個人事業主として事業をスタートさせるとき、最初に頭に思い浮かべるのが、屋号のネーミングをどうするか、という点。
「名前は飾りに過ぎない」、「事業の中身で勝負すべき」という考えもあるかもしれませんが、結論として、屋号は重要です。確かに、事業の内容が優れていれば名称は関係なく成功することもあります。それでもなお、認知を高めるのに屋号は役立つもの。特徴的で、センスのある屋号を付けられれば、事業の成功に一歩近づいたと言って良いでしょう。個人事業主の屋号は、基本的には自由です。厳しいルールはありませんが、法律上注意すべきポイントもあります。
今回は、個人事業主が事業をスタートさせるときの屋号の付け方について、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 屋号は、事業やサービスを表す名称で、目印となるもの
- 屋号には、認知拡大やビジネスのアピールといったメリットがあり、事業の成功に役立つ
- 屋号の付け方にルールはないが、登録された商標や混同されやすい名称は避けるべき
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屋号とは
屋号とは、事業の名称を表す名前のこと。屋号は、商売の「顔」と言ってよいでしょう。
個人事業主には、会社でいうところの法人名がなく、ビジネスで活動するための名称が必要となります。自身の氏名で活動することもできますが、公私の区別が付きづらく、顧客の信用を得づらい場面もあります。事業やサービス、店舗の認知度を上げるには、屋号を活用するのがお勧めです。
屋号のネーミングは自由
屋号をどのようなネーミングにするかは、個人の自由であるのが基本です。例えば、次の屋号が考えられます。
- ○○事務所
- ○○ショップ
- ○○商店
法人ではない個人事業主、フリーランスが、ビジネス上で名乗っている名称はみな、屋号を意味します。個人事業主の場合には、法人とは違って屋号を登記する必要はありません。したがって、屋号といえど、公的な性質はなく、ビジネスの場面で名乗る「あだ名」のようなものとイメージしてよいでしょう。
ただ、事業を始める際に、開業届を税務署に提出する際には、屋号を記入します(屋号が空欄でも、開業届は受け付けてもらえます)。開業届に記載した屋号は、後に変更することもできます。
屋号を使う場面
屋号を使う場面とは、つまりは、ビジネスのシーンのことです。一度付けた屋号は、どのような場面でも自分のビジネスをアピールするために活用することができます。例えば、次のケースがあります。
- 名刺、パンフレット、会社案内、事業説明
- 会社のホームページ、ブログ、ウェブメディア、広告、PR
- 事業に使う印鑑
- 求人募集
- 請求書、見積書、納品書
- 金融機関口座
屋号はなくても構わないので、起業当初に付けることもできますし、当初は屋号なく起業し、途中から付けることも可能です。
屋号を銀行口座に利用する場合、口座名義は「屋号+氏名」とするのが基本です。口座作成時に、金融機関の指示に従って必要書類を準備する必要があります。
名義は個人となるものの、屋号が付くと事業用の口座のため、個人より手続きが複雑となることがあり、時間に余裕をもって手続きすべきです。屋号を付けた口座が必要なのは、顧客や取引先から、個人のプライベート用の口座に振り込んでもらうのが適切でないケースです。また、資金の分別管理にも役立ちます。
お勧めな屋号とは
次章で解説する屋号のメリットを最大限活かすためには、お勧めの屋号があります。事業の目的によっても異なりますが、選ぶべき屋号とは、次のようなものです。
- わかりやすい屋号
潜在的な顧客を開拓するために、どのような事業なのかをすぐイメージできるわかりやすい屋号がお勧めです。 - 印象に残る屋号
覚えやすい屋号で印象に残せれば、事業を成功させるのに重要な役割を担うキャッチコピーとなります。 - 自社の強みを表す屋号
自社の事業内容を決め、競合に勝る部分がわかりやすいよう屋号に盛り込むのがよいでしょう。 - 店舗や事務所のある所在地、地名
