「債務名義を取得したものの、一向に支払をしてくれない。」というケースでは、その後の執行を素早く行わなければなりません。
せっかく債務名義の取得に成功しても、現実にお金を手に入れることができなければ、権利だけ認めてもらえても、債務名義も単なる紙切れの意味しか持ちません。
そこで、企業としては債権を取り立てるために次の一手、具体的には、取引先の管理する銀行預金等の債権を差し押さえたいと考えるのではないでしょうか。
このような債権回収に役立つ方法が「債権執行」です。債権執行にはどのようなメリット・デメリットがあるのか、手続きの流れはどのように進んでいくのか、正確に把握することが大切です。
今回は、企業が未回収債権を取り立てるためによく利用する「債権執行」について、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 債権執行とは
債権執行とは、取引先企業(債務者)が、金融機関などの債務者(第三債務者)に対して有する債権(差押債権)を、自社(債権者)が取引先(債務者)に対して有する債権の債務名義に基づいて差押さえる手続です。
差押えができる債権は、売掛債権、貸金債権、預金債権などの金銭債権のみに限られず、電話加入権や著作権・ゴルフ会員権などのように、財産的価値のある権利も含まれます。
財産的価値のある権利、すなわち、お金に代えて評価することのできる権利であれば、債権執行の対象となるというわけです。
なお、法律上、性質によって差押えが禁止されている債権もあります。
例えば、給料や退職年金などの給与債権については、債務者の生計維持を図るため、給与の4分の1に相当する額までしか差押えることはできません(民執法152条参照)。
これに対して、御社が事業によって生じた債権を回収するために債権執行を行いたいというケースでは、企業の有する債権に関しては、全額差押えることが可能です。
2. 債権差押の効力
裁判所から債権差押命令が発令され、これが第三債務者に送達されると、差押えの「効力」が生じます。第三債務者への送達日が、債権執行の効力発生日であるというわけです。
送達日以後、取引先は債権の取立てその他の処分が禁止され、第三債務者は取引先への弁済が禁止されます(民執法145条1項)。
つまり、第三債務者は、命令の送達を受けた段階から、勝手に取引先へ弁済することができなくなるのです。
そして、債権差押命令が取引先に対して送達された日から1週間を経過すると、債権者である自社は直接第三債務者からその債権を取り立てることができます(民執法155条1項)。
仮に、第三債務者からの弁済額が自社の未回収債権額に達しなかった場合、取引先へ残額について請求することが可能です。
3. 債権執行の特徴
次に、企業が債権回収を、債権執行の方法によって行う際に理解しておいてほしい特徴について、債権執行のメリット、デメリットを比較することによって理解するようにしてください。
3.1. 債権執行のメリット
債権執行は、差押命令が送達され1週間が経過すると、第三債務者へ直接取立てを行い、債権回収を図ることができます。
すなわち、他の強制執行の手段(不動産執行や動産執行)のように、差押え後に、競売・配当手続き経る手間がありません。
したがって、スピーディに行わなければならない債権回収の中でも、比較的容易な手続きであるといえます。また、申立費用も、不動産執行と比べて安くすみます。
3.2. 債権執行のデメリット
債権の場合、不動産や動産と異なり、取引先が、「どのような」債権を、「誰に対して」有しているのかという情報を入手することは容易ではありません。
取引先から直接聞いて知っている場合にはともかく、自ら取引先の債権を調査し、特定しなければなりません。
また、特定できた場合でも、既に担保にとられている、あるいは既に別の債権者に差押えされているなどの場合には結局、執行が空振りにおわってしまうこともあります。
4. 債権執行の手続き
債権回収をスピーディに進めるために、平時から、債権執行の手続きの進め方について、きちんと理解しておくようにしましょう。
強制執行の手続きの流れは非常に複雑であることから、いざ債権が未払いとなってしまったという際に慌てて行うと、ミスやトラブルを誘発しかねません。
4.1. 債権執行の申立て
まず、債権執行の方法によって債権回収を行うにあたっては、債権者からの「債権執行の申立て」が必要となります。
債権執行を申立てる際には、以下の必要書類を準備します。
4.1.1. 債権差押命令申立書
債権差押命令申立書には、「債権の支払いがないために差し押さえを申し立てる」旨を記載します。記載例の通りに記載しておけば、特段問題ありませんので、下記の例を参考にしてみてください。
第三債務者に対する陳述催告の申立てを同時に行うことを忘れないようにしてください。下記の書式では、「第三債務者に対する陳述催告の申立て」欄にチェックをする形となります。
