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希望退職制度の適切な運用方法と5つのポイント

「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」とは、従業員に対して退職の希望をつのり、退職を希望する従業員に対しては、自主的に退職する場合よりも有利な条件を会社側が提示する制度をいいます。

特に、退職金を多めに支払う「割増退職金」と共に利用されることが多くあります。

しかし、「希望退職制度」も、きちんと運用しなければ、問題ある退職のさせ方といわれてしまいます。「不当解雇である。」として、労働者側から労働審判、団体交渉、訴訟などの労働トラブルを起こされるおそれがあります。

逆に、「早期退職優遇制度」の準備が甘かったことから、辞めてほしくない重要な人材が流出してしまうケースもあります。

「合意退職なのでトラブルになるはずがない。」という考えは甘く、制度導入時にしっかりと準備する必要があります。

今回は、「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」の適切な運用方法とチェックポイントを、企業の労働問題に詳しい弁護士が解説します。

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1. 早期退職優遇制度・希望退職制度の目的

日本の伝統的な雇用慣行は、「長期雇用慣行」「終身雇用制」といって、新卒で入社した会社に、定年になるまで勤務し続けるというものでした。

「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」は、定年になるまで勤め続ける従来の慣行には反する流れであり、「終身雇用制」が崩れ始めた現代に特有の制度ともいえます。

「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」と一口にいっても、その目的は様々です。

制度の目的には、大きく分けて次のようなものがあります。

1.1. 人員削減

不景気などの理由で経営状況が悪化し、総額人件費を削減する目的で、「希望退職制度」が利用されることがあります。

日本では、「解雇権濫用法理」によって、会社側が一方的に解雇を行うことは、>労働者保護の観点から非常に厳しく制限されています。

いくら会社の経営が厳しいからといって、闇雲に不要な人員を解雇するようでは、「不当解雇である。」として労働トラブルを起こされかねません。

そのため、人員削減という目的を達成するために、すぐに整理解雇に走るのではなく、まずは「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」によって、人員削減の目的を達成しようとするケースが多くあります。

1.2. 世代間の人員バランスの調整

経営が悪化していなくても、「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」が活用されるケースも少なくありません。

日本の伝統的な雇用慣行に従うと、少子高齢化が進む現在においては、高齢の社員が非常に多くなり、若年の社員が少なくなる傾向となりがちです。

しかし、このように世代間のバランスが高齢化した状態では、高齢の社員に対してこれまで通りの待遇を保証することは困難となり、また、役職ポストの空きも少なくなってしまいます。

そのため、会社内の若返りを図るために、「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」を活用し、高齢の社員の中でも、第二の人生を歩む新たな道を用意するというわけです。

2. 早期退職優遇制度、希望退職制度のメリット・デメリット

ここまで解説したとおり、活用法、目的によっては、非常に効果的な「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」ですが、メリットが多い反面、デメリットも多く存在します。

2.1. メリット

メリットは、既に解説した「目的」とも重複しますが、高年齢かつ給与の高額となった社員が自発的に退職してくれることから、人件費の削減が達成できることです。

長期雇用慣行における賃金カーブは、年齢と共に、その成果に見合わない高額な給与となりがちです。

定年を待たずに退職してもらうことによって、人件費削減の効果は、実際に目に見える数字よりも大きいものとなります。

従業員にとっても、定年退職した後は隠居生活を送るといったケースが一般的であったのに対して、早期退職後は、新たなキャリアプラン、第二の人生をもう一度設計することが可能というメリットがあります。

2.2. デメリット

まず、目に見える大きなデメリットとして、「割増退職金の負担」が考えられます。

「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」に応募してもらうためには、このまま会社に残っているよりも有利な条件を従業員に対して提案し、自主的に退職してもらわなければなりません。

最も典型的なケースが「割増退職金」ですが、定年で退職するよりも早期に、退職金規程よりも多くの退職金を支給することは、会社にとって大きな負担となります。

また、逆に、あまりに早期退職の条件が有利すぎる場合には、会社に残ってほしい優秀な人材がいっせいに退職を希望するというデメリットもあります。

3. 早期退職で優遇すべき条件とは?

