「売買契約書」は、売主側の企業にとっては、代金支払い確保のための基本となる契約書です。
内容が不十分であったり、必要な条項が漏れていたりといった不備があれば、契約の相手方との「売買契約」に関するトラブルとなった時、代金回収ができなくなるリスクがあります。
買主側の企業の立場では、「売買契約書」作成のとき、瑕疵担保責任や売主による保証内容、知的財産権の処理など、注意をしておかなければ、「売買契約」成立後に、予想外の不利益を受けるリスクがあります。
企業を取り巻くリスクは多様性を増し、事前に可能な限りリスクを排除するという「事前予防型の企業法務」が必要といえ、これを担うのが「顧問弁護士」です。
日々の企業活動における事前のリスク対応の中心となるのは、契約書の充実にあるといっても過言ではありません。
自社の意向を正確に反映した「売買契約書」を作成することがポイントです。
今回は、「売買契約書」の作成とチェックの基本ポイントを、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 売買契約書の作成時に合意すべき基本的な事項
「売買契約書」の作成時に確認すべき一般的なポイントを解説していきます。
まずは、「売買契約」に必要となる売買条件について、「売買契約」の相手方となる会社としっかり話し合いをし、「売買契約書」の作成をして下さい。
「売買契約」とは、一定の商品を決められた代金によって売買する契約ですから、「商品」と「代金」が定まっていなければなりません。
そのうえで、「商品」には、特定物を求める場合と、不特定物を求める場合があります。特に、「売買契約」が失敗に終わったときの責任追及の方法に大きな違いがあります。
1.1. 商品が特定物の場合
商品が特定物の場合とは、特定した物が得られない限り、「売買契約」の目的が達成できない場合をいいます。
したがって、原則として、特定物が手に入らないこととなると、「売買契約」は解約され、買主が負った損害を賠償請求できるのみとなるのが原則です。
例えば、1点物の中古の商品をイメージしてください。
1点物の中古の商品は、目の前のその商品が手に入らない限り、買主の目的を達成することができません。
1.2. 商品が不特定物の場合
商品が不特定物の場合とは、その物だけでなく、同種同等の性質を有する物であれば、他の物であっても売買契約の目的が達成できる場合をいいます。
したがって、買主は、その商品が手に入らなくなったとしても、代わりの目的物を請求できるのが原則です。
例えば、量産品の新品の商品をイメージしてください。
量産品の新品の場合、その物が手に入らない場合であっても、同じ製品の代わりのものが買えるのであれば、買主の目的を達成することができます。
2. 売買契約書チェックの7つのポイント
ここでは、「売買契約書」を一応作成したけれども、特に御社の売買契約に合った契約書とするために、チェックしておきたいポイントを解説します。
「売買契約書」は、ごく基本的な契約書ですが、「売買契約書」といえども、御社の売買契約の目的によって、さまざまな特殊な条項を入れる必要があるケースも少なくありません。
2.1. 所有権と危険負担、それぞれの移転時期について
所有権と危険負担の移転時期は、それぞれ同じである場合もあれば違う場合もあります。
このタイミングの定め方次第で、売主の有利にも買主の有利にもなりえます。
締結した「売買契約書」が、所有権と危険負担の移転のタイミングの点で、売主有利なのか買主有利なのか、慎重に判断しなければなりません。
2.1.1. 所有権の移転時期は?
所有権に関する民法の原則では、「所有権は、契約と同時に買主に移転する。」とされています。
所有権の移転時期に関して、契約上の明らかな定めを置かない場合、この民法の原則に従って、契約締結と同時に目的物が買主の所有になることとなります。
所有権の移転時期について民法の原則のまま、売買契約に特別な規定をしないとすると、次のような場合、売主としては相当大きなリスクを負うことが予想されます。
- 目的物が貴金属や不動産等の高額な物の場合
- 買主の財務状態に不安がある場合
よって、企業間での「売買契約書」を作成するときは、所有権の移転時期と売買代金の支払時期とを同時にするケースが少なくありません。
なお、不動産の売買契約の場合には、代金支払い、引渡・登記、所有権移転時期の3つを同時にすることが通常です。
2.1.2. 危険負担の移転時期は?
