「個人事業主」「法人化(法人成り)」という言葉を耳にすることはあるけれど、実はよくわかっていない、という方も少なくないのではないでしょうか。
独立や開業を考え、会社をつくろう、と一口に言っても法人格の形態はひとつではありません。
起業して社長になりたいと思ったら、個人事業主から始める方法と法人化する方法の2種類の方法があります。
既に個人事業主としてビジネスをしている方であれば、「法人成り」するかどうかを検討することが必要です。ただ、個人事業主、法人にはメリットとデメリットがあり、適切に選択が必要となります。
今回は、企業法務を得意とする弁護士が、個人事業主と法人がもつ各々のメリット・デメリットについて解説していきます。
目次
1. 個人事業主・法人という2つの形態
独立や開業を考える場合、手始めに「個人事業主」として事業を開始するのか、初めから「法人」を設立するのかは迷うところです。
事業内容だけでなく、今後の事業拡大の方向性を見据えた上で、いずれの形態をとるべきか、しっかり検討することが大切です。
2. 個人事業主とは?
「個人事業主」とは、法人を設立しないで自ら事業を行っている個人のことをいいます。
家族だけで事業を営んでいたり、少人数の従業員しかいないような規模、すなわち小規模経営であることが一般的です。
「個人事業主は、事業主が事業をやめたり亡くなった場合、自動的に廃業になる、という点に大きな特徴があります。
2.1. 個人事業主のメリット
個人事業主のメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
2.1.1 手続きがカンタン!
個人事業主のメリットとして一番に挙げられるのが、手続きがカンタン、ということです。
税務署等に個人事業主の開業届を提出するだけで、個人事業主になることができます。
開業届を出すのに費用等はかかりません。
2.1.2. 税法上のメリットが受けられる!
税法上、会計処理がシンプルな点や、以下のようなメリットもあります。
- 申告方法の選択により控除額を選択できる。
:青色申告では、帳簿を複式簿記で管理していれば65万円、簡易簿記で管理していれば10万円を課税所得から控除できます。 - 赤字は3年にわたり、繰り越すことができる。
:「繰越欠損金」という制度といってその年の赤字を申告することにより、3年に渡って所得の相殺を行い、節税ができます。 - 家族への給与を必要経費にできる。
:従業員扱いの家族に給与を支払うと、経費にすることができます。その分、課税所得額を減額でき、節税につながるのです。 - 30万円未満の固定資産は償却の経費にできる。
:青色申告の場合、「少額減価償却資産の特例」といって、事業年度で固定資産を取得した合計額300万円を限度に損金算入できます。オフィスで利用するパソコンなどがこれに当たるでしょう。 - 事業主の自宅兼オフィスの家賃や電気代の一部も必要経費にできる。
:青色申告の場合、賃貸でも持ち家でも、自宅とオフィスを兼ねていれば、家賃や光熱費などを使用の割合に応じて経費にできます。 - 事業所得と給与所得などを合算できる
:確定申告の際、給与所得、雑所得など他の所得があれば、それらと事業所得を合算して申告できます。仮に事業所得が赤字だったとしても、他の所得との合算で税金の還付を多く受けることができます。
2.2.3. 事業の内容や予算を自由に決められる!
法人の場合、たとえあなたが社長であっても事業の内容については、株主や社員の意見を尊重しなければなりません。
また、売上全てを個人で自由に使い果たすことはできません。
これに対し、個人事業主の場合、自分の一存で事業の内容を決められますし、稼いだお金はすべて自分で自由に使うことができます。
どこにどれだけの予算をかけるか、決定権限は個人事業主自身にあるのです。
2.2. 個人事業主のデメリット
個人事業主のデメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
2.2.1. 確定申告が毎年必要になる
「個人事業の開業届出」を提出すると、たとえ年間所得が少なくても確定申告が必要になります。
2.2.2. 所得が増えれば増えるほど、税金が高くなる
個人事業主としての事業所得が増えれば増えるほど、税金が高くなります。
個人事業主の場合には稼いだお金は「所得税」として申告する必要があります。
この所得税には、一定の所得金額を超えると、超えた部分に対してより高い税率が適用される、という方式(累進課税)が採用されます。
2.2.3. 経費として認められる範囲が狭い
経費が多く認められますと、その分所得が低くなることになりますので、節税になります。
しかし、個人事業主の場合、法人とは異なり、事業主自身の給与が経費と認められることはありません。したがって、どうしても年間の所得額が大きくなってきてしまうのです。
2.2.4. 失業保険が出ない
個人事業主は自ら事業を行っているため、「失業」という概念はありません。そのため失業保険の給付もできません。
失業給付を受けたければ、「開業停止届」か「廃業届」を出して、個人事業主をやめるしか手はないのです。
3. 法人化する場合には?
