会社(使用者)は、労働者(従業員)を雇うときには、その労働条件を理解してもらうために、事前に労働条件を明示しなければならないこととされています。
平成30年(2018年)6月29日に可決された働き方改革関連法では、労働基準法における労働条件明示のルールは変わらなかったものの、厚生労働省令が改正されたことにより、新たな明示方法が許されることとなりました。
新たな明示方法は、平成31年(2019年)4月1日から利用できます。
今回は、時代の流れを受けて、法改正で新たに許されることとなった、メール・FAXなど電子的な手法による労働条件明示について、弁護士が解説します。
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労働条件の明示義務とは?
「働き方改革」による法改正以前から、会社(使用者)は、その雇用する従業員に対して、一定の労働条件について明示しなければならないという義務を負っていました。
法改正後の新しいルールを理解していただく前提として、まずは従前のルールを理解しましょう。明示方法について新しい方法が認められた以外は、従前のルールを踏襲しているためです。
労働条件の明示義務の「目的」
労働者が、雇用された場合の労働条件を理解して、納得の上で雇用契約を締結するためです。
労働条件を伝えなかったり、故意に嘘の労働条件を教えたりすることで求人力を上げ、実際に雇用した後は劣悪な労働条件ではたらかせる、ブラック企業による「求人詐欺」を防止する目的もあります。
労働条件の明示義務の「内容」
労働条件の明示義務についての、労働基準法(労基法)のルールは、次のとおり定められています。
あわせて、労働条件が明示されたものと違った場合、つまり「求人詐欺」の場合の救済についても規定されています。
「求人詐欺」が起こった場合には、労働者は、「即時」に労働契約を解約できます。このことは、「自主退職の場合、原則として2週間前の告知が必要」という民法の定めの例外となります。
労働基準法15条1. 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
2. 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
3. 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
「書面」による明示義務
この労働条件の明示義務のうち、特に重要な労働条件については、書面によって明示することが義務化されていました。書面の場合「労働条件通知書」という書面によって明示します。
つまり、「賃金」、「労働時間」など、労働者にとって関心の高い労働条件は、「言った言わない」の争いが起こりづらいよう、書面によって証拠化しておくこととされていたのです。
書面によって明示しなければならない労働条件は、次の11項目であり、これは改正後も変わっていません。
- 一 労働契約の期間に関する事項
- 一の二 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
- 一の三 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
- 二 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
- 三 賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
- 四 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
- 四の二 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
- 五 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第八条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項
- 六 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
- 七 安全及び衛生に関する事項
- 八 職業訓練に関する事項
- 九 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
- 十 表彰及び制裁に関する事項
- 十一 休職に関する事項
「労働条件通知書」と「雇用契約書(労働契約書)」の関係
「労働条件通知書」は、「雇用契約書(労働契約書)」の書式と似ていますが、役割の異なるものです。
「雇用契約書(労働契約書)」が、労使間の合意を意味する書面であるのに対して、「労働条件通知書」は、契約締結前に労働条件を明示し、納得してもらうための書面です。
実務上、「労働条件通知書」の下部に、労働者の署名欄を設けることによって、「労働条件通知書」と「雇用契約書(労働契約書)」を1つの書面で済ませることもあります。
注意ポイント
「雇用契約書(労働契約書)」は、必ずしも書面による必要はありません。
しかし、労働条件の明示をメールなど電子的な方法で行う場合には、労働条件の明示のときに、同時に「署名押印」をしてもらうことができません。
「雇用契約」の合意を、あわせて証拠化しておく必要があります。
新しい労働条件明示の方法
平成30年(2018年)6月29日に成立した、いわゆる「働き方改革法」と時期を同じくして、労働基準法施行規則5条が改正されました。
新たな明示方法は、平成31年(2019年)4月1日から利用できます。
労働基準法施行規則5条は、さきほどご紹介した労働基準法15条による「労働条件の明示義務」について、詳細なルールを定めた厚生労働省令です。
労働基準法施行規則5条1. 使用者が法第十五条第一項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は、次に掲げるものとする。ただし、第一号の二に掲げる事項については期間の定めのある労働契約であつて当該労働契約の期間の満了後に当該労働契約を更新する場合があるものの締結の場合に限り、第四号の二から第十一号までに掲げる事項については使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、この限りでない。
一 労働契約の期間に関する事項
一の二 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