「危険負担」とは、契約締結後において、例えば雷が落ちて目的物が滅失してしまったような場合に、売買契約の目的物が滅失した場合の損害を誰が負担するのか、という問題です。
「危険負担」に関する民法の原則は、目的物が特定物の場合は、[契約後は原則として買主がすべて負担するとされていますので、上記の例で滅失した建物や商品等に関する損害は、買主が負担することになります。
すなわち、売買契約は存続することとなり、買主側の企業は売主に対して、代金の支払いをしなければなりません。しかし、売買の目的物は滅失しているので、売主から引き渡しを受けることはできません。
買主は締結した売買契約に基づき、「売買代金全額を売主に支払ったのにもかかわらず、目的物を得ることは出来ない」、という、いわば「泣きっ面に蜂」という結果になります。
この不都合を回避するため、「危険負担」について、「売買契約」の目的物の所有権が移転する時期に合わせたり、あるいは納品時、検収時などに買主に移転すると、「売買契約書」に定めるケースが多くあります。
2.2. 納品前後の商品検査について
納品前後には、買主が、売買契約の対象となった商品が、本当に売買契約で約束した通りの性質、状態を備えているかどうかをチェックする必要があります。
このチェックの方法や範囲については、商法上一定の規定があるものの、当事者の取り決めにしたがうことが可能であるため、「売買契約書」の規定の仕方が重要となります。
2.2.1. 検査義務の範囲、検査方法
商法の規定では、「買主は目的物を受領後、遅滞なく検査する義務がある。」とされており、遅滞なく検査をしなかった場合、直ちに発見することができない瑕疵を除き、瑕疵又は数量不足を理由とした損害賠償、解除などの責任追及ができなくなります。
企業間の売買契約書を作成する際には重要なポイントは、「商法上の検査義務を、そのまま買主に負わせるかどうか。」という点です。
検査の基準および検査方法についても、売買契約上明確化しておきましょう。
売買の目的物を納品後にトラブルとならないためにも、納品前に売主と買主の両当事者で合意しておくことが必要です。
例えば、検査方法として、一部を抜き取って検査するだけ(いわゆる「抜き取り検査」)でよいのか、それともすべての商品を検査するのか(いわゆる「全量検査」)などを、商品の特性、数量などに応じて話し合っておきます。
2.2.2. 売主側企業が検査義務を負うか
売主側の企業に、納品前の検査義務を課すかどうかについても、売買契約書の作成時に、事前に交渉をしておくことが重要となります。
継続的な売買契約の場合には、円滑に売買契約を遂行するために、「売主の検査をもって買主は検査を省略する。」という規定がされる場合もあります。
実務上は、スムーズな取引を重視する場合であっても、買主が検査権を放棄することまではせず、必要に応じて検査できる権利を留保するケースが少なくありません。
2.3. 瑕疵担保責任について
瑕疵担保責任とは、目的物に瑕疵があった場合に、売主がどのような責任を負担するのか、ということです。
民法にも「売主の瑕疵担保責任」についての規定があり、また商法では、商事売買の売主の瑕疵担保責任が規定されています。その内容は、具体的には次の通りです。
- 民法570条・566条
- 商法526条2項後段
瑕疵発見後1年、納入後10年の無過失責任
損害賠償・解除
受領後6か月
買主側で売買契約書を作成する場合には、できる限り売主に重い瑕疵担保責任を負わせた上で、万が一瑕疵があった場合の救済方法についても「修理」を含めた柔軟なものにしたいと考えます。
したがって、例えば次の修正が考えられます。
- 売買契約書の瑕疵担保責任の条項に、売主の責任として「修理」を追加すること
- 売主に故意または過失(あるいは重大な過失)がある場合には、責任期間を期限なしとすること
他方で、売主側で売買契約書を作成する場合、できる限り瑕疵担保責任を負う場合を制限し、万が一瑕疵が発見された場合にも、できるだけ責任を軽くしたいと考えます。
したがって、次の修正が考えられます。
- 瑕疵担保責任を負う場合を故意または重い過失がある場合に限定すること
- 瑕疵担保責任による損害賠償の範囲に上限を設けること
以上のことからも理解いただける通り、瑕疵担保の規定は、特に売主と買主という立場の違いによって、求める条項に差が出やすい条項です。
というのも、事後的に、売買契約時点で発見できなかった瑕疵が発覚するというケースが、最もトラブルとなりやすいためです。
2.4. 製造物責任について
売買契約の目的物に関して、「製造物責任」が生じ、買主側の企業がトラブルや紛争に巻き込まれたり、損害賠償義務を負ったりした場合についての条項を検討する必要があります。
「製造物責任」とは、製造した物の欠陥によってその購入者などが損害を負った場合に、製造者や初めて輸入した者などが、損害賠償義務を負うとする責任です。