地域密着のビジネスや立地による信頼を獲得できる事業などでは、地名を屋号に入れるのがお勧めです。 - 専門性を示す屋号
専門的な能力や資格を生かしたビジネスの場合、そのことが明らかになる屋号を付けるべきです。
以上の観点から、長すぎたり、発音しづらかったり、社会常識に反していたりする屋号は不適切です。インパクトを優先するあまり、信頼を失わないよう、適切な屋号を選択するようにしてください。
主力となる商品、メインとなるサービスの名前を屋号にするのがお勧めです(当初はそうでなくても、あるサービスの認知の拡大とともに、屋号をそのサービス名と同一のものに変更する例もあります)。
具体的には、喫茶店なら「○○カフェ」、美容院・エステなら「○○サロン」、コンサルト事務所やデザイン事務所なら「○○事務所」などといった例があります。
屋号を付けるメリット
屋号を付けるのは、屋号にメリットがあるからです。
一方で、屋号は必ず付けなければならないものではありません。実際に、屋号を付けずに商売をしているフリーランスも少なくありません。屋号のメリットを理解するのが、個人事業主にとって屋号を活用するための大切なポイントです。
公私を区別できる
個人事業主やフリーランスの場合、事業とプライベートを混同してしまいがちです。公私混同が起こると、顧客や取引先の信頼を得られないのはもちろん、プライベートがなくなって自身の気も休まりません。
屋号を付けることで、事業で使用するものについては、屋号を表記して使用することができます。例えば、事業用の銀行口座、名刺や看板、領収書、契約書などで、屋号を名乗ることができます。屋号を使えば、個人利用のプライベートのものと明確に区別することができます。
認知を拡大できる
新しい顧客、取引先を増やすには、自分がどのような事業をしているか、どのような点で役に立てるか、扱っている商品・サービスはどのようなものかを、知ってもらう必要があります。これらの情報が一目見て理解できる屋号を付けることで、説明の手間を省き、顧客に認知してもらうことができます。
また、記憶に残りやすく、インパクトの強い屋号なら、事業や商品、サービスを広く知ってもらい、多くの情報のあふれる現代においても埋もれずに済みます。屋号の認知が増えれば、ビジネスチャンスに繋がります。
事業拡大の原動力となる
事業の拡大を目指すならば、屋号は必須だといえます。なぜなら、事業を拡大するのに社員を雇い入れるのが不可欠ですが、個人名で求人を出しても、応募を集めるのは難しいためです。
個人事業主から法人化する際にも、屋号をそのまま法人名として使うケースが多いです。将来性のある事業で、組織として拡大する気持ちがあるならば、初めから屋号を付けておくべきです。
個人事業主が法人化するメリット、タイミングは次に解説します。
屋号につけてはいけない名称とは
屋号を付けるのは自由だと解説しました。しかし一方で、屋号としてつけてはいけない名称もあるので注意しなければなりません。
法人だと誤解される名称
個人事業主の屋号では、法人だと誤解される名称を用いることはできません。
例えば、「○○会社」「○○法人」という表現を屋号に使うのは、法律で禁止されています。銀行でないのに「○○銀行」と付けることも違法です。法人化していないのに、過大な信用を得ようとして不正な名称を利用するのは控えなければなりません。
商標登録された名称
商標は、自社の社名や商品・サービスの目印であり、文字や図形、記号によって示されたもの。既に他社が商標登録している名称は、屋号には使えません。商標は、登録することによって、独占的に利用する権利が生まれるからです。
商標には、独占利用によって、他社のものと区別するという役割があります。そのため、同一の業界ないしサービスで、商標登録された名称を使用してしまうと、既に登録済みの企業から、差止請求、損害賠償請求を受けるおそれがあります。
他社のサービスと誤解される名称
屋号については、重複、同一の屋号、類似の屋号が禁止されているわけではありません。
