「社長、取引先の会社が支払期日に支払えないらしい、という情報があるのですが!!」
取引先のいわゆる信用不安情報をキャッチした際、企業としてどのような行動を取るべきでしょうか。
手形が不渡りになったなど、未回収のリスクが明らかな場合であればともかく、まずは情報の真偽を確認しましょう。真実であれば早急に対応することが必要です。
不良債権の発生を防止するためには訴訟などの法的手段もありますが、法的手段は時間と手間・費用がかかります。そこで、取引先との交渉により任意に回収できる道を探すのが第一歩です。
未回収債権が多ければ多いほど、万が一取引先の経営状態が危うくなった場合に回収が困難となります。日頃から、未回収債権を減らすための方法を理解し、未回収債権を減らすよう努めましょう。
今回は、取引先の信用不安情報を入手した際、企業が取るべき未回収債権を減らす方法について、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 未回収債権を減らす5つの方法
取引先の信用不安情報をキャッチした後に、債権回収のために企業がまず初めに行うべきことは、その情報が本当に真実であるのか、確認する作業です。
確実な債権回収を目指すには、自社の取引先に対する債権債務の残高や担保・保証がどうなっているか、正確かつ最新の情報を入手することが重要です。
まずは正確な情報を入手した上で、取引先の経営状況が悪化していることが明らかとなれば、できる限りスピーディに未回収債権の残高を減らさなければなりません。
自社の取引先に対する未回収債権を減少させる方法には、次の通り、大きく分けて6つの有効な方法があります。
1.1. 単純に売掛債権等を減らす
未回収となっている売掛債権について、督促を電話や内容証明郵便などで行い、取引先との間の取引金額を徐々に減少できないか検討しましょう。
また、回収期間を短くするのも1つの手段です。
具体的には、従来「月末締め、翌月末払い」であったものを半月分短縮し、「月末締め、翌月15日払い」とします。これにより、債権の未回収リスクは一定程度軽減されることになります。
1.2. 出荷停止
既に自社と取引先との間で売買契約が成立しており、物の引渡し義務を負っている場合、これ以上の未回収債権を増やさないための方法として「出荷停止」という手段があります。
「出荷停止」の際に気を付けておくポイントは、「2」で詳しくは、後ほどご説明します。
1.3. 自社商品の引揚げ
取引先に自社商品の在庫がある場合、売買契約を解除して商品を返還するよう求めます。
「自社商品の引上げ」の際に気を付けておくポイントは、「3」で詳しくは、後ほどご説明します。
1.4. 売掛金などの債権を譲り受ける
取引先の有する別の企業に対する売掛金などの債権を譲り受けます。いわゆる「債権譲渡契約」を締結します。
当該企業の売掛金の額についての正確な情報を入手した上、相殺による減額があるかどうかなどを確認します。
そして、債権譲渡の通知書を、配達証明付内容証明郵便で債権の譲渡人である「取引先から」当該企業に送付してもらいます。
譲渡禁止特約がついた債権の場合には、債権譲渡の方法によって債権を譲り受けることはできません。
この場合、債権者は取引先のままとして、御社が取り立ての委任のみを受けることによって、直接取り立てを行う方法によっても同様の債権回収の効果を実現できます。
1.5. 相殺する
御社が、取引先に対し買掛金などの債務を有しているときは、相殺による債権回収が簡便な方法です。
債権だけでなく債務ももっておけば、お互いの債権債務を対等額で相殺することができるのです。なお、相殺は債権者の一方的意思表示でできる手法です。
「相殺」の際に気を付けておくポイントは、「4」で詳しくは、後ほどご説明します。
2. 「出荷停止」のポイント
取引先の信用不安情報をキャッチした場合、これ以上未回収債権額を増やさないために、出荷停止を検討する企業も多いのではないでしょうか。
しかし、継続的な取引を行っている場合には、すぐに出荷停止を実行に移していいというわけではありません。
御社には売買目的物の売主として、買主に対する目的物の引渡義務があります。
にもかかわらず、突然引渡し義務を履行しなければ、買主側である取引先から債務不履行の責任を追及され、損害賠償請求を受けることにもなりかねません。
出荷停止を行うにも、これまでの継続的な取引関係に配慮して、慎重に行わなければなりません。
2.1. 取引先の資金繰りと残高をチェック
出荷停止を行う前にチェックしておくこととして、次の2点が特に重要です。
- 取引先の資金繰りのチェック
- 残高のチェック
すなわち、「取引先の資金繰りのチェック」とは、取引先かに対し、入金時期や入金額、どこからの入金か、入金の根拠となる契約書等に関してチェックを行います。
また、支払時期や支払額、支払相手のチェックも必要です。なお、入金の使い道についても取引先から聴取しましょう。
資金繰りのチェックで重要なことは、取引先から入手した数字だけを眺めることではなく、具体的に詳細に確認していくことです。
次に、「残高のチェック」、すなわち、自社と取引先企業間に「債権債務残高」がどのくらいあるのかについてのチェックは欠かせません。
残高確認には正式な書面は必要ありません。内容も書式も自由です。ただし、公証人役場で確定日付を取ることをおすすめします。後の紛争を防止するのに役立つからです。
2.2. 早期回収を見据えた取引条件の変更
