株式会社で、取締役、監査役などの「役員報酬」を決定する際には、法律、税務、経営などの様々なポイントからの検討を行う必要があります。
「役員報酬」の決定、減額などのときには、注意しておかなければならない法律上のポイントが多く存在します。
そもそも、「役員報酬」は、誰が決定すべきものでしょうか。代表取締役の一存で、他の取締役の「役員報酬」を減らすことができるのでしょうか。
ワンマン社長が、敵対する取締役の「役員報酬」を勝手に減らしたり、退職慰労金を不支給にしたりといった相談ケースが多く寄せられますが、トラブル回避のため、「役員報酬」の法律知識を理解しましょう。
今回は、取締役、監査役の「役員報酬」を決定、減額する際の手続と、法的ポイントを、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 取締役の役員報酬を決定するには?
まず、取締役の「役員報酬」を決定するとき、代表取締役などが勝手に決めて良いわけではありません。
「所有と経営の分離」といって、会社を経営するのは取締役ですが、株式会社は、株式を保有している株主のものです。
したがって、株式会社のお金を、いくら取締役に「役員報酬」として支払ってもよいかという重要事項は、株主が決定すべきだからです。
1.1. 株主総会の決議
取締役の「役員報酬」は、「株主総会の決議」によって決める必要があります。この際要求される決議は「普通決議」です。
したがって、議決権総数の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の過半数の賛成が決議の要件となります。
「役員報酬」を決めるにあたって、株主総会の決議で決定すべき事項は、次のとおりです。
- 金額が確定した報酬等
:報酬等の金額 - 金額が確定していない報酬等
:報酬等の具体的な算出方法 - 金銭でない報酬等
:報酬等の具体的な内容
現金による「役員報酬」について、株主総会における報酬決議で定める事項は、「役員報酬の額」ですが、次に解説するとおり、役員全員の「役員報酬」の総額を決定し、分配を取締役会に委任することも可能です。
1.3. 追認決議も可能!
株主総会の決議を行わずに取締役の「役員報酬」を支払ってしまった場合、事後であっても追認の決議をすることは不可能ではありませんから、あきらめてはいけません。
裁判例(最高裁平成17年2月15日判決)でも、株主総会の決議を行わずに「役員報酬」を支払っていた場合に、事後的に追認の決議を行った場合には、「お手盛り防止」という株主の利益を達成することが可能であることから、「役員報酬」の支払は有効であると判断したケースがあります。
ただし、この裁判例でも、「信義に反する場合」には無効となる可能性があるとされていますので、決議がないことに気付いたら、すぐに追認決議を行うようにこころがけておきましょう。
決議のないまま放置しておくのではなく、事後的にであっても、「役員報酬」を決定する決議を取得しておきましょう。
1.3. 取締役会への委任
株主総会における報酬決議においては、「役員報酬の額」を決めることとなりますが、次のような事情から、各役員それぞれの報酬額を、具体的に株主総会で決定することには不都合がある場合があります。
- 取締役が、具体的にいくらの報酬をもらっているかを、株主に対して明らかにしたくない。
- あらかじめ役員報酬を多めに決定しておき、業績の増減に連動して増減させたい。
なぜ、株主総会で報酬決議を行う必要があるかといえば、取締役が取締役自身の「役員報酬」を決めることとすると、「お手盛り」の危険があるからです。
「お手盛り」の危険とは、取締役が、会社の経営がうまくいかなくなるなどのリスクを全く考慮せずに、自分の私益のために高額の「役員報酬」をとるリスクをいいます。
そこで、上記の株主総会で「役員報酬」を決定することの弊害を解消し、なおかつ「お手盛りの危険」も回避するため、「株主総会で役員全員の報酬の総額を決定し、具体的な配分を取締役会に一任する。」という取扱いが認められています。
更には、取締役会は、その具体的金額の決定を、代表取締役に一任することが可能です。
2. 監査役の報酬を決定するには?
次に、監査役の「役員報酬」を決定するときに、注意しておかなければいけないポイントを、弁護士が解説します。
2.1. 株主総会の決議
監査役の「役員報酬」は、定款または株主総会の決議によって定める必要があります。
監査役の「役員報酬」についても、株主総会の報酬決議によって定めるべきは、「報酬の額」となりますが、取締役の「役員報酬」の場合と同様に、株主にその「役員報酬」の具体的な額まで決めさせることに不都合があります。
そこで、株主総会では「役員報酬」の総額のみを決め、具体的な配分を監査役の協議に委任することも可能です。
監査役の「監査」が、取締役にコントロールされないように、監査役の「役員報酬」の配分は、取締役会ではなく監査役の協議に委任されます。
2.2. 監査役の協議への委任
監査役もまた、取締役と同様に「役員」ですが、監査役の「役員報酬」を決めるにあたっては、監査役の業務の特殊性から、取締役とは異なった配慮が必要となります。
監査役は、会社を監督する役割ですから、取締役会によって「役員報酬」が決められるのでは、「下手なことを言ったら自分の報酬が減らされるのではないか。」といったおそれから、正しく業務遂行することが困難となってしまうからです。
株主総会の決議によって「役員報酬」の上限を定めた上で、具体的な報酬額は監査役の協議によって定めることが可能です。
監査役もまた、取締役のときに解説したのと同様「お手盛りの危険」を回避するために、株主総会で上限を定めれば、配分は監査役が協議し決めることができるわけです。
そして、監査役が取締役の職務を監査する役割ことから、「役員報酬」の配分は、取締役会ではなく、監査役の協議に委ねられます。
3. 監査等委員である取締役の報酬を決定するには?
