退職した元社員が、SNSや口コミサイトで会社の悪口や誹謗中傷をして炎上する事案があります。特に、就職・転職サイトでの風評被害に頭を悩ます経営者は少なくありません。
会社側は「円満退社」だと思っていても、辞めた会社に不満を持つ人は多いものです。軽はずみな気持ちでした誹謗中傷も、拡散されて炎上に繋がると、企業の信用に直結します。就職・転職サイトでの評判は、次の採用にも影響してしまいます。
このようなケースで企業は、感情的に反論するのでなく、冷静な対処が求められます。悪質な投稿には、法的措置も検討すべきです。
今回は、退職者による誹謗中傷への対応について弁護士が解説します。退職時は、労使の恨みが特に大きくなりやすいので注意が必要です。
- 退職時は労使の対立が激化しやすく、誹謗中傷のトラブルが起こりやすい
- 辞めた会社の悪口に対して感情的にならず、事実に基づいて対応する
- 証拠を保存して法的措置を講じた上で、再発防止策を徹底する
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退職者による誹謗中傷とは
はじめに、退職者による誹謗中傷のトラブルについて解説します。
退職者による誹謗中傷の具体例
退職者によるインターネット上の投稿が、会社に大きな被害を与えることがあります。
例えば、次のような行為が典型例です。
- 就職・転職サイトで悪い口コミを書く。
- 「ブラック企業だ」と発信する。
- 「◯◯部長がパワハラ」など、社内の問題点を指摘する。
- 事実と反する情報を記載する。
「ブラック企業」が社会問題化した通り、劣悪な労働環境であるという噂が立つと、求人が激減し、経営に大きな打撃を与えます。特に、元従業員の投稿にはリアリティがあり、たとえ虚偽や誇張だとしても、読み手は信用してしまうでしょう。
したがって、退職した従業員によるネット上の誹謗中傷は、会社の社会的信用を大きく低下させ、風評被害に直結します。
辞めた会社の悪口を言う理由は?
辞めた会社の悪口を言う場面は、SNSや口コミサイトなどで頻繁に見られます。一見嫌がらせにも見えますが、背景にある理由を理解すべきです。企業が対策をする際、その理由を理解することが対応を決める第一歩となるからです。
不満のはけ口にしたい
最も多い理由が、退職時に抱えていた不満を吐き出したいという感情です。
上司との人間関係、過重な業務、待遇への不満など、在職中は言えなかった思いが、退職後に噴出します。インターネットは匿名で情報発信できるため、心理的なハードルが下がり、過激な表現に至るケースも少なくありません。
正当性を主張したい
次に、退職者が自分の正当性を主張するケースです。「自分が辞めたのは正しかった」「会社が間違っている」という思いを他者に認めてもらいたいという気持ちから、悪口や批判を行うケースです。退職勧奨に応じての退職や解雇などの場合に顕著です。
「自分は被害者だ」と周囲に訴えようとするほど、会社の非を強調する発言が多くなり、誹謗中傷に発展しがちです。
他人の共感を得たい
最後に、他人の共感を得たいという欲求があります。
人は誰しも、自分の意見や経験に共感してもらいたいと思っています。特にX(旧Twitter)や掲示板、企業の口コミサイトなどでは、似た経験をした人に支持され、承認欲求を満たしやすいです。そして、この共感は、悪口の拡散にも繋がります。
感情的にならず、冷静に背景を分析することが重要
退職者からの誹謗中傷の投稿を目にすると、感情的になる経営者も多いでしょう。
ただでさえ、会社を辞めるタイミングは、労使間の利害対立が先鋭化しやすいです。しかし、辞めた会社の悪口を言う人の動機や心理をよく知れば、企業側が感情的になるのは全く得策でないことが理解できるでしょう。
初動対応では、単なる愚痴なのか、名誉毀損に該当する重大な発言なのかを見極めた上で、最善の対策を検討しなければなりません。この際、被害を最小限に抑えるためにも、感情ではなく事実と法律に基づいて対処するのが基本姿勢となります。
