支払猶予の要請と聞くと、「今月の支払を少し待ってほしい。」というような支払期限の延期がすぐに思い浮かびますが、それだけではありません。
「支払金額を一部減額してくれないか。」という支払金額の一部カットや、「利息分は免除してほしい」という利息の免除に関する要請もまた、支払猶予の一種です。
仮に、取引先から支払猶予の要請があった場合、慌てず対応できるよう、支払猶予について基礎知識を理解しましょう。
「支払猶予を要請する」ということは、取引先の資金繰りが悪化していることを示しています。
倒産の兆候であることも十分あり得ます。取引先企業の危険信号に対して、あわてることなく適切に対応していくことが会社経営において重要となります。
今回は、取引先から支払猶予の要請を受けた際に、企業が注意すべきポイントを、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 支払猶予を受けたときの初動対応
支払猶予の要請を取引先から受けた場合、このことはすなわち、取引先の経営状態の悪化を示すといっても過言ではありません。
そのため、未払いのまま残っている債権を確実に回収するためにも、まずは初動対応が重要となります。
支払猶予を受けた際の初動対応について、チェックポイントを解説します。
1.1. 倒産間近とは限らない
「支払猶予は取引先の経営状態の悪化を示す。」と説明しました。確かに、支払猶予の要請をしてくる取引先は、資金繰りに窮している可能性が極めて高いといってよいでしょう。
したがって、御社が支払猶予の要請を断った場合、取引先が資金不足となることは目に見えています。
しかし一方で、支払猶予の要請を断ったからといってすぐに「倒産」してしまうというわけではありません。
あくまで倒産につながりうる緊急事態である、という程度であると認識し、適切な対応を心がけてください。
倒産直前となると、緊急の回収のためあらゆる策を講じるべきケースですが、支払猶予のみの程度であれば、確実な回収が可能かどうか、慎重に見極めてから対応すべきでしょう。
1.2. 支払猶予をしても倒産を回避できないケースもある
たとえ、取引先に対して支払猶予をしたとしても、他に債権者が多数いる企業や、膨大な債務を抱えている企業であれば、結果として倒産してしまう危険性は十分にあります。
したがって、取引先の倒産を防げないこともあることを認識してください。
支払猶予をしても倒産を回避できないようなケースであれば、もはや倒産間近であると考え、あらゆる策を検討しなければならない段階であるといえます。
支払猶予に応じることなく、倒産に備えた準備を進めていきます。
1.3. 情報収集のラストチャンスである
実は、支払猶予の要請があった時こそ、取引先の情報を収集できる最後のチャンスといっても過言ではないのです。
支払猶予の要請の際には、なんとか支払猶予を獲得しようと、債務者の方から御社に接触を図ってきます。
支払猶予の交渉は、書面やメールのやり取りだけで済ませるのではなく、取引先の代表者や経理担当者と直接面談をし、引き出せるだけの情報を引き出そう、という心構えでいてください。
支払猶予の要請という段階を過ぎると、次は倒産間近の可能性もあり、「途端に経営者が雲隠れ」というケースも多々あります。この状態になっては、もはや債権回収のための資産調査、情報収集は不可能です。
1.4. 支払猶予の要請に応じる前に、一部弁済を要求する
取引先の経済状況や、資金繰りを精査するためのヒアリングの中で、繰り延べる金額と返済計画を明確にして話合いを進めていきましょう。
ケースバイケースの対応ではありますが、一般的にいって、債務者となる取引先の要求どおり、安易に支払猶予に応じることは避けた方が良い場合が多いといえます。
取引先にとって、「支払猶予を頼みやすい相手なのではないか?」と自問自答することが大切です。
ある程度支払余力のある会社であれば、うるさい債権者から優先的に支払い、甘い債権者に対しては支払猶予を依頼するというケースも少なくありません。
大抵の場合、資金繰りに苦しむ企業は、無理を聞いてくれそうな債権者から支払猶予の要請を始めることが多いからです。
