近年、「人手不足倒産」という言葉を耳にする機会が増えています。
少子高齢化などを原因とした慢性的な労働力の不足が続いており、人手不足によって事業の継続そのものが困難になる企業が相次いでいます。特に中小企業では、従業員の退職や採用難に対応できず、業務が立ち行かなくなり、やむを得ず倒産に至るケースが少なくありません。
仕事があっても、遂行する労働者がいなければ利益は上げられません。企業の経営者は、人手不足の原因を特定し、解消するための対策を講じる必要があります。
今回は、人手不足倒産について、その意味や理由と、企業が倒産を回避するために講じるべき対策を、企業法務に強い弁護士が解説します。
▼ 図解で解説 ▼

- 人手不足倒産の原因は、社内・社外双方にあるが、対策を講じる必要がある
- 人手不足倒産の予兆に気づかず、放置してしまうのは経営者の責任
- 人手不足倒産の対策は全社的に進め、根本的な課題を解決する必要がある
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人手不足倒産とは
人手不足倒産とは、従業員の離職・採用難・人件費高騰など、「人手不足」を要因として人材が確保できず、企業が立ち行かなくなることです。
「倒産」は、企業経営が行き詰まり、債務が弁済できない状態を指しますが、人手不足が原因だと、黒字でも倒産することがあります。
2025年、人手不足倒産は過去最多のペースで増加しています。
同年9月単月には、調査開始以来最多となる46件(前年同月比109%増)を記録し、同年1月〜9月の累計でも過去最多285件(前年同期比31.3%増)に達しました。このように人材確保に苦しむ企業は全国的に増えているのが現状です。

注目すべきは、倒産要因別の急増傾向にあります。
- 「従業員退職」:88件(前年同期比62.9%増)
- 「求人難」:105件(同16.6%増)
- 「人件費高騰」:92件(同26.0%増)
いずれも過去最多を更新しており、企業が人材の確保・維持についての深刻な課題に直面していることを示しています。
背景には、最低賃金の引き上げ(2025年10月:全国平均1,121円)や、物価高による収益悪化があり、特に、中小企業では賃上げ原資が確保できずに人材が流出し、新規採用も困難になるといった悪循環が起こっています。
人手不足倒産は年々増加し、特に、建設や物流、サービス業といった労働集約型のビジネスモデル、かつ小規模の企業において顕著です。
人手不足倒産に至るまでに、次のような負の連鎖が起こります。
- 採用難により人手が不足する。
- 業務を進められず、売上が低迷。
- 採用コストを掛けられず、ますます採用難に陥る。
- 労働条件が悪化し、離職率が上昇。
- 業務が進まず、顧客離れが進む。
このプロセスを繰り返すことで、最初は「人手不足だから忙しい」という程度だったのが、気付かないうちに深刻な事態となり、倒産を余儀なくされるのです。長時間労働やサービス残業、管理職へのしわ寄せといった手法で強引に乗り切っても長くは続きません。
人手不足倒産の予兆に早めに気付き、対策を講じるのが経営者の役割です。
「会社の破産手続きの流れ」の解説

人手不足倒産の原因
次に、人手不足倒産の原因について解説します。
人手不足倒産の理由は、大きく分けて「入口の問題」(新しく入ってくる社員の減少)と「出口の問題」(離職する社員の増加)があります。そして、いずれにも複合的な要因があります。
主な原因を類型的に理解すれば、人手不足倒産の対策を立てやすくなります。
求人難
第一に、求人難による人手不足倒産です。
少子高齢化により労働力人口は減少傾向にあり、新卒や若年層の採用競争は年々激化しています。有効求人倍率は全国的に高止まりで、「求人を出しても応募がない」という状況が続いています。中小企業や地方企業、建設・運送・介護といった不人気業種で顕著であり、そもそも求職者の選択肢に入らないことも珍しくありません。
このような構造的な採用難が続く中で、必要な人員が確保できず、業務縮小や事業停止に追い込まれると、人手不足倒産に発展していきます。
離職率の上昇
第二に、既存社員の離職も深刻です。
