勝訴や和解によって権利義務が確定してもなお、支払いをして来ない人もいます。「裁判で勝ったのに支払ってもらえない」というとき、強制的に債権回収する手段が、強制執行です。
強制執行の手続きでは、裁判所を通じて債務者の財産を差し押さえ、売却や取り立てによって債務を弁済させることができます。協力的に支払ってこない債務者に対しては、強制執行が、泣き寝入りを避けるための最後の切り札となります。
今回は、強制執行の基本から、差押えの具体的な流れ、かかる費用などについて、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 強制執行なら、支払いを拒む債務者からも、強制的に債権回収を図れる
- 強制的に債権を実現するには、強制執行の根拠となる債務名義が必要
- 差し押さえ可能な財産がないと、強制執行を申し立てても空振りリスクがある
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強制執行とは
強制執行とは、債務者が債務を履行しない場合に、債権者が裁判所を通じて財産を差し押さえ、強制的に債権回収を図る手続きのことです。
強制執行は、民事執行法に基づいて行われる法的な手続きです。強制執行について定める民事執行法は、債務名義(法律上の強制力を示す書類)に基づいて財産を差し押さえ、現金化し、債権者に配当する手続きや要件、ルールを定めます。
債権回収は、督促状を送るなどして任意交渉をするところから始まり、決裂した場合は裁判に移行します。
裁判で勝訴したり和解したりすれば、その判決や約束に従って支払うのが通常ですが、この段階に至ってもなお、任意の支払いを拒み続ける債務者もいます。この局面で、債務者の財産から強制的に債権回収をする手段が、強制執行なのです。
したがって、強制執行は「相手が強硬に支払いを拒んでいる」「無視されている」「連絡が取れない」といった状況で、最後の手段としてやむを得ず選択されます。
強制執行が利用される「債権」とは、当事者間の約束のことを指します。
例えば、貸金返還請求、養育費の請求、売買代金や報酬の請求、滞納家賃の請求や損害賠償請求など、様々な債権について、任意の支払いが得られないときに強制執行が用いられます。
強制執行の種類と対象物
強制執行には、その対象物に応じて、様々な種類があります。
債務者がどのような財産を有しているかを調査し、適した強制執行の方法を選択する必要があります。主な強制執行の類型と対象物は、以下の通りです。
不動産執行
不動産執行とは、債務者名義の不動産(土地・建物など)を差し押さえ、裁判所を通じて競売にかけ、売却代金から債権を回収する方法です。
不動産執行の対象は、例えば次のものです。
- 自宅、マンション
- 投資用不動産
- 店舗や事務所用建物
- 本店所在地の土地・建物
- 借地権などの不動産上の権利
不動産は金額が大きくなる傾向にあり、登記されるため財産隠しもしづらいので、最優先の執行対象となります。ただ、資金繰りに窮した個人や法人は、不動産を既に処分しているか、保有していても他の債権者(金融機関など)の担保となっている可能性があり、調査は必須です。
なお、不動産の時価が被担保債権額を上回らないと、不動産執行の申立てが却下されてしまいます(無剰余執行禁止の原則)。
動産執行
動産執行とは、債務者の所有する動産を差し押さえ、競売などで換価し、その代金を債権者に配当する手続きです。動産とは、不動産以外の有体物を指します。
動産執行の対象となるのは、例えば次のものです。
- 自動車、バイク
- 貴金属類(指輪、ネックレスなど)
- 高級時計や美術品
- 家具・家電
- オフィスの什器や備品
動産執行の手続きは、裁判所職員である執行官が実際に現地に出向いて実施します。ただし、生活に不可欠な最低限の家財道具などは「差押禁止動産」として保護され、差押えの対象外となります。また、価値のある動産を有していない場合には債権回収ができません。
債権執行
