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過労死に対する役員責任を追及する株主代表訴訟

平成26年「過労死等防止対策推進法」の施行以来、政府は、ブラック企業における過労死問題に積極的に取り組んできました。

そして、この法律に基づいて、年次報告書「過労死等防止対策白書」が初めて公表されました。

「過労死等防止対策白書」では、業界ごとの、長時間労働の現状や、過労死防止に向けた取り組みを解明するための調査研究や、過労死・過労自殺の防止策が記載された大部のものとなっています。

「過労死ライン」といわれる長時間労働の目安、すなわち、時間外労働が「月80時間」を超える企業は、アンケート調査によれば「22.7%」とされています。

これを多いとするのか、少ないとみるのかは、業種にもよるでしょう。特に、運送系、情報通信系の業種では、過労死ラインを上回る労働時間の企業が多く存在します。

労働者が過労死した場合に、会社が「安全配慮義務違反」の責任を負うことは当然ですが、最近問題となっているのは、「役員個人が責任を負うか?」という点です。

今回は、過労死・過労自殺に対する、役員の責任を追及する株主代表訴訟について、企業法務、人事労務を得意とする弁護士が解説します。

目次(クリックで移動)

1. 過労死責任を問う全国初の「株主代表訴訟」

ある地方銀行の行員として勤務していた男性が、「仕事の多忙」を理由としてうつ病にり患し、その後、投身自殺をしたという事件が起こりました。

この事件で、男性の妻は、銀行側に、「安全配慮義務違反」の責任があるとし、注意義務を怠って長時間労働を継続させたことを理由に、会社に対して慰謝料等の支払を求めて訴訟を提起し、平成26年10月、熊本地裁は、会社に対して、総額1憶2886円の慰謝料等の支払を命じました。

この事件では、労働基準監督署による認定によれば、労災認定の基準ともなる、発症直後の時間外労働時間(残業時間)は、207時間にも及んでいたという内容でした。

平成28年9月に、銀行の株主として、役員に対する個人責任として、過労死を防ぐ体制づくりを怠ったことの責任を、株主代表訴訟によって責任追及を行いました。

ニュースの内容を引用します。

肥後銀行(熊本市)に勤務し過労自殺した男性=当時(40)=の妻(46)が株主の立場で7日、頭取を含む当時の役員11人に対し、約2億6千万円を銀行に賠償するよう求める株主代表訴訟を熊本地裁に起こした。代理人弁護士によると、過労死や過労自殺をめぐる株主代表訴訟は全国初。適正な労働時間管理を怠り、銀行に損害を与えたと訴える。

 訴状によると、手形などのシステム更改業務の責任者だった男性は、月200時間を超える時間外労働の末、うつ病を発症。平成24年10月に自殺し、労災認定された。妻ら遺族は銀行に損害賠償を求め提訴し、熊本地裁は26年10月、銀行の責任を認め、計約1億3千万円の支払いを命じた。

引用元:産経ウェスト

当時の役員ら11人に対して、過労死を防ぐ体制づくりを怠たり、銀行に損害を与えたとして、約2億6400万円の損害金の支払を求める株主代表訴訟を提起しました。

2. 過労死・過労自殺とは?

過労死とは、会社の業務を原因として、身体にストレス、負担がかかり、その結果として労働者が死亡してしまうことをいいます。

特に過労死の多い病気として、「脳血管疾患」、「心臓疾患」、「精神疾患」があげられ、これらについて、厚生労働省から、労災認定を受けることのある「過労死の認定基準」が公表されています。

このうち、精神疾患の場合、単に過労が原因で死亡する場合だけでなく、過労が原因で労働者が自殺してしまうケースも少なくありません。

会社の業務が多忙すぎることを理由として労働者が自殺してしまうことを、過労自殺といいます。

精神疾患を理由とした自殺の場合、業務を理由とするものであったかどうかが、事後的にはなかなか証明が難しいことから、「過労自殺の認定基準」として、一定の長時間労働を越えた場合には労災認定ができるよう指針が発出されているわけです。