間違っても「会社側も、辞めた人の悪口を言ってやろう」という仕返し、報復の発想を持ってはいけません。
退職者による誹謗中傷が企業に与える影響
退職者による誹謗中傷は、企業に深刻な影響を与えます。
退職者が発信する会社に対するネガティブな発言は、個人の意見にとどまらず、企業全体に深刻な影響を与えます。特に、SNSや就職・転職サイトが普及して情報が広まりやすくなり、個人の発信が想像以上に拡散されるケースもあります。
「この会社、やめた方がいい」「ブラック企業だった」などの発言は、転職希望者にとって企業選びの参考情報となり、採用活動に大きな影響を与えます。
特に、企業口コミサイト(例:OpenWork、転職会議)、SNS(X、Instagram、TikTokなど)、匿名掲示板(5ちゃんねる、爆サイなど)での発信は、大きな話題となって炎上に繋がることもあります。
退職者による悪口が社内の従業員の耳に入ると、「自分も我慢していた」「あの人の言っていたことは本当だった」などと疑念が生まれ、雰囲気も悪化します。役職や地位が高く、信頼の厚い元社員の発言は、忠誠心やモチベーションを低下させ、最悪は離職や引き抜きにも繋がりかねません。
会社が何も対策を講じなければ、「何もしない会社だ」「見捨てられた」などと思われ、心を離してしまうでしょう。
インターネット上の悪評は、採用の場面だけでなく、顧客や取引先の目にも触れます。その結果、「取引を継続して大丈夫だろうか」と不安を抱かせ、契約の見直しや新規取引の見送りといったビジネス上の損失となるケースもあります。
「ソーシャルリスク」の解説

辞めた会社の悪口を言う人の対処法
次に、辞めた会社の悪口を言う人の対処法について解説します。
退職者による誹謗中傷は、放置すると悪化し、大きな損害に繋がります。「辞めた人が何を言おうと仕方がない」「いちいち対応するのは面倒だ」という考えは甘いです。悪質な誹謗中傷に対しては、法的手段も含めて、早急に対応する必要があります。
初動対応の基本
退職者の誹謗中傷や悪意ある発言に直面したとき、最重要なのが初動対応です。会社を辞めた人を恨む経営者は多いですが、感情的にならず、冷静に対応することが重要です。
初動対応の基本は、次の通りです。
証拠を保存する
初動対応の基本は、証拠の保存です。
SNSや掲示板の書き込みをスクリーンショットで保存し、証拠化しましょう。発言の内容が誹謗中傷に該当するかを判断し、削除や発信者情報開示の請求に進むにも、証拠が不可欠です。問題ある投稿は削除や変更のおそれもあるので、できるだけ早期に保存すべきです。
感情的に反論しない
企業は、社会的な責任と立場をわきまえ、常識的な対応を心がけるべきです。
退職者による悪口や中傷に対し、会社側が感情的に反論すれば、状況は悪化します。特に、SNS上での応酬は周囲の注目を集め、第三者から批判を受けるリスクもあります。また、元従業員を刺激して、エスカレートさせる危険もあります。
社内への説明を行う
退職者による誹謗中傷は、社外だけでなく、社内にも悪影響を与えます。
残った社員が根拠のない噂に惑わされると、職場の雰囲気が悪くなります。そのため、必要な範囲で、社内に正確な情報を共有したり、経営者が直接説明したりすることが必要です。「調査・対応中である」という立場を伝え、信頼感を損なわないよう努めてください。
削除手続の方法
問題投稿の削除を求める対応が必要です。退職者による辞めた会社の悪口がネット上で公開され続ける限り、企業イメージの悪化や二次拡散のリスクが残るからです。
まずはSNSや口コミサイトの運営者に対し、通報機能や削除申請フォームを利用して、任意に削除してもらえるよう求めます。投稿が虚偽なのが明らかだったり、名誉毀損や業務妨害、プライバシー侵害に該当したりする場合、速やかに削除されるケースもあります。
