少額の金銭トラブルだと、弁護士に依頼するのも躊躇するでしょう。手間や費用をかけて回収すべきか悩むとき、検討したいのが「少額訴訟」です。
少額訴訟は、60万円以下の金銭債権を対象に、通常訴訟よりも簡易かつ迅速にトラブルを解決できる裁判手続きです。原則1回の審理で終結して裁判所の判断を得られるので、弁護士に依頼せずに自分で進めるケースもあります。
今回は、少額訴訟による債権回収と、手続きの流れ、自分で行うときの具体的な準備やポイントについて、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 少額訴訟は60万円以下の金銭請求のみだが、迅速に解決可能
- 原則1回の期日で判決が確定し、債権回収をスピーディに果たせる
- 少額訴訟でも、勝訴後に相手が払わなければ強制執行ができる
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少額訴訟とは
少額訴訟とは、60万円以下の金銭請求を対象とした、迅速かつ簡易な裁判手続きです。通常の民事訴訟と比べて手続きが簡略化されており、原則として1回の期日で判決が出るのが大きな特徴です。少額訴訟を活用すれば、時間と費用の負担を抑えながら、債権回収を実現することができます。
少額訴訟と通常訴訟との違いは、次の点にあります。
項目 | 少額訴訟 | 通常訴訟 |
---|---|---|
対象金額 | 60万円以下 | 制限なし |
対象内容 | 金銭請求のみ | 全ての請求 |
期日の回数 | 原則1回で終結 | 複数回の期日 |
判決までの期間 | 約1か月程度 | 数ヶ月〜1年以上 |
控訴の可否 | 原則不可 | 控訴可能 |
少額訴訟を利用できる条件
少額訴訟は便利な制度ですが、全てのケースで利用できるわけではなく、以下の条件を満たす必要があります。
- 請求金額が60万円以下であること
少額訴訟は、訴額(請求額)が60万円以下の金銭請求に限定されます。この計算に遅延損害金や利息は含まず、元本が60万円以下であれば利用可能です。 - 金銭請求に限られること
少額訴訟の対象は金銭の支払いを求める訴えのみであり、物の引渡しや確認請求など、金銭以外の請求は対象外です。 - 同一の簡易裁判所に年間10件までという制限
少額訴訟の訴えは、1つの簡易裁判所に年間10件までしか起こすことができません。制度の乱用を防ぐための制限であり、多数の請求をしたい場合は通常訴訟を検討する必要があります。
少額訴訟は、個人間だけでなく、法人(企業)も利用可能です。ただし、取引先との複雑なトラブルなどは、厳密に審理される通常訴訟の方が適していることもあるので、手続きの選択には慎重な判断が求められます。
被告にも、通常訴訟を選択する権利があります。
原告が少額訴訟を提起しても、被告が通常訴訟による審理を求めた場合には、通常訴訟に移行します。したがって、相手方の対応によっては少額訴訟は利用できず、通常の訴訟を行う必要があります。
また、少額訴訟の判決に控訴をすることはできませんが、1回に限って異議申し立てをして、同一の裁判官に判決の当否を判断してもらうことができます。
少額訴訟の利用が有効なケース
少額訴訟では、訴状の様式や証拠提出のルールも簡略化されており、法律の専門知識のない人でも利用しやすいようになっています。弁護士に依頼することで費用倒れになることを恐れるケースでは、少額訴訟の活用を検討してください。
少額訴訟は、金銭請求に関する様々な事案で利用されます。
- 貸したお金の返還請求(貸金返還)
- 未払いのアルバイト代や残業代
- アパート退去時の敷金返還請求
- 賃貸借契約に基づく家賃の請求
- ネットショップでの未納品トラブルによる返金請求
- 損害賠償の一部請求(交通事故の修理費など)
少額訴訟は、少額の債権について、費用倒れしないようにしながら支払いを促すのに有効な手段となります。少額訴訟による債権回収を自分で行う際は、契約書や請求書、納品書といった、基本的な書証が揃っているか、事前に確認しておきましょう。