目安として、過労死、過労自殺が起こる直前の1か月に、月の時間外労働が100時間を超え、過労死、過労自殺が起こる直前の2~6か月に、月の時間外労働が80時間を超える場合、過労死ラインとされています。

3. 過労死・過労自殺に対する役員の責任とは

会社の役員は、会社に対して「忠実義務」を負っています(会社法355条)。

すなわち、会社に損害を与えるような行為を行った場合には、忠実義務違反の責任を追及されるおそれがあるわけです。これが、会社の役員が会社に対して負う「役員責任です」

この忠実義務違反に、役員が違反した場合には、「任務懈怠責任」を負います。

3.1. なぜ役員に対して株主代表訴訟が提起されるの?

会社は、役員のものではなく、株主のものです。言い換えれば、「会社の所有権は株主にある。」ということです。役員は、株主から、会社の経営を委託されているに過ぎません。

したがって、役員が、その行為によって会社に損害を負わせた場合には、会社の所有者である株主は、役員の行為に対して、責任追及をすることができるというわけです。これが、「株主代表訴訟」です。

今回の株主代表訴訟のニュースは、役員が適切な責任を果たさなかったことにより、会社に対して損害を生じさせたとして、株主が会社に対して、株主代表訴訟で責任追及を行いました。

過労死、過労自殺について、任務懈怠責任を追及する株主代表訴訟が提起されたのは、今回が初であり、その動向が注目されています。

3.2. 過労死・過労自殺に対する役員の第三者に対する責任

労働者の過労死・過労自殺について、役員の個人責任を認めたケースは、過去にも有名なケースが存在します。

特に有名なのは、次の「日本海庄や事件」、「ワタミ事件」でしょう。

「日本海庄や事件」のケース

平成23年5月に大阪地裁で判決が下った、日本海庄や事件の判決では、役員の第三者に対する損害賠償責任を定める会社法429条1項の規定が、過労死・過労自殺のケースでも適用されることが明らかにされています。

「ワタミ事件」のケース

平成27年12月に和解が成立した、有名なワタミ事件においては、原告側の発表によれば、和解条項において、創業者が重大な「最も十だな損害賠償責任を負う」ことがその内容として確認されています。

以上のことは、役員が、その職務を遂行するにあたって、故意または重大な過失で行った行為について、損害を与えた第三者に対して、その損害を賠償する責任があることを定めた会社法429条1項の適用を、「過労死、過労自殺にも認めた。」ということを意味します。

4. 長時間労働の放置は命取り!

経営者や役員には、自分の会社で働く労働者に対する労務管理を行う責任があります。したがって、長時間労働を放置しておけば、個人的な責任を負うおそれもあり、非常に重大な問題に発展しかねません。

昨今の過労死、過労自殺のニュースを受け、既に多くの企業経営者が、長時間労働を是正する方向に舵をきっています。

これは、「日本海庄や」「ワタミ」などに代表されるような大企業だけに限った問題ではなく、中小企業・ベンチャー企業の経営者も同様です。

中小企業経営者であっても実践できる、長時間労働を削減する方策として、次のものを検討してみてください。

  • 所定外労働時間の削減
  • 有給休暇の取得推進
  • 休日労働に対する代休の付与

また、中小企業、ベンチャー企業の場合、どうしても労働者のマンパワーが売上に直結する部分があることから、長時間労働を削減する方策を取りづらいという場合が少なくありません。

職場意識改善助成金など、助成金の活用も検討してみましょう。

5. まとめ

今回は、全国初の、過労死、過労自殺に端を発した、労務管理に関する役員の個人責任を問う株主代表訴訟が提起されたニュースを紹介しました。

中小企業の経営者であっても、過労死、過労自殺が起こってしまった場合、個人的に責任を追及される可能性も十分にあることを肝に銘じ、自社の労務管理をもう一度見直してみるのがよいでしょう。

いざ過労死、過労自殺などが起こってしまう前に、顧問弁護士を通じて、人事労務管理の体制を、きちんと整備しておくことをお勧めします。

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