弁護士から内容証明で連絡をしたり、テレコムサービス協会のガイドラインに基づく削除申請を行ったりする方法もあります(この場合、サイト運営会社やプロバイダが、削除請求依頼を受領後、投稿者に対して7日以内に回答するよう照会し、「権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由」があれば、情報が削除されます)。
任意で削除されない場合には、削除の仮処分を申し立てる方法に進みます。削除の仮処分は、緊急性の高いケースについて、通常の裁判よりも迅速な手続きによって、インターネット上の情報の削除を求める手続きです。
「ネットの削除依頼の方法」の解説

発信者情報開示請求
退職した元社員による被害のうち、就職・転職サイトやSNSでの情報発信は、匿名で行われるケースがあります。
この場合、発信者情報開示請求の方法で、IPアドレスや契約者情報を入手し、投稿者を特定する必要があります。この手続きは、情報流通プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限法)に基づく手続きであり、元従業員であることの裏付けが得られれば、損害賠償請求や刑事告訴などの対応が可能となります。
開示請求のためにはログが保存されている必要があるところ、その保存期間は概ね3ヶ月〜6ヶ月とされており、速やかな対応が重要です。
損害賠償請求
退職した元社員の悪口や誹謗中傷によって、採用活動が妨害されたり顧客離れが生じたりといった祖損失があった場合、損害賠償を請求することが可能です。
損害賠償が認められる要件は、次の通りです。
- 違法な誹謗中傷が行われたこと
- それによって企業が損害を被ったこと
- 投稿者に故意または過失があること
- 損害額(営業損失、対応費用など)があること
裁判によって損害賠償を認めさせることができれば、損失を補填できるのはもちろん、再発の抑止にも効果があります。なお、この際、損害賠償の相手方を特定するのにかかった調査費用や弁護士費用は、損害に計上するのが通例です。
「風評被害を訴える方法」の解説

差止請求
退職した社員の恨みが深く、継続的な発信が止まないとき、差止請求も検討します。
労務の問題は特に恨みが深く、削除や損害賠償を請求しても、何度も同じ内容の投稿をされるケースがあります。差止請求なら、既に投稿された内容だけでなく、将来の投稿を防ぐこともでき、退職者が執拗に企業への批判を繰り返している場合に有効な手段となります。
差止請求は、民法723条の定める名誉毀損の回復措置を根拠として行われます。投稿の削除だけでは不十分な場合や、企業の名誉を継続的に守りたい場合に有効です。
再発防止のための社内対策
次に、退職者からの誹謗中傷について、再発を防止するための対策を解説します。
退職者による誹謗中傷が発生した後、企業としては、同じことを繰り返さないための仕組みづくりが必要です。問題が頻発すれば、組織運営そのものに疑問を持たれてしまいます。社員の退職時は、労使の対立が先鋭化しやすいタイミングなので、対策は必須となります。
退職者アンケート・面談の強化
退職時には、ヒアリングやアンケートを実施しておきましょう。
退職理由を明らかにすると共に、不満を早期に発見し、退職後の悪口や誹謗中傷に発展するリスクを摘み取る重要な機会です。悪意ある投稿を抑止するためにも、退職理由や業務への不満を丁寧にヒアリングし、相手の気持ちを尊重しましょう。理解を示した上で、会社の立場や方針も示し、退職後の発言が、企業や残った社員に損害を与える可能性を伝え、常識ある対応を促します。
丁寧に対応すれば、在職中の不満があったとしても「最後はきちんと対応してもらえた」という印象を残し、トラブルを抑止することができます。
在職中のコンプライアンス教育
在職中から、しっかりとコンプライアンス教育をしておくことも大切です。