「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」を有効に活用するためには、退職条件を適切に設定し、従業員が制度に応募してもらいやすいようにしなければなりません。

ここでは、早期退職のとき優遇すべき条件として、会社が検討すべき要素を解説します。

「どうしたら従業員に応募してもらいやすい制度となるのだろうか。」「他の同業他社はどのような優遇制度としているのだろうか。」といった疑問、不安がある場合には、制度設計時から、企業法務に詳しい弁護士、社労士などの専門家のアドバイスを受けましょう。

3.1. 割増退職金

希望退職の募集に応じて早期退職をする従業員には、通常の退職金に加えて、一定額の「割増退職金」を支給するという制度です。

 参考 

「割増退職金」といっても、一様ではありません。

できるだけ会社の負担を減らすために、退職者全員に対して一定額の退職金を割増しするだけでなく、年齢別、勤務年数別に段階的に割増退職金を設定する制度も考えられます。

割増退職金の支給制度を検討するときは、退職後のトラブルを防止するためにも、支給要件を明確かつ具体的に定め、社員に周知徹底しましょう。

3.2. 特別休暇制度

希望退職をしたあと、新たな就職先を見つけるための期間として、特別休暇を付与する制度を採用するケースがあります。

有給休暇が残っている場合、希望退職制度の適用を受ける場合には、有給休暇をすべて消化してからの退職という配慮をするのがよいでしょう。

業務引継ぎなどの必要から、どうしても有給休暇の消化が難しい場合には、有給休暇の買い上げを行い、割増退職金に加算することを検討すべきです。

3.3. 再就職支援制度

希望退職にできる限り応募をしてもらうため、「再就職支援制度」を付与することを検討してください。

「再就職支援制度」は、人材紹介会社などが提供しているサービスです。

特に、経営悪化による人件費削減が、主な目的である場合には、できる限り多くの応募を得るためにも、再就職の世話を会社が見ることがよいでしょう。

4. 早期退職優遇制度の運用のポイント

「早期退職優遇制度」による退職を検討するときは、書面作成、社員への周知、社員からの応募への対応などのあらゆる面で、法的にチェックしておかなければならないポイントが多くあります。

制度設計の段階から、法律の専門家のアドバイスを受け、可能であれば顧問弁護士に相談しながら慎重に進めるべきです。

特に、人件費の削減を目的として希望退職を募集する場合、会社の存亡の危機が、この制度の運用にかかっていることもあり、一度の失敗が取返しのつかない事態を招きかねません。

4.1. 会社の承諾を退職条件とする

法的には、「早期退職優遇制度」を会社が周知することは、「申込みの誘引」とされています。

これはどういう意味かというと、この制度に対して労働者が応募をしたとしても、それだけで退職が決定するわけではなく、従業員からの退職の応募が「申込み」となり、これに対する会社の「承諾」があって初めて合意退職が成立するということです。

したがって、この制度を法的に正しく運用すれば、次の通り、会社に有利な運用をすることが可能となります。

  • 会社が退職して欲しいと考える人材のみ退職を承諾し、早期退職してほしくない従業員の退職は承諾しない。
  • 早期退職による優遇条件の適用を受けるためには、退職時に競業避止義務、守秘義務などの義務を負うことを条件とする。

このことは、判例でも、次のとおり、会社による早期退職の承諾がない限り、「割増退職金」は発生しないと判断されています。

 神奈川信用農業協同組合(割増退職金請求)事件(最判平成19年1月18日) 

本件選択定年制による退職の申出に対し承認がされなかったとしても、その申出をした従業員は、上記の特別の利益を付与されることこそないものの、本件選択定年制によらない退職を申し出るなどすることは何ら妨げられていないのであり、その退職の事由を制限されるものではない。したがって、従業員がした本件選択定年制による退職の申出に対して上告人が承認をしなければ、割増退職金債権の発生を伴う退職の効果が生ずる余地はない。