少額訴訟のメリット・デメリット
少額訴訟の利用前に、メリットとデメリットを理解しましょう。
少額訴訟は、スピーディで費用も抑えられる一方、制度の限界や制約もあります。自分のケースが本当に少額訴訟の利用に適しているのかを見極めることが大切です。
少額訴訟のメリット
少額訴訟のメリットは、次の通りです。
- 手続きが簡単でわかりやすい
少額訴訟は、専門的な法律知識がなくても利用しやすいです。訴状も簡便な書式があり、書類作成や証拠の準備について、裁判所の窓口で相談可能です。 - 原則1回の期日で判決が出る
通常訴訟だと年単位で時間がかかることもありますが、少額訴訟は1回の期日で終結して判決が下されます。時間的な負担が少なく、迅速な解決を望む方に適しています。 - 証拠提出や主張の方法が柔軟
証拠書類や証言の扱いについて、通常訴訟ほど厳密なルールがなく、口頭の説明や簡単なメモなども、裁判官に見せて判断を仰ぐことができます。 - 弁護士に依頼せず利用できる
少額訴訟は、本人訴訟に適した手続きです。争点が明確で証拠が揃っていれば、弁護士を依頼せず自分でやることも十分可能です。
以上のメリットからして、少額訴訟に向いている事案においては、債権回収を迅速に進めるための大きな「武器」となります。
少額訴訟に適しているケースとは、相手が争わない可能性が高く、証拠が明確に揃っていて、迅速な解決が可能な場合です。
少額訴訟のデメリット
少額訴訟のデメリットやリスクは、次の通りです。
- 控訴ができない
少額訴訟の判決に対しては控訴ができません。なお、不服がある場合、審理前に通常訴訟への移行を求めるか、判決に対して1回に限り異議申立てが可能です。 - 被告の対応によっては通常訴訟になる
被告側が、通常訴訟による審理を希望する場合には、自動的に移行します。期日が複数回開かれ、書面や証拠が厳密に求められる結果、本人訴訟が困難になることもあります。 - 和解や取下げを促されることがある
簡易かつ迅速に解決するため、裁判所が和解を強く勧めてくる場面があります。証拠が不十分で勝訴の見込みが薄いと判断されると、取下げを勧められることもあります。
少額訴訟のデメリットを理解した上で、有効に活用するには、訴訟提起をする前の争点の整理、証拠の準備が非常に重要となります。
少額訴訟に向かないケースとは、相手が強く争ってくる可能性があったり、多数の証拠や複雑な主張対立があったりする場合です。
少額訴訟の手続きの流れ
次に、少額訴訟の手続きの流れについて解説します。
少額訴訟の流れは、通常の民事訴訟に比べて簡易かつスピーディなので、事前にしっかりと準備をし、手順やフローを理解することが重要です。
訴訟前の請求と交渉
まず、訴訟を起こす前に、相手に任意の支払いを求める通知を送ります。
少額訴訟が迅速に解決できるとはいえ、訴訟前に任意に支払ってもらえるに越したことはありません。その手段として有効なのが、内容証明です。内容証明は、送付した文書の内容と送付日を日本郵便が証明してくれる郵便方法です。
相手方に対して請求の意思を通知し、応じない場合は法的手続きに移行することを伝えて支払いを促しましょう。
訴訟提起(訴状の提出)
相手が支払いに応じない場合は、裁判所に訴状を提出して訴訟提起します。
- 管轄:相手方の住所地を管轄する簡易裁判所
- 必要書類:訴状、証拠資料(請求書、契約書、通帳など)、証拠説明書
- 費用:収入印紙(手数料額早見表)、郵便切手
- 提出方法:窓口持参か郵送
少額訴訟の訴状の様式は裁判所の窓口や、各地裁のウェブサイトでダウンロード可能です。不明点は、簡易裁判所の相談窓口でアドバイスを受けられます。
少額訴訟は短期決戦なので、事前にしっかりと証拠の精査をしておきましょう。少額の債権回収では、例えば次の資料が証拠になります。
- 契約書(貸金契約、賃貸契約、業務委託契約など)
- 請求書・領収書・納品書
- 銀行の振込明細・通帳
- メールやLINEなどのやり取り
- 録音の記録とその書き起こし
- 内容証明の控え
期日の指定