従業員はいずれ退職するものですが、社員を大切にせず、劣悪な労働環境を放置すれば、優秀な人ほど速やかに離れていきます。
- 違法な長時間労働を強要されている。
- 昇給・昇進の見通しが不透明であり、適正な評価をされていない。
- ハラスメントがあるなど、人間関係に問題がある。
- 業務量の割に報酬が見合わない。
転職が一般化した近年、このような不満は、早期の離職に繋がりがちです。
新卒から定年まで一社に貢献するのが「美徳」とされた時代は終わり、良い待遇を求める転職やフリーランス転向、副業・リモートワーク希望も増えています。若年層は、企業に長く勤める意識が希薄で、価値観や働き方の変化に対応できない企業からは人材が流出していきます。
定着率が低下し、退職者の穴埋めができないまま業務が逼迫した結果、人手不足倒産に至る例も少なくありません。
高齢化による人材減少
第三に、高齢化による人材減少です。
中小企業や地域密着型の企業ほど、従業員の年齢構成が高齢化しがちです。代表者や幹部役員などは特に高齢で、定年による一斉退職や健康上の支障により労働力が急減する事態が起こっています。技術職では、後継者不足によって技術の伝承ができない問題も深刻であり、中核社員が定年退職したことで業務継続が困難となるケースもあります。
以上のことから、若手の採用ができていない企業では、社員の高齢化によって自然に人手が減り長期的に事業が継続できなくなってしまいます。
人件費の高騰
第四に、人件費の高騰による人手不足倒産です。
近年、最低賃金は毎年のように引き上げられ、2025年10月には全国平均で1,121円に達しました。これは、特に労働集約型のビジネスモデルや、中小零細企業にとっては重い負担です。売上が伸びていても、人件費が利益を圧迫すれば収支は悪化します。慢性的な人手不足で、優秀な人材を確保しようとすれば高い賃金・待遇が必要となり、コストは更に増大します。
とはいえ、低賃金で人を使い続ければ、離職が早まったり、最悪は労務トラブル(未払い残業代請求や過重労働など)に繋がりかねません。
特定職種の慢性的不足
最後に、人手不足倒産は、特定の職種において起こりやすくなっています。以下のような労働集約型で、人手に依存する産業では、業界全体として人材確保が困難になっています。
- 建設業
2024年問題(時間外労働の規制が適用)によって、長時間労働の是正と労働環境の変化に追いつけず、人手不足が大きな課題となっています。一般に「キツイ仕事」のイメージがあり、若年層が確保しづらいのも原因です。 - 運送業(物流業)
EC市場の拡大によって荷物量が増加する一方で、人手不足とのギャップが拡大しています。ドライバーの高齢化が進行していることも問題です。 - 介護業界
高齢者人口増加による需要増に対し、介護職員のなり手が少なく、人材確保が最大の課題となっています。
これらの業界では、職場環境の劣悪さ、労働条件の厳しさから応募者が集まりづらく、慢性的な人手不足に悩まされています。そして、人手が足りなくなるほど、人材の離脱や体調不良によって現場が回らなくなるような脆弱な体制が進み、倒産リスクが高くなってしまいます。
人手不足倒産しないための対策
次に、人手不足倒産しないための対策について解説します。人手不足による倒産リスクは、企業努力と戦略次第で回避することが可能です。
人手不足が課題だからといって、ただ求人を続けていても解消しません。新規人材を補充しようと躍起になる前に、社内に潜在している構造的な課題を解決すべきです。
採用戦略を見直す
人手不足の中で人材を確保するには、ただ求人を出すだけでなく、「選ばれる会社」としての魅力を磨く必要があります。情報発信や体制作りの工夫が、採用の成功を左右します。
求人票では、業務内容と給与だけでなく、職場環境ややりがい、育成や福利厚生といった若年層が注目するポイントを記載し、応募者の共感を得やすくします。加えて、自社サイトやSNSを活用して、社員の声や働き方を紹介したり、動画で職場を紹介したりなど、採用広報も欠かせません。
不人気となりやすい中小企業では、待遇面だけでなく、企業理念やビジョンを示し、共感する人材を惹きつけることも重要です。
多様な人材を活用する