平成26年会社法改正によって、「監査等委員会」という新たな機関を設置することが可能となりました。
この委員会を設置した会社を「監査等委員会設置会社」といいます。
監査等委員会では、この委員会の監査等委員となる取締役は、他の取締役の業務遂行を監査することとなります。
そのため、取締役の報酬決定のルールに従って決めれば、「下手なことを言ったら自分の報酬が減らされるのではないか。」といったおそれから、監査の実効性を発揮することができません。
そこで、監査役の報酬決定と同様に、監査等委員である取締役の「役員報酬」の決定は、次のような決定方法によるとされています。
- 監査等委員である取締役の報酬等と、それ以外の取締役の報酬等とを区別して定めなければならない。
- 監査等委員である取締役の報酬等は、原則として定款又は株主総会の決議で定められる。
- 監査等委員である取締役は、株主総会において、監査等委員である取締役の報酬等について意見を述べることができる。
- 株主総会の報酬決議によって総額の委任を受け、監査等委員である取締役の協議で具体的な額を定めることができる。
監査等委員は、取締役でありながら、その業務内容が監査役と同様のものであることから、監査役の「役員報酬」の決定と同様のルールとなっているとお考えてください。
4. 役員報酬を決める際の注意ポイント
「役員報酬」を決めるとき、注意しておかなければいけないポイントを、弁護士が解説します。
4.1. 「報酬等」に含まれるその他の報酬
役員の「報酬等」を決定する手続きが、以上で説明したものです。
「報酬等」に含まれるものについて、株主総会における決議が必要となるわけですので、この「報酬等」に何が含まれるのかが重要となります。。
役員の「報酬等」に含まれるのは、現金による役員報酬以外には、次のようなものです。
- 現物報酬
- ストックオプション
- 賞与
- その他の職務遂行の対価として会社から受ける財産上の利益
「退職慰労金」や「弔慰金」といった名目の金銭も、在職中の職務執行の対価として支払われる限り、「報酬等」に含まれ、株主総会の決議などが必要とした裁判例があります。
役員としての地位と従業員としての地位を兼任する、いわゆる「従業員兼務役員」のケースでは、従業員兼務役員の「役員報酬」部分は、「報酬等」に含まれることとなります。
特に忘れがちな、次の「報酬等」についても、忘れずに決議しておくようにしましょう。
- 会社から役員に対する債務の放棄
- 役員の債務の無償引受
- 社宅の無償提供
4.2. ストックオプションを発行する際の注意
特に、ストックオプションを発行する際には、ストックオプションが「報酬等」に含まれることを忘れがちですので、注意が必要です。
取締役や監査役などの役員に対して、ストックオプションを発行する場合、ストックオプションもまた「役員報酬」として取り扱う必要があります。
ストックオプションの発行権限を、株主総会に与えている会社では、ストックオプションを発行する決議と共に役員の報酬決議を合わせて行えば足ります。
これに対し、ストックオプションの発行権限を、取締役会に委任している会社では、取締役会の決議によってストックオプションを発行する際に、株主総会を開いて報酬決議を取得しなければなりません。
5. 役員報酬を減額するには?
適切に「役員報酬」を決定したとしても、「貢献度合いに報酬が見合っていない。」「業績が予想を越えて良い(悪い)。」といった理由によって、「役員報酬」を変更したケースも少なくありません。
「役員報酬」は、株主総会で決議をして決定していることから、株主総会で決議をすれば「役員報酬」を減額すできると勘違いしがちですが、これは間違いです。
「役員報酬」が具体的に決められると、これは、会社と役員との間の委任契約の内容となるため、役員本人の同意がない限り、たとえ株主総会の決議によっても、変更できないとされています。
したがって、一度決定した「役員報酬」は、会社の都合で一方的に変更することはできません。
なお、株主総会の決議で、取締役会に具体的な配分が委任された後、取締役会がその配分を代表取締役に一任した場合に、代表取締役が各取締役の報酬額を自由に決定することは妨げられません。
6. まとめ
今回は、「役員報酬」の決定、減額の適切な方法について解説しました。
「役員報酬」は、委任契約にしたがって支払われる報酬であって、雇用契約関係にある労働者に支払う給与とは、全く扱いが異なります。
「役員報酬」が、従業員に支払う給与と同じだと思って、会社法上の手続きを行っていなかった場合、思わぬリスクに直面します。
また、「役員報酬」には、今回解説した法律上の問題点に加えて、決定・減額いずれのタイミングでも、税務上の観点からの検討も行わなければなりませんから、顧問弁護士に加え、顧問税理士との連携も重要となります。