法人とは、人間以外で権利能力が認められた存在のことをいいます。
法人の場合は、個人事業主とは異なり、経営者がやめたり亡くなったとしても、引き継ぐ者がいる限り、会社は存続します。
3.1. 法人化のメリット
法人化のメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
3.1.1. 信用を得やすい
法人のほうが、信用度は高いと、一般的にはいえるでしょう。大企業の中には、法人としか取引しないといったところもあります。
なぜなら、取引規模が大きくなればなるほど、負担できる責任が限られてしまう個人事業主の場合、取引相手側が負うリスクが増えてしまうからです。
法人化して、組織的に運営していることを取引相手に示すことができれば、社会的信用度が高くなります。
3.1.2. 資金調達しやすい
資金が必要になった場合、銀行などの金融機関で融資の審査を受けます。
融資の場面においても個人事業主よりも法人の方が有利であるといえます。社会的信用が高いことが融資の場面でも影響してくるのです。また、株式発行という資金調達方法もあります。
3.1.3. 節税のメリットが受けられる
個人事業主と比べ、法人の方が無駄な税金や社会保険などにかかるコストを減らすことができます。
法人では代表者の給与も経費にできますので、その分節税ができます。
3.1.4. 相続税がかからない
個人事業主の場合、前述しましたように、事業主が個人であるため、死亡により全ての資産が相続対象となり相続税が発生します。
これに対して法人の場合、会社として所有する資産には相続税はかかりません。すなわち、所有物件を会社の所有財産とするのは、節税対策なのです。
3.2. 法人化のデメリット
法人のデメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
3.2.1. 手続きや費用が必要
法人の場合には、登記に際して定款作成が必要となります。
また事業を廃止する際にも清算手続の一環として、解散登記、公告などが必要となります。
法人の場合には、開業や事業の廃止の段階で、煩雑な手続きが必要となります。
また、個人事業主の場合には設立費用は特にかかりませんが、法人の場合には25万円前後の費用が必要となるのが一般的です。
3.2.2. 社会保険料の負担が大きい
会社を設立して法人化した場合、社会保険の加入が義務になります。
当然、従業員を増やせば増やすほど、社会保険料が大きな負担になります。
きちんとした準備をしないと、社会保険料の支払いによりキャッシュフローが悪化しかねません。
3.2.3. 赤字でも税金がかかる
法人の場合、赤字でも支払わなければならない税金があります。
いわゆる「法人住民税の均等割」です。法人の規模等により変わりますが、数万円はかかります。
4. 個人事業主と法人を分ける所得の目安は?
以上でご説明してきましたように、個人事業主と法人にはそれぞれ頭に入れておきたいメリットやデメリットが多くあります。
では、所得の面では大体いくらくらいが両者を分ける目安となるのでしょう。
年間所得が「500万円」を超えたくらいから、個人事業主の方も法人に切り替えることを視野に入れた方が良いでしょう。
年間所得が「1,000万円を超えた」場合には、個人事業主から法人に切り替えた方が「得」といえます。
したがって、例えば会社に勤めながら将来独立を考え中の方は、いきなり会社を辞めてしまうのではなく、ひとまずは会社に所属しながら安定した収入を得つつ、個人事業主を経て、法人設立を目指すという道もあるのです。
他方、最初から事業所得が1,000万円を超えることが想定される場合には、個人事業主ではなく、初めから法人を設立した方が、取引の信用面や雇用、節税などの点で高いメリットを得られるでしょう。
5. まとめ
いざ独立・開業し、会社を作ろうと思っても、到底自分にはできないのではないか、と思ったり、うまくいかないのではないか、などと多くの不安にさいなまれることでしょう。
あなたがささいなことで相談するのも恥ずかしい、と思われていることが実は事業を開始する上で法的に重要なことも少なくありません。そのような場合には企業法務を得意とする弁護士に相談するのがおすすめです。