債権者が、どれほど催促しても債務の支払いをしないとき、強制執行に進む必要があります。
強制執行は、債務者の財産から強制的に権利を実現する方法。対象とする財産によって、不動産執行、動産執行、債権執行といった種類があります。不動産や預貯金、売掛金といった財産的な価値の高い財産のない債務者には、動産執行を選択することがあります。
動産執行は、動産を差し押さえる手続きであり、どのような債務者に対しても実施可能です。相手が事業者ならば、そのオフィスや倉庫の在庫、機器、什器備品など、財産的な価値のあるものを差し押さえ、債権を回収できます。とはいえ、動産執行の手続きは複雑で、相応の費用もかかります。執行不能となり空振りに終わらないよう慎重な準備を要します。
今回は、動産執行について、その手続きの流れや費用、空振りの対策を、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 動産執行は、執行官によるプレッシャー、交渉や和解の機会を持てるメリットがある
- 動産執行の事前準備で、対象となる財産を精査しなければ、空振りや費用倒れの危険あり
- 動産執行は、動産の所在場所を管轄する裁判所の執行官に申し立て、手続きを進める
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動産執行とは
動産執行とは、債権回収の手段の中で、動産を対象とした差し押さえの手続きです。債権回収の最終地点である強制執行、つまり、強制的に債権を取り立てる手法の一種で、その対象を動産とするものを指します。動産執行の手続きの流れにある通り、対象となる動産を執行官が差し押さえ、換価して金銭化し、債務の支払いに充当します。
民法86条は「土地及びその定着物」を「不動産」とし、「不動産以外の物」を「動産」と定義します。また、民事執行法122条は、民法上の動産に加え、次のものを動産執行の対象と定めます。
- 不動産(土地及びその定着物)以外の物
- 無記名債権
- 登記することができない土地の定着物
- 土地から分離する前の天然果実で1ヶ月以内に収穫することが確実であるもの
- 裏書の禁止されている有価証券以外の有価証券
動産執行の特徴として、他の強制執行のように裁判所が執行機関となるのではなく、執行官が実行する点があります。動産執行が債権者から申し立てられると、執行官自らが動産の所在場所(債務者の自宅や会社のオフィスなど)に出向き、動産を差し押さえ、換価するところまで担当します。
差し押さえできる財産が不動産、債権、動産と複数あるとき、どのような強制執行手続きを実行するかは債権者の選択次第です。ただ、後に解説する通り、動産執行には空振りの危険もあります。
一方で、執行官が出向くことで強いプレッシャーをかけ、任意の支払いを促すことができるケースでは、動産執行を積極的に選択する場合もあります。
動産執行のメリット・デメリット
次に、動産執行のメリット、デメリットについて解説します。
動産執行のメリット
動産執行のメリットは、執行手続が比較的簡易で、かつ、費用も低額に抑えられる点です。その結果、債権者にとって、強制執行の中でも選択しやすい制度です。動産執行と比べると、不動産を対象とする強制執行は競売手続きが煩雑で、長期化するケースが少なくありません。
一方で、執行官が動産の所在地に来て差し押さえることで、債務者に大きな心理的圧迫を与えられる点で、債権回収の効果を上げやすいメリットもあります。動産執行を受けた結果、これまでの任意の交渉では履行に協力しなかった債務者から速やかな返済を受けられるケースもあります。
動産執行のデメリット
動産執行のデメリットは、動産の所在の調査が容易でない点です。執行官が実際に自宅やオフィスなど執行場所に立ち入らなければ、どのような財産が存在するかはわかりません。幸運なことに高価な動産があれば債権回収に成功しますが、債務の支払いを滞らせた債務者が、多くの資産を持っているとは期待できないケースもあります。
そして、価値ある動産が存在しないと、動産執行が費用倒れに終わるおそれがあります。また、債務者が動産執行を妨害しようとするとき、執行場所に立ち入るために更に費用がかかることもあります。例えば、債務者が自宅やオフィスに執行官を立ち入らせないときは、債権者の費用負担によって業者に鍵の解錠を依頼する必要があります。
動産執行の対象となる財産
動産執行の対象にすることができるのは、前章で解説した「動産」ですが、具体的にどのような財産を差し押さえることができるのかを説明します。
- 現金(66万円を超える部分)
