SNSやネットメディアの発達で、企業の評判はリスクに弱くなりました。たった一つの投稿でも、拡散されると企業の信頼やブランド価値を大きく傷つけます。
このような「ソーシャルリスク」は、顧客や消費者の声、従業員の発信、過去の広告表現など、企業の予期しない形で顕在化し、経営に深刻な影響を及ぼします。しかも、拡散され、炎上に繋がるスピードは極めて早く、発見が遅れると取り返しのつかない事態となります。
企業経営において、社会的な評判や信用をコントロールすることが不可欠であり、現代では、ソーシャルリスク対策は必須の課題となっています。
今回は、企業が知っておくべきソーシャルリスクの定義から、実際の事例、そして法的観点を踏まえた対策やモニタリング方法について、企業法務に強い弁護士が解説します。
- ソーシャルリスクが顕在化したとき、迅速で誠実な初動対応が被害を左右する
- ソーシャルリスクを未然に防ぐには、社員の規律を維持することが重要
- ソーシャルリスクを拡大させないよう専門家と連携して対策を講じる
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ソーシャルリスクとは
ソーシャルリスクとは、SNSやインターネット上で発生する、企業に対する風評や炎上のリスクのことです。具体的には、SNSや掲示板、レビューサイトや口コミ、動画配信サービスなど、ウェブ上のプラットフォームでネガティブな情報が発生し、拡散されるリスクです。
ソーシャルリスクの具体例には、次のようなものがあります。
- 社員のSNS投稿による問題
従業員の不用意な投稿が発端となるトラブル。- アルバイトが勤務中に撮影した不適切な写真や動画をSNS に投稿し、それが拡散されて炎上したケース
- 社員が内部情報や顧客データを軽率に投稿し、情報管理体制が疑問視されたケース
- 私的アカウントで差別的・攻撃的な発言を行い、企業イメージが毀損されたケース
- 過去の広告キャンペーンによる炎上
差別や偏見を前提とした広告が問題視されるトラブル。- 「女性らしさ」を強調した表現が時代錯誤と批判され炎上したケース
- 外国人を模したキャラクター表現が文化的配慮に欠けると指摘され、国際的な批判を受けたケース
- 過去に制作したCMがSNSで掘り起こされて問題視されるケース
- 顧客対応の不手際が拡散
店頭での対応の不手際がSNSで拡散されるトラブル。- コールセンターの高圧的な応対が録音されてSNSに投稿されるケース
- 店舗スタッフの冷たい対応へのクレームが共感を集めたケース
- 返金・交換対応を巡るトラブルで、企業が悪者扱いされたケース
このように、企業の不祥事、従業員の不適切な投稿、顧客対応のトラブルなどがSNSで注目を集め、炎上に発展するケースが典型です。きっかけとなった発信源は、必ずしも事実に基づくものでないことも多く、企業の意図とは無関係に一面的に切り取られ、誤解や誇張と共に拡散されることも少なくありません。
SNSで炎上すると、数時間のうちに数万〜数十万の閲覧数を記録することは珍しくなく、その拡散スピードの早さから、初動対応の遅れは被害拡大に直結します。
ソーシャルリスクが企業にもたらす影響
ソーシャルリスクは単なる一時的な「ネット上の話題」ではなく、企業の信用に深刻な影響を及ぼし、法的問題に発展することもあります。
ブランドイメージが毀損される
ソーシャルリスクが顕在化すると、企業のブランドイメージは毀損されます。例えば、次のような事例があります。
- SNSで不祥事が拡散され、店舗やECサイトのレビュー欄に批判が殺到する。
- 一部の消費者が「不買運動」を呼びかけてトレンド化した。
- ブランド価値が低下し、既存顧客が離れてしまった。
近年では、消費者が、企業の姿勢や倫理観を問う傾向が強まり、炎上のダメージは、数字以上に企業の価値を下げてしまいます。中小企業の場合、地域での信用や取引先との関係にも波及し、短期間で経営に打撃を受けるリスクがあります。
人材採用が困難になる
ソーシャルリスクは、人材確保や資金調達といった経営基盤にも影響します。
ソーシャルリスクが顕在化すると、企業名を検索するとネガティブな記事や投稿が多数表示され、求職者が応募を敬遠するといった事態に陥ります。「ブラック企業」というレッテルが貼られ、内定辞退が相次ぐケースもあります。特に若年層は、年収よりも働きがいや企業文化を重視する志向が強く、SNSでの評判に敏感です。