一の三 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
二 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
三 賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
四 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
四の二 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
五 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第八条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項
六 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
七 安全及び衛生に関する事項
八 職業訓練に関する事項
九 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
十 表彰及び制裁に関する事項
十一 休職に関する事項2. 使用者は、法第十五条第一項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件を事実と異なるものとしてはならない。
3. 法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める事項は、第一項第一号から第四号までに掲げる事項(昇給に関する事項を除く。)とする。
4. 法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。ただし、当該労働者が同項に規定する事項が明らかとなる次のいずれかの方法によることを希望した場合には、当該方法とすることができる。
一 ファクシミリを利用してする送信の方法
二 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。以下この号において「電子メール等」という。)の送信の方法(当該労働者が当該電子メール等の記録を出力することにより書面を作成することができるものに限る。)
今回改正された部分は、太字部分となります。
従前から改正された内容は、詳しく解説すると、次の2点です。
- 明示された労働条件が、事実と異なるものであってはならない、とする改正
- 労働条件明示の方法として、新たに、労働者が希望するときはFAX、メールによる通知を認める、とする改正
メールやチャット、LINEなどのITサービスの一般化や、求人詐欺の横行の防止などが、この度の改正の趣旨です。
メール・ファックス等による通知は、既に、パートタイム労働法6条1項に基づく労働条件の明示や、派遣法34条に基づく就業条件明示で、認められていました。
新しい方法で労働条件を明示するときの注意点【会社側】
改正前の過去にも、会社から、「労働条件をそもそも書面によって通知していなかった」というご相談が多く寄せられてきました。
この度の改正で、平成31年(2019年)4月1日から利用できる新しい方法(メール・FAXなど)で労働条件を明示するときにも、電子的な方法だからといって、軽くみてはいけません。
新しい方法によって、労働者に対して労働条件を通知するときの、会社側(使用者側)の注意点について、弁護士が解説します。
労働者が希望した場合に利用できる
労働条件の明示を、メールなどの新しい方法によって行うことができるのは、「労働者が希望した場合」に限られています。会社が一方的に、書面によらない明示を選ぶことはできません。
労働条件の明示が、採用後に「実際に聞いた労働条件と違った」という労使トラブルを未然に防ぐためにあることから、「労働者が希望したかどうか」についても、会社側で証拠化しておくことが望ましいです。
つまり、あくまでも、書面による明示方法が原則的な方法ということです。
そのため、労働条件の明示を、たとえばメールでおこなったとしても、その証拠を残すためにメールデータを保存する必要があり、労働者側でも、印刷するなどして書面化が容易な方法を利用することがお勧めです。
許される明示方法・ツールは?
今回新たに許されることとなった「電子メール」の定義は、「特定電子メールの疎往診の適正化等に関する法律」(特定電子メール法)に、次のとおり定められています。
特定電子メール法2条1号電子メール 特定の者に対し通信文その他の情報をその使用する通信端末機器(入出力装置を含む。以下同じ。)の映像面に表示されるようにすることにより伝達するための電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。)であって、総務省令で定める通信方式を用いるものをいう。
この中には、「電子メール」の典型例である「Eメール」以外にも、さまざまな通信手段が含まれます。
- Eメール(プロバイダメール、フリーメールを含む)
- RCT(リッチ・コミュニケーション・サービス)
- SMS(ショートメッセージサービス)
- LINE・FacebookなどのSNS(ソーシャルネットワークサービス)
- Chatwork、Slackなどのチャットツール
ただし、通信手段の種類によっては、長期的に保存ができない種類のサービス(保存期間が短期に制限されたクラウドサービス、SNSなど)もあります。
そのようなサービスによって労働条件を明示するときには、あらかじめ労働者に対して、画面のキャプチャー、プリントアウトなどの方法により、労働条件を手元に保存しておくよう周知することが望ましい対応です。
送信する電子メールの内容は?
電子メールなど、新しい方法によって労働条件を明示するとき、送信する電子メールの内容はどのようなものがよいでしょうか。
結論から申しますと、法改正前後で、明示の「方法」が変わっただけで、明示の「内容」は変わりません。そのため、従前の労働条件通知書と、同内容を通知する必要があります。
特に、メールやLINE、チャットなどで労働条件を明示するときに、省令に定められた労働条件を漏らさず記載するのは当然ですが、次の情報を記載することを忘れがちですので、注意が必要です。
- 労働条件を明示した年月日
- 会社名、代表者名、担当者名
- 就労義務のある事業場名
電子メールが届かなかったときは?
