近年、バリアフリーへの意識から、障害者雇用に対する社会の関心が高まっています。
障害者雇用促進法は会社(使用者)に対して、障害者の雇用を促し、従業員全体に占める障害者の雇用率を一定水準以上に保つように義務付けています。
これまで、障害者雇用率を達成していれば良く、障害を持った従業員の待遇について厳しくは決められていませんでしたが、平成28年4月1日に、改正障害者雇用促進法が施行され、会社(使用者)が障害者雇用について守るべき法的な義務が大幅に増えました。
今回は、障害者雇用促進法の改正によって会社が守るべき義務の内容を、企業の労働問題(人事労務)に強い弁護士が解説します。
1. 不当な障害者差別の禁止と合理的配慮義務
平成28年4月1日に施行された改正障害者雇用促進法では、会社(使用者)に対して、次の2つのことが義務づけられました。
- 不当な障害者差別の禁止
- 障害者に対する合理的な配慮をすること
以下では、それぞれの義務の内容について、弁護士が詳しく解説します。
2. 不当な障害者差別の禁止
「障害者差別」とは、会社側(使用者側)が、障害を持った従業員の雇用契約や労働条件に関する待遇について、「障害者であること」を理由に、他の従業員よりも不利な取り扱いをすることをいいます。
改正後の障害者雇用促進法は、このような会社(使用者)の従業員に対する差別を明文で禁止しています。
障害者雇用促進法34条事業主は、労働者(被用者)の募集及び採用について、障害者に対して、障害者でない者と均等な機会を与えなければならない。
障害者雇用促進法35条事業主は、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者(被用者)が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならない。
2.1. 主な障害者差別のパターン
障害者差別には、大きく分けて次の3つのパターンがあります。
- 障害者であることを理由に有利な待遇(採用、昇進など)を受けさせない
- 障害者であることを理由に、通常よりも不利な条件を付加する
- 有利な待遇を与える際に、障害者でない従業員を優先的に選択する
いずれのパターンでも、障害者であること自体がハンディキャップとなり、自助努力ではどうすることもできないという強い劣等感を、障害を持つ従業員に与えることになることが、差別禁止の大きな理由です。
2.2. 障害者差別が問題になるケース
労働の場で起きる障害者差別には様々なケースがあります。中でも特に問題になりやすいのが、募集・採用や昇進、賃金に関する差別です。
障害者であることを理由に募集・採用の対象から除外したり、昇進や賃金などの条件を障害者でない従業員よりも不利なものにしたりする、というのが典型的なケースとして挙げられます。
その他にも、配置や福利厚生、職種や雇用形態などの労働条件についての障害者差別がよく問題になります。
禁止される障害者差別の詳しい種類や内容については、厚生労働大臣が作成した障害者差別禁止指針で確認することができます。
2.3. 労働能力に応じた区別は違法ではない
以上で解説しましたとおり、会社(使用者)が社内で障害者差別をすることは禁止されています。
ただし、障害を持った従業員(被用者)と障害者を持たない従業員(被用者)の待遇について、全く差を設けてはならないのかというと、そうではありません。
個々の労働条件は、その労働者(被用者)の労働能力に応じて異なるのが通常です。社員が抱える障害の内容によっては、障害がない場合と比べて労働能力に著しい差が出てしまうこともあります。
そうした労働能力の差を適正に評価した上で労働条件を区別すること自体は、違法ではありません。
2.4. 実態にそぐわない不当な差別は違法!
他方で、適正な能力評価をせずに、障害者であるというだけで実態にそぐわない不利益取り扱いをすることは、不当な障害者差別に当たり、違法になります。
たとえ労働能力を適正に評価していたとしても、その評価に見合った待遇を与えていなければ、上記と同様に違法になるおそれがあります。
2.5. 保護の対象範囲が広い
障害者差別に関して、会社側(使用者側)が注意しなければならないのは、保護の対象となる障害者の範囲が非常に広いということです。
身体障害者、知的障害者はもちろんのこと、発達障害者や後発性の精神障害者も全て保護の対象になります。
仕事に支障があるような重度の障害者であっても保護対象に含まれる場合があり、法律上の条件を満たしていれば障害者手帳の有無も関係ありません。
会社側(使用者側)としては、上記の全ての障害者に対する不当な差別が起きないように気を配る必要があります。
3. 合理的配慮義務
新しい障害者雇用促進法は、会社(使用者)に対して、障害者差別の禁止の他に、障害者に対する「合理的な配慮」をすべきことを義務づけています。
「合理的な配慮」とは、簡単にいうと、障害者が労働能力を発揮し、適切な待遇を受けることができるように、設備や援助体制を整えることを意味しています。
3.1. 障害の実情に応じた実施する
障害者雇用促進法36条の2以下では、採用前後の障害者の待遇や能力発揮のための支障を改善するために、「障害者の障害の特性に配慮した」措置を講ずるべきことが会社側(使用者側)に義務付けています。
設備や援助体制を整えるときには、個々の従業員が抱える障害の内容に応じて、適切な配慮措置の内容を個別具体的に検討していく必要があります。
例えば、次のような配慮措置を実施することが求められています。
- 視覚障害がある方に対し、点字や音声などを用いて採用試験を行う
- 肢体不自由がある従業員のために、作業机の高さを調整する
- 知的障害がある従業員に対し、図などを活用した業務マニュアルを作成する
