結と届出が必要です。
従業員10人未満でも就業規則を作成するメリット
次に、従業員10人未満でも就業規則を作るメリットについて解説します。
法律上の作成義務のない小規模な企業でも、就業規則を整備するメリットは多いです。遅くとも従業員が5人を越えた段階では、就業規則はあった方がいいでしょう。
労務トラブルを予防できる
就業規則の最大のメリットは、労務トラブルを未然に防げることです。
労働条件や社内のルールが曖昧なのでは、企業にとって不利です。労働者保護の観点から、企業側が明らかにすべき事情とされるからです。このことは従業員10名未満でも同じです。
就業規則に、賃金の支払い基準や残業について定めることで、将来の未払い残業代の請求トラブルを防ぐことができます。また、解雇や懲戒処分に関するルールで、どのような行為が許されないかを明記して、問題社員の対策をすることも大切です。
就業規則に明文化して周知すれば、労使双方の認識を一致させることができます。
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経営判断の透明性を確保できる
就業規則によって統一的なルールを作ることで、経営判断もぶれにくくなります。
就業規則は、複数の社員に統一的に適用される社内ルールなので、一貫性のある組織運営が可能です。就業規則に基づいて経営判断を行えば、社員同士の不公平感をなくし、経営者が恣意的な判断をしているという不満も減らせます。
例えば、遅刻・早退・欠勤への対応、休日や休暇への扱い、人事評価の基準などを就業規則に明文化し、社内の共通認識としておくのがよいでしょう。
採用や定着に有利に働く
従業員10人未満のように小規模な企業では、「キャリアパスが見えない」という理由で、採用市場で敬遠されることがあります。社員数が少なく、目指すべきロールモデルが存在しないと、将来の条件が不透明になってしまうからです。
就業規則で、今後の昇進・昇格の基準、福利厚生やキャリア制度などを明文化しておけば、求職者に安心感を与えることができます。小規模でも「制度の整った会社」という印象を与えられれば、採用競争にも勝ち抜きやすいでしょう。
昨今は、労働時間や育児に関する支援など、ワークライフバランスを重視する人材も多いため、就業規則で「働きやすい環境づくり」を実践すべきです。
懲戒処分の根拠となる
社員が企業の秩序を乱す行為をしたとき、懲戒処分を下すには根拠が必要です。
就業規則に、懲戒処分の対象となる事由と処分内容を定めれば、その根拠となります。通常、無断欠勤や情報漏洩、業務命令違反などの事由に対し、譴責・戒告、減給、降格、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇といった処分を下す旨を定めます。
就業規則がなければ、労働契約書に全て記載して根拠とすることもできますが、契約書が大部になります。まして根拠なく下した懲戒処分は、不当処分として無効になるおそれがあります。
就業規則は会社を守る「盾」
就業規則は、単なる形式的なルールではなく、会社を守る「盾」です。
万が一労務トラブルが起こった際は、就業規則こそが会社を守ります。労働法は、労働者保護を目的とするものが多いため、対抗するにも就業規則の作成は必須です。法律のうち「強行規定」は当事者の合意によっても違反することは許されませんが、「任意法規」は当事者の合意で変更でき、この部分については就業規則に明記したルールが重視されます。
従業員が「知らなかった」「聞いていなかった」と主張しても、就業規則が適切に周知されていれば、規則に基づいて反論できます。労働基準監督署や裁判所に対しても、ルールに基づいて処分・運用していることを説明できます。
休職のルールを作る
休職のルールを決め、メンタル不調や病気に対処するのも就業規則の役割です。
近年、長時間労働や、それに起因するメンタルヘルス、過労死、過労自殺が社会問題となっています。しかし、休職制度については法律上の明確な規定はなく、ルールは会社ごとの就業規則で定めておく必要があります。
休職制度が整備されていないと、従業員が休みがちなとき「いつまで待てばいいのか」「退職や解雇をいつ決断すべきか」という判断が曖昧になってしまいます。休職制度を設け、一定の休職期間の経過後、復職できない場合には自然退職するというルールは、小規模な会社でも不可欠です。
明確なルールがあることは、企業だけでなく、労働者にとっても安心材料となります。
「休みがちな社員への対応」の解説