債権執行とは、債務者が第三者に対して有する債権を差し押さえる方法です。第三者に対して差押命令が出され、債務者に代わって取り立てて債権回収します。
債権執行の対象となるのは、例えば次のものです。
- 給与債権(勤務先に対する債権)
- 預金債権(銀行などの金融機関に対する債権)
- 売掛金債権(債務者の取引先に対する債権)
給与や預金は把握しやすく、持っている人が多いため、頻繁に利用される強制執行です。
なお、生活保障のために「差押禁止債権」が定められ、例えば、給与の一部(手取り額の4分の3か33万円、扶養債権による差押えの場合は2分の1は差押禁止)、年金や生活保護費などの公的給付は、差し押さえることができません。
「債権執行」の解説

その他の財産への執行
上記のような典型的な強制執行のほか、状況に応じて、以下の財産にも強制執行が可能です。
- 株式(上場株式、非上場株式)
- 有価証券(投資信託、国債など)
- 知的財産権(著作権、特許権、商標権など)
- ゴルフ会員権
- 仮想通過(暗号資産)
ただし、これらの財産は調査や把握が容易ではなかったり、執行や換価が困難であったりすることもあるため、まずは前章のような典型的な財産がないかどうかを優先的に調べてください。
差し押さえから債権回収までの流れ
次に、差押えから債権回収まで、強制執行の流れを具体的に解説します。
債務名義の取得
まず、強制執行の根拠となる「債務名義」が必要です。債務名義とは、債務者に対して強制的に請求権を実現するための文書です。
債務名義には、主に次のものがあります。
- 確定判決
- 仮執行宣言付支払督促
- 仮執行宣言付判決
- 公正証書(強制執行認諾文言付き)
- 和解調書や認諾調書
債務名義に基づいて強制執行するには、執行文の付与を要します(家事調停調書や家事審判調書、少額訴訟判決、仮執行宣言付支払督促など、一部の債務名義では不要)。執行文は、強制執行の「お墨付き」を意味し、裁判所や公証役場など、債務名義を作成したところで行います。また、「債務者に債務名義が届いていること」を証明する送達証明書により、債務者が内容を把握しており、防御の機会があったことを明らかにします。
なお、金銭消費貸借契約書や売掛金の覚書といった書面では債務名義になりません。まだ債務名義がない場合、訴訟や支払督促などの法的手続きを起こすか、相手と話し合って公正証書を作成するといった手順を踏んでください。
執行申立書の作成と提出
次に、裁判所へ強制執行を申し立てるための書類を準備します。
主な必要書類は、次の通りです。
- 執行申立書
- 債務名義(執行文付き)
- 送達証明書
- 申立手数料(収入印紙)・郵券(郵便切手)
これらを管轄の裁判所に提出することで、強制執行の手続きが開始されます。
裁判所の命令
申立てが受理されると、裁判所の審理の結果、命令が下ります。
例えば、債権執行の場合、第三債務者に対して差押命令が発令され、それ以降の預金の引き出しが停止されます。
差し押さえの実施
次に、対象財産に対して差し押さえが行われます。
差し押さえの対象は、前述の通り、預金口座・給与・売掛金といった債権から、不動産、動産に至るまで、多岐にわたります。財産によって今後の流れは違い、主に次の手順を踏むこととなります。
- 預金口座 → 出金が制限される。
- 給与 → 勤務先の支払額から差し引かれる。
- 不動産 → 登記上に差押登記が付けられる。
- 動産 → 執行官が現物を差し押さえる。
換価(競売や取り立て)
次に、債権回収をするため、差し押さえた財産を現金化します。
不動産や動産であれば競売手続きに移行します。債権であれば、銀行や取引先などの第三債務者から直接取り立てることができます。
差し押さえた財産を「お金に変える」ことで、回収の実効性を確保します。
配当の受領
最後に、換価された金額は、裁判所によって配当されます。複数の債権者がいる場合、債権額に応じて按分されます。
強制執行にかかる費用
