御社の従業員(社員)が、会社の金品を横領していることが発覚したとき、会社としてどのような対応が適切なのでしょうか。
特に、次のような労働者は、日常的に会社の金品に触れる業務をしていますから、横領を行おうという悪意があれば、横領をすることは非常に簡単です。
- 経理担当の職員
- レジ打ち係の従業員
- バス、タクシーの運転手
横領が発覚した後、従業員が「謝罪」と「弁償」を申し出ているとしても、会社としては、ケジメをつけるためにも処分(懲戒解雇、損害賠償など)をしなければならないというケースが多くあります。
甘い処分で済ませてしまうと、他の従業員(社員)から、「うちの会社では、横領をしてもこの程度の処分で済むのか。」と思われてしまいます。
また、従業員から、横領をした被害金の「弁償」を受け取るときにも、注意しておくべき労働法上の難しいポイントがあります。
他方で、従業員が横領を認めなかったり、弁償を拒否して自主退職してしまったりするケースでは、労働トラブルが激化するおそれがあります。
今回は、従業員の横領・着服が発覚した場合に、懲戒処分から損害賠償まで、会社のとるべき適切な対応を、企業法務に強い弁護士が解説します。
1. 従業員の横領への初動
まず、横領が発覚した従業員に対する責任追及の方法を決めるにあたっては、横領した従業員に対する初動対応が重要です。
「初動対応」を誤ると、従業員に横領行為を否定されてしまったり、適切な制裁(ペナルティ)を科すことができなくなってしまったりするおそれがあるため、スピードを重視しながら慎重に進めてください。
1.1. 横領行為の発覚
従業員が横領行為をしていたことが発覚したとき、会社としては、まず、横領の有無、被害金額を確定することが最も重要です。
つまり、「本当に横領をしているのかどうか。」という点と、「いくらの金銭を横領したのか。」という点です。
単純な横領の場合、帳簿や防犯カメラなどの証拠を調べればすぐにわかる場合もありますが、周到な計画を立てて行った悪質な横領では、見破るのが困難なケースも少なくありません。
1.2. 横領事実の調査
そこで、横領行為の有無、被害金額を確定するため、会社として、適切な調査を、スピーディに進めなければなりません。
また、事実調査によって判明した事実は、従業員の横領行為の「悪質性」にもかかわることとなります。例えば、被害金額が多ければ多いほど、悪質であったといえます。
会社が、従業員による横領行為の調査を行う方法には、次のようなものがあります。
- 提出された領収書の裏どり
- 会計帳簿の精査
- 取引先に対するアンケート
- 店内の防犯カメラのチェック
横領行為が悪質であればあるほど、横領を行った従業員は、調査でバレないように用意周到に準備します。
横領行為の確実な調査のためには、企業法務に強い弁護士のサポートが有益です。
横領行為の調査をすすめるときのポイントは、横領行為を行った社員から事情聴取をするよりも先に、書類などの客観的資料を精査しておくことです。
というのも、用意周到に横領の準備を進め居ていた社員ほど、口裏合わせを行ったり、もっともらしい言い訳を考えだしたりして準備しているからです。
先に書類などの客観的資料を精査しておけば、社員の言い訳に対しても、「客観的資料や調査結果と矛盾している!(整合していない!)」と切り崩していくことができます。
1.3. 自宅待機命令
会社が、横領行為を調査している間は、横領を行った従業員に対して、自宅待機を指示しておきましょう(自宅待機命令)。
横領を行った疑いのある社員に対して、自宅待機を命令することには、次の2つの目的があります。
- 横領行為の再発を防止すること
- 取引先、従業員との口裏合わせを防止すること
自宅待機命令をしている期間中の賃金を払わなければいけないかどうかは、横領の違法性や、横領行為を行ったという疑いの程度によって異なります。
1.4. 横領した社員の事情聴取
会社の資料調査がある程度終了したら、次はいよいよ、横領した疑いのある従業員の事情聴取を行っていきましょう。
先ほど解説しましたとおり、「自宅待機命令」をしている場合には、日時・場所を決めて出社を命令します。
社員の事情聴取のとき、当該従業員がした弁明は、すべて記録に残すようにしてください。そのため、事情聴取は、「質問役」と「メモ役」の必ず2名体制行います。
横領した従業員への事情聴取の日時・場所が決まったら、質問事項をあらかじめ準備します。重要な質問ポイントはケースによって異なりますが、例えば次のようなものです。
- 横領行為を行ったことを認めるかどうか。
- 「謝罪」「反省」「弁償」の意思があるかどうか。
- 横領行為の時期と、詳細な金額。
- 横領行為に伴って持ち出した物品の返還。
- 横領の際に利用された書類の収集。
- 筆跡、捺印などの痕跡が本人のものであるかどうか。
- 他の従業員、取引先などの協力者がいるかどうか。
横領行為をしてしまった社員が、横領行為を否定しようとする場合には、よほど用意周到に準備をしていた悪質な社員でなければ、弁明が途中で矛盾することが少なくありません。
