取締役の背任行為は、重大な責任を負います。会社として、発覚したら直ちに対処せねばなりません。
会社は、株主の所有するものであり、取締役をはじめとした役員は、その経営を委任されたに過ぎません。取締役が、業務を遂行するにあたり、背任行為をすれば株主からの信頼への裏切りとなります。取締役の業務において、法律の定めを遵守すべきは当然で、それだけでなく企業経営の社内ルールである定款に従い、株主の利益を守る必要があります。
背任行為は、違法なのが明らかで、会社に損害が生じ、ひいては株主の不利益に繋がります。そのため、特別背任罪など、その重大な責任に合わせた犯罪類型も定められています。取締役の背任行為を発見したら、速やかに対処し、被害拡大を抑えるべきです。発見した他の取締役にとっても、対応が遅れれば、株主から責任追及を受けるおそれがあります。対処を誤れば、メディア報道などにより会社の社会的な評価も失墜する危険があります。
今回は、取締役の背任行為を発見したとき、会社がすべき適切な対応について、企業法務に強い弁護士が解説します。
取締役の背任行為とは
背任行為とは、取締役が、会社に損害を与える行為の全般のこと。取締役の背任行為は、今回解説するように様々な法律に違反する違法行為です。取締役といえど、法律や定款に違反してはならないのは当然。取締役は、社内における重要なポジションであり、多くの権限を行使できます。その裏返しに、違法な行為をしたときは会社に大きな損失を負わせてしまうので、背任行為は重大な責任が生じるのです。
会社は、取締役のものではなく株主のもの。たとえ社長(代表取締役)であってすら、株式を保有しない限り会社の所有権を持ってはいません。取締役とは、会社から、経営という職務執行を委任されているに過ぎないのです。そのため取締役は、委任契約上、職務を忠実に遂行する義務(善管注意義務ないし忠実義務)を負います。
背任行為が、これら取締役の負う義務に違反するのは明らかです。特に、社長(代表取締役)は、高いポジションであることから、何をしても許されると勘違いしがちです。
取締役の背任行為に対して、会社が監督し、適切な対処を速やかに行わなければなりません。
取締役の背任行為のよくある例
背任行為と一言でいっても、取締役の守るべき法律は多くあります。会社にとって不利益となる取締役の行いは、全て背任行為に該当する可能性がありますが、ここでは取締役だからこそ犯しやすい背任行為のよくある例を解説します。
よくある取締役の背任のケースを知ることで、監督の際、不審な行為に早く気づくことができます。
横領
横領は、自己の占有する他人の物を領得する行為。業務上占有する物を奪う行為は特に、業務上横領として「10年以下の懲役」という厳しい刑罰が科されます。
取締役は、会社の金銭を管理する立場にあることが多いです。決済権を有しており、会社の経費をある程度自由に使ったり、出費をコントロールしたり、取引先を決めたりといった裁量があるとき、取締役の横領は、比較的容易に行えてしまい、かつ、発覚しづらい性質があります。
利益相反取引、競業避止義務の違反
取締役は、経営を委任される以上、高度の善管注意義務を負っており、会社を害する行為は厳格に禁じられています。そのため、会社の利益と相反する取引をしてはならず、特別な競業避止義務を負います。そのため、取締役が利益を得ることで会社が損失を被るケースでは、取引に関する重要な事実を開示し、株主総会もしくは取締役の承認を得なければなりません。
しかし、自分の利益を優先して目がくらむと、これらの重要な義務に違反し、背任行為となってしまう例があります。
税務上の違法行為(脱税・粉飾決算など)
税務上の違法行為が、取締役の主導でされた例は少なくありません。脱税は、利益を実際より少なく申告し、納税額を減らす違法行為。納税義務を違法に免れると、延滞税、加算税のペナルティのほか、悪質な場合は刑事罰が科されます。脱税が発覚すれば、会社にとって大きな損失なのは明らかです。
逆に、実際よりも利益を多く見せる、粉飾決算も問題です。架空取引の売上を計上するなどの方法で行われますが、粉飾決算は株価の操作につながり、投資家の判断を誤らせる点で、違法性を有する行為です。
