「債権譲渡契約」は、企業経営において少なからず遭遇します。企業の取引は、債権・債務の関係で成り立っているためです。
「債権譲渡契約」は、債務の弁済に代えて債権を譲渡する「代物弁済」のケースや、債権を担保とする「債権譲渡担保」のケース、第三者に取立てをさせるケースなど、様々なケースで利用されます。
例えば、A社に対して売掛金1千万円の債権を有していたところ、A社から、「弁済に代えて、A社のB社に対する売掛金債権を御社に譲渡する。」と言われた場合、企業としてどのような対応をするべきでしょうか。
A社のB社に対する債権を譲り受ける際には、A社と債権譲渡契約を締結し、B社に通知する必要があります。
そこで、債権譲渡の仕組みをよく理解し、「債権譲渡契約書」作成の重要ポイントをおさえることが大切です。
今回は、「債権譲渡契約書」の作成とチェックの基本ポイントを、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 債権譲渡契約とは?
「債権譲渡契約」とは、債権の同一性を保ったまま、債権の譲渡人から、債権の譲受人に移転させる契約のことを指します。
「債権譲渡契約」は、債権回収の一手段として利用されることが多いですが、他にも債務の肩代わりの目的などに利用されることもあります。
最近では、債権譲渡担保や不良債権回収の手段として利用されることも増えてきました。
2. 債権譲渡契約書作成時のチェックポイント
早速、「債権譲渡契約書」作成のときに気をつけなければならない基本的事項について、弁護士が解説していきます。
債権の譲渡人は、債権譲渡をすることにより、自己の債権回収を図ることができます。
なお、譲渡債権の金額がいくらであっても、譲渡代金の額をいくらにするのかは、譲渡人と譲受人との間で自由に決定できます。
譲渡代金の金額を決める際には、対象となる債権の金額以外に、回収可能性などの諸事情が影響してくるためです。
すなわち、譲渡する対象となる債権の金額が100万円であったとしても、回収可能性が非常に低い債権であれば、非常に安くまとめ売りされるケースも少なくないということです。
2.1. 譲渡対象債権の特定
譲渡対象債権は、可能な限り具体的に特定し、「債権譲渡契約書」に明記しましょう。
のちの紛争防止を図るためには、第三者の目から見ても、譲渡対象債権がいかなる債権を指しているのか、明確かつ一義的であることが必要です。
特定の方法としては、次の要素によって特定することが考えられます。
- 債権の発生原因
- 債権の発生日時
- 債権額
- 債権の弁済期
例えば、「債権譲渡契約書」における譲渡対象債権の特定は、次のような記載です。
- 発生原因:平成○○年○○月○○日付金銭消費貸借契約に基づく貸付金元本債権及び利息債権
- 既貸付額:○○万円
- 弁済期:平成○○年○月○日
- 利息:年○パーセント
2.2. 対抗要件具備に関する条項
「債権譲渡」を債務者や第三者に対抗するためには、対抗要件を具備する必要があります。
民法において、債務者に対する対抗要件と、第三者に対する対抗要件は、次の通り異なっています。
- 債務者対抗要件:債務者に対する債権譲渡通知または承諾(民法467条1項)
- 第三者対抗要件:「確定日付のある証書」での債務者に対する債権譲渡通知または承諾(民法467条1項2項)
対抗要件の1要素となる「債権譲渡の通知」は、譲受人が譲渡人に代わって行うことはできません。
これを許してしまえば、「債務を譲り受けた。」と勝手に名乗る人が、債務者に対して次々通知をしてしまうことでしょう。
譲受人としては、譲渡人が債務者に通知をしてくれないと採る手段がありませんから、「債権譲渡契約書」を作成するにあたっては、譲渡人に通知を義務付けるような条項を入れる必要があります。
また、紛争予防の観点から、第三債務者の承諾を得て「確定日付」をとりましょう。
仮に、承諾を得られない場合には、配達証明付きの内容証明郵便で債権譲渡の通知をします。
債権譲渡契約書に盛り込むべき具体的な条項は、次のようなものが考えられます。
第○条(債権譲渡の通知等)
1 甲は、丙に対し、本契約締結後7日以内に遅滞なく債権譲渡の通知をするか、又は丙の承諾を得なければならない。
2 前項の通知をし、又は承諾を受けるには、確定日付ある証書をもって行わなければならない。
3 甲は、乙による譲渡債権の権利の保全又は行使について、必要な協力をし、権利行使に必要な書面及び証書類を乙に交付しなければならない。
この条項を入れた「債権譲渡契約書」を締結することにより、譲渡人は、譲受人に対して、債権譲渡の対抗要件を備えるための協力をすべき義務が生じます。
2.3. 表明保証(譲渡禁止特約の不存在・抗弁事由の不存在)
「債権譲渡契約書」には、以下の2点について譲渡人側の表明保証を定めておきましょう。
なお、「表明保証」とは、契約の一方当事者が、他方当事者に対して、一定の事実ないし状態が真実かつ正確であることを、表明し、保証する契約書上の条項をいいます。
