インターネットの匿名性を悪用した、誹謗中傷被害、風評被害が増加しています。
特に、企業にとって、退職した社員が就職サイト・転職サイト・匿名掲示板などで、会社や役員の誹謗中傷をしたり、会社の悪口を書き込んだりといった炎上事案が少なくありません。
会社側では「円満退社」と思っていても、退職した社員は多くの不満を抱えており、軽はずみな気持ちで行った誹謗中傷行為が、インターネット上の炎上を招く危険もあります。
風評・誹謗中傷被害を引き起こした社員が在職中であれば、懲戒処分、解雇といった対応が可能ですが、既に退職済の場合には、インターネット上の情報の削除請求、損害賠償請求などによって対応していくこととなります。もちろん、そのような事態にならないよう予防策も重要です。
そこで今回は、インターネット上の誹謗中傷対策のうち、特に恨みが大きくなりがちな、退職者による風評・誹謗中傷トラブルの対処法を、弁護士が解説します。
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退職した従業員による風評・誹謗中傷被害とは?
退職した従業員によるインターネット上の投稿が、会社にとって重大な被害を与えることがあります。
就職サイト・転職サイトに、会社の社会的信用を低下させる投稿をされたケースが典型例です。「ブラック企業」という言葉の流行からもわかるように、端的な言葉で会社の問題点を指摘し、社会的信用を大きく失墜させることができます。
特に、元従業員の投稿であることがわかる内容であり、リアリティ(現実味)の溢れる投稿であるほど、それを見る人に対する信用性が高く、その情報の内容がたとえ虚偽や誇張であったとしても信じられやすくなります。
- 「この会社はブラック企業なので、入社しないように気を付けてください。」
- 「長時間労働が蔓延しているにもかかわらず、残業を申請しても一切残業代が支払われません。」
- 「営業部のA部長は、四六時中部下に怒鳴り散らしたり、事務の女性にセクハラを繰り返しています。」
- 「私が知る限りでも、1年で10人の人が退職しており、離職率が高い会社です。」
退職した従業員の手によるものとわかる態様で、上記のような投稿がされると、会社の社会的信用を落とすことは明らかです。
これらの投稿を見れば、御社に就職、転職を考えていた人が応募を自粛したり、内定を辞退したりして採用活動に支障が出るのは当然です。それだけでなく、取引先や顧客が見れば、会社の商品・サービスの購入を控える可能性もあります。
「人手不足」で悩む会社にとって、些細な情報1つ1つが採用活動に与える影響力は、無視することができません。
削除手続の方法
退職した従業員と思われる人の投稿で、インターネット上に会社の悪口・風評・誹謗中傷を書き込まれたとき、一番重要なことは、これ以上被害を拡大しないことです。
インターネット上にその情報が長く残り続ければ、情報のコピーが容易なインターネットの性質上、信じられないスピードで情報が拡散していき、取り返しのつかないことになるおそれがあるからです。
そこで、退職した従業員による誹謗中傷被害にあった会社が最初に考えるべき、削除手続の方法について、弁護士が解説します。
投稿者が特定可能な場合
投稿者が特定可能な場合には、まずは、投稿を削除し、今後同様の投稿を行わないよう、通知書を送付して警告します。
元従業員による風評・誹謗中傷被害の中で、投稿者が特定可能な場合には、次のケースがあります。
- 退職した元従業員が、実名のFacebookやLINE上で会社の悪口を書いているケース
- 投稿者が匿名であるが、退職した元従業員しか知らない情報を書いているケース
投稿者が特定できるケースでは、書いている元従業員も、軽い気持ちで悪口を言っている場合も少なくありません。
退職した会社の悪口を書く行為が、会社に及ぼす損害の大きさ、問題の重大性を適切に指摘し、すぐに削除してもらえるよう説得してください。
なお、このような軽い被害のケースでは、従業員の在職中にインターネット上の書込みの重大性について教育を行ったり、退職時に秘密保持誓約書を取得したりといった、風評被害の予防策がとても役立ちます。
プロバイダへの削除請求
投稿の内容などから投稿者を特定できないけれども、退職した元社員からの嫌がらせにお困りの場合、次に検討すべきは、サイト管理者やプロバイダに対する削除請求です。
企業の運営している就職サイト・転職サイトであれば、問い合わせフォームや連絡先、運営会社の概要が記載されていることが一般的です。投稿型のサイトでは、削除請求専用のフォームや窓口が用意されていることもあります。
サイト上の記載から不明な場合であっても、「Whois]というサービスによってIPアドレスやドメイン登録者情報を明らかにすることで、削除請求先を特定できます。
削除請求の手続きには、テレコムサービス協会の「侵害情報の通知書兼送信防止措置依頼書」という書式を使用します。削除請求の書面を記載する際には、次の点に注意が必要です。
ココがポイント
- 同定可能性
:書込みによって権利を侵害されている対象が、自社であることを特定する必要があります。そもそも、権利を侵害されていないのであれば、削除請求をすることができないからです。 - 権利侵害性
:自社のどのような権利が、どの程度強度に侵害されているかを、説得的に記載する必要があります。「ブラック企業」という書込みは、労働環境が違法不当なものであって、労働者に健康被害を与える悪質な会社であるというイメージを与え、社会的信用を低下させるため、権利侵害があると考えてよいでしょう。 - 違法性阻却事由の不存在