 参考 

なお、「会社の承諾」を退職の条件とすると、「退職を承諾するかどうか。」という点で、労使間でトラブルが発生することが十分に予想されます。

そのため、「会社の承諾」は、書面で行うことを条件として、客観的な証拠を残しておくようにしてください。

4.2. 承諾をしない予定の従業員に根回し

以上の通り「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」の法律的な正しい運用によって、「会社の承諾」が、従業員が有利な条件を受けるための要件となります。

このことを従業員がしっかりと理解していないと、重要な人材が希望退職に応募した結果、承諾されずに会社に残った後、非常に居心地の悪い思いをすることとなりかねません。

そのため、「応募しても承諾をしない予定である。」という重要な従業員がいるのであれば、個別に連絡をし、応募しないよう伝えておくことが、「希望退職制度」の運用後も円滑に企業経営を行うに当たって非常に重要です。

4.3. 応募条件を具体的に定める

人件費削減や経営状況の改善のために、「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」を活用するとしても、会社が想定している以上の人数の退職希望者が出たり、会社が重要と考える部署の人材が多く流出したりしては、今後の企業経営に支障が生じます。

このような事態を回避するためにも、「会社が承諾をしなければよい。」という考えもあるわけですが、あらかじめ応募の段階から、想定できるリスクを排除しましょう。

すなわち、次のように、希望退職の応募条件を具体的に定め、従業員に周知徹底するようにします。

  • 希望退職の応募受付期間を限定する。
  • 対象となる従業員の年齢を限定する。
  • 対象となる従業員の部署、職種を限定する。
  • 対象となる従業員の勤続年数を限定する。
  • 会社の承諾が条件となることを明記する。

あくまでも、「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」は、会社の主導の下に進めるように注意しましょう。

4.4. 退職後の守秘義務

「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」によって退職する場合に限らず、退職後の従業員の守秘義務には十分な注意が必要です。

退職時に、「誓約書」、「秘密保持契約書」を作成し、退職後の従業員に対しても守秘義務を負わせるようにします。

特に、「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」の対象者は、一定程度以上の年齢の、重要な役職にあった社員であることが想定されますから、重要な企業秘密を握っていることも少なくありません。

「人件費削減のため、半ば強制的に希望退職に応募させられた。」などと考える社員は、その後競業他社に就職し、企業秘密を漏洩するといったリスクも想定し、対策を講じておくべきです。

4.5 別の退職制度がある場合、周知する

従業員が「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」に応募し、会社からの承諾を得たとき、これによって退職が確定しますから、その後別の方法で再び退職することはできません。

当たり前のことを言っているようですが、例えば、「希望退職制度」が複数ある場合や、「第1次募集→第2次募集→第3次募集」のように希望退職を段階的に募集する場合、その条件が異なることが想定されるため、どの制度によって退職したかという点が、従業員の大きな関心事となります。

他にもっと有利な退職制度があるにもかかわらず、これを周知せずに早期退職させた場合、「有利な条件での退職を認めてほしい。」「私にも割増退職金をもらう権利があるはずだ。」といった労働トラブルが起こる可能性が非常に高くなります。

従業員にできる限り不利にならないよう、他の退職制度がある場合や、今後も「希望退職」を継続する予定である場合には、その旨周知しておくべきでしょう。

このような周知をした結果、希望退職への応募を思いとどまることのないよう、「希望退職制度」を段階的に行う場合、その段階によっての条件格差には慎重な制度設計が必要です。

5. まとめ

「早期退職優遇制度」、「希望退職制度」の適切な運用方法について、企業の労働問題に詳しい弁護士が解説しました。

「希望退職」を募集する場合には、企業の経営が行き詰まり、経営悪化を改善する苦肉の策であることも多いといえます。

そのため、法律的に適切な運用方法を徹底することにより、想定外のリスクを回避し、希望退職制度の目的を達成できるよう準備が必要となります。

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