人手不足を解消するため、採用の間口を広げ、多様な人材が活躍できる組織を目指しましょう。現在活用していない人材を活躍させる機会がないか、検討してください。
政府も、働き方改革以来、多様な人材の活用を推進しています。
「フルタイムの正社員・若年男性」に限定した採用戦略は、時代遅れです。人手不足の時代、今まで活用してこなかった次のような層にも目を向け、働きやすい環境を整えてください。
女性の活用
女性の社会進出は、より一般的なものとなっています。
女性が働きやすい環境を作るために、次のポイントを検討してください。
- 結婚、妊娠、出産、育児といったライフイベントに理解を示す。
- 時短勤務による配慮、産休と育休といった支援を行う。
- トイレや更衣室を整備する。
- ハラスメント(特にセクハラ・マタハラ)対策を徹底する。
- 活躍できる女性のロールモデルを作る。
業務遂行能力は性別によるものではありません。優秀な女性を積極的に活用すれば、人手不足から脱却することができます。
高齢者の活用
「60歳定年、再雇用後は年収は大幅に減少する」といった働き方が一般的でした。しかし、人手不足を解消するためにも、優秀で元気な高齢者は積極的に活用すべきです。
高齢者を活用しやすくするために、次のポイントを検討してください。
- 一律に定年退職させるのではなく、定年後再雇用や定年延長制度を設ける。
- 元気で意欲のある人材には、引き続き活躍してもらう。
- 高齢者の知識経験を、若手指導に活かす。
長期雇用慣行の下では、定年までは継続的に昇給して人件費が高騰する一方で、定年後は再雇用し、非正規社員として限定的にしか働かせないのが主流でした。しかし、転職が一般化し、一社に長期勤続する人ばかりではなくなった昨今、高齢者の中途採用も有効な方策となっています。
外国人の活用
業種によっては、外国人の活用も検討する余地があります。
例えば、観光業・製造業・介護業など、外国人材の登用が進む分野では、即戦力として期待できます。経済のグローバル化が進行し、外国人を活用してインバウンド需要を獲得する手も有効です。中小企業やベンチャーでも、海外進出の機会が多くある時代となりました。
なお、外国人活用のためには、在留資格(ビザ)や労務管理についての法律知識が必須なので、行政書士、弁護士などの専門家の支援を受けるのが有益です。
非正規社員の活用
正社員だけでなく、契約社員やアルバイト、派遣社員など、非正規の活用も大切です。
同一労働同一賃金の観点から、明確な役割を与え、責任や対価を限定すれば、十分に戦力として扱うことが可能です。正社員に比べて人件費が安価なことも多く、有効活用すれば支出を抑えることもできます。
正社員雇用をする余裕のない会社では、業務委託やフリーランスの活用も重要で、繁忙期や専門業務の発生に合わせて柔軟に対応できるメリットがあります。
働きやすい職場環境を整備する
人材を確保するには、長く安心して働ける職場環境が不可欠です。
人手不足倒産が起こりがちな労働集約型の企業ほど、長時間労働を高く評価する職場環境になっていることが多いです。しかし、これでは従業員の不満がたまり、離職が増えてしまいます。
柔軟な働き方を容認することで、ライフスタイルに合わせた働き方を実践し、多くの人に選んでもらえる企業になることができます。具体的には、残業の削減、時短勤務、フレックスターム、リモート勤務の導入は、優秀な人材の離職防止に効果的です。
一方で、待遇面でも、給与を上げる努力はもちろんですが、安心感や満足度を上げるために、生活を支援するための手当を創設したり、社員をサポートする窓口を設けたり、評価制度を透明化して将来の昇給や出世の見通しを明確にしたりといった工夫が、定着率を高めます。
業務の効率化を進める
そもそも人手の必要ない体制を作ることも、倒産回避に役立ちます。
限られた人材でも支障なく仕事を回すために、業務効率化を進めたり、業務を外注化したりすることが、人手不足倒産の対策となります。具体的には、定型的な業務(勤怠管理、経理、在庫管理など)を積極的にAIやITツールで自動化したり、外部のサービスに任せたりといった方法です。
また、業務を標準化し、一部の優秀な社員に頼り切りにならないようにすべきです。マニュアル化したり省力化したりすることも、人手不足を解消する手段となります。