賄賂
公共工事など、公的発注を得る目的で官庁に金品を提供する行為が、賄賂です。賄賂罪に当たれば、その身分に応じた刑事罰が科されます(刑法197条〜198条)。
賄賂は、ビジネスの成功を目的としてされる例が多く、必ずしも取締役の利己的な行為とは言い切れません。とはいえ発覚すれば企業イメージの低下は免れず、結果的に会社を害する行為といえます。
取締役の背任行為に対し、会社がすべき対処法
次に、取締役の背任行為が発覚したら会社がすべき責任追及のための対応を解説します。
金銭をとられたなら会社の損失は明らかで、直ちに被害回復を図る必要があります。しかし、背任行為の損害は見えづらい例もあります。たとえ損害が小さく見えても放置してはなりません。取締役の背任行為を放置すれば、企業の社会的信用が低下し、実質的な損害は計り知れないからです。
速やかな責任追及は、他の取締役によって違法行為が再発するのを防止することにも繋がります。
損害賠償請求
取締役が、背任行為によって会社に損害を与えたなら、会社はその取締役に対し、損害賠償請求ができます。交渉では解決しないとき、訴訟提起を要しますが、このとき、代表権を有する社長に対する訴訟では取締役同士の馴れ合いを防止する必要があります。そのため、監査役設置会社では、監査役が原告を担当することとなります。
会社から取締役への損害賠償請求では、被害回復がうまく機能しないケースでは、株主代表訴訟の方法による責任追及も可能です。株主代表訴訟は、会社の所有者である株主が、その株式の価値を守るために起こす訴訟です。
差止請求
損害賠償請求によって事後的に被害回復ができるとしても、これ以上損失を拡大させてはなりません。現在起こっている背任行為はストップさせる必要があり、その手段が、差止請求です。
差止請求は、6ヶ月前から引き続き株式を有する株主によって行うことができ、取締役による会社の目的外行為、法令・定款違反の行為、またはこれらの行為のおそれがあり、回復することができない損害が生ずるおそれのあるときに利用できる手段です。監査役設置会社の場合には、監査役も差止請求を行えます。
解任請求
前述の通り、取締役は、株主から経営について委任を受けている似すぎません。そのため、取締役の選任の手続きを経て就任しており、委任契約上の善管注意義務に反するならば、株主総会によっていつでも取締役を解任することができます(ただし、正当な理由のない解任の場合には、取締役の負う損害を賠償せねばなりません)。
しかし、取締役の解任には、株主総会の決議を要するため、多数派の株主が擁護すると、解任請求が否決されるおそれがあります。このとき少数株主は、裁判所に対して取締役の解任を請求できます。少数株主による裁判所への取締役解任請求の要件は、次の通りです。
- 6ヶ月前から引き続き、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主、もしくは、会社の発行済株式数の100分の3以上の株式を有する株主
- 株主総会で解任請求が否決された日から30日以内
取締役の解任と損害賠償請求について、次の解説をご覧ください。
職務執行の停止請求
取締役の責任追及について、最終的な結果が決まるまでの間は、解任されない限りはその地位を有し続けます。このまま職務執行を続けさせるのが不適当な場合は、取締役の職務執行の停止を請求しなければなりません(このとき、あわせて職務代行者の選任を請求します)。
つまり、前章のように少数株主が訴訟による解任請求によって取締役の責任を問うとき、背任行為を行っていた取締役の職務を停止するために、できるだけ早く職務執行停止の仮処分を申し立てるのが有効です。
告訴・告発
取締役の背任行為が、犯罪に該当するときには、捜査機関に対し、告訴、告発するのも対策の1つです。告訴とは被害者となる者が犯罪を告げる行為、告発とは被害者以外の者が犯罪を告げる行為です。いずれも、捜査が開始され、逮捕されたり起訴されて刑罰が下ったりすれば、再発を防止するとともに、被害回復を有利に進めることができます。