- 譲渡禁止特約の不存在
- 相殺などの抗弁事由の不存在
2.3.1.譲渡禁止特約の不存在
譲渡禁止特約の付いた債権である場合には、譲渡を受けたとしても、譲受人が譲渡禁止特約の存在を知らないことに故意、重大な過失があるときは債権を取得できません(民法466条2項但し書き)。
そのため、譲受人の側で「債権譲渡契約書」をチェックする場合には、債権が譲渡禁止特約が付いたものでないことが大前提となります。
したがって、債権譲渡の対象となる債権が、譲渡禁止特約付債権ではないことについて、譲渡人に表明保証をさせることが必要です。その旨、「債権譲渡契約書」に明記しておきましょう。
2.3.2. 相殺などの抗弁事由の不存在
債権譲渡は、債権の同一性を保ったまま債権を移転するという契約です。
そのため、債務者は債権譲渡の通知を受けた場合であっても、譲渡人に対して対抗することができた事由を譲受人に対しても対抗できます(民法468条2項)。
よって、債権の譲受人としては、自分のあずかり知らない抗弁事由があっては、せっかく譲り受けた債権を行使できないこととなります。
「抗弁事由の不存在」についても、譲渡人に表明保証をさせることが必要です。その旨「債権譲渡契約書」に明記しておきましょう。
2.4. その他のポイント
以上解説してきた「債権譲渡契約書」作成のポイントの他に、譲渡債権の性質によって、特有のポイントについては別途、「債権譲渡契約書」に規定することを忘れないようにしましょう。
例えば、銀行の貸出債権では、銀行取引約定書の適用を排除する旨の条項、根保証がある場合には、保証人の承諾を得る旨の条項を明記することが必要です。
3. 債権譲渡に関わる民法改正案のポイント
いよいよ、約120年ぶりとなる民法(債権法)の改正が迫ってきました。
民法が改正されますと、企業法務実務は大きな影響を受けることになります。
特に、債権法に関する大幅な改正が予定されることから、今回解説する債権譲渡契約書の際に注意すべき点について解説していきます。
3.1. 譲渡制限に反する譲渡も有効になる
現在の民法では、「譲渡禁止特約が付されている債権は譲渡できない。」というのが原則です。これを、「物権的効力」という場合があります。
現在の民法では、民法466条に「債権は、譲り渡すことができる。」「前項の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には、適用しない。」とあることから、当事者が「反対の意思表示」すなわち「債権の譲渡禁止の意思表示」を行った場合には、債権は譲り渡すことができないと解釈されているのです。
これに対し、民法改正案では、債権譲渡禁止特約が付されていても、債権譲渡は「有効」とされるので現行法とは反対の結論となります。
ただし、「債権譲渡禁止特約」の存在について悪意重過失の第三者に対しては、債務者は履行を拒絶でき、譲渡人に対する弁済等をその第三者にも対抗できます(要綱仮案 第19、1(1))。
3.2. 預貯金債権の譲渡禁止の例外
預貯金債権については、例外的に取り扱われます。
預貯金債権の場合には、譲渡制限特約が付されていれば、悪意重過失の譲受人に対し、譲渡制限が有効であることを主張できるのです(第19・1(5)ア、)。
以上を簡単に説明しますと、譲渡禁止特約について譲受人が悪意重過失の場合、現行法では債権譲渡は「無効」ですが、改正法では逆の結論、つまり「有効」となるのです。
そして、譲渡債権の譲受人は、たとえ悪意重過失であっても、催告等の手続をとれば、譲渡人に払われた金銭を直ちに回収して、自己の債権回収をいち早く行うことが可能となります。
3.3. 「異議を留めない承諾に関する条項」改正
現行法では、債権譲渡につき第三債務者が異議を述べずに承諾した場合、いわゆる「異議を留めない承諾」をした場合には、第三債務者は譲渡禁止特約が存在することや、相殺などの抗弁が存在することなど、それまでに存在した抗弁を譲渡債権の譲受人に主張できません(民法468条1項)。
これに対し、民法改正案では、抗弁を譲受人に主張できないようにするには、個別で抗弁を放棄させるなどの対応が必要となります。
4. まとめ
「債権譲渡契約書」について、数年後に迫った民法改正も視野に入れながら、説明しました。
債権譲渡の対象となる債権の性質によっては、一般的な「債権譲渡契約書」の条項だけでは足りないこともあります。
ファクタリング、債権譲渡担保など、債権譲渡を活用したスキームには、特に専門的法律知識を要する特殊な分野も多くあります。
自社の譲渡しようとする債権、あるいは、譲渡しを受けようとする債権がどのような性質を有しているかを、まずきちんと把握してください。
その上で、債権譲渡の性質に合わせ、いかなる条項を「債権譲渡契約書」に明記することが必要なのか、企業法務に詳しい顧問弁護士がいれば、的確なアドバイスを得ることが期待できます。