会社の経営者から、「社員のメールを監視したい」という相談を受けることがあります。メールチェック、モニタリングの問題と言い換えることもできます。
業務の遂行に要するメールを逐一チェックすることで、いわゆるマイクロマネジメントをし、ミスを減らすことを望む会社があります。一方で、社員を信頼できず、「こっそりサボっているのでは」「業務と無関係なメールのやりとりがあるのではないか」と疑いの目で見る会社もあります。この点、業務に関連するメールなら、会社は監視できるのが原則です。
ただ、やりすぎは禁物です。監視、検閲の程度が過ぎると、社員から「違法なプライバシー侵害だ」という反論を受けるおそれがあります。厳密には違法でなくても、不平不満が募り、業務へのやる気が低下するおそれもあります。したがって、会社は社員のメールを監視できるものの、無制限には許されず、就業規則によるルール作りが重要となりあす。
今回は、会社が社員のメールを監視する際の方法と、注意点について、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 企業秩序の維持、会社の所有権、職務専念義務の3つの理由から、会社はメールを監視できる
- 適正なメールチェックのために、合理的な理由があり、適正な方法である必要がある
- 会社が、正しく社員のメールを監視するために、そのルールについて就業規則に定めておく
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会社は社員のメールを監視できる
会社は社員のメールを監視できるのが原則です。会社がメールを監視するのに、労働者の同意や承諾は不要です。
退職した社員のパソコンを預かり、パスワードを入れ、届いているメールを見る、といった方法はもちろん、会社のメールサーバーに蓄積されたメールをチェックすることも違法ではありません。
社員のメールの監視には様々な目的があります。統制のとれた組織を構築し、ルールに違反するものに対して制裁を与えるためには、一定の監視、監督が必要となります。メールのやりとりをチェックすれば、顧客のクレーム、部下からのハラスメントの訴えといった報告が会社にあったとき、適切に監督し、注意指導することができます。程度が著しく悪質なときは、懲戒処分も検討しなければなりません。
企業秘密などの大切な情報の漏洩も、メールによって起こることが多いです。
そのため、社員のメールを監視しておけば、情報漏洩を未然に防ぎ、いざ起こってしまったときには速やかに事後対応をすることができます。メールのモニタリングを証拠として調査を開始すれば、情報漏洩の疑いを速やかに解決することができます。
長時間労働が問題となる場面で、業務メールの送受信は、労働時間の重要な証拠です。残業代請求されたり、安全配慮義務違反による慰謝料請求を受けたりしたとき、本当にそれほど長い時間働いていたのか、メールをチェックすれば調査できます。また、日常的にメールを監視すれば、長時間労働のリスクある社員を洗い出し、労災事故を未然に防ぐのに役立ちます。
メールの監視が許される理由
次に、会社による社員のメールの監視が許される理由について解説します。社員から反論を受けてしまったときに備え、会社側の立場に立った考え方をよく理解してください。
会社が社員のメールを逐一チェックすることとなると、社員としても「常に監視されているのでは」「評価に影響するのでは」「プライバシーまで見張られるのでは」とプレッシャーを感じ、不平不満の出る可能性があります。
企業秩序を維持するため
1つ目の理由が、企業秩序の維持です。
会社は、経営を円滑に進めるため、組織としての統率力を持たなければなりません。そのためには、企業秩序を維持する必要があり、会社は業務命令権や人事権など、企業秩序を守るための権限を有しています。
今回解説するメールの監視との関係では、企業秩序違反の行為によって損害を受けないよう、社員がメールの誤送信をしたり、私用メールを業務中に多数送信してサボったりといった違反状態を防ぐ必要があります。そのために、企業秩序を維持するために会社に認められた権限として、会社は社員のメールを監視できるのです。
会社の所有権があるため
2つ目の理由が、端末などの所有権が会社にあることです。
業務のために貸与している物品の所有権は会社にあります。社員が業務上使用するパソコンやスマホ、携帯は、長年使用していると「自分の物」と勘違いし、公私混同して利用する社員もいますが、その所有権が会社に残っているのは当然です。
会社の所有物であるパソコンやスマホ、会社の設置するシステムを、会社は自分の物としてチェックすることができます。その際に、必要な範囲で社員のメールを監視するのも問題ありません。
社員は職務専念義務を負うため
3つ目の理由が、職務専念義務です。
社員は、雇用される限り、会社の定めた労働時間(所定労働時間)の間は業務に専念しなければなりません。この義務を、法律用語で「職務専念義務」と呼びます。会社は、社員が職務専念義務を守っているかどうか、監視できます。社員が誠実に働いているかどうか、職務専念義務を守り、無駄な私用をしていないかどうか、また、秘密を保持し、情報漏洩をしていないか、調査することができます。業務に関するメールの監視もその一環です。
会社による社員のメール監視を適法と判断した裁判例
ここまでお読み頂ければ、メールの監視に対して社員が「プライバシー権の侵害だ」と主張しても、会社として適切な反論ができるのではないでしょうか。
会社が、社員の業務メールをチェックし、監視してもよいことは、次の2つの裁判例でも認められています。いずれの裁判例も、たとえ私用メールが含まれていたとしても、チェックは適法だったと判断しています。
F社Z事業部(電子メール)事件
1つ目の裁判例が、F社Z事業部(電子メール)事件(東京地裁平成13年12月3日判決)です。
本裁判例は、業務メールではなく、私用メールを上司が無断でチェックした件について、プライバシー侵害であると主張し、労働者が会社に対して損害賠償を請求した事案です。
裁判所は、監視の目的、手段及び態様を総合考慮して、社会通念上相当な範囲であればプライバシー侵害ではないと判断しました。