このように、取引先から軽く見られることを避けるため、支払猶予に応じる場合であっても、次の点を検討しておいてください。
- 一部支払を合意し、現金を少しでも多く回収する。
- 返済計画書を提出させ、確実な履行を促す。
- 公正証書を作成し、執行力を確保する。
2. 支払猶予の要請に応じるかどうかの判断基準
以上の通り、支払猶予の要請に応じるかどうかを判断するのは非常に困難です。
安易に相手の要求を鵜呑みにして支払猶予に応じることは、他の債権者に比較して軽く見られる危険があり、回収できるだけの経済的余力のある債務者から、債権回収に失敗するおそれがあります。
逆に、全く支払余力がなく、倒産間近の債権者に対してもまた、支払猶予に応じることは得策ではなく、粛々と、倒産前の素早い債権回収のための準備を進めるべきです。
一方で、必ずしも、支払猶予を要請されたからといってすぐに倒産するとは限らず、合理性のある返済計画で、確実な回収が可能なケースも少なくありません。
次のポイントを元に、支払猶予の要請に応じるかどうかを判断しましょう。
- 自社の債権額が、他社と比較して、多額か少額か
- 自社が、取引先にとって重要な取引相手か
- 自社にとって取引先からの債権の重要性がどの程度か
- 債権の種類は金銭債権か、手形債権か
この検討により、自社の、取引先に対する影響度を図ることができます。
ビジネスを支える重要な取引相手である場合、優先的な回収が期待できます。
取引先からの債権回収の失敗による連鎖倒産の可能性を図ります。
手形債権の場合、手形の不渡りを回避するため優先的な回収が期待できます。
ただ、最終的に支払猶予に応じるべきかどうかは、ケースバイケースの難しい問題ですから、判断基準が不明確となり、支払猶予の要請に対する対応に迷う場合には、弁護士にご相談ください。
3. 支払猶予へ対応するとき、必要な情報収集とは?
支払猶予に応じるかどうかを判断する場合には、少しでも、債務者となる取引先の情報を入手しておくべきです。
また、既に説明したとおり、支払猶予を要請するために相手方がしきりに接触を図ってくるこのタイミングこそ、情報収集の絶好の機会です。
万が一倒産してしまう場合であっても、財産の所在について正確な調査を進めていた債権者の方が、債権回収をうまく勧めることができます。
支払猶予へ対応する際に情報収集しておいてほしいポイントについて解説します。
3.1. なぜ支払猶予の要請をするのか
支払猶予の要請を受けた場合、まずは、なぜ支払猶予の要請をするに至ったのか、すなわち、取引先が支払猶予をするに至った理由を、具体的に確認することが大切です。
単に「資金繰りが苦しいから。」という程度の抽象的な理由では、回答として不十分です。。
「なぜ支払期日に間に合わないのか」、「どのくらいの額が足りないのか」、「支払猶予は一時的なものなのか、恒常的なものなのか」などに関して、具体的に回答を求めることが必要です。
取引先は支払猶予を要請してきているわけですから、御社に対して正確な情報を提供し、説明することが必要です。
債務者の説明が曖昧で、支払猶予を要請する理由が明らかでない場合には、上記の質問を繰り返すことで情報収集を進めてください。
結局具体的理由が明らかでないという場合には、支払猶予をしたとしても近いうちに支払不能となるとか、逆にそもそも支払猶予が必要なほどに困ってはいない、といったケースである可能性もあります。
3.2. 負債や資産の状況(決算書の活用)
取引先の信用情報を調査する一環として、決算書などの財務情報の提供を要求します。
決算書は主に、「注記表」「事業報告」「貸借対照表」「損益計算書」「株主資本等変動計算書」から成り立っています。
決算書を見ることで、取引先の正確な資産や負債などのキャッシュフローをつかむことができます。これらの情報は、債務者の提示した返済計画が実現可能なものか、について有効な判断材料となります。
ただし、決算書の入手は容易ではありません。取引先が上場会社であれば決算書は公開情報ですが、非上場会社である場合、取引前の段階で決算書を入手できるケースは稀です。
ただ、経営状況が悪化していることが明らかである以上、相手方に強く要求し、決算書の提出を求めるようにしてください。