会社にとって不利益な行為が行われたなら、まず刑法における次の罪に該当するか、検討します。
- 背任罪(刑法247条)
他人のために事務を処理する者が、利益を得たり損害を加えたりする目的で任務に背き、損害を与えたときに成立する犯罪であり「5年以下の懲役又は50万円以下の罰金」が科される。 - 業務上横領罪(刑法253条)
業務上自己の占有する他人の物を領得したときに成立する犯罪で「10年以下の懲役」が科される。
取締役は背任行為をするのが容易であり、抑止力を強めるため、厳しく罰する必要があります。そのため、取締役が背任行為をしたときには、特別背任罪(会社法960条)が適用され、「10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金」が科されます。
取締役の背任行為を未然に防ぐ対策
最後に、取締役の背任行為が行われる前に、未然に防ぐ対策について解説します。まずは取締役の違法行為によって損害が拡大しないよう、水際で回避するのが最優先です。
違法行為が実行され、損害が拡大する前に、水際で回避するのが原則的な対応です。そのためには、取締役の行為を常に把握して情報を集め、違法な行為がないか、法的な観点からチェックしなければなりません。
証拠を集める
取締役の言動に、少しでも怪しい兆候が見受けられたら、まずは情報収集から始めます。このとき、客観的な証拠を必ず集めておかなければなりません。事後に責任追及するにあたっては証拠が最重要。訴訟を利用する場合はもちろんのこと、取締役と交渉する際にも、証拠がなければ言い逃れされてしまいます。
背任行為を速やかに発覚させるためには、内部管理体制の見直しを要します。役員の地位にある者の背任行為は、一社員レベルの監視に任せるのは限界があり、会社組織として対処しなければなりません。
社内の知見のみでは不十分なときや、違法性の法的評価に不安のあるときには、顧問弁護士によるサポートが有益です。日常的に弁護士と相談することで、取締役の不自然な言動を見逃さずチェックできます。
取締役間で相互に監視する
取締役には、会社の業務遂行だけでなく、他の取締役の職務執行を監督する義務があります。そのため、他の取締役がの背任行為を察知したら、代表取締役や株主に報告したり、取締役会の議題としたりして対処する必要があります。取締役が複数いる場合には、相互に情報を共有して事態に対応しなければなりません。これが、取締役間の相互の監視による予防策です。
他の取締役の不正に気づきながら放置すれば、任務懈怠の責任があります。また、監査役がいる場合も同じく、取締役の職務遂行を監視しなければなりません。そのために、監査役には、前章で解説した差止の仮処分をする権限が与えられています。
株主が監督是正権を行使する
会社は、株主の所有するものですから、株式の価値を下げないよう、株主こそ取締役の背任行為を監督しなければなりません。株主が、企業経営を監視する権限のことを、株主の監督是正権と呼びます。
株主は、株主総会を招集し、株主提案をしたり、会計帳簿の閲覧を請求したりといった権限を行使して、取締役の背任行為を調査することができます。その結果、取締役の不正が明らかになったときは、株主全体の利益を守るべく、前章に解説した差止請求、解任請求などを進めることができます。
まとめ
今回は、取締役によくある不正の1つ、背任行為について、その責任と対処法を解説しました。特によく起こりがちな取締役の背任行為の責任は、非常に重いものです。
取締役は、企業経営における重要なポジションを任されます。にもかかわらず、経営を任された取締役が違法な行為をするのは由々しき事態。役員に付与した権限が大きいほど、裏切られた際の損失は計り知れません。取締役には、社内の権限を掌握し、万能感を抱いて好き勝手してしまう人がいるのも事実です。
取締役の背任行為について、事前にその兆候を察知し、防止する努力をするのが原則です。とはいえ、いざ起こってしまったら、損害賠償請求、差止請求といった被害回復のほか、解任請求や刑事告発などの再発防止策をとる必要があります。違法性に疑問があるとき、ぜひ一度弁護士に相談ください。