ケースによっては多額の損害賠償責任を負うケースも少なくないため、製造物責任法(PL法)に基づく責任か、契約上の責任かを確認した上で、責任が発生するか、損害の範囲はどの程度かといった点について、あらかじめ合意しておく必要があります。
2.5. 機能や性能の保証について
売買契約の対象となる商品が不特定物の場合、企業間の売買契約では、その商品を、「仕様書」などに機能を記載して定めることがよくあります。
売主側の企業が、仕様等に定められた機能を発揮することの保証を負うにとどめるのか、あるいは、 一定の性能を発揮することの保証までするのか、について確認します。
目的物の性能の保証を行う場合、性能が発揮されるための「条件・環境」をどこまで明記するのか、という点も、当事者間で話し合っておかなければならないことです。
2.6. 商品の知的財産権について
売主側の企業が、売買契約の対象となる商品を製造をする際に発生した発明や考案、著作物に関する知的財産権(特許権、著作権など)について、権利が誰に帰属するのかを確認しておきましょう。
原則としては、商品の売買契約によっては、商品の知的財産権まで移転することはありませんから、売主に帰属することとなり、この場合にはわざわざ確認することは不要でしょう。
これに対し、買主に帰属するケースや、両社の共有となるケースもあり、この場合には売買契約書に規定することが必要となります。
企業間の取引で気を付けておかなければならない知的財産権には、次のものがあります。
- 特許権
- 特許を受ける権利
- 実用新案権
- 意匠権
- 商標権
- 著作権
- 回路配置利用権
企業間の売買では、買主側が提供した情報(図面、仕様書、ノウハウ、アイデア、データなど)に基づき、売主側の企業が行った発明や著作物等について、検討することが必要です。
2.7. その他の重要な条項について
以上、企業間の「売買契約書」を作成する上で、特に注意が必要な条項について説明してきましたが、これ以外にも、下記の事項についても細かくチェックしておくようにしましょう。
2.7.1 秘密保持条項
「売買契約書」の締結にあたり、売主側、買主側の双方ともの企業が、その企業秘密の範囲や情報漏えい防止のための対策、漏えいした場合のペナルティ等について規定する、いわゆる守秘義務に関する条項です。
2.7.2 契約期間条項
契約期間を定める条項です。
一度きりの「売買契約書」に契約期間を定めることはないですが、売買基本契約書のように、期間内に当事者間で複数の売買契約を締結することが予定される場合、契約期間の定めが記載されることがあります。
契約期間に関しては、自動更新とする売買契約書もありますが、売主側と買主側で、売買契約期間の満了前に交渉義務を互いに課す等の規定にとどめる場合もあります。
2.7.3 解除条項
一定の解除事由が生じた場合に、当該売買契約を終了させる条件を規定するものです。
催告なしに解除できるとする規定もあれば、債務不履行があっても解除をする前に催告をすることが必要となるとする規定もあり得ます。
債務不履行の理由によって、催告が必要な項目と不要な項目とに区別することもできます。
2.7.4 権利義務譲渡禁止条項
売買契約の当事者以外の第三者に対する、債権の譲渡あるいは債務の引受けを禁止する条項です。
近い将来合併や営業譲渡などが予定されている、または、子会社や関連企業を有する企業の場合は、あらかじめ締結した売買契約にかかる契約上の地位の譲渡が相手方の承諾なく実施できる旨の条項を、売買契約書に盛り込んで置くことを検討しましょう。
2.7.5 誠実協議条項
売買契約書の内容・解釈や、売買契約書に規定されていないことについて、当事者間に疑義が生じた場合、協議のうえ解決することを規定するものです。
2.7.6 合意管轄条項
通常の裁判によって紛争解決をする場合に、裁判所の管轄について当事者の合意で指定する規定です。
3. 売買基本契約書とは?
「売買契約書」の作成、チェックのポイントは、以上に解説した通りです。
これに対して、単発の売買契約ではなく、売主・買主の両当事者間に、継続的に一定の売買契約が発生することが予想される場合には、「売買基本契約書」が締結されることがあります。
「売買基本契約書」において当事者間の基本的な売買条件を定め、その後、個別の売買契約ごとに、個別契約によって、売買基本契約書に記載のない事項を定めることになります。
したがって、継続的取引契約における基本契約書には、一般条項だけを定め、対価や支払方法、納入場所、検査検収方法などの条項は、個別契約にゆだねるということも可能です。
ただし、あまりに「個別契約で後で決めればいいや。」という売買条件を増やしすぎると、「売買契約取引基本契約書」を作成する意義が薄れてしまうので注意が必要です。
4. まとめ
今回は、企業経営においてよく登場する売買契約書の作成について、チェックすべき基本的かつ重要な事項を解説しました。
契約書作成にお悩みの場合、特に売買契約書はビジネス上頻繁に登場してきます。弁護士に適切なタイミングでアドバイスを求めるためにも、契約書チェックは顧問弁護士にお任せすることをお勧めしています。