3.3. 他の債権者の有無、他の債権者に対する弁済計画
他の債権者も自社と同等に支払猶予の負担を負うことになっているのか、という点についても確認を怠らないことが大切です。
結局、自社だけが債権回収のリスクを負うことになっていた、という危険を回避するためです。このような事態となれば、自社が軽く見られていることは明らかです。
次に、他の債権者に対する弁済計画についても確認します。
キャッシュフローの裏付けをとった上で、具体的に、「いつまでにいくら支払うのか」「約束の日時に支払える根拠は何か」等に関し、確認するべきです。
支払約束日が後になるほど、未回収のリスクは増大しますので、前倒しでの返済計画を立てることが重要です。
特に他の債権者が存在する場合には、他の債権者の支払日に先んじて回収できるような計画を立てることが重要です。
4. 支払猶予の要請への具体的対応方法
最後に、支払猶予の要請を受け入れる場合に、具体的にはどのように対応、回答したらよいかについて解説します。
4.1. 支払猶予を合意する
既に解説した情報収集と検討の結果、支払猶予を受け入れることはやむをえない、との結論に至ったら、取引先との間で、支払猶予の合意をします。
支払猶予合意の方法には、次の2種類があります。
- 債務の種類を変更せず、支払猶予のみを合意する方法(債務弁済契約)
- 既存の債務を、消費貸借の目的とする方法(準消費貸借契約)
準消費貸借契約とは、複数の取引や債務を一本にまとめて整理する目的で利用されることが多い、消費貸借契約の一種です。
準消費貸借契約は、「支払猶予と共に時効が長くなる。」という点で、単なる債務弁済契約より有利といえます。
例えば、取引債権が売掛金債権の場合、消滅時効は2年(民法173条)ですが、企業間での準消費貸借契約の場合、5年(商法522条)です。
したがって、売掛金債権を消費貸借の目的として、準消費貸借契約によって支払猶予を行った場合、時効期間が先延ばしされることとなります。
4.2. 担保を取得する
次に、未払債権の保全と回収のため、取引先から担保を取得できる余地がないか、検討します。
価値ある担保を取得することができれば、未回収のリスクを軽減させることができます。
具体的には、物的担保として抵当権、債権の譲渡担保・動産の譲渡担保・質権の設定、人的担保として連帯保証人が考えられます。
支払を猶予すると、繰り延べた金額分だけ債権額が増加することになりますので、最低でも増加した分の債権額の価値を有する担保の取得を試みることが必要です。
4.3. 「期限の利益喪失」条項、「遅延損害」条項を設ける
支払猶予の要請に応じて分割払いとする場合には、取引先が1回でも支払いを怠った場合には、直ちに全額返済を請求できる旨の「期限の利益喪失」や、法定利率より高い利率の遅延損害金を定めておくことも1つの手法です。
支払猶予の要請に応じることの交換条件として提案しておくことをお勧めします。
他方で、支払日までの利息を定め、約束どおりに元金を支払った場合には利息分は免除をするという規定を設け、取引先への支払いの動機づけにする方法も考えられます。
4.4. 合意内容を公正証書にしておく
支払猶予をする金額や支払方法等が当事者の間で決まった場合には、債務弁済契約書ないし準消費貸借契約書を、公正証書で作成しましょう。
書面を作成せずに漫然と支払猶予に応じることは不適切です。
「強制執行認諾」付きの公正証書であれば、取引先が約束どおり支払わない場合には訴訟によることなく、ただちに取引先の財産の差押えすることができます。
また、取引先に対して約束どおり支払いをしようとする、心理的圧迫になります。
5. まとめ
今回は、取引先から支払猶予の要請があった場合、どのように対応すべきか、解説しました。
単なる債務弁済契約にするのか、準消費貸借契約とするのか、契約条項に何を盛り込むのかなどの点は、1つの決まった正解があるわけではありません。
御社と取引先との債権債務関係によって個別的に対応することが必要となってまいります。
対応を誤らないようにするためには、債権回収を得意とする顧問弁護士に、日常的な顧客管理、債権管理から相談するのが有益です。