動産執行の際に現金が発見されたら、66万円を超える部分については差し押さえが可能です。標準的な世帯の2ヶ月分の生活費として、66万円については差押禁止財産とされているからです。 - 備品や道具、機械、什器
差押禁止動産である債務者の業務に欠くことが出来ない器具を除き、差し押さえることができます。例えば、オフィスのデスクやチェア、ホワイトボードなどは差し押さえ可能です。 - 宝石、貴金属、時計、ブランド品
宝石、貴金属、時計やブランド品などは価値の高い動産であり、差し押さえることで債権回収が可能です。 - 絵画、骨董品
絵画や骨董品などの美術品も、価値の高い動産であり、動産執行の対象となります。 - 家財道具、電化製品
家財道具や電化製品も一定の価値で換価できます。例えばテレビや洗濯機、冷蔵庫、テーブルやイス、パソコンなどは動産執行の対象になります。同じ家具家電が複数あれば、2台目以降は生活必需品ではないと判断されることもあります。 - 家畜等の動物
家畜として飼育される牛、豚や鶏、ペットとして買われる犬や猫なども差し押さえ可能です。 - 株券、社債、約束手形、商品券
裏書の禁止されていない債権は、動産執行の対象となります。 - 軽自動車、未登録または登録抹消済の自動車
登録済の自動車やバイク、航空機、船舶などは特別な扱いがあり、動産執行ではく自動車執行など特別な方法を要します。
動産執行の対象とならない財産(差押禁止財産)
動産執行では、差し押さえることのできない財産が存在します。それが差押禁止動産です。
動産執行の対象とすることのできない差押禁止動産には、主に次のものがあります(民事執行法131条)。
【日常生活における必需品】
- 生活に欠くことができない衣服、寝具、家具、台所用具、畳及び建具
- 1ヶ月間の生活に必要な食料、燃料
- 標準的な世帯の2ヶ月間の必要生活費
- 業務に必要となる器具、用具
【精神生活に必要な物品】
- 仏壇、位牌など礼拝、祭祀に関するもの
- 表彰や勲章など、名誉に関するもの
※ なお、差押禁止財産は66万円以下の現金とされますが、破産法上は、99万円以下の現金が自由財産に該当するとされます。
生活必需品をはじめとした動産と考えればわかりやすいでしょう。動産執行を申し立てたところ、実際に執行官が立ち入ったら差押禁止動産しかなかったという場合、執行不能となってしまい、債権回収を成功させることはできません。そのため、動産執行の対象とできない財産についてもよく理解しておく必要があります。
なお、生活や仕事に欠くことのできない動産かどうか、最終的な判断は、現場で執行官が行います。執行官の判断基準は、法律に決まっているわけではなく、その判断に異議を述べることはできません。
★ 民事執行法131条(差押禁止動産)
民事執行法131条(差押禁止動産)
次に掲げる動産は、差し押さえてはならない。
一 債務者等の生活に欠くことができない衣服、寝具、家具、台所用具、畳及び建具
二 債務者等の一月間の生活に必要な食料及び燃料
三 標準的な世帯の二月間の必要生計費を勘案して政令で定める額の金銭
四 主として自己の労力により農業を営む者の農業に欠くことができない器具、肥料、労役の用に供する家畜及びその飼料並びに次の収穫まで農業を続行するために欠くことができない種子その他これに類する農産物
五 主として自己の労力により漁業を営む者の水産物の採捕又は養殖に欠くことができない漁網その他の漁具、えさ及び稚魚その他これに類する水産物
六 技術者、職人、労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者(前二号に規定する者を除く。)のその業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く。)
七 実印その他の印で職業又は生活に欠くことができないもの
八 仏像、位牌その他礼拝又は祭祀に直接供するため欠くことができない物
九 債務者に必要な系譜、日記、商業帳簿及びこれらに類する書類
十 債務者又はその親族が受けた勲章その他の名誉を表章する物
十一 債務者等の学校その他の教育施設における学習に必要な書類及び器具
十二 発明又は著作に係る物で、まだ公表していないもの
十三 債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物
十四 建物その他の工作物について、災害の防止又は保安のため法令の規定により設備しなければならない消防用の機械又は器具、避難器具その他の備品
民事執行法(e-Gov法令検索)
自己破産しても残る自由財産の解説も参考にしてください。
動産執行の手続きの流れ
動産執行を進めるにあたり、その手続きの流れを解説します。
