職場のハラスメント(セクハラ・パワハラなど)は、企業にとって深刻な問題です。
被害者の尊厳や安全を守るだけでなく、企業の社会的な信用や法的責任にも直結するので、被害者から申告があったときこそ、早急な対応が求められます。その中でも重要なのが、事実関係を明らかにするための「社内調査」です。
企業は、安全配慮義務を尽くすため、事実を調査し、加害者の処分や再発防止に努めなければなりません。しかし、調査の方法を誤ると、二次被害や職場の混乱、最悪は、安全配慮義務違反を理由とする慰謝料の請求を受けるリスクもあります。
今回は、企業がハラスメント(セクハラ・パワハラなど)の相談や通報、申出を受けた際に実施すべき調査の流れと注意点について、人事労務に強い弁護士が解説します。
- ハラスメント調査は、中立・公平に進め、信頼性を担保すべき
- 被害申告があったら、迅速かつ丁寧に事実を確認し、証拠を保存する
- ハラスメント調査の結果を踏まえ、処分と再発防止策を徹底する
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ハラスメントの調査の重要性
はじめに、ハラスメント調査の意味と、その重要性について解説します。
ハラスメントの調査とは
ハラスメントとは、職場内における不適切な言動によって、他人の尊厳を傷つけたり、業務環境を悪化させたりする行為を指します。代表的なものに、セクハラ(セクシュアル・ハラスメント)、パワハラ(パワーハラスメント)がありますが、時代の価値観に応じて多様化しています。
- セクハラ
性的な言動により、相手に不快感や苦痛を与え、就業環境を害する行為。 - パワハラ
職務上の地位や人間関係などの優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与える行為。厚生労働省は、次の6類型に分類しています。- 身体的な攻撃(暴行・傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫・侮辱・暴言)
- 人間関係からの切り離し(無視・隔離)
- 過大な要求(業務量や難易度が過剰)
- 過小な要求(能力に対して過小な業務を与える)
- 個の侵害(私生活に過度に立ち入る)
ハラスメント行為は、被害者の心身に深刻なダメージを与えるのは当然、職場全体の士気や生産性を低下させ、ひいては企業の信用を失墜させるおそれがあります。
職場のハラスメント対策は急務であるところ、改正労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)により、企業には、ハラスメント防止措置を講じる義務が課されました(2020年6月1日から大企業で施行、2022年4月1日から中小企業にも施行)。この法律に基づき、ハラスメントの方針の明確化や周知啓発、相談窓口の設置などが義務化されました。
したがって、現在、ハラスメントの防止は、企業の法的な義務です。
企業がハラスメント調査をすべき理由
では、ハラスメントの相談があった場合、企業がなぜ調査をしなければならないのか、企業が調査を行うべき理由は、主に以下の3つがあります。
法的な責任追及を回避するため
ハラスメントの申告に対応せず、調査を放置すると、企業にも法的責任があります。ハラスメント対策は法的な義務であり、調査不足や対応の不備によって被害が拡大した場合、安全配慮義務違反の責任を問われるからです。
再発を防止し、組織の健全性を維持するため
ハラスメント調査で事実を把握し、適切な措置を講じることで、再発を防止できます。加害者の異動や配置転換、懲戒処分や解雇などが考えられ、これらの処分により秩序を維持することは、健全な職場作りにも役立ちます。
ハラスメント(セクハラ・パワハラなど)を放置すれば、企業のブランドや対外的な信用が毀損されます。ハラスメントが社会問題となった昨今、報道されたり、SNSやインターネットで炎上に発展したりする前に、徹底して調査する必要があります。
被害者を保護し、信頼を回復するため
被害を申し出た従業員が「真摯に対応してもらえた」と感じることも、ハラスメント調査を行うべき理由の一つです。ハラスメント(セクハラ・パワハラ)の被害は残念ですが、適切に対処し、職場への信頼を回復することが重要です。
調査の遅延や不備があると、被害者の信頼は決定的に失われ、うつ病などの精神疾患になったり離職したり、その後に会社の責任を追及したりする可能性が高まります。
ハラスメント調査の流れと進め方
次に、ハラスメントの調査の流れと、進め方について解説します。
ハラスメント調査は、限られた時間でスピーディに行う必要がある反面、公平性を損なわない慎重さを両立しなければなりません。調査の信頼性を高めるために、事前に進め方を理解しておいてください。