訴状が受理されると、裁判所から期日が指定されます。
一般的には、訴状提出から2週間〜4週間後に設定されることが多く、期日が決まると裁判所から原告・被告の双方に呼出状が郵送されます。呼出状には、裁判の日時・場所・持参すべき書類などが記載されているので、必ず内容を確認して出廷しましょう。
期日への出廷と審理
指定された期日に、原告・被告の双方が簡易裁判所に出廷して審理が行われます。法廷で、裁判官の指揮のもとで審理が進行します。かかる時間は事案によっても異なりますが、少額訴訟の場合、1時間〜2時間が目安となります。
少額訴訟の審理には、次のような特徴があります。
- 原則として1回の審理で終結。
- 主張・証拠の提出や、当事者尋問が行われる。
- 書証は、持参して即時に調べられるものに限られる。
- 出廷した証人に尋問することができる。
- 和解が成立する場合もある。
- 書面だけでなく、口頭での説明も重視される。
少額訴訟の審理は原則1回なので、裁判所に行くのも1回だけで済みます。
審理では、あらかじめ提出した書類に基づいて、裁判官から内容の確認や事実関係の説明を求められます。本人訴訟だと緊張しますが、落ち着いて対応しましょう。
判決の言渡し
審理の終了後、即日に判決が言い渡されるのが基本です。
判決内容に納得がいかない場合でも、控訴することはできません(1回に限り、異議を申し立てることができます)。判決が確定した後は、強制執行により財産を差し押さえることが可能です。
少額訴訟を自分でやる場合のポイント
次に、自力で行う際の実務的なポイントや注意点を解説します。
少額訴訟は、弁護士に依頼せず「本人訴訟」として自分で行うことが可能です。ただし、スムーズに進めるには、事前の準備と裁判所のルールの理解が欠かせません。
裁判所とのやり取りは、公的な場所で行われる厳格な手続きです。カジュアルになりすぎずないよう注意してください。
- 電話や対面では丁寧に対応する。
- 書面は丁寧な言葉づかいを心がける。
- 期日の遅刻・欠席は事前連絡する。
- 書類は整理して提出する(ホチキス止めし、通し番号や証拠番号を付する)
少額訴訟の期日は、当事者の言い分を聞く場ではあるものの、あくまで裁判官の指揮によって進行します。指示には素直に従い、無理に自己主張しすぎないことも大切です。感情的にならず、事実と証拠に基づいて冷静に説明するのが、理解してもらうためのポイントです。
服装はスーツである必要はありませんが、清潔感のある地味な服装が無難です。あまりに派手すぎる服装はイメージが悪いので避けましょう。
「債権回収の裁判の流れ」の解説

少額訴訟にかかる費用はいくら?
少額訴訟の大きなメリットとして、費用を抑えることができる点があります。では、いくらの費用がかかるのか、解説していきます。
まず、少額訴訟を申し立てる際は、申立手数料がかかります。具体的には、請求額に応じた収入印紙を訴状に貼付することで納付します。
請求額 | 手数料 |
---|---|
〜10万円 | 1,000円 |
〜20万円 | 2,000円 |
〜30万円 | 3,000円 |
〜40万円 | 4,000円 |
〜50万円 | 5,000円 |
〜60万円 | 6,000円 |
また、裁判所との連絡のやり取りにかかる郵送費用として、郵便切手(郵券)をあらかじめ納付します。金額は裁判所ごとに異なりますが、目安は数千円程度(3,000円〜6,000円)が多いです。詳細は、事前に各簡易裁判所に確認しましょう。
少額訴訟は本人でも進められますが、不安なら弁護士に依頼することも可能です。少額訴訟の弁護士費用の相場は、次のような料金体系を目安にしてください。
着手金 | 5万円〜15万円程度 |
---|---|
報酬金 | 獲得額の10%〜30% |
ただし、いくら安いプランがあるとしても、少額訴訟は60万円以下の請求となるので、弁護士費用が請求額を上回らないか、費用対効果の見極めが重要です。
少額訴訟に関するよくある質問
最後に、少額訴訟に関するよくある質問に回答しておきます。
少額訴訟は自分でできる?