債権差押命令申立書の記載例は、次の通りです。
東京地方裁判所民事第21部 御中
平成 年 月 日
申立人
住所
氏名
電話
FAX
当事者 別紙目録記載のとおり
請求債権 別紙目録記載のとおり
差押債権
債権者は、債務者に対し、別紙請求債権目録記載の執行力ある債務名義の正本に表示された上記請求債権を有しているが、債務者がその支払をしないので、債務者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権の差押命令を求める。
□第三債務者に対し、陳述催告の申立て(民事執行法147条1項)をする。
□
1 執行力ある債務名義の正本
□ 判決正本 □ 和解調書正本 □ 調停調書正本
□ 仮執行宣言付支払督促正本 □ 公正証書正本
2 上記送達証明書 通
3 資格証明書 通
4 商業登記簿謄本 通
5 □戸籍謄本□住民票 通
4.1.2. 当事者目緑
当事者目録には、債権差押命令の当事者を一覧形式で記載します。
債権者、債務者ともに、商業登記簿謄本にしたがって、会社名、本店所在地、代表者名を記載します。
当事者目録の記載例は、次の通りです。
〒 ○○○―○○○○ 東京都○区○町
債 権 者 ○○○○株式会社
代表者代表取締役 ○○○○
(送達場所) 上記住所
(連絡先) 電話03-○○○○-○○○○
〒 ○○○―○○○○ 東京都○区○町
債 務 者 ○○○○株式会社
代表者代表取締役 ○○○○
〒 ○○○―○○○○ 東京都○区○町
第三債務者 株式会社○○○○
代表者代表取締役 ○○○○
4.1.3. 請求債権目録
請求債権目録には、自社が取引先に対して有する債権を、一覧で記載します。
請求債権目録の記載例は、次の通りです。
東京地方裁判所 平成 年( )第 号事件の執行力のある判決正本に表示された下記金員及び執行費用
1 元 金 金 ○○万円
2 損害金 金 ○○万円
□ 上記1に対する、平成 年 月 日から平成 年 月 日までの割合による金員
□ 上記1の内金 円に対する,平成 年 月 日から平成 年 月 日まで の割合による金員
3 執行費用 金 ○○万円
(内訳)
以下、省略
4.1.4. 差押債権目録
差押債権目録には、債権執行を行う際に差押えの対象となる、債務者の第三債務者に対する債権を、特定できる形で記載します。
この際、預金債権を対象とする場合には、銀行名と支店名を記載します。そして、複数の口座がある場合に備えて、差押え対象とする順序を記載しておきます。
差押債権目録の記載例は、次の通りです。
金 ○ ○ ○ ○ ○ 円
債務者が第三債務者株式会社 △△銀行( □□ 支店扱い)に対して有する下記預金債権及び同預金に対する預入日から本命令送達時までに既に発生した利息債権のうち、下記に記載する順序に従い、頭書金額に満つるまで
記
1 差押えのない預金と差押えのある預金があるときは、次の順序による。
(1) 先行の差押え、仮差押えのないもの
(2) 先行の差押え、仮差押えのあるもの
2 円貨建預金と外貨建預金があるときは、次の順序による。
(1) 円貨建預金
(2) 外貨建預金(差押命令が第三債務者に送達された時点における第三債務者の電信買相場により換算した金額(外貨)。ただし、先物為替予約があるときは原則として予約された相場により換算する。)
3 数種の預金があるときは、次の順序による。
(1) 定期預金
(2) 定期積金
(3) 通知預金
(4) 貯蓄預金
(5) 納税準備預金
(6) 普通預金
(7) 別段預金
(8) 当座預金
4 同種の預金が数口あるときは、口座番号の若い順序による。
なお、口座番号が同一の預金が数口あるときは、預金に付せられた番号の若い 順序による。
4.1.5. 執行文が付された債務名義の正本
4.1.6. 送達証明書
4.1.7. 資格証明書
法人が訴訟手続きの当事者となる場合には、資格証明書として、商業登記簿謄本が必要となります。
4.1.8. 申立手数料
4.1.9. 郵券切手代
4.2. 第三債務者に対する陳述の催告
債権差押命令の申立てをするにあたり、注意しておくべきことは、取引先と第三債務者との間に本当に債権が存在するのか、確実に取立てることができるのか、ということです。
そこでこの点を確認するために、債権執行の申立てと同時に申し立てておかなければならないのが、第三債務者に対する陳述催告の申立て(民執法147条1項)です。
具体的には、差押債権の有無、額、弁済の意思などについての回答を求めることができます。
これにより、債権者としては、当該債権の取立てを実際に行うかどうかの判断資料を得ることができます。
5. 預金債権を債権執行の対象とする際の注意点
債権執行の中でも、最も回収可能性が高いもののうちの1つと考えられるのが、銀行などの金融機関の預金債権です。
