取締役は、単なる会社の役員に過ぎず、代表取締役といえども、会社を所有しているわけではありません。
あくまでも会社は株主のものであって、取締役は業務の執行を担当しているに過ぎません。
そして、取締役が会社の業務を行うにあたっては、当然ながら法律の定めに従わなければならず、また、会社内での法律の役目を果たす「定款」に従わなければなりません。
違法行為を取締役が行った場合、会社に損害が生じ、すなわち、株主の不利益となる可能性が高いためです。
そのため取締役の違法行為を発見した場合、会社は適切に対処しなければ、株主から責任追及されるおそれもあります。
今回は、取締役の違法行為を発見した際の、会社が行うべき適切な対応について、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
目次
1. 取締役と会社の関係は?
会社は、取締役のものではなく、これは代表取締役社長であっても、株式を保有していない限り同じことです。
取締役は、会社(株主)から「会社の経営」という職務執行を委任されているという委任関係(会社法330条)であって、委任された職務を忠実に遂行する義務(「善管注意義務」、「忠実義務
といいます。)を負います。
この中には、利益相反取引の禁止、競業避止義務などもありますが、法令や定款に違反してはならないというのはごく基本的な、当然の義務です。
代表取締役、取締役となると、会社内でも偉い地位にあると取り扱われることから、何をしてもよいのかと勘違いしがちですが、取締役が違法行為を行った場合には、会社が監督し、適切な対応を行わなければならないのです。
2. 取締役が行いがちな違法行為
違法行為と一言でいっても、様々な法律がありますが、ここでは、取締役であるからこそ行ってしまいがちな違法行為について解説します。
特にこれらの違法行為に注意して監督をしておく必要があるといえます。いずれも、取引先、投資家などの関係者に大きな損害を与えかねない点から、違法行為とされています。
2.1. 脱税
利益の額を実際よりも少なく申告して、支払う税金の金額を減らす行為を「脱税」といいます。
脱税は、支払うべき納税義務を免れる点で違法行為となり、所得税法、法人税法などの税法による刑事罰のほか、延滞税、加算税などのペナルティを受けます。
脱税が発覚すれば、結果として会社の損失となります。
2.2. 粉飾決算
架空取引の売上を計上するどの方法によって、実際よりも利益の額を多く見せる行為を「粉飾決算」といいます。
粉飾決算を行うことによって、投資家の判断を狂わせたり、本当であれば利益がなければできないはずの利益配当(違法配当)を行ったりすることが目的となります。
3.3. 賄賂
公的な発注を得るために官庁に対して金品を提供する行為を、「賄賂」といい、刑法において「賄賂罪」として処罰されます。
賄賂で一時はうまくいったとしても、企業のイメージが低下することは明らかです。
3. 初動対応で防ぐのが原則
取締役の違法行為が行われる前に、また、損害が拡大する前に、水際で回避することが原則です。
そのためにも、取締役の行為を常に把握して情報収集を進め、違法性のある行為ではないかどうかをチェックしておく必要があります。
すなわち、「情報収集」と「違法性の検討」を事前に行うことが重要です。
違法性の法的評価について疑問、不安がある場合には、弁護士にお気軽にご相談ください。
3.1. 情報収集すること
会社(株主)としては、取締役の行為に少しでも怪しい兆候が見受けられた場合には、情報収集を進めるべきであるといえます。
この際、客観的な証拠を確実に押さえておきましょう。事後的に責任追及をするとしても、誰の責任を追及可能なのかという点で、証拠が重要となります。
また、内部管理体制の見直しが必要な場合や、再発防止策を練る場合にも、情報収集の際に収集した証拠が役立ちます。
3.2. 担当者を決めること
取締役が違法行為を行っているおそれがあるというケースでは、従業員レベルの対応ではやはり限界があると言わざるを得ません。
早めに役員クラスへの報告を行った上で、違法性に関する法的検討についての弁護士のアドバイスを受けながら、会社一丸となって対策を進めるべきです。
4. 報告しなければならない関係者一覧
取締役の違法行為は、多くの関係者に損害を与える危険の大きい事態であるため、損害拡大を未然に防止するためにも、関係者へ適切なタイミングで報告しておく必要があります。
もちろん、情報収集があまり進まない段階で、推測で報告することは厳禁ですが、違法行為の証拠が収集出来次第、できる限り早く報告を進めるのが重要です。
報告をすべきと考えられる関係者をまとめました。
4.1. 他の取締役
取締役には、他の取締役の職務執行を監督する義務が、会社法上定められています。
そのため、違法行為を行った取締役以外の取締役は、違法行為の兆候を察知したら、事情を報告し、取締役会としての対応を行う必要があります。
他の取締役が、取締役の違法行為に気付いていながら、何らの対応もせずに放置した場合には、任務懈怠による善管注意義務違反の責任を問われる可能性があります。
したがって、御社に取締役が複数いる場合には、まずは取締役間で情報を共有し、取締役全員の協力の下に事態に対処するようにします。
4.2. 監査役
監査役は、取締役が法令、定款違反行為をするおそれがあり、当該行為によって会社に著しい損害が発生するおそれがある場合には、裁判所に対して差止の仮処分を請求できる立場にあります。
そのため、取締役会による対応によって未然に防止できなかった場合には、緊急の対応のためにも、監査役に対する報告を行う必要があります。
監査役による差止の仮処分については、次に解説します。
4.3. 株主