日経クイック情報事件
2つ目の裁判例が、日経クイック情報事件(東京地裁平成14年2月26日判決)です。
本裁判例は、社員を誹謗中傷するメールが送られてきたため会社が調査したところ、私用メールが発覚し、労働者が会社に対して、監視(モニタリング)について損害賠償を請求した事案です。
裁判所は、前章で解説した職務専念義務に反するという理由で、労働者側の請求を棄却しました。また、私用メールであるかどうか、メールの題名だけでは判断できず、企業秩序の維持を目的としてメールチェックをすることは必要だとして、メールを監視する必要性を認めました。
社員のメールの監視は無制限に許されるわけではない
以上の通り、原則として、会社による社員のメールの監視、モニタリングは違法ではなく、裁判例でも適法性が認められています。
しかし、無制限、無限定で過剰な監視は、社員のプライバシーの侵害に繋がり、違法となるおそれもあります。そこで次に、会社による社員のメールの監視が許される範囲、つまり、メール監視の制限について解説します。
監視する合理的な理由が必要
プライバシー侵害などの問題を起こさないよう、会社が社員のメールを適切にチェックするには、裁判例に示された適法性の基準を理解する必要があります。計測会社メール閲覧事件(東京地裁平成13年12月3日判決)は、次の3つの要件を挙げ、メールを監視することの適法性を判断しています。
- 閲覧する社員が、社内でメールを監視する立場にあること
- メールを閲覧すべき合理的な理由があること
- メールチェックの方法が適正であること
この要件に従うと、例えば、メールの監視が適法なケース、違法なケースは次のように判断できます。
【メール監視が適法なケース】
- 企業秩序を維持し、職務専念義務が遵守されているか監視する目的がある
- 直属の上司が、社長の許可を得て行う
- 必要な範囲内で、業務上のアドレスのみをチェックする
【メール監視が違法なケース】
- 社長の個人的な興味関心を満たす目的がある
- 社員が個人的に利用しているアドレスに届いたメールをチェックする
- パスワードを勝手に取得し、会社の手続きをとらずに内緒で覗き見する
- 責任者の立場にない者が会社に無断で行うメールチェック
就業規則によるルール作りが重要
メールの監視を、上記の要件に照らして適正な方法で行うには、事前にルールが明確になっている必要があります。労働者としてはメールを監視されるのは不愉快でしょうが、ルールが明確ならば、どこからが違法か、理解しやすくなります。そして「ルールに違反していないか」という点に限って調査をするため、メールを監視しても不満が出づらくなります。
メールについてのルールは、全社員に適用すべきものですから、就業規則に定めておくのが最適です。会社側の立場で、特に就業規則に定めるべきルールは、次の3つです。
- メール送信の際、情報漏洩に細心の注意を払うこと
- 会社の名誉、信用を傷つけるようなメール送信を行わないこと
- 業務時間中の私用メールを控えること
以上の、特に注意すべきメールについてのルールを定めた上で、最後に「これらのルールの遵守状況を調査するため、会社が必要と認めるときにはメールを監視することがある」点を明記し、事前に予告します。あわせて、入社時の誓約書などにも記載しておくとよいでしょう。
メールの監視により不正が発覚したときの対応
最後に、会社が社員のメールを監視した結果、不祥事、問題行為を発見したときにすべき対応を解説します。
メールを証拠として保全する
メールを監視していて、社員の不正に気付いたとき、会社の損失を減らす対策をするにせよ、社員に処分を下すにせよ、大切なのは証拠です。そのため、メールを保存することによる証拠収集をしなければなりません。
このとき大切なことは、メールが後から偽造、変造されることを防ぐため、客観的な証拠として保存しておくことです。特に、メール本文だけでなく、送信者と宛先(CC含む)、送受信日時が明らかになるよう、メールヘッダーを含めて保存しておくことです。通常は、メールをプリントアウトして保存するのが有効ですが、スクリーンショットを撮影するといった方法でしか証拠保全ができないときは、必要な情報が画面内に含まれているか、慎重に検討してください。
企業の不祥事における適切な対応は、次の解説をご覧ください。
注意指導する
次に、発覚した不正が軽微なものであれば、まずは社員に対して注意指導を行い、改善を求めます。
例えば、業務時間中の私用メールが数度あったなどの場合、それだけで直ちに懲戒処分とするのは重すぎて、不当処分として争われるおそれがあります。
懲戒処分を下す
発覚した不正が重度のものであったり、注意指導を繰り返しても改善しなかったりといった場面では、懲戒処分を下すことを検討してください。懲戒処分には、軽度なものから重度なものまでありますが、違反の詳細に応じて、バランスのとれた処分を選択しなければなりません。
まとめ
今回は、会社が社員のメールを監視することの違法性について解説しました。
会社として、社員の業務を監督するのは当然です。パソコンを使ってデスクワークする社員ならば、業務時間中の行為は、メールをチェックすることによって相当程度検閲することができます。この点で、業務に関するメールを、必要かつ相当な範囲でチェックすることは、会社に認められた権限です。
しかし、無制限に行えばプライバシー侵害になります。社員からの不平不満の火種となれば、必ずしも違法とはいえないケースでも、業務への弊害となります。そのため、就業規則にルールを定めて周知するなど、メールを監視するための事前準備が必要です。労務管理にお悩みの方は、弁護士に相談ください。
- 企業秩序の維持、会社の所有権、職務専念義務の3つの理由から、会社はメールを監視できる
- 適正なメールチェックのために、合理的な理由があり、適正な方法である必要がある
- 会社が、正しく社員のメールを監視するために、そのルールについて就業規則に定めておく
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