強制執行は、裁判手続きの一種なので、利用には費用がかかります。強制執行にかかる費用を把握しておくことは、採算が合うかどうかの見極めにも重要です。
強制執行では、申立手数料(収入印紙代)4,000円と、裁判所から債務者や第三債務者へ連絡するための郵券代(郵便切手)数千円程度を収める必要があります。
ただ、この他にかかる費用は、強制執行の種類によって異なります。特に、動産執行では執行官の日当や交通費、不動産執行では明渡し執行にかかる費用などがかかり、予想外に高額な予納金を求められるケースもあるため注意を要します。
手続きが煩雑な場合には弁護士に依頼することも多いです。強制執行にかかる弁護士費用は、以下の目安を参考にしてください。
- 着手金
強制執行の依頼への着手時にかかる費用。10万円〜30万円前後が目安となる(ただし、債権の金額や案件の難易度、回収可能性、訴訟段階から依頼していたかどうかなどによって異なる)。 - 報酬金
事案の結果に応じてかかる費用。回収金額の10%〜20%が相場となる。
弁護士費用は自由化され、法律事務所によって異なるので、事前の見積もりが欠かせません。
弁護士費用は自己負担となるため、債権回収の採算が合うかどうか、依頼時に見極めなければなりません。自力で回収可能か、差し押さえの対象となる財産を調査できるかどうかといった点を考慮して、弁護士に依頼するメリットがあるかを検討してください。
強制執行の注意点とよくあるトラブル
最後に、強制執行の注意点と、よくあるトラブルを解説します。
強制執行は、相手が支払いを拒絶しても強制的に回収できる、非常に強力な手段です。その一方で、全ての場面でスムーズにいくとは限らず、トラブルも付き物です。
差し押さえ可能な財産がない場合
強制執行を成功させるには、債務者が財産を有していることが前提です。
借金を返せない債務者は、十分な財産がないことも多いです。口座残高がなく、不動産も持たず、収入もないケースでは、強制執行を申し立てても空振りに終わるリスクがあります。悪意のある債務者の中には財産を隠そうとする人もいます。
また、給与は民事執行法で保護され、全額の差押えはできません。具体的には、給与の一部(手取り額の4分の3か33万円、扶養債権による差押えの場合は2分の1)は差押禁止債権とされます。
以上のことから、強制執行による回収を図る場合、事前に財産を調査し、執行対象を特定する必要があります。弁護士や調査会社に、調査段階から依頼することも検討してください。
債務者が破産してしまった場合
債務者が破産すると、円滑な債権回収の支障となってしまいます。
強制執行の手続き中であっても、債務者が破産を申し立てた場合、それ以上の強制執行は進みません。破産手続きでは、個別の債権回収は制限され、その手続内で解決することとなります。具体的には、破産管財人が全ての財産を換価し、全ての債権者に対して割合的に配当を行います。
その結果、強制執行の段階では「早い者勝ち」だったのが、破産手続では債権者の公平が重視され、複数の債権者がいると回収額は大幅に減少するリスクがあります。
「会社の破産手続きの流れ」の解説

まとめ

今回は、強制執行の手続きについて、詳しく解説しました。
強制執行は、債権者が権利を実現する法的手続きの中でも、最後の手段を意味します。判決などの債務名義を取得し、裁判所を通じて債務者の財産を差し押さえ、債権回収を図ることが可能です。ただし、強制執行の前提として、「相手に回収可能な財産があるかどうか」を調査しなければなりません。裁判所への提出書類も煩雑なので、手続きは弁護士に任せるのがお勧めです。
支払いを拒み続ける相手に対しても、権利を実現する手段は存在します。債権回収をあきらめる前に、強制執行という選択肢を検討してみてください。
- 強制執行なら、支払いを拒む債務者からも、強制的に債権回収を図れる
- 強制的に債権を実現するには、強制執行の根拠となる債務名義が必要
- 差し押さえ可能な財産がないと、強制執行を申し立てても空振りリスクがある
\お気軽に問い合わせください/