売掛金の支払期日を前倒ししたり、全額でなくても一部の額について前払いを要請するなど、取引条件に関して、変更の合意ができないか、取引先と話し合いましょう。
もちろん、到底実現不可能な条件に変更しても意味がないので、取引先の資金繰りとのバランスを考えながら、内容を決定する必要があります。
2.3. 担保や保証を求める
これまで担保や保証を全くつけていない場合には、新たに担保や保証を求めます。
また、既に担保や保証がついている場合でも、債権をてん補できるだけの価値があるのか、すぐに換価できるのかなどを再度確認し、状況に応じ、追加の担保や保証を求めましょう。
2.4. 出荷停止を行う
自社が、取引先に対して上記のような取引条件の変更や担保・保証を求めたにもかかわらず、応じてもらえない場合には、自社には引渡義務を履行しない「合理的理由」ができたといえるので、出荷停止を実行します。
3. 「商品の引揚げ」のポイント
取引先に自社商品が在庫として残っている場合には、取引先と交渉し、売買契約を解除して商品を返還してもらえば、結果的には未回収債権を減らしたことになります。
民法では契約が解除されると、契約当事者間に原状回復義務(民法545条1項)が生じると規定されており、売買の目的物であった自社商品の返還を受けることができます。
3.1. 契約の合意解除
売買契約の解除に合意できたら、迅速に解除の合意書を作成しましょう。
事後的なトラブルを回避するため、売買契約解除合意書には、次の事項を明確に記載しておいてください。
- 売買契約を合意解除した日付
- 解除する契約が特定できる情報
- 商品の引渡し方法、引渡場所
さらに、確実性を期すため、「代表者」に署名(記名)捺印してもらいます。
代表者がいないときは、支店長や工場長に署名(記名)捺印してもらって下さい。署名だけでも十分です。確定日付を取得すればより確実でしょう。
3.2. 商品引揚げの段階
売買契約の解除について書面を作成した後、いよいよ引揚げの段階になったら、窃盗や恐喝等、また詐害行為取消とならないよう十分に配慮する必要があります。
事後に債務者が「解除には同意していなかった。」「引上げに反対していた。」という主張をした場合、相手の意思に反して敷地に侵入し、商品を引き上げてしまったと判断されるおそれがあるためです。
そのため、引揚げの同意を得たことを記録し、証拠化をしっかりと行いましょう。
具体的には、解除の合意書に署名捺印した取引先の代表者や関係者、代表者の代理となる人等を立ち会わせる、あるいは引揚げを了承する旨の書面を持っていくなど、無用なトラブルを生じさせない工夫が大切です。
4. 「相殺」のポイント
相殺を行うことができれば、自社の債務が減ることによって債権回収が可能です。
相殺は、債権債務が相対する関係が成立していれば、取引先が破産に至ったときであっても有効に債権回収をする方法として機能します。
4.1. 債権と相殺できる債務を準備する
相殺とは、契約当事者間で相互に債権を有している場合、債権を対当額、つまり、同じ金額分だけ消滅させることができる制度です。
債権回収を早急に図ることのできる手段の代表例です。
相殺することにより、自社の債務について返済義務を免れることができるので、事実上、取引先に対する未回収債権を回収したことになります。
つまり、相殺を実現するためには、相殺できる自社の債務をつくり出すことが大切です。
具体的には、自社が取引先に対して債務を負うような取引をする、取引先に債務を負担している別の企業からその債務を譲り受けるなどの方法が考えられます。
なお、相殺の意思表示は、一方的な意思表示によって行うことができます。相殺通知書は配達証明付内容証明郵便で出すと、訴訟になった際にも有力な証拠となります。参考に「相殺通知書」の書式例をご紹介します。
東京都○区○○町○丁目○番○号
株式会社 ○ ○ ○ ○
代表取締役 ○○ ○○ 殿
前略 弊社と貴社との平成○○年○月○日におけるそれぞれの債権債務は、後記のとおりとなっています。
(1)弊社の債権
平成○○年○○月○○日、売掛代金○○万円およびその翌日から本日に至るまで年6分の割合による商事利息合計金○○円
(2)貴社の債権
平成○○年○○月○○日、買掛代金○○万円およびその翌日から本日に至るまで年6分の割合による商事利息合計金○○円
つきましては、本日付で上記の債権債務を対等額で相殺することを本書にて通知いたします。
4.2. 相殺の準備はできる限り早く
相殺を検討する際には、注意してほしい事項があります。
すなわち、相殺の「時期」です。民法や破産法には、相殺が禁止される期間が定められています。
取引先が倒産に至らなければ破産法上の相殺禁止規定は適用されません。しかし、今後取引先企業がどうなるかはわかりません。
したがって、破産になった場合にも問題とならないように、できるだけ早く、具体的には、取引先の「支払停止」「破産申立て」前に相殺のもととなる各種契約・債権譲渡等をするようにしましょう。
5. まとめ
未回収債権を減らすには様々な方法があることをお分かりいただけたでしょうか。
また、それぞれの方法には、重要なポイントがあり、特に、正確な情報を入手してスピーディに行うことが最重要です。
自社にとってどの方法をとるのが最も効果的なのか。実際に上で述べた手段を実行する前に、注意すべき法的ポイントを詳細に聞く、あるいは書面の作成依頼をするなど、顧問弁護士に相談してみましょう。