- 精神障害がある従業員に対し、出退勤時刻、休暇、休憩や通院などの配慮をする
「合理的な配慮」の詳しい内容や実施上の注意点については、厚生労働大臣が作成した合理的配慮指針で確認することができます。
3.2. 障害者の意思を尊重する
障害者雇用促進法36条の4は、配慮措置を実施する際、「障害者の意向を十分に尊重しなければならない。」と定めています。
そのため、具体的にどのような措置をとるかについては、会社(使用者)と、障害を持った従業員との間でよく話しあう必要があります。
3.3. 過重な負担は不要
障害を持った社員に配慮しなければならないとはいえ、会社(使用者)ができることにも限界はあります。
事業活動への影響や施設設置の実現困難性、費用負担の程度、会社の規模などを考慮した上で、要望に応じた「合理的な配慮」の措置を実施することが会社側(使用者側)にとって過重な負担になってしまう場合には、そこまでの配慮措置を実施する義務はないと規定されています。
もっとも、その場合も、配慮措置が実施できない理由をきちんと従業員に説明した上で、代替措置などについて従業員側の意思を確認しておいてください。
3.4. 合理的配慮の欠如と障害者差別
このような「合理的な配慮」措置を実施してもなお労働能力を埋め合わせることができない場合に、その差に応じた待遇の区別をすることは違法ではありません。
しかし、配慮措置が十分に実施されていないのに、漫然と障害者の労働能力を過小評価して待遇に差を設けることは、不当な障害者差別になりかねません。
不用意な障害者差別を生まないためにも、きちんと「合理的な配慮」について検討していく必要があります。
4. 違法な障害者差別によるリスク
合理的な配慮義務を果たさずに障害者差別をしてしまった場合、会社側(使用者側)には様々なリスクが付きまといます。
以下では、不当な障害者差別によって会社側(使用者側)が受けるリスクについて、弁護士が解説していきます。
4.1. 指導・勧告のおそれ
まず、障害者差別の被害を受けた従業員の通報を受けて、各都道府県地域の労働局長から差別行為をやめるよう指導・勧告されるおそれがあります。
4.2. 従業員による民事裁判のおそれ
また、被害を受けた従業員から被害救済を求める民事裁判を提起されるおそれがあります。
障害を持った社員に対して不当な差別をしてしまった場合には、従業員側から提起される可能性のある訴訟の種類は、差別の種類によって次のように多岐にわたります。
- 差別された賃金等の不足金支払請求訴訟
- 昇進や契約更新に関する待遇改善を求める地位確認請求訴訟
- 差別による精神的苦痛を理由にした慰謝料支払請求訴訟
4.3. 企業信用の低下
訴訟事件など、労働問題が激化していることの報道がされれば、「この会社は障害のある従業員を差別するブラック企業だったのか。」というイメージを社会に与えてしまいます。
そうなれば、企業に対する社会の信用はガタ落ちです。企業信用の低下は顧客や取引先の喪失、ひいては会社の存続に関わる深刻なダメージを会社にもたらします。
障害者差別を野放しにすることが、いかに大きなリスクを伴うかご理解頂けたでしょうか。
5. 不当な障害者差別を防ぐためには?
今回の解説で、改正された障害者雇用促進法にしたがった義務を果たさなければ、会社にとって大きなリスクがあることを理解していただいた上で、不当な障害者差別を防ぐための予防法を、弁護士が解説します。
いざ障害者差別が問題になった後では、弁護士に依頼して解決をするための手間も費用も、より多くかかることが予想されます。
5.1. 合理的配慮措置の実施を徹底する
不当な障害者差別を生み出さないためには、まず、合理的配慮措置の実施を徹底する必要があります。
配慮措置がない状態で障害を持つ従業員の待遇を他の従業員を区別することは、無用な障害者差別を引き起こしかねません。
上記のリスクを避けるためにも、日常的にできることからコツコツと積み重ねていくべきです。
5.2. 障害者へのヒアリングを欠かさない
せっかく配慮措置を講じても、従業員(被用者)の障害をしっかりとフォローできるものでなければ意味がありません。
無駄なコストをかけず、確実に配慮義務を果たすためにも、障害者本人への丁寧なヒアリングは欠かせません。
5.3. 障害者差別禁止の周知と啓発
さらに、障害者差別が禁止されることや、どのような行為が障害者差別にあたるのかを、管理職を中心とした従業員に周知・啓発していく必要があります。
改正法が施行されてからまだ日が浅く、ほとんどの従業員は障害者差別禁止制度を知らないはずです。
そのような認識の欠如が予期せぬ障害者差別を助長することは、防がなければなりません。
5.4. 相談窓口の設置と早期対応
会社の規模にもよりますが、会社側(使用者側)の取り組みとして、全ての従業員の待遇に障害者差別が起きないように管理していくのは現実的ではありません。
障害者差別に関する相談窓口を設置して被害の相談を受け付け、早期の問題解消に努めていくことが、障害者差別の減少と、会社へのリスク回避につながります。
6. まとめ
今回は、障害者雇用促進法の改正によって企業に付け加えられた障害者差別禁止と合理的配慮措置の実施という2つの法的義務について、弁護士が解説しました。
障害者雇用率を確保することは、企業の喫緊の課題ではありますが、上記の2つの義務が明文化された今、単に障害者を雇用するだけでなく、障害者のハンディキャップをフォローしながら、障害のない従業員と同じように待遇を改善していかなければなりません。
今回の解説をお読みになり、社内の障害者の待遇に不安をお持ちの会社経営者の方や、現に障害者差別のトラブルでお困りの会社経営者の方は、企業の労働問題(人事労務)に強い弁護士に、お気軽にご相談ください。