株主にも、監査役と同様に差止の仮処分を行う権利があるため、株主による差止の仮処分のために報告をするということも考えられますが、一定の要件を満たす株主のみがこれを行うことができ、かつ、監査役がいる会社の場合にはその要件は厳格です。
したがって、差止の仮処分が必要な場合であっても、まずは監査役による対応を優先しましょう。
また、株主は、株主総会を通じて取締役を解任することができます。株主による解任請求については、次に解説します。
以上のことから、特に大株主が存在する場合には、株主にも早めに報告しておくべきであるといえます。
なお、大株主への通知がインサイダー行為に該当して、逆に違法行為となるおそれもあることから、ケースバイケースでの慎重な対応が必要です。
4.4. 顧問弁護士
利害関係者ではありませんが、顧問弁護士への報告は真っ先に行うべきです。
弁護士は「守秘義務」を負っていますから、取締役の違法行為の事実が外部に漏れて名誉、信用を害するのではないかという心配をする必要もありません。
むしろ、顧問弁護士として日頃から会社の状態をチェックしていることから、スピーディな対応が期待できます。
ただし、違法行為を行った取締役の紹介で就任した顧問弁護士である場合など、人的関係が障害となるおそれがある場合には、専門職である弁護士といえども、報告は慎重に行う必要があります。
5. 事後的な責任追及は最終手段
以上の通り、まずは取締役の違法行為によって損害が拡大しないよう、水際で回避することが最優先です。
そのため、事後的な責任追及まで待っていては、ケースによっては会社の経営が立ち行かなくなるなど、取返しのつかない事態も想定されます。
「損害額がそこまで大きくないので事後的な対策だけで十分なのでは。」という考えはお勧めできません。
というのも、損害が小さかったとしても、会社の名誉、信用といったかけがえのないものが失われるおそれがあるためです。
とはいえ、最終的には、事後的な責任追及を行わなければならず、その際の方法には次のものがあります。
5.1. 損害賠償請求
取締役が違法行為をして会社に対して損害を与えた場合には、会社はその取締役に対して損害賠償請求を行うことができます。
監査役設置会社では、取締役同士のなれ合い訴訟を防止するために、損害賠償請求の原告は監査役が担当することとなります。
また、監査役による取締役に対する損害賠償請求が機能しない場合には、株主代表訴訟の提起を受けることもあり得ます。
損害賠償請求、特に株主代表訴訟ともなると大事であり、社会的な信用、評価も低下するものと考えざるを得ませんから、事前防止の重要性がご理解いただけるのではないでしょうか。
5.2. 違法行為の差し止め請求
6か月前から引続き株式を有する株主は、違法行為の差し止め請求を行うことが可能です。
その要件は、次の通りです。
- 6か月前から引続き株式を有していること
- 取締役による会社の目的外行為、法令、定款違反行為、又はこれらの行為のおそれ
- 回復することができない損害が生ずるおそれ
また、監査役設置会社の場合には、監査役もこの差し止め請求を行うことができます。
その要件は次の通りです。
- 取締役による会社の目的外行為、法令、定款違反行為、又はこれらの行為のおそれ
- 著しい損害が生ずるおそれ
したがって、監査役の行う差止請求の方が、株主の行う差止請求よりも、要件が緩やかに認められています。
5.3. 解任請求
取締役は、会社、すなわち株主から、会社の経営という業務の遂行について、委任を受けているに過ぎません。
そのため、委任契約上の善管注意義務に反する場合には、株主は、株主総会によっていつでも取締役を解任することが可能です。
多数派の株主が、違法行為を行った株主を擁護した結果、株主総会による解任請求が否決されてしまった場合には、少数派株主は、更に裁判所に対して取締役の解任を請求することができます。
少数派株主による裁判所への取締役解任請求の要件は、次の通りです。
- 6か月前から引続き、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主
- もしくは、6か月前から引続き、会社の発行済株式数の100分の3以上の株式を有する株主
- 株主総会で解任請求が否決された日から30日以内
5.4. 職務執行の停止
取締役の責任追及についての最終的な結果が決まるまでの間、取締役は、解任されない限りは取締役としての地位を有し続けます。
そのため、このまま職務遂行を続けることが不適当な場合には、取締役の職務執行の停止を請求し、職務代行者の選任を請求します。
すなわち、少数株主が、訴訟による解任請求によって取締役の違法行為を争う場合には、それまでの間の違法行為を行った取締役の職務を停止するため、できる限り早く職務執行停止の仮処分の申立をすることが有効です。
5.5. 刑事告発
会社に勤める者が会社に不利益な行為を行った場合には、背任罪にあたるかどうかを検討します。
このとき、取締役は特に責任が重いことから、取締役が「自己若しくは第三者の利益を図り又は会社に損害を与える目的でその任務に背いた行為を行い、その結果会社に損害を与えた」場合には、会社法960条に定める特別背任罪に該当します。
また、業務上占有している金銭、物を横領した場合には、刑法253条に定める「業務上横領」に該当します。
したがって、取締役の違法行為をこれ以上継続させないために、捜査機関に対して「刑事告発」するという対策も検討すべきです。
6. まとめ
会社の経営を任されている取締役が違法行為をはたらくというのは、非常に由々しき事態であると言わざるを得ません。
しかし、取締役となると、会社がわが物であるかのような勘違いをし、なんでもやって良いような感覚でいる人も少なくないのが事実です。
取締役の違法行為に対しては、事前にその兆候を察知し、できる限り早めに対応することが原則です。
違法であるかどうか疑問がある場合には、顧問弁護士によるリーガルチェックをご検討ください。