少額訴訟は、自分で行うことも十分に可能です。
この場合、進め方をよく理解してください。少額訴訟用の訴状は、各簡易裁判所に配布されている書式を使い、A4用紙で作成します。書き方が不安なら、裁判所の窓口で相談可能です。書面作成のみなら、弁護士にも安価に依頼できる場合もあります。
自分で訴状を書く場合、「誰が誰に、いくらを、なぜ請求するか」を明確に書くのが大切で、証拠によってどう立証できるのかも意識してください。
少額訴訟の被告になった場合は?
少額訴訟の被告になったら、簡易裁判所から呼出状と訴状の写しが届きます。
放置せず、必ず対応しましょう。無視していると欠席判決となり、原告の主張通りの判決を下される危険があります。したがって、裁判所に行って、裁判官に自分の言い分を説明するのが最重要の対応となります。
また、期日までに答弁書と証拠を提出して、反論を伝えましょう。原告の主張に争いがあるなど、少額訴訟では十分な審理が受けられないと考えるケースでは、通常訴訟への移行を希望する権利があります。
少額訴訟に敗訴した場合は?
少額訴訟に敗訴した場合、判決に基づいて金銭の支払い義務が確定します。
少額訴訟は控訴ができないので、確定した場合には速やかに支払う必要があります。判決確定後も支払わないと、給与や預金口座などの財産を差し押さえられる可能性があるので、迅速な判断が求められます。
相手の住所がわからない場合は?
少額訴訟でも、相手の住所地に裁判所からの送達が届く必要があります。
相手の住所地は、個人であれば戸籍や住民票の取得、法人であれば登記簿謄本の取得によって調べることができます。個人情報の取得が必要な場合は、弁護士に依頼して職務上請求の方法を活用するのがよいでしょう。
なお、相手の住所が特定できない場合、公示送達の方法で訴訟提起することが可能です。公示送達は、住居所の不明な相手に対し、書類を一定の期間掲示することで送達されたものとみなす手続きで、相手が来ない場合でも欠席判決が得られます。
少額訴訟で勝っても相手が払わない場合は?
少額訴訟で勝訴すると、その判決書が債務名義となります。
そのため、相手が支払わない場合、判決書に基づき強制執行を申し立てます。強制執行では、相手の財産(給与・預貯金・不動産など)に対して差し押さえが可能です。判決が確定したら支払先を指定して請求し、無視されたら強制執行の手続きを取りましょう。
ただし、相手の財産を把握していなければ強制執行は困難です。泣き寝入りしないためにも、少額訴訟を起こす前に、相手の勤務先・銀行口座・資産状況などを把握しておくことが重要です。また、執行費用がかかることや、強制執行が複雑な場合は弁護士に任せるべきであることから、費用対効果の見極めが必要となります。
まとめ

今回は、少額訴訟の基本的な知識について解説しました。
少額訴訟は、60万円以下の金銭トラブルを迅速・簡易に解決できる制度であり、手続きや証拠の準備をしっかり行えば、法律の専門家に依頼せずに自分で進めることも十分可能です。特に、相手が債務を認めていたり、契約書などの証拠が明らかで争点が複雑でなかったりするなら、費用や時間の負担を抑えてトラブルを解決できる有効な手段となります。
一方で、少額訴訟は、簡易とはいっても裁判所で行う法的手続きに変わりはありません。準備なしに勝訴することはできないし、状況によっては通常訴訟に移行するケースもあります。
少額訴訟による債権回収に不安な点があるなら、正当な権利を守るためにも、事前に弁護士に相談してから進めるのが有益です。
- 少額訴訟は60万円以下の金銭請求のみだが、迅速に解決可能
- 原則1回の期日で判決が確定し、債権回収をスピーディに果たせる
- 少額訴訟でも、勝訴後に相手が払わなければ強制執行ができる
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