しかし、他の法人やサービスと、誤解されやすい名称も、屋号として使用すべきではありません。特に、有名な法人やサービスと似た屋号、混同しやすい屋号は不適切です。有名な名称の多くは商標登録されているでしょうが、仮に登録されていなくても、あえて誤解を招く屋号を付けるのには、大きなリスクがあります。混同されるほど似てはいなくても、独自性が薄いと埋もれてしまいます。
奇をてらいすぎて読みづらかったり、自分のこだわりが強すぎて社会に理解されづらかったりする屋号も、そのメリットを発揮できず不適切です。
屋号を付ける際の流れ
次に、屋号決定の手順について解説します。
屋号の候補を出す
屋号を選別するのに、まず、思いつく限りの候補を出し、ブレインストーミングを行います。また、屋号を決める前提として、事業やサービスの内容、他社にない強みを定めておかなければなりません。
周囲の人にもアイディアを募ると、自分では思いつかないような良い発案があるかもしれません。
商標登録の有無を調査する
次に、商標登録されていないか、特許電子図書館などで検索し、調査します。
商標登録が確認できた名称は、残念ながら屋号の候補から削除しなければなりません。
屋号の重複チェックする
ウェブ検索をして、屋号の重複をチェックします。少なくとも、検索で出てくるもののなかに、有名な名称、人気のサービスなどで、誤解される可能性あるものがあれば、その屋号は避けたほうがよいです。
競合やライバルが同じ名称ではないかは、特にしっかり調査してください。
最後の絞り込みをする
以上の手順を踏み、残った屋号の候補のなかで、最も事業内容をイメージしやすく、印象に残りやすい屋号を選びましょう。ここまでの手間をかければ、最適な屋号を付けることができ、安心して事業をスタートできるでしょう。
屋号に関する法律上の注意点
最後に、屋号に関する法律上の注意点を解説します。
屋号と商号の違い
商号とは、登記した法人の名称のことです。つまり、個人事業主の屋号と、商号とは違うものであり、区別されます。ただし、法人化した場合に、個人事業主のころから使用していた屋号を、そのまま商号にすることができます。このとき、屋号の前後に「株式会社」「合同会社」といった法人の種類の名称を付記します。
屋号は登録する必要がありませんが、商号は、法人化する際には必ず登記しなければなりません。このとき、商号の登記には、登録免許税がかかります。
社名の決定については、次の解説を参考にしてください。
屋号は途中で変更できる
一度付けた屋号は、途中で変更することもできます。特に決まった手続きはありませんが、けじめを付けて再スタートしたいなら、開業届を出し直すこともできます。
屋号を変更すると、以前の屋号で培った信頼がなくなり、一から築き直す必要があるので、慎重に進めるべきです。
2つ以上の屋号を持つこともできる
屋号は、サービスや事業の名称のため、複数持つこともできます。個人事業主でも、複数の事業を運営している方もいるでしょう。このとき、わかりやすいよう、サービスごとに屋号を使い分けることが可能です。
屋号の数が多くなると複雑になるため、一定の売上があるなら、法人化を検討してもよいでしょう。
まとめ
今回は、屋号についての法律知識を解説しました。屋号は、起業する際に初めに考えておかなければなりません。
適当な気持ちで屋号を付けると、スタートダッシュに失敗し、後悔するおそれがあります。センスのない屋号を付け、顧客に馴染んでもらえず、売上が低迷するリスクを回避するため、真剣に熟考すべきです。また、他の事業者から、同一の屋号を使用したのを理由に裁判で訴えられる危険についても注意すべきです。
名称の使用の差止請求をされたり、損害賠償を請求されたりすれば、これまでその屋号で積み上げた信頼が無くなってしまいます。心配なときは、スタートアップの初期であっても、弁護士のアドバイスが役立ちます。
- 屋号は、事業やサービスを表す名称で、目印となるもの
- 屋号には、認知拡大やビジネスのアピールといったメリットがあり、事業の成功に役立つ
- 屋号の付け方にルールはないが、登録された商標や混同されやすい名称は避けるべき
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