被害申告の受付
まず、被害申告を受け付けるところからスタートです。
ハラスメント(セクハラ・パワハラなど)の被害を申告されたら、真実かどうか、調査する必要があります。まれですが、「嫌いな社員を排除したい」「社内恋愛のもつれ」といった事情で、虚偽申告や過剰な要求をする社員もいます。
前提として、相談窓口を整備し、直属の上司には言いづらい内容でも「声を上げやすい」環境を作ることが大切です。初動は、先入観や偏見を持ったり軽視したりはせず、被害を訴えた人に安心感を与える対応を心がけましょう。
調査方針の決定
次に、申告の内容を受けて、調査方針を決定します。
対象者を特定し(被害者・加害者・目撃者など)、調査の範囲を明確化します。事実を明らかにするのに必要なヒアリング、書面の調査などをスピーディに進めるため、スケジュールを策定します。
また、社内で中立性が確保できる人材を選び、調査担当者を選任します(この際、加害者とされた人は外し、弁護士など外部の専門家のサポートも検討してください)。
当事者・関係者へのヒアリング
当事者や関係者へのヒアリングは、丁寧に行いましょう。
被害申告の内容を特定するため、先に被害者を聴取し、その内容を踏まえて第三者の目撃証言を集め、最後に加害者の聴取を行う、という順が基本です。
聴取した内容は記録に残し、後の紛争に備えておきましょう。
特に、セクハラの調査では、被害者のプライバシーや尊厳に配慮して進めなければ、二次被害に繋がりかねません。不適切な調査をすると、会社が安全配慮義務違反の責任を問われるおそれもあるので、慎重に行いましょう。
客観的な証拠の収集
証言のほかに客観的な証拠がある場合、あわせて入手しておきます。例えば、次の資料が証拠として活用できます。
- メールやチャット
- 業務の記録
- 録音・録画
- 勤務シフトや出退勤データ、日報
ケースによっては、事実を明らかにするために、貸与したスマホやPCのデータ、オフィス内外の監視カメラなどを確認して、証拠収集をすることも必要です。
事実認定と法的評価
調査が終了したら、聴取事項や証拠をもとに、事実認定を行います。事実認定とは、問題となる事実があったかどうかを判断することです。
「ハラスメントの事実があったかどうか」と共に、パワハラの場合は「違法なパワハラか、それとも指導の範囲か」、セクハラの場合は「同意があったかどうか」という点がよく争点となります。
この事実認定は、後に裁判となった場合の裁判所の基準を見通した上で行う必要があります。当事者の主張が全く異なるケースも多いので、悩むときは、弁護士に相談しておいたほうがよいでしょう。
処分の決定と再発防止策
認定した事実をもとに、処分を決定します。
ハラスメントの事実が認定された場合、加害者への処分は、軽度のものは口頭注意、それ以上のは懲戒処分(軽い順に、譴責、戒告、減給、降格、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇など)とします。最重度の場合、懲戒解雇という厳しい処分を検討します。
また、再発防止策を徹底し、被害者への支援も忘れてはなりません。
関係者へのフィードバックと記録の保存
最後に、関係者へのフィードバックを行います。
被害者には、処分結果と今後の再発防止策を丁寧に説明して、安心感を与える必要があります。加害者には処分内容を伝え、改善を指導してください。
職場への共有をする際には、特にセクハラの場合には被害者のプライバシーに配慮して、再発防止にとって必要な限度に留めることが大切です。
ハラスメント調査後に企業が取るべき対応
次に、ハラスメント調査の後、企業が取るべき対応について解説します。
ハラスメントの調査は、事実を明らかにすることがゴールではありません。むしろ、調査後の対応こそが、被害者の救済、職場環境の改善や再発防止、企業の信頼回復になります。
被害者への対応
まず、ハラスメント(セクハラ・パワハラなど)の被害者への対応は、次の通りです。
- 調査結果の説明
ハラスメント調査で認定された事実や今後の企業の対応方針を説明します。被害者の心情に配慮して、わかりやすく丁寧に伝えることが重要です。 - 就労環境の調整
被害が明らかになった場合、加害者の配置転換や異動など、再発を防止するための措置を講じてください。 - 心理的なケア
必要に応じて、産業医やカウンセラーの利用などを案内します。
ハラスメント調査の結果、被害の実態が明るみに出たときこそ、誠実な対応が必要です。被害者が「会社が守ってくれた」と感じられることが重要です。
加害者への対応
次に、加害者への対応も検討する必要があります。
ハラスメント(セクハラ・パワハラなど)の加害が明らかになったら、その程度に応じた処分を検討する必要があります。軽すぎると、制裁や再発防止のために不十分ですが、逆に重すぎても、不当処分として加害者側から争われる危険があります。