上場企業であれば、ソーシャルリスクの発生によって株価が下落したり、IR説明責任が発生したりといったトラブルが起こります。リスク管理の体制が甘いと評価されれば、株主からの信任を失い、資金調達に支障が生じるおそれもあります。
法的トラブルに発展する
ソーシャルリスクは、単なる炎上騒動にとどまらず、法的トラブルに発展するケースもあります。例えば、次のようなケースがあります。
- 名誉毀損・信用毀損
虚偽の情報や誤解を招く投稿が拡散されると、権利侵害となる。また、逆に、企業側の公式発表や対応が適切でないと、第三者の権利を侵害する危険がある。 - 労働問題
従業員がSNSで内部告発をしたり、職場の不満を投稿したりしたのをきっかけに、労働問題に発展するケースがある。 - 情報漏洩
社員が、業務上知り得た情報を外部に発信すると、情報漏洩が問題となる。
こうしたソーシャルリスクの管理は、広報部門のみの問題ではなく、法的トラブルに発展することを見据え、法務部や、弁護士などの外部の危機管理の専門家とも連携しながら進めるべきです。
「風評被害を訴える方法」の解説

ソーシャルリスクを未然に防ぐための対策
次に、企業が事前に講じるべき、ソーシャルリスク対策について解説します。
ソーシャルリスクは、発生後の対応も重要ではありますが、拡散されると取り返しのつかないこともあります。未然に防ぐ体制づくりこそが、最も効果的なリスクマネジメントです。
SNSポリシー・ガイドラインを策定する
まず、基本となるのがSNSポリシーやガイドラインの整備です。
企業は、従業員が業務中・私生活を問わず、SNSを使用する際に守るべき行動指針を文書化し、社内で周知しておくべきです。ソーシャルリスクを回避するには、業務上知り得た情報の取扱いや、不適切な投稿の禁止をルール化してください。規程作成に留まらず、就業規則などと共に周知を徹底するようにしましょう。
このように社内ポリシーを作成して周知することで、従業員にとっても、どこまでが自由で、どこからが会社の信用を損なうのか、明確な基準で理解できるようになります。
入社時の誓約書を作成する
ソーシャルリスクを防ぐには、社員一人ひとりの自覚が必要です。
責任を自覚させる手段として、入社時の誓約書を導入するのがお勧めです。入社時の誓約書は、従業員が企業に対して誓約すべき事項(例:秘密保持、情報漏洩の禁止、SNS発信に関する責任など)を明文化し、署名して提出させることで法的拘束力を持たせる文書です。
誓約書に次の条項を盛り込むことで、ソーシャルリスクを抑止できます。
- 在職中・退職後を問わず、業務上知り得た秘密や顧客情報を漏らさない。
- 社内事情や取引先の情報を、SNSやネットに不用意に投稿しない。
- 名誉・信用を毀損する投稿は控える。
- 違反があった場合は、懲戒処分や損害賠償請求の対象になり得る。
誓約書は、違反した場合の損害賠償といった法的な効果を生むだけでなく、従業員に対して「企業の情報を守る責任がある」という意識付けをする役にも立ちます。
従業員教育を行う
従業員がソーシャルリスクに敏感になるための教育も不可欠です。
若年層やアルバイトなど、SNSに慣れ親しんでいる世代は、不用意な発信を行いやすいです。また、新入社員の場合、社会的な常識が十分でないこともあります。ソーシャルリスクの怖さを知らせるために、定期的な教育・研修を行うのが効果的です。
SNSリテラシー研修を、新人研修や管理職研修に組み込んでおくのがよいでしょう。
専門家である弁護士に研修を依頼すれば、炎上事例を紹介して原因を分析したり、個人の発信が企業に与える影響について厳しく指導してもらったりすることができます。
炎上対応マニュアルを整備する
ソーシャルリスクは、対応の遅れがあると炎上に発展します。
したがって、初動時に何をすべきか、社内で誰が責任を持つのか、広報・法務や外部の弁護士がどのように連携して対処するかなどを明確にした「炎上対応マニュアル」を整備することが重要です。万が一、ソーシャルリスクが顕在化しても、平時からしっかり準備しておけば、マニュアルに従って冷静に対処し、事態を沈静化することができます。
弁護士に相談してマニュアルの内容を適正化しておくほか、ロールプレイングを行い、いざというとき慌てず対処できるよう訓練しておきましょう。
モニタリングしてリスクを早期に検知する
ソーシャルリスクを未然に防ぐには、異変の兆候をいち早く察知することも重要です。
そのためには、リスク顕在化の発端となりやすいSNSや匿名掲示板を対象に、モニタリングをすることが重要です。ソーシャルモニタリングツール(Googleアラートなどの無料のサービスもある)や外部業者への委託を活用することで、企業名やブランド名などを含む投稿を、リアルタイムで検知することができます。
