労働法において、60歳以上の労働者は、高年齢者として特別な取扱いがされています。
そのため、労務管理を行うにあたっては、特に、職種変更、異動や、解雇を行うことを検討する場合には、高年齢者を対象にする場合、通常の正社員とは、異なった配慮が必要となります。
また、日本の大半の企業は「60歳定年制」を採用していますが、年金の支給開始は65歳を開始年齢として年々引き上げがなされています。
そのため、定年退職後、年金の支給開始まで、どのように働くかについて、高年齢者雇用安定法の重要な改正がなされています。
企業が高年齢者に対する適切な労務管理を行うにあたっては、高年齢者の特殊性を理解した上で、「高年齢者雇用安定法」などの重要な法改正に対応しなければなりません。
今回は、高年齢者雇用安定法の改正に対応した、企業の適切な高年齢者の労務管理について、人事労務を得意とする弁護士が解説します。
1. 高年齢者とは?
「高年齢者雇用安定法」で、「高年齢者」の定義は次のように定められています。
高年齢者雇用安定法2条1項この法律において「高年齢者」とは、厚生労働省令で定める年齢以上の者をいう。
そして、高年齢者雇用安定法施行規則において、この年齢を55歳としていることから、結果、55歳以上の労働者を「高年齢者」と呼ぶこととなります。
高年齢者の労働者は、すでに正社員としての雇用を終了しており、非正規社員の中では、正社員化が予定されていない類型であるといえます。
ただ、高年齢者と一口にいってもその類型はさまざまで、次の高年齢者の職歴、キャリアによって、ケースバイケースの労務管理が必要となります。
- 新卒から一貫して同一企業で働き続けた高年齢者
- 正社員として他企業で働き、転職をした高年齢者
- 非正規社員として他企業で働き、そのまま就労し続けている高年齢者
- 高年齢者が基幹労働力となっている職場で働いている高年齢者
熟練した技術を有する高年齢労働者は非常に重要で、若い世代への技術の伝承を図らなければなりません。
2. 高年齢者の定年に関する労働法のルール
定年とは、その年齢に達した場合には当然退職となる旨の就業規則などにおける定めのことをいいます。
定年に関する法的な規制もまた、「高年齢者雇用安定法」に定められています。
2.1. 高年齢者雇用安定法における定年の規制
定年は、「高年齢者雇用安定法」において、60歳を下回ることはできません。
刑罰による強制はありませんが、違反した場合、すなわち「50歳定年制」などは、公序良俗違反として無効となります。
これに加え、行政機関が会社に対して、指導、助言、勧告をすることによる是正が図られるという形になっています。
「高年齢者雇用安定法」違反の場合、企業名公表という制裁がありうることから、企業イメージダウンを回避するため、違反状態を放置しておくことはお勧めできません。
2.2. 定年後に必要な雇用確保措置
多くの企業で採用されている「60歳定年制」の場合、老齢厚生年金の支給開始年齢が65歳まで段階的に引上げされている現状から、年金を支給するまでに無収入となるブランクが発生してしまいます。
そのため、定年後、65歳までの「雇用確保措置」が、「高年齢者雇用安定法」において義務付けられています。雇用確保措置には、次の3種類があります。
- 定年の引上げ
- 正社員として他企業で働き、転職をした高年齢者
- 継続雇用制度の導入
- 定年の定めの廃止
ただし、人件費の大幅な増大を回避するため、大半の企業では、「継続雇用制度」のうち、再雇用の制度がとられていることが一般的です。
この「継続雇用制度」には、「解雇権濫用法理」によって解雇が制限されていることからも、できる限り、会社から労働者を退職してもらうタイミングを残し、人員調整の手段を確保しておくことができるという意味もあります。
2.3. 平成24年の高年法改正について
この定年の点について、平成24年に、「高年齢者雇用安定法」についての重要な改正がありました。
改正以前は、労使協定を締結して再雇用の基準を設けていた場合には、再雇用基準に適合しない高年齢者は、継続雇用をする必要がありませんでした。
しかし、平成24年の高年法改正によって、この定め(9条2項)が削除され、雇用継続を希望する高年齢者については、その全員を65歳まで雇用する制度としなければ、高年法の雇用確保義務を果たしたことにはならないこととなりました。
ただし、改正法の経過措置によって、年金支給開始年齢の引上げによって無収入となる限度で、年金支給開始年齢の引上げと同じく段階的に、この改正も適用されることとされました。
改正法施行以前から再雇用基準の労使協定を作成していた場合には、今もなお、再雇用基準を適用し、一定の高年齢者について再雇用をしなくてもよいこととされています。
御社の就業規則、労使協定に不安がある場合には、企業法務に精通した弁護士へご相談ください。
3. 高年齢者を再雇用ときの4つのポイント
「高年齢者雇用安定法」による「雇用確保措置」を講じなかった場合には、厚生労働大臣による指導・助言・勧告の対象となり、違反状態を放置した場合には、企業名が公表される場合があります。
したがって、企業イメージダウンを回避するためにも、「高年齢者雇用安定法」にしたがった適切な「再雇用義務」が果たされているよう、細心の注意を払わなければなりません。
高年齢者を再雇用する際に注意すべきポイントを解説します。
3.1. 期間の定めを何年とすべき?