処分の検討は、次の手順で進めてください。
- 就業規則を確認する
まず、懲戒処分の根拠となる就業規則の条項を確認してください。懲戒処分は、就業規則に基づいて実施する必要があり、根拠条文の確認は必須です。 - 過去の処分例と比較する
懲戒処分の量定は、行為の内容や性質、程度に応じてバランスを取る必要があります。不当処分を避けるには、社内の過去の例との公平性を損なわないようにすべきです。 - 加害者に説明し、弁明の機会を付与する
どのような処分となるか、就業規則上の根拠条文や理由を説明して、本人の弁明を求めます。特に、懲戒解雇のような重い処分をする場合、弁明の機会を付与しないと無効となるおそれがあります。 - 再発防止のための教育
研修受講や指導を義務づけ、再発を防止する努力をすることが望ましいです。
ハラスメントが問題行為であるのは当然ですが、処分するだけで終わらせるのではなく、改善の機会を与える姿勢も重要です。
再発防止策の検討
最後に、職場全体へのフォローアップも必要です。
ハラスメント(セクハラ・パワハラなど)は、個人だけの問題ではなく、組織全体の課題であることをよく理解して、同様の問題が起こらないように指導を徹底しましょう。ただし、職場に説明する際には、被害者のプライバシーに配慮して、不必要に個人名を明かすことは避けてください。
管理職研修や一般社員向けのハラスメント研修の実施、ハラスメント規程の見直しや、匿名通報制度の強化などを通じて、声を上げやすい環境を整えましょう。このような制度の整備に企業が力を入れることは、「会社が本気でハラスメント防止に取り組んでいる」という安心感を従業員に与え、組織文化を改善することにもつながり。
ハラスメント調査を弁護士に依頼すべき理由
次に、ハラスメント調査について、弁護士に依頼すべき理由を解説します。
ハラスメント(セクハラ・パワハラなど)への対応は、企業にとって法的なリスクがあり、社会的な信頼を損なう危険もある、非常に重要な分野です。社内での調査・対応も可能ですが、知識や経験に欠ける場合は、限界があるケースも多いものです。
社内調査は困難なケースがある
性質上、社内調査が困難なケースがあります。
企業によっては、次の事情から社内調査が難しく、中立的で、信頼の高い調査を実施するため、ハラスメント対策に精通した弁護士に任せるべき場合があります。
経営層が加害者とされる場合
「社長にセクハラされた」など、ハラスメント加害者とされる人が経営層の場合、社内調査のみで済ませるのは限界があります。加害者の社内での地位が高い場合、「忖度」から適切な調査がされなかったり、少なくとも調査に不備があると疑われたりする危険があります。
被害者や目撃者も、報復を恐れて真実を話せず、もみ消されてしまう危険もあります。
ハラスメント調査の知識やノウハウが社内にない場合
大企業であれば、人事部や法務部が整備されており、同様のハラスメント調査について豊富な経験のある会社もあるでしょう。しかし、中小企業やベンチャー・スタートアップの場合、社内には十分な知識経験やノウハウがないことも多いものです。
ハラスメントの調査は、ヒアリング方法、記録の残し方、プライバシー保護や法的リスクの判断、調査後の処分の可否など、法律知識に基づいた知見が不可欠です。
社内の人間関係に問題がある場合
社内の対立が激しい職場でも、調査を弁護士に任せた方がよい場合があります。
感情的な対立が強いと、客観的な判断は難しいです。例えば、「セクハラの被害を申告してきた社員が、能力の低い問題社員である」といったケースです。この場合、調査を担当する人にもバイアスがかかり、不適切な判断を疑われるおそれがあります。
仮に適切に調査しても、「不公平だ」「不透明だ」といった不満から、労働審判や訴訟に発展するリスクもあるので、外部の中立的な専門家に依頼することを検討すべきです。
法律に基づく中立・公平な対応ができる
弁護士は、法律の専門家として、企業の外部の中立的立場で調査に関与できます。
社内の人間関係、利害関係からは切り離されているため、被害者にも加害者にも「公平な調査が行われた」という納得感を与え、企業の信頼回復に繋がりやすいです。調査の正当性も担保されるため、対外的な信用も損なわずに済みます。
特に、次の状況では、ハラスメント調査を弁護士に依頼するメリットが大きいです。
- 加害者が経営層や管理職である場合
- 加害者の社内の力関係が強い場合
- 労務管理に問題があり、社内調査では中立性に疑問が生じてしまう場合
- 外部への説明が必要な場合(労働基準監督署、株主、裁判所など)
弁護士に依頼すれば、中立・公平な立場から、法律や裁判例に基づいて、透明なプロセスで調査を行うことができます。