ソーシャルリスクの調査を「ソーシャルリスニング」「ソーシャルリスクモニタリング」などと呼びます。ソーシャルリスニングを徹底すれば、「まだ炎上に至っていないが、ネガティブな反応が目立ち始めた」という段階で発見し、対策を講じることができます。
「SNS投稿監視サービス」の解説

ソーシャルリスクが顕在化した場合の初動対応
どれほど対策しても、リスクをゼロにすることはできません。
ソーシャルリスクが現実化した場合、企業に求められるのは迅速で誠実な初動対応と、法的観点に基づく正確な判断です。対応を誤れば炎上が拡大するので、慎重な対応が求められます。
初動対応の基本
ソーシャルリスクが顕在化した際、まず行うべき初動対応は、次の通りです。
事実を確認する
まずは速やかに事実を確認しましょう。
何が問題視されているのか、発端となった投稿・動画・記事を収集し、証拠として保存します。また、投稿が真実に基づくものか、それとも虚偽や誇張が含まれているのかによっても、この後の対応が変わってきます。
社内の関係者や加害者からも、迅速にヒアリングを行ってください。
即時に対応する
ソーシャルリスクへの対応は「即時」が原則です。
SNSの拡散スピードは非常に早く、燃え広がる前に対処しなければなりません。調査を速やかに進めると共に、「調査中である」「◯日までに発表する」などと発信して、沈黙しない姿勢が大切です。
謝罪する
事実に誤りがなく、自社に問題があった場合、速やかに謝罪文を公表しましょう。誠実に謝罪すると共に、再発防止策を講じるのが信頼回復のポイントです。
再発防止策を公表する
単なる謝罪で終わらせず、「今後の改善策」を提示することで、信頼を維持することができます。問題の原因によって、例えば、従業員教育の強化、業務フローの見直し、外部監査の導入といった手段が考えられます。
従業員への対処
ソーシャルリスクの原因が従業員の不適切行為にあるとき、その対処が問題となります。具体的には、就業規則に基づく懲戒処分や解雇、損害賠償請求などです。
以下、それぞれ解説します。
懲戒処分
ソーシャルリスクを引き起こした従業員に問題がある場合、懲戒処分を検討します。
懲戒処分は、就業規則に従って、譴責・戒告、減給、降格、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇といった処分内容の中から、行為の悪質さに応じたものを適用する必要があります。ただし、懲戒処分は、就業規則の定めに従い、適正な手続きを踏む必要があります。手続き違反があったり、過大な処分をしたりすると、不当処分として争われる危険があるので注意してください。
解雇
従業員に対する処分の最たる例が、解雇です。
例えば、会社に損害を与えようという悪意をもって不適切な投稿をしたり、私欲を肥やすために情報漏洩をしたりといったケースでは、懲戒解雇も選択肢となります。ただし、解雇は、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上の相当性がない場合、権利濫用として無効となるため注意が必要です(労働契約法16条)。
損害賠償請求
ソーシャルリスクを、従業員が故意または過失によって引き起こし、会社に損害を与えた場合は、不法行為(民法709条)に基づいて損害賠償を請求できます。損害額は、顕在化したソーシャルリスクを治めるのに要した費用(清掃・片付け・原状回復費・商品の交換返品代など)、人件費、失った利益、休業補償などが含まれます。
商品への異物混入など、軽い気持ちのいたずらや面白半分の場合は、「再発防止」「模倣犯の防止」のためにも、厳しい損害賠償請求を検討してください。
ただし、悪意のあるケースでなく、ミスなどの場合、使用者にも監督責任があるとされ、全額の請求は難しく、損害は限定的な範囲にとどまるのが実務の傾向です。
誹謗中傷・虚偽情報への法的対応
ソーシャルリスクの顕在化が、誤情報や悪質な書き込みに起因する場合は、法的手段を講じることも視野に入れ、速やかに弁護士に相談しましょう。
取りうる選択肢には、次のものがあります。
削除請求
SNSやサイトの運営者に対し、名誉毀損やプライバシー侵害、業務妨害などを理由に投稿の削除を依頼します。任意に削除されない場合は、仮処分の申立も検討してください。インターネット上の情報はコピーが容易であり、拡散スピードが速いため、早期の削除請求によってソーシャルリスクの被害を食い止めなければなりません。
「ネットの削除依頼の方法」の解説