動産執行に必要な書類の準備
動産執行に必要となる書類には、次の資料があります。
- 動産執行の申立書
- 執行文の付与された債務名義の正本
- 債務名義の送達証明書
- (当事者が法人の場合)資格証明書
- 執行場所の略図
- (弁護士を依頼する場合)委任状
この中でも特に、債務名義、執行文、送達証明書が重要であり、その取得には次の手続きが必要となります。
債務名義の取得
動産執行には、債務名義を取得する必要があります。債務名義は、強制執行によって実現すべき権利のあることを公的に証明する文書であり、主に次のものがあります。
- 確定判決
- 仮執行宣言付判決
- 仮執行宣言付支払督促
- 和解調書
- 調停調書
- 公正証書(執行認諾文言を付したもの)
債務名義への執行文付与の申し立て
動産執行をはじめ強制執行には、債務名義に執行文を付与する必要があります。執行文は、債権の存在と執行力の存在を証明するために、債務名義の正本の末尾に付記されます。裁判所で作成された債務名義については裁判所書記官、公正証書については公証人が、債権者の申し立てに基づいて付与します。
なお、次の債務名義は、執行文を付与せずに強制執行できます。
- 仮執行宣言付支払督促
- 少額訴訟における確定判決、仮執行宣言付判決
- 家事調停調書の乙類審判事項(婚姻費用、養育費など)
- 家事審判書
(なお、家事審判書の場合は確定証明書を要します)
債務名義の送達証明書の申請
強制執行をするには、債務名義の正本が債権者に送達されている必要があります。債務者の知らないうちに強制執行というインパクトの大きい手続きに進むことを回避するためです。このことを証明するため、債務名義の送達証明書を申請しなければなりません。
送達証明書は、債務名義を作成した裁判所書記官に発行を申請します。なお、公正証書は、両当事者間で作成されるため、公証人から債務者へ謄本が渡されたことで送達完了となります。
なお、確定判決は、裁判所の職権で必ず送達されますが、和解調書や調停調書などは、執行時にまだ送達されていない場合、送達申請を要します。
動産執行の申し立て
以上の手続きにより、債務名義、執行文、送達証明書が揃ったら、動産執行の申し立てを行います。動産執行の申し立ては、対象となる動産の所在地を管轄する裁判所の執行官が管轄します。
なお、申立書に、「執行に立会うか」を記載する欄があり、実情に合わせ、執行現場に立ち会うことができます。申し立てを代理した弁護士が、動産執行にも立ち会うことで、債務者と直接連絡し、和解の可能性を上げることもできます。
執行日時の決定
動産執行の申し立てが受理された後、執行官と面談を行います。この面談で、動産執行の日時を調整し、事前の打ち合わせ、当日の待ち合わせ場所の決定などを行います。
財産隠しの危険があるため、債務者には執行日時が事前に通知されることはありません。そのため、債務者にとっては突然に執行官が訪ねてくるという強いインパクトを残すことができます。
執行官による動産執行
執行日当日になったら、執行官が動産執行を実施します。対象となる動産の所在場所に執行官が立ち入り、換価できる動産を発見したら差し押さえます。
立ち会いを希望した債権者は、執行官に同行して執行現場に向かうことができます。ただし、動産執行に立ち会う場合にも、建物内に立ち入るのは執行官のみとされ、債権者やその代理人である弁護士は中に入ることまではできません。債務者が執行場所にいた場合には、執行官に依頼し、外に連れ出して話をすることができます。
競売による換価
動産執行によって差し押えたものは、競売によって換価し、債権に充当されます。執行官の差し押さえた動産は、持ち帰って保管の上、1ヶ月以内に売却期日を決定し、売却代金を配当します。実務的には、リサイクル業者を同行して動産の売却を依頼したり、債権者自ら買い取って債権と相殺したりすることもできます。
売却日は債務者に通知されるため、手元に残したい動産のある債務者は、自分で、もしくは友人や知人に依頼して競り落としてもらい、買い取ることもできます。
配当
差し押さえた動産の売却代金は、債権に充当されます。
複数の債権者がいる場合、まずは債権者間で話し合い、まとまらない場合は裁判所が債権額に応じて分配します。なお、差し押さえ可能な現金が発見された場合には、直接支払いを受けることができます。
動産執行にかかる費用
動産執行にかかる費用には、裁判所に納付する予納金、執行にかかる実費、弁護士費用の3種類があります。
動産執行には、成功しなくてもかかる最低限の費用が存在するため、費用倒れに終わらないよう、申し立て前に計画的に検討する必要があります。
予納金