SNSリテラシーを教育し、会社に対する誹謗中傷を行えば、法的責任を問われるおそれがあるという意識を持たせ、退職後の問題行為を未然に防ぐことができます。SNS利用に関するガイドラインを整備して周知したり、ネガティブな情報発信が企業に与える影響について研修を行ったりすることが効果的です。
また、退職した元社員から会社の悪口・風評・誹謗中傷を受けたとき、その内容が真実であるとすれば、社会的信用が低下するのは避けがたいでしょう。したがって、未払残業代や不当解雇、セクハラ、パワハラ、長時間労働による健康被害といった問題が生じないよう、法令遵守を徹底しておくことも予防策となります。
秘密保持誓約書の取得
退職者による情報漏洩や誹謗中傷を抑止するため、秘密保持誓約書を取得しましょう。特に以下のような内容を明示しておくことが有効です。
- 在職中に知り得た機密情報・顧客情報の開示禁止
- 名誉毀損や信用毀損となる発言の禁止
- 違反時の責任(損害賠償・法的措置)
退職時に取得する秘密保持誓約書とは、在職中に社員として知り得た会社の秘密情報について、退職後に利用したり開示・漏洩したりしないことを誓約させる書面のことをいいます。
秘密保持誓約書に違反して情報を漏洩してしまった場合には直ちに削除すること、会社の負った損害について賠償することを記載して、注意喚起しましょう。
退職者による誹謗中傷のよくある質問
最後に、退職者による誹謗中傷について、よくある質問に回答します。
事実でも悪口は名誉毀損になる?
名誉毀損は、社会的評価を低下させる事実を示すことで成立します。そのため、発言内容が真実であっても、違法とされる可能性があります。
ただし、公共の利害に関わる内容について、公益目的でされた発言は、内容が真実である(または真実と信じる相当の理由がある)場合に限り、違法性が阻却されます。
口コミサイトの匿名投稿も対応可能?
口コミサイトや掲示板での匿名投稿が、企業の名誉や信用を侵害した場合、発信者情報開示請求の手続きによって投稿者を特定し、責任追及することが可能です。匿名だからといってあきらめるのは早いでしょう。
今回解説する辞めた会社の悪口は、元従業員がしていることは明らかで、比較的特定は容易です。
注意点として、投稿から時間が経過するとログが消失してしまうため、早期の証拠保存・対応が重要です。
元社員が実名でSNS投稿している場合は?
元社員が実名でSNS発信している場合、投稿者の特定が可能です。そのため、発信者情報開示請求を行わなくても責任追及が可能です。投稿内容に企業名や部署名、人物名が含まれていることで、特定が容易なケースもあります。
実名による投稿は信頼されやすく、虚偽や誇張があっても、企業の社会的信用を大きく傷つけます。
この場合、相手が既に判明しているのであれば、会社で控えている元従業員の住所などに宛てて、削除を要求する通知書の送付を検討すべきです。弁護士名義で警告書を送れば、大きなプレッシャーとなり、誠実な対応が期待できます。
まとめ

今回は、辞めた会社の悪口を言う人の対処法について解説しました。
退職者による会社への悪口や誹謗中傷は、放置すれば企業の信用を低下させ、採用活動にも深刻な影響を及ぼします。そして、対応を誤れば、トラブルを拡大させ、炎上にも発展します。
退職者を恨む経営者は多いですが、感情的にならず、事実関係を整理し、証拠を保存することが第一歩です。その上で、投稿や発信の内容に応じて、削除依頼や法的措置を講じることを検討します。再発防止策として、退職時の対応や社内コミュニケーションの見直しも欠かせません。
元従業員の言動に不安を感じる場合、一人で抱え込まず、弁護士に相談することが重要です。企業の信頼と、残った社員を守るためにも、冷静な対応を心がけましょう。
- 退職時は労使の対立が激化しやすく、誹謗中傷のトラブルが起こりやすい
- 辞めた会社の悪口に対して感情的にならず、事実に基づいて対応する
- 証拠を保存して法的措置を講じた上で、再発防止策を徹底する
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