発信者情報開示請求
SNSや匿名掲示板など、投稿者が特定できていないときは、情報流通プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限方)に基づいて、発信者情報の開示を請求します。IPアドレスや契約情報などから投稿者が特定できれば、損害賠償請求や告訴などに進むことが可能です。
損害賠償請求
虚偽の情報や誇張によって、企業の信用を貶め、売上減少などの損害が生じた場合、民事訴訟で賠償を請求することができます。
刑事告訴
ソーシャルリスクが悪質なとき、刑事告訴も検討すべきです。
例えば、社員による顧客情報や営業秘密の漏洩は、個人情報保護法や不正競争防止法に違反する可能性があります。企業や役員に対する悪質な誹謗中傷は、名誉毀損罪や侮辱罪、業務妨害罪などに該当します。
刑事告訴を行うかどうかは、社会的影響や企業イメージを踏まえた経営判断が必要となります。被害の深刻さや今後の抑止力などを考慮し、弁護士のアドバイスをもとに決定するのが望ましいです。
ソーシャルリスク対策における弁護士の役割
最後に、ソーシャルリスク対策における弁護士の役割を解説します。
ソーシャルリスクは、企業の評判や経営基盤を揺るがすだけでなく、法的責任や契約上のトラブルにも直結します。そのため、弁護士は、未然防止から危機管理、炎上対応から再発防止まで、幅広い場面で、重要な役割を担うことができます。
契約書やポリシーへの反映
弁護士の重要な役割の一つは、契約書や社内ポリシーの策定・見直しです。
ソーシャルリスクが起こる前に対策として行っておくことはもちろん、リスクが顕在化した後で、再発防止のために見直しをすることも、弁護士に依頼できます。
- 雇用契約書や入社時の誓約書にSNSでの不適切発信の禁止を盛り込む。
- 秘密保持の誓約書を作成する。
- 就業規則に、違反時の懲戒処分や損害賠償請求を定める。
- 取引契約書に、SNS上の炎上の責任範囲を規定する。
- 社内規程やSNSポリシーでルールを定める。
早めに顧問弁護士を依頼しておくことで、あらかじめリスクを明確化し、社員や取引先に周知しておける体制を構築できます。
社内の体制との連携強化
ソーシャルリスクは、法令違反やハラスメント問題など、コンプライアンスリスクと密接に関わるケースが多くあります。弁護士は次の形で、社内コンプライアンス体制と連動します。
- 内部通報制度との連携
炎上に発展する前に、社内通報によって不適切な行為を早期に把握できる仕組みを作る。通報者を保護することを周知することで、内部通報を促す。 - 従業員教育との連携
SNSリテラシー研修を弁護士が担当することで、法的責任の視点を取り入れ、実際の裁判例や炎上事例をもとに社員の理解を深める。
顧問弁護士を依頼し、継続的に関与してもらうことで、社内ルールが適正に機能しているか、弁護士の視点からチェックすることも可能です。
対外的な発信のリーガルチェック
ソーシャルリスクが顕在化し、炎上に発展したとき、サイト上やPRで企業の公式発表を行ったり、謝罪文を掲載したりするケースがあります。このようなセンシティブな文書は、小さなミスが再炎上や二次被害に繋がりかねないため、リーガルチェックが欠かせません。
弁護士が関与することで、法的リスクを回避すると共に、透明さや誠実さをアピールして、炎上騒動の沈下に役立てることができます。
まとめ

今回は、ソーシャルリスクの対策やモニタリングについて解説しました。
ソーシャルリスクは、現代の企業活動において、決して無視できないものとして、年々その重要性を増しています。特に、SNSの普及によって、個人の発信した情報が瞬時に拡散され、企業の信頼やブランド価値が一夜にして揺らぐ事態も珍しくなくなりました。
ソーシャルリスクに対しては、未然に発生を防ぐ仕組みと、発生後の対応の整備の両面からの対策が必要です。そのためには、社内ポリシーの整備や従業員教育、日々の情報モニタリングに加え、弁護士と連携し、法的措置を視野に入れておくべきです。
ソーシャルリスク対策は、企業全体の信頼を守るための重要な経営課題です。万一のリスクを最小限に抑えるために、継続的な対策を心がけてください。
- ソーシャルリスクが顕在化したとき、迅速で誠実な初動対応が被害を左右する
- ソーシャルリスクを未然に防ぐには、社員の規律を維持することが重要
- ソーシャルリスクを拡大させないよう専門家と連携して対策を講じる
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