雇用契約の期間を定める場合、労働基準法では、「3年」が上限とされています。
ただ、例外、60歳以上の高年齢者との間の雇用契約は、「5年」が上限とされています。
すなわち、60歳の定年を越えた後、65歳までの間、5年間の雇用契約を締結することも可能なわけです。
しかし、雇用契約の期間を定めた場合、「その期間内は雇用を継続してもらえるであろう。」という期待が高年齢者に生まれることから、期間内の解雇には「やむを得ない事由」が必要とされ、契約解消が難しくなります。
したがって、最悪、万が一の場合に契約期間満了による契約解消、という手段を残しておくためにも、高年齢者の再雇用のケースであっても1年ごとの更新とするべきです。
特に、高年齢者ともなると、能力はもちろんのこと、健康面で、これ以上契約の継続が困難となるおそれが一定程度存在します。
3.2. 心身の健康に細心の注意を払う
一般的にいえば、高年齢者となると、心身の健康状態を崩しやすいと考えられます。
病気やケガがなかったとしても、持病として高血圧や糖尿病など、何かしらの生活習慣病の1つや2つ、抱えていてもおかしくありません。
高年齢者側のこのような心身の健康状態の悪化が関係していたとしても、会社の業務中に倒れるようなことがあっては、会社の安全配慮義務違反の責任を問われるおそれがありますから、充分注意が必要です。
健康上のリスクを回避するためにも、再雇用前に「健康診断」を行うようにします。
65歳までの全員再雇用が義務付けられた平成24年の高年法改正によっても、業務に支障があるような心身の故障がある場合には、再雇用をしない選択肢もあります。
3.3. 労働条件の変更ができる?
定年後の継続雇用制度には、勤務延長と再雇用の2つがあり、その違いは、雇用形態(有期契約か無期契約か、パートタイマーかどうかなど)を変更できるかどうか、労働条件の変更が容易かどうか、という点にあります。
業務内容、職種、勤務地について、再雇用時に変更することが可能で、これは契約の自由からの当然の結論です。
したがって、会社が申し込んだ業務内容、職種、勤務地の変更に対して、高年齢者自身が同意しない場合には、再雇用が成立しないことになります。
労働者側から再雇用を断っているわけですから、結果的に再雇用をしなかったとしても高年齢者雇用安定法の違反にはなりません。
ただし、明らかに高年齢者側が再雇用に同意できないような条件を提案することは、実質的に「高年齢者雇用安定法」で保証されている再雇用を行わないに等しく、法律違反と評価される可能性があります。
例えば、新卒から定年まで同じ会社で勤め上げ、その後に再雇用された高年齢者については、勤務場所や業務内容が不合理なほどに変更されるとすれば、それは実質的には再雇用の拒否に等しいと考えられるケースもあり得るでしょう。
3.4. 有給休暇の付与日数は継続されるの?
再雇用された高年齢者についての、有給休暇の付与日数は、フルタイムで働くのか、パートタイムで働くのかによって労働基準法にしたがって計算されます。
ちなみに、同じ会社で再雇用される場合に、一旦退職して再雇用するというのが法律上の形式ではありますが、この場合には、定年退職前からの勤務年数を通算して、付与すべき日数を算出します。
4. トヨタに賠償命令?【裁判例】
トヨタ自動車で、事務職で勤務していた男性社員を、定年退職後の再雇用において、清掃業務に業種変更したことが不当であるとして、地位確認を求めていた裁判で、平成28年9月28日、名古屋高等裁判所にて、120万円の損害賠償が命じられました。
なお、地位確認は認められませんでした。
したがって、このケースでは、再雇用の合意が成立していなかったことから労働者としての地位までは認めなかったものの、「適格性を欠くなどの事情がない限り、別の業務の提示は高年齢者雇用安定法に反する」と指摘して、定年後の再雇用について、会社側の裁量を一定程度制限した形となります。
ただし、高年齢者雇用安定法は、既に解説したとおり、民事上の効果を持つものではなく、違反したからといって法律にしたがった再雇用制度が強制的に適用されるわけではありません。
あくまでも、高年齢者雇用安定法違反の場合には、行政庁からの助言、指導、勧告が問題となることとなり、労使の関係でも、再雇用に基づく地位確認が認められるわけではなく、会社の裁量を逸脱した業種変更について、損害賠償が認められるにとどまる結論となりました。
5. まとめ
「高年齢者雇用安定法」の重要な改正が相次いだことから、高年齢者の再雇用について、重要な課題が山積みとなっています。
高年齢者を雇用しているにもかかわらず、また、定年間際の社員が存在するにもかかわらず、「高年齢者雇用安定法」に従った再雇用のルールを整備していない会社は、今回のトヨタ自動車のように、訴訟リスクを抱えていると言わざるを得ません。