電子的な方法によって、労働条件を明示する場合に、「届かなかった」というトラブルが起こり得ます。書面で直接交付するのであれば発生しない問題点です。
特に、労働者側が、パソコンからのメールを受信拒否設定にしていたり、メールの通知設定をオフにしていたりして、労働条件の明示が、労働者に認識されていない、というケースがあります。
労働者が、あたらしい方法による労働条件の明示を希望する場合には、あらかじめ、次のような方法によって「メールが届かなかった」というトラブルを回避する努力が、会社側に求められます。
- メールの受信拒否設定を解除しておくよう、労働者に伝えておく
- 労働条件を明示する日を伝え、その日中に連絡がない場合には確認するよう注意する
- 労働条件を明示するメールに、返信確認を求める
労働条件を「SNS」で明示するときの注意点
Facebook、インスタグラム、Twitter、LINEなど、多くのSNS(ソーシャルネットワークサービス)が、日常的な連絡手段として一般に浸透しています。
そのため、労働条件を、電子的な方法によって明示、通知してもらおうと考えたとき、SNSによる方法を希望する労働者も、増えてくる可能性があります。
「労働者の希望」があれば、SNSを含む電子的な方法によって労働条件を明示することが会社に許されていることはここまで説明したとおりですが、SNSを利用するときには、特有の注意点があります。
プライバシー・個人情報に注意
第一に、SNS(ソーシャルネットワークサービス)は、Facebookメッセンジャー、Twitterのダイレクトメッセージ(DM)などが日常的な連絡手段となっていることから、軽く送信してしまいがちな面があります。
しかし、電子的な方法による場合であっても、労働者が会社に応募・採用・入社する際には、多くのプライバシー、個人情報に該当する情報が授受されることを知っておかなければなりません。
SNSによって労働条件を明示することを希望された場合であっても、会社側として、第三者にその労働条件が知られてしまうような方法で明示してはいけません。
例えば、Facebookのタイムラインへの書き込み、Twitterのリプライ、RTなどは、社外の第三者の目に触れる可能性があるため、労働条件の明示方法として適切ではありません。
文字数制限に注意
第二に、SNS(ソーシャルネットワークサービス)は、短い情報でコミュニケーションをとることに優れているため、文字数制限が設けられていることがあります。
限られた文字数の中で、労働条件を適切に伝えられればよいのですが、労働条件として明示すべき事項は、さきほど解説したとおり省令で定められており、多岐にわたります。
また、情報を限定して労働者につたえようとして情報を絞ったことにより、「実際の事実と異なる労働条件を伝えられ、騙された」という求人詐欺のクレームを受けてしまっては、元も子もありません。
労働条件を納得のいくまで伝えられる文字数の方法によるか、PDFによって労働条件通知書を添付するといった方法によることがお勧めです。
保存期間に注意
第三に、SNS(ソーシャルネットワークサービス)の中には、情報の保存期限が定められているものが少なくありません。大人数の利用を想定しており、データの保存量に限界があるからです。
SNSによる明示を労働者が希望した場合に、労働者が、この期限に気づいていないと、トラブルの元となります。
「会社側が、SNSの保存期間まで気にしなければならないのか」という声も聞こえてきそうですが、せっかくトラブルの事前予防のために労働条件を明示するわけですから、万全を期しましょう。
特に、クラウド上にデータが保存されており、自分のパソコンには保存されていない場合に、「明示された労働条件を後から見直そうとしたら、削除されてしまっていた」というトラブルが起こり得ます。
嘘の労働条件を明示してしまったら?
さきほど解説しました、新しい方法(メール・FAXなど)による労働条件の通知に関連して、昨今増加中の「求人詐欺」に対応すべく、「事実と異なる労働条件を通知してはならない」ことが明文化されました。
虚偽の労働条件を明示してはならないと定める労働基準法施行規則5条には、違反に対する罰則は定められていませんが、「求人詐欺」は問題です。
虚偽の労働条件を明示した場合には、今回の明文化によって、「実際と異なる労働条件の明示では、労働基準法15条の労働条件明示義務を果たしていない」と考えてよいでしょう。
悪意はなく、入社時に、事実とは異なる労働条件を明示してしまっていたことに気づいたときは、直ちに正しい労働条件を、書面・FAX・メールなどの認められた方法で明示してください。
わざとではなかったとしても、結果として事実と異なる労働条件の明示になってしまっていた場合、「求人詐欺」を行う会社だと話題になると、企業の社会的評価は大きく下がることとなります。
「人事労務」は、弁護士にお任せください!
今回は、働き方改革と同時期に改正のあった、厚生労働省令による、労働条件明示の新しい方法(メール・FAXなど)について、弁護士が解説しました。
従来から、労働条件を入社前に明示しなければならないことは会社側(使用者側)の義務とされていました。新しい方法(メール・FAXなど)であっても、明示義務を果たしたことを、確実に証拠としてのこしておく必要があります。
会社が労働者を採用、雇用するにあたって検討しておくべき注意事項について、ご不安がおありの会社は、ぜひ一度、人事労務に詳しい弁護士にご相談ください。
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