事実認定や処分について法的助言が得られる
ハラスメント調査では、単に「何があったか」を確認するだけでなく、就業規則に違反するかどうかや、懲戒処分や解雇といった判断をすべきかについて、法的な検討が必要です。
弁護士が調査を行えば、その後の対応についてもアドバイスを受けることができます。
調査後の処分が不十分だと、ハラスメント被害者から二次被害を主張されたり、安全配慮義務違反の責任を追及されたりするおそれがあります。一方で、過大な処分をすれば、加害者から不当処分や不当解雇を主張されて争われる危険もあり、板挟みです。
弁護士に報告書を作成してもらうことで、将来トラブルが拡大したときにも、企業の判断の正当性を基礎づける資料を残すことができます。
法令遵守と再発防止の支援が受けられる
弁護士にハラスメントの調査を依頼すれば、スポットの依頼だけでなく、継続的なハラスメント防止体制の構築を支援してもらうことができます。ハラスメント(セクハラ・パワハラなど)の問題は、起こらないのが一番であり、事前の予防は徹底しなければなりません。
例えば、弁護士は次のようなサポートが可能です。
- ハラスメント防止規程の整備
- 相談窓口の設置
- 内部通報制度の見直し
- 定期的な研修の実施(ハラスメント研修、管理職研修など)
- 懲戒制度や規程類の見直し
- 再発防止計画の策定
このような支援を受けることで、ハラスメントの「事後対応」だけでなく、「未然防止」の視点からも強固なコンプライアンス体制を築くことができます。継続的な支援体制を整えるためにも、顧問弁護士としてサポートを受けることも検討してください。
「人事労務を弁護士に依頼するメリット」の解説

ハラスメント調査のよくある質問
最後に、ハラスメントの調査について、よくある質問に回答しておきます。
ハラスメントの調査期間はどれくらい?
ハラスメント調査の期間は、案件の内容や関係者の人数によって異なりますが、一般には1ヶ月以内を目安に進めるのが望ましいです。また、軽微な事案では、数日〜1週間程度で結論を出すべきケースもあります。
長引くと、被害者、加害者の双方にとって負担が大きく、職場の不安が拡大し、業務にも支障が生じます。「迅速かつ丁寧な調査」を基本に、被害の拡大を防ぎつつ、関係者が納得できる形で結論を出すことが重要です。
ヒアリングは録音してもよい?
企業側では、ハラスメントの調査は必ず録音をしておくべきです。
録音をすることで、ヒアリング内容を正確に記録し、加害者の処分や再発防止に役立てることができます。また、将来、労働審判や訴訟など、裁判手続きに発展した際には、録音は非常に重要な証拠となります。
なお、無断録音はプライバシー侵害や信頼関係の悪化に繋がるため、事前に同意を得ておくのが望ましいです。
調査の結果、虚偽申告だった場合の対応は?
調査の結果、ハラスメント(セクハラ・パワハラなど)の被害申告が嘘だったと判明する場合があります。
事実とは異なる虚偽申告だった場合、特に慎重な対応を要します。
- 虚偽申告であると判断するための証拠を精査する。
- 故意に虚偽申告をした場合、懲戒処分の対象になり得る。
- 「加害者」とされた人の不利益を防止する。
ただし、悪意をもって虚偽の申告をしたケースと、被害を申告したが結果的に証明できなかったケースとは、区別して扱う必要があります。企業としては、厳しく罰しすぎると被害申告を萎縮させてしまう一方で、意図的な虚偽申告には毅然とした対処をしなければならず、バランスが求められます。
まとめ

今回は、ハラスメント問題に対する企業側の対応について解説しました。
職場のハラスメント(セクハラ・パワハラなど)は、企業の秩序や信頼に影響する重大な課題です。被害申告があった際は、安全配慮義務の観点から早急に調査し、適切に対応しなければならず、組織としての姿勢が問われることとなります。
適正な社内調査を実施するためには、事実関係を正確に把握し、証拠を収集したり、関係者のヒアリングを実施したりする必要があります。一方で、被害者をはじめとした関係者の人権やプライバシーに配慮し、調査を公平かつ公正に行うことが不可欠です。調査後には適切な処分と共に、再発防止策を講じ、職場全体の信頼回復をしなければなりません。
自社だけでは対応が困難だと感じる場合、弁護士に関与してもらうことをお勧めします。早めの相談は、法的リスクを未然に防ぎ、組織の健全さを守るのにも役立ちます。
- ハラスメント調査は、中立・公平に進め、信頼性を担保すべき
- 被害申告があったら、迅速かつ丁寧に事実を確認し、証拠を保存する
- ハラスメント調査の結果を踏まえ、処分と再発防止策を徹底する
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