弁明、反論が二転三転したり、客観的資料と矛盾したりするときに、すぐに指摘ができるよう、事情聴取の記録は、正確にとっておきましょう。
2. 横領した従業員への責任追及
ここまで解説しました初動対応を適切に行った結果、従業員が横領行為を行っていたことが明らかとなったときには、次に、横領を行った社員に対する責任追及を考えていきます。
従業員の横領が発覚した場合、会社として行う責任追及は、次の3つの観点から対応することを検討します。
- 会社内での責任(懲戒解雇、懲戒処分、人事処分など)
- 民事上の責任(損害賠償請求)
- 刑事上の責任(業務上横領罪、背任罪)
実務的には、横領された被害金額にもよりますが、これら3つの責任追及を合わせ技で適用するか、話し合いの上で、謝罪と弁償を条件に責任追及を猶予するという対応となります。
2.1. 懲戒解雇
会社の金品を横領する行為は、懲戒処分の対象となる「企業秩序の侵害」にあたることは明らかです。
したがって、会社内での制裁(ペナルティ)としては、「懲戒処分」が考えられます。
そして、横領行為ほどの重大な違反行為のケースでは、「懲戒処分」の中でももっとも厳しい「懲戒解雇」とすべきケースが多いと考えます。
「懲戒処分」の中には、退職を前提とした「懲戒解雇」という厳しい処分だけでなく、会社には残ることを前提とした、「けん責」「戒告」「減給」「出勤停止」といった懲戒処分があります。
それぞれ、横領行為の違法性、回数、計画性などにしたがって、どの程度の悪質な横領かによって判断してください。
「懲戒解雇」は、会社が従業員(社員)に対して下す処分の中でもっとも厳しいものであり、次のような高いハードル(条件)を乗り越えなければ、違法、無効となってしまうおそれがあります。
- 懲戒解雇の理由は、就業規則に定められている必要があります。
- 懲戒解雇とすることが相当なほどの問題行為がある必要があります。
- 懲戒解雇とする前に、対象となる従業員に弁明の機会を与える必要があります。
2.2. 損害賠償請求
横領した金額について、損害賠償請求をすることが考えられます。つまり「被害弁償」ということです。
損害賠償請求をするときに注意するポイントは、「会社から従業員に対する損害賠償請求は制限されるのではないか?」という点です。
また、横領行為を行ってしまうような従業員にはあまり経済的余裕がないことがあります。
そのため、従業員本人に対する損害賠償請求によって被害弁償の目的が達成できない場合、身元保証人に対する損害賠償請求を検討します。
入社時に、「従業員が会社に対して損害を与えた場合には、身元保証人が保証する。」という旨の、 身元保証書 を取り付けておくように注意しましょう。
2.3. 刑事告訴
ここまで解説しました「懲戒解雇」「被害弁償」は、いずれも民事上の責任追及の方法です。
これに対し、業務において横領行為を行った場合には、刑法に定められた業務上横領罪に該当し、10年以下の懲役刑となります。
刑法第253条(業務上横領)業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の懲役に処する。
従業員が「業務において」行った横領行為は、非常に厳しい刑事罰が科さられるということです。
会社として、従業員を刑事罰として処罰してほしいと考えるときは、警察に対し、告訴状を提出し、刑事告訴を行います。
3. 損害賠償請求するときのポイント
横領を行った従業員に対して、損害賠償請求をするときのポイントは、次の4つです。
- 横領した金額の、全額の賠償を請求することができるか?
- 給料相殺することができるか?
- 退職金を支払う必要があるか?
- 被害弁償を受け取るとき、どのような手続きをとるべきか?
では、横領した社員に対して損害賠償を請求するときの3つのポイントについて、弁護士が順番に解説していきます。
3.1. 全額請求できる?
会社が従業員に対して損害賠償を請求するとき、労働契約の性質として「労働者の労働によって会社が利益を得ている。」ため、損害賠償額を一定程度に制限した裁判例があります。
つまり、労働者は会社の利益のためにはたらいているため、いざミスをしたときに会社が社員に対して、損害の全額を請求することは信義則に反する、ということです。
しかし、横領行為は「故意」ですから、必ずしもこの裁判例はあてはまりません。
従業員が、「故意」で会社に損害を与えた場合には、悪質な行為であるといえますから、被害を受けた全額を、損害賠償請求することができます。
横領行為が行われるよりも前から、あらかじめ損害賠償額を予定しておくことは労働基準法によって禁止されています。
例えば、就業規則や雇用契約書で、「従業員が横領をした場合には、500万円の罰金を支払わなければならない。」といったルールは、労働基準法違反です。
ただ、現実に発生した損害について、発生した後で賠償請求をすることは、この労働基準法で禁止された「損害賠償の予定」にはなりません。
3.2. 給料から相殺できる?