就業規則を作成する場合の注意点(従業員10人未満の場合)
次に、従業員10人未満の会社が、就業規則を作成する際の注意点を解説します。
小規模な企業ほど手間や費用を惜しみ、ネット上の就業規則の無料テンプレートや雛形を流用するケースがありますが、大きなリスクを伴います。なぜなら、書式は一般的なものに過ぎず、自社にふさわしい内容でない危険があるからです。
一般の就業規則が、従業員10人未満の会社にそぐわない例は、次の通りです。
- 休日数や休暇数が、法律上の義務以上に付与される。
- 休職制度がかなり手厚い。
- 福利厚生が非常に充実している。
- 賃金構成(基本給・手当など)が違う。
- 規定はあるが自社では導入していない制度がある(形だけの条文になってしまう)。
就業規則が実態に合わないと、労務トラブルを未然に防ぐという本来の役割を果たせません。少人数の組織は柔軟にすべき場面も多く、大企業向けのルールは実態に即しません。
キャリアアップ助成金など、助成金の受給条件として就業規則を作ることもありますが、あまりに形式的で実態に沿わないものを作るのは、かえって弊害があります。就業規則に定めた以上、書かれたことは守らなければならず、社員にも無用な期待や誤解を抱かせてしまうからです。
なお、従業員10人未満だと、必ずしも労働基準法通りである必要はなく、労働基準監督署への届出(労働基準法89条)、労働者の意見聴取・意見書の提出(労働基準法90条)は必須ではありません。とはいえ「就業規則に納得していない」「存在を知らなかった」という状態では役立たないので、透明性あるルールとする努力はしておくべきです。
就業規則を運用する際のポイント(従業員10人未満の場合)
最後に、従業員10人未満の会社が、就業規則を運用する際のポイントを解説します。
就業規則が全社のルールなのに対し、個別の契約は雇用契約書で行います。また、重要な労働条件は、入社時に労働条件通知書などの書面で明示しなければなりません。原則として、就業規則より不利な個別契約は許されず、労働者に有利な方が優先されます。そのため、就業規則を運用する際は、個別契約との整合性に留意しなければなりません。
10人未満の小規模だと、労働契約書を締結せず口頭で済ます企業もあります。また、就業規則がないのに簡易な契約書しか締結しない会社もあります。しかしこれだと、契約内容の明示が不十分になります。就業規則を整備すれば、雇用の条件を明確に示せるので、法令を遵守すると共に、契約内容のばらつきを防止することができます。
また、就業規則は、会社の実情や法改正に応じて改定が必要です。
10人未満の会社でも、一度就業規則を作成したら、定期的に見直し、変更のたびに周知することがトラブル予防に直結します。周知方法は、事業所に紙で備え置くという従来の形式だけでなく、PDFをメールで送付したり、社内の共有ファイルに保管して常時アクセスできるようにしたりといった方法でも可能です。
「人事労務を弁護士に依頼するメリット」の解説

まとめ

今回は、従業員10人未満の会社における就業規則について解説しました。
従業員が10人未満なら、就業規則の作成と届出は、法律上の義務ではありません。しかし、就業規則は、単なる法令遵守のための書類ではなく、職場に統一的に適用されるルールを明文化し、労務トラブルを未然に防ぐ役割を果たします。
むしろ、小規模な企業ほど、労使の距離が近く、曖昧なルールしかないとトラブルが起こりやすくなってしまいます。また、急成長するベンチャー・スタートアップでは、少人数のうちから就業規則を整備しておくことで、企業としての理念や風土を示すことができます。
実情に合わせた就業規則は、将来の人材採用や事業拡大にも良い影響をもたらすので、法的な義務の有無にかかわらず、早めの整備をお勧めします。
- 労働基準法上、就業規則の作成と届出の義務は「常時10人以上」が基準
- 10人未満でも、就業規則は労務トラブルを予防し、法的リスクの防止になる
- 統一的ルールで経営の透明性を確保し、採用や定着にも有利に働く
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