動産執行において執行官にかかる費用を、裁判所に予納金として支払う必要があります。予納金の支払いは、動産執行の申立時に行います。3万円〜5万円程度が通例ですが、債権額や、対象となる動産の有無によっても異なり、動産執行が終了した後で残額は返金されます。
執行にかかる実費
鍵の解錠、動産の運び出し、保管などを業者に依頼する場合には、その費用(日当、謝礼など)がかかります。対象となる動産が多く、搬送業者を依頼したりトラックを手配したり、保管するための倉庫を借りたりする場合、その費用が高額となることもあります。
弁護士費用
動産執行にかかる弁護士費用は、債権額によって異なります。債務名義を取得するための訴訟段階から担当していた場合には、着手金の割引を受けられる法律事務所もあります。
動産執行の弁護士費用の相場は、以下を目安にしてください。
【訴訟段階から続けて強制執行を依頼する場合】
- 着手金 10万円
- 報酬金 債権額の16%〜
【強制執行のみ依頼する場合】
- 着手金 10万円〜30万円
- 報酬金 債権額の16%〜
※ 弁護士が動産執行に立ち会う場合には、日当がかかる場合があります。
動産執行の注意点と、空振りの対策
次に、動産執行する際の注意点について解説します。
注意点に該当する場合、動産執行は執行不能で終了してしまいます。動産執行が奏効せず空振りとなる危険があり、対策を講じなければなりません。
動産の所有権の認定が困難な場合
動産執行に立ち入った執行官が、その場所にある動産について「債務者の所有であるかどうか」を認定できず、空振りに終わってしまうケースがあります。この点で、動産執行は、強制執行の中でもリスクの高い不安定な方法です。例えば、次の場合を想定してください。
- 複数人で暮らす家で、債務者の家族の所有する動産
- オフィス内にある動産だが、リース契約で所有権が留保されている
- オフィス内にある動産だが、その所有権はフランチャイズ本部にある
このように、動産を保持し、利用しているのが債務者でも、必ずしも債務者の所有とは認定できない場合もあります。このとき「債務者の所有であるかどうか」の最終判断は、執行官が行うことになります。リースした動産の契約書などの証拠によって、債務者に所有権がないことが証明された場合、動産執行の対象とすることができません。
動産に換価価値のない場合
利用価値の十分にある動産であっても、換価価値はないケースがあります。質屋を想定すればわかりやすいでしょうが、動産は、少しでも利用すれば価値が落ち、決して定価で売却できるわけではありません。
実務上、執行官が目安とする評価額は「購入価格の10分の1以下」とされる例も少なくありません。また、保存や売却に過分な費用がかかる場合には、差し押さえの対象外とされてしまうこともあります。絵画や骨董品、贅沢で豪華な備品などが多くあるならよいでしょうが、支払いが滞っている債務者が多くの財産を持っていることは、あまり期待できません。
債務者が動産執行を妨害する場合
動産執行の弊害となるのが、債務者による妨害です。あからさまに執行官の活動を妨害すれば排除されますが、実際は、執行時にその場所を不在にしたり、鍵をかけたり、居留守を使ったりといった方法で、債務者は少しでも動産執行を空振りに終わらせようとして妨害してきます。
動産執行では、警察や国税のように、大勢で「家探し」をすることはできません。債務者が原因など価値ある動産を隠すことによって、結局は差し押さえができずに終わってしまうケースも少なくありません。
まとめ
今回は、動産執行を進めるにあたり知っておきたい法律知識を解説しました。
動産執行は、債務者のオフィスや事務所、店舗に執行官が赴き、強制的に差し押さえるというインパクトの強い手続きです。債務者の業務に大きな支障を与え、そのプレッシャーによって速やかに債権を回収できる可能性も高いです。
一方で、強制執行の一種である動産執行には、相応の費用がかかります。めぼしい動産、現金などが発見できないと、動産執行しても空振りに終わり、費用倒れとなってしまいます。とはいえ、仮に債権回収に奏功しなくても、債務者との和解交渉のきっかけ作りになるなど、動産執行は大きな意義のある手続きです。
メリットを最大限に活かすためには、動産執行の実態をよく知る弁護士に相談するのが有益です。
- 動産執行は、執行官によるプレッシャー、交渉や和解の機会を持てるメリットがある
- 動産執行の事前準備で、対象となる財産を精査しなければ、空振りや費用倒れの危険あり
- 動産執行は、動産の所在場所を管轄する裁判所の執行官に申し立て、手続きを進める
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