たとえ横領をした従業員であっても、働いた時間分の給与を受け取る権利があります。
横領をして会社に損害を与えた場合であっても給与を支払わなければいけないのは納得がいかないでしょうが、労働法的には支払わなければなりません。
そのため、悪質な横領行為が許せないとき、支払わなければいけない給料から、被害金額を差引き(相殺)したいと考えることでしょう。
しかし、給料や退職金から相殺を行うためには、従業員(社員)の同意が必要となります。被害弁償を給与からの相殺で行いたいときは、必ず「相殺の同意書」を取得しましょう。
3.3. 退職金を払う必要がある?
いざ退職をすることとなった場合には、退職金が発生します。
自主退職をする場合に対して、横領が発覚したことを理由として懲戒解雇をする場合、就業規則のルールにしたがって、退職金を減額、不支給とすることが考えられます。
ただし、退職金の減額、不支給は、裁判例では、懲戒解雇よりも更に高いハードルがあるといわれています。そのため、懲戒解雇、退職金不支給という厳しい処分を行うときは、弁護士によるアドバイスが必要です。
3.4. 被害金を受け取るときの手続は?
被害金を受け取るときの手続きとして、支払誓約書や公正証書など、何らかの書面を用意する必要があるのでしょうか。
横領されてしまった被害金を、できるだけ確実に回収するためにも、法的にも適切な方法で、回収の努力をしておくべきです。
まず、「支払誓約書」に、従業員の署名押印をもらうようを心がけてください。支払誓約書に書くべき内容は、最低でも次の2点です。
- 具体的な横領金額について、横領したことを認めること。
- 横領した金額を会社に対して返還すること。
横領を行うような社員は、そもそも経済的余裕がない場合が多いため、「支払誓約書」を作成するときには、分割払いの交渉を行うことも考えられます。
また、責任が重いことを知らしめるために、「支払誓約書」を公正証書とし、強制執行が可能なようにしておく方がよいケースもあります。
4. 懲戒解雇するときのポイント
横領行為を行った従業員に対して、懲戒解雇とするときには、特に注意を払わなければなりません。
というのも、懲戒解雇は、会社が行う対応の中でも最も重い制裁(ペナルティ)になることから、労働審判、訴訟などの法的手続きで争われた場合に、厳しいハードルを越えなければならないためです。
つまり、「合理的な理由がない」もしくは「社会通念上不相当」と裁判所で判断されれば、懲戒解雇が権利濫用として無効となってしまうおそれがあるからです。
労働契約法15条使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
懲戒解雇が無効となると、解雇していたと思っていた期間中も労働者であったこととなるので、その労働者が復職してくることはもちろんのこと、解雇期間中の賃金(給与)を支払わなければなりません。
また、話し合いによって、労働者が退職することとなった場合であっても、「懲戒解雇が無効となりそうだ。」という場合には、多額の解決金を支払わなければならなくなるおそれがあります。
そこで、懲戒解雇が無効となるような最悪のケースとならないよう、懲戒解雇とするときは、次の4つの原則に注意して対応してください。
- 罪刑法定主義
:懲戒解雇をすべき理由と、懲戒解雇となるべきことを就業規則にあらかじめ記載しておく必要があります。 - 平等の原則
:過去の御社における同種の事例と、同程度の処分とする必要があります。 - 相当性の原則
:当該行為の悪質性、経緯、情状などを考慮した相当な処分である必要があります。 - 適正手続の原則
:懲戒解雇の前に本人の弁明を聞き、適正な手続きに則って行う必要があります。
5. 横領の予防と、再発防止
ここまでは、実際に横領行為が会社内で行われたときの対処法について、弁護士が解説してきました。最後に、横領行為の予防と再発防止についてまとめておきます。
従業員による横領行為が起きてしまった場合、これまでの会社における労務管理の方法に不十分な点がなかったかどうか、あらためてチェックしておきましょう。
横領行為が起きやすい会社の体質[として、次のポイントに当てはまることがないかどうか、御社の労務管理を今一度見直してみてください。
- 会社の金銭の管理を、特定の従業員に任せきりにし、監督をしていない。
- 経理処理のダブルチェックが行われていない。
- 出入金の記録をこまめにつけていない。
- 経営者が、会社の通帳、帳簿のチェックを怠っている。
- 少額の横領を、見てみぬふりをしている。
- 入社時に身元保証人をつけていない。
会社の体制に問題があって、横領行為が起こりやすくなっていたときは、横領を行った従業員に対してどれほど厳しい制裁を加えたとしても、同様の横領がまた起こるおそれがあります。
横領行為によって、会社に対する金銭的な損失が生じるのはもちろんですが、労務管理の体制をチェックせずに放置しておいては、「横領がよく起こるブラック企業だ。」という御社のイメージダウンにつながりかねません。
6. まとめ
横領した従業員に対して、会社が行うべき適切な初動対応と、責任追及の方法について、企業法務に強い弁護士が解説しました。
従業員による横領は、経済的損失となるばかりか、企業イメージのダウンにもつながる重要な問題であり、軽視することはできません。
横領行為が発覚したときは、感情的になって闇雲な対応を行うのではなく、正しい労働法の理解の下に、対策を進めていきましょう。