社内で行う必要のない業務(清掃、総務、IT保守、配送など)は、外注や業務委託に任せるのも有効な手段です。経営資源をコア業務に集中させ、少人数でも最大限の生産性を発揮できる体制を作ることができます。
法務リスクを最小限に抑える
最後に、人手不足の弊害として起こる法務リスクを最小限に抑えることです。
人手が足りないと、既存の社員にしわ寄せが来て労務トラブルが起こる上に、そのトラブルを抑えるための法務人材も不足しがちです。労働法に定められた残業代の支払い、有給休暇の取得、育休・産休といった当然の権利を守れないようでは、「ブラック企業」のレッテルを貼られ、優秀な人材の採用は困難となってしまうでしょう。
労働条件通知書や就業規則など、組織拡大の土台となる資料を準備すると共に、労働時間を把握し、長時間労働や未払い残業代といった法違反を防ぐ努力をしなければなりません。未然に法的リスクを防ぐ「予防法務」の観点が求められます。
法務リスクの管理について、顧問弁護士を依頼して定期的に相談すれば、重大なトラブル発生時にも早急な対応が可能な体制を作ることができます。
「ベンチャー企業向けの顧問弁護士」の解説

人手不足倒産は会社・経営者の責任だと理解する
人手不足で倒産したとき、「その責任は誰にあるのか」という疑問が生じます。
人手不足倒産は会社・経営者の責任と考えるべき場合が多いです。これは、法的責任が生じるケースは当然、そうでなくても、経営判断のミスや誤りが、倒産に直結することが多いからです。
取締役は、会社に対して善管注意義務(会社法330条、民法644条)や忠実義務(会社法355条)を負い、違反した場合は責任を問われます。慢性化した人手不足の対策を講じず、事業継続が困難になった場合、判断ミスとして責任追及される可能性があります(ただし、経営判断には裁量の余地があり、経営判断の原則が適用される結果、合理的な判断であれば尊重されます)。
例えば、次のような人手不足倒産は、「経営判断ミス」と考える余地があります。
- 最低賃金改定への対応を怠った。
- 労働法違反の劣悪な労働環境を放置した結果、離職が相次いだ。
- 明らかに過大な業務を社員に課し、現場の疲弊を無視した。
内部通報があったり、労働基準監督署の指摘を受けていたりといった事実があったにもかかわらず放置していたなら、責任は重いと考えられます。
人手不足が常態化している企業では、残された従業員に過度な負担がかかります。その結果、長時間労働や有給休暇の未消化といった労働問題が発生しがちです。
会社には、労働者を安全に働かせる義務(安全配慮義務)があるので、労働環境が原因で精神疾患になったり、過労死や自殺に至ったりした場合は、同義務への違反として損害賠償を請求されるリスクもあります。
今いる社員を大切にして、働きやすい環境づくりをするのも経営者の責任です。
働きやすく、労働条件も良好な会社なら、離職や転職、独立も起こりづらく、人手不足倒産が起こりにくい体質を構築できます。
「倒産するときの従業員への告知」の解説

まとめ

今回は、社会問題化している「人手不足倒産」について解説しました。
人手不足倒産は、単なる労働力の欠如というだけでなく、経営戦略や組織づくり、労務管理の課題が複合的に絡み合って起こります。特に近年は、採用難に加え、離職率の上昇や業務の属人化など、社内の課題が原因となって倒産に至るケースが増えています。
人手不足倒産は、経営改善によって防止できることも多いです。経営者は、採用戦略の見直し、業務効率化、労働法の遵守といった対策を通じて、働きやすい環境を整備することが大切です。
「人手が足りない」という課題を、経営改善のきっかけと捉えて対策を講じることが、持続的な成長の第一歩となります。原因を特定し、改善するためにも、ぜひ一度弁護士に相談してください。
- 人手不足倒産の原因は、社内・社外双方にあるが、対策を講じる必要がある
- 人手不足倒産の予兆に気づかず、放置してしまうのは経営者の責任
- 人手不足倒産の対策は全社的に進め、根本的な課題を解決する必要がある
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