というのも、企業として経営を継続していくためには、金融機関の口座を保有することが必須であって、これを差し押さえられると、債務者としても経営を継続することが困難となるためです。
とはいえ、預金債権を対象にした債権執行も、万能ではなく、注意しておかなければならない点が多く存在します。
5.1. 預金債権を差し押さえるための流れ
預金債権に対する差押えは、差押が成功すれば債権の支払を受けられる可能性が高いですので、他の金銭債権等より回収可能性が高いというメリットがあります。
他方で、取引銀行とその「支店」まで特定する必要がありますので「利用している取引銀行が全く分からない」という場合には利用できない、というデメリットがあります。
預金債権に対する差押えの主な流れは以下のとおりです。
- 債務名義の準備
- 取引先が預金債権を有している取引銀行と支店を調査
- 裁判所に対する差押命令の申立
- 差押命令の銀行支店への送達
第三債務者である銀行支店に差押命令が送達されますと、差押えの効力が生じ、取引先への弁済が禁じられることとなります。
つまり、債務者は銀行預金を引き出すことができなくなります。
5.2. 銀行預金債権を差押える際のポイント
強制執行についての基本的な事項を定める民事執行法の条文は次のとおりです。
民事執行規則第133条2項「申立書に強制執行の目的とする財産を表示するときは、差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項並びに債権の一部を差し押さえる場合にあっては、その範囲を明らかにしなければならない。」
つまり、預金口座を差し押さえる際には、差し押さえようとする口座の、「銀行名」「支店名」「預金の種類」「口座番号」を特定するのが一番です。
とはいえ、預金口座を差し押さえるために債務者の詳細な情報を要求するとすれば、債権者に無理を強いることとなりかねません。
そのため、実務上は、銀行名と支店名までを特定すればよいとされています。しかし、銀行口座の特定というのは、非常に困難です。そこで、特定するための手段として、以下のようなものがあります。
5.2.1. 弁護士会照会制度(23条照会)
弁護士が、企業や事業所等に対し、弁護士会を通じて事実関係を問い合わせる制度です。
しかし、回答をしなかったとしても制裁があるわけではなく、銀行によっては、顧客の守秘義務を理由に解答しない銀行も少なくありません。
5.2.2. 財産開示手続
裁判所に対して申立てを行い、債務者の所有する財産を開示させる制度です。
もっとも、債務者が正直にすべての財産を開示するとは限りませんし、財産を処分してしまうこともあります。
5.2.3. ヤマをはる
債務者が企業の場合、会社の資料やホームページ等で取引先銀行が公表されている場合があります。
公表されている銀行の中で、債務者の本店所在地近くの支店にヤマをはる、という方法が利用されることもあります。
5.3. 銀行預金を差押える適切なタイミングは?
預金口座から債権回収ができるかどうかは、「申し立て時期」にかかっている、といっても言い過ぎではありません。
取引企業に入金がありそうな日や「決済日」、具体的には、従業員に対する賃金や外注費等の支払時期を推測し、預金残高が多くありそうな時期を予想することが重要になります。
6. 債権執行による債権回収の実現=「取立」
債権執行による債権回収では、債務者と第三債務者に債権差押命令の送達された日付から「1週間経過後」に、第三債務者から「直接」取り立てることができます。
第三債務書が銀行の場合には、実務上は、必要書類を銀行に提出し、自社名義の銀行口座に振り込んでもらうことが多いです。
しかし、一定の場合には、債権回収の実現のために、第三債務者からの供託や、配当が必要となる場合もあります。
例えば、複数の差し押さえが競合する場合です。預金債権の差し押さえの場合によく生じる事態です。
具体的には、500万円の預金債権に対して、債権者Aからの400万円の差押えと、債権者Bからの300万円の差押えが行われたような場合です。
二重差押えがあった場合、第三債務書は、どちらか一方の債権者に対して弁済をすることはできません。
この場合、義務供託といって、法務局に供託しなければ支払債務を免れることができず、供託した旨を裁判所に届け出る必要があります。
第三債務書による供託が行われた場合には、不動産執行の場合と同様、配当手続きをとる必要があります。
7. まとめ
債権執行が成功するかどうかは、債権を支払わない取引先の保有する債権の調査を成功させることができるかにかかってきます。
取引先の資金繰りが悪化する前や、両者の関係が良好な段階で、相手方企業の取引先企業や取引銀行の情報を得ているような場合にはよいのですが、実際はいちから調査というのはなかなか簡単なことではありません。
さらに、一連の債権執行手続きや申立書作成にも、一定の法律の知識を要することから、日ごろから御社の状況を把握している顧問弁護士に依頼するのが手堅いといえます。