:公共の事実について、公益を目的とする場合に、事実が真実である場合には、違法性が阻却されます。したがって、この要件に該当しないことを記載しておく必要があります。
サイト運営会社やプロバイダが、削除請求依頼を受領すると、投稿者に対して7日以内に回答するよう照会し、「権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由」があれば、情報が削除されます。
ただし、独自の削除ポリシーに従わない削除依頼を受け付けなかったり、削除請求自体を公開したりするサイトもあります。削除請求自体が、更なる炎上の火種となることのないよう、注意が必要です。
削除の仮処分
削除請求を行う際に、あくまでも書き込んだ本人を責めるべきであって、サイト管理者やプロバイダを責めるべきではありません。できる限り、任意の削除に応じてもらうためにも、誠実な態度で、円滑に交渉を進めることがお勧めです。
しかし、交渉によって削除に応じてもらえない場合には、削除の仮処分という裁判手続きによって法的に削除を求めていくこととなります。
削除の仮処分とは、さきほど解説した権利侵害性、違法性阻却事由の不存在などを理由として、裁判所における通常の裁判よりも迅速な手続きによって、インターネット上の情報の削除を求める手続きのことです。
「仮処分」とは、裁判所の定める一定の担保金を供託することを条件として、「仮」の暫定的な措置による救済を得るための裁判手続です。
投稿者の特定と損害賠償請求の方法
退職した元社員による風評・誹謗中傷によって、会社の社会的信用が低下し、実害が生じたとき、その投稿者を特定し、損害賠償請求をしたいという会社からのご相談が多くあります。
そこで次に、インターネットへの情報発信者を特定し、損害賠償請求するための方法について、弁護士が解説します。
投稿者の特定(発信者情報開示請求)
退職した元社員による被害が起こりがちな、就職サイト・転職サイトの中には、実名登録制のサイトもあります。投稿されたサイトが、投稿者の個人特定をしている場合には、サイト運営会社に対して発信者情報開示請求をすることができます。
これに対して、2ちゃんねる、5ちゃんねるや、Twitter等のSNSにおける風評・誹謗中傷の場合には、サイト管理者が投稿者の個人情報を持っていないため、手続が複雑になります。
この場合には、投稿者が、インターネット上へ情報発信する際の順番とは逆の順序をたどり、掲示板などのコンテンツプロバイダからアクセスログ(IPアドレスとタイムスタンプ)の開示を受け、その後、これにより特定したISPに対して住所・氏名等の開示請求を行うという2段階の手続となります。
この場合、第一段階は、発信者情報開示仮処分の申し立てによって行い、第二段階は、発信者情報開示請求訴訟によって行うこととなります。
慰謝料請求
退職した元社員によって、会社の悪口が書き込まれるなどの嫌がらせ・業務妨害が行われ、風評・誹謗中傷被害を受けたというケースにおいて、会社が請求できる損害は、主に「慰謝料」です。
退職した元社員による風評・誹謗中傷によって実害が生じたことが証明できれば、その実害についても損害賠償請求できるわけですが、「社会的信用が低下し、求職者の応募が減った」ことについては、因果関係の立証がとても困難です。
インターネット上の情報発信についての被害を受けた場合には、損害賠償の相手方を特定するためにかかった調査費用、弁護士費用についても、損害として、風評・誹謗中傷を行った元社員に対して請求することができます。
差止請求
退職した社員による会社に対する誹謗中傷は、「在職時にパワハラされた。」、「劣悪な労働条件で酷使された。」などといった恨みが募るものも少なくありません。
会社で問題社員扱いされていた社員ほど、退職時に会社への恨みを増大させることもあります。問題社員が解雇されたことを逆恨みし、インターネット上の風評投稿によって逆襲してくることも多いです。
最初は、インターネットの匿名性を悪用して、軽い気持ちで書いていたとしても、恨みが募ると、損害賠償請求では止まらないおそれもあります。
特定した投稿者(退職した社員)に対して、弁護士から警告書を送付し、それでも止まらない場合には、差止請求という裁判手続きによる方法や、警察への刑事告訴(業務妨害罪・名誉棄損罪)を検討する必要があります。
退職者からの風評・誹謗中傷被害を予防するには?
社員の退職のタイミングは、労使の対立が最も顕在化しやすいタイミングといえます。
退職した元社員から、退職後に、インターネット上の風評・誹謗中傷による被害を受けないようにするためには、在職時からの予防策が非常に重要です。
ここまで解説してきた通り、元従業員から恨まれ、風評・誹謗中傷による被害を実際に受けた後で、損害賠償請求などによって、失墜した信用を取り返すことはとても難しいからです。最後に、退職者からの風評・誹謗中傷被害を予防するための回避策を、弁護士が解説します。
在職中の法令遵守
退職した元社員から会社の悪口・風評・誹謗中傷を受けたとき、その内容が事実であれば、社会的信用の低下を避けることは難しいと言わざるを得ません。
「名誉棄損」は、摘示された事実が「真実」であっても成立するのが原則ですが、そもそも、指摘された事実が「真実」であれば、「ブラック企業」と言われても致し方ありません。
そのため、退職した社員からこのような恨みを買わないためにも、在職中からの法令遵守が会社側にとっての重要課題となります。特に、労使対立の中核となりがちな労働関連法規の遵守は徹底しなければなりません。
未払残業代、不当解雇、セクハラ、パワハラ、長時間労働による健康被害など、労働問題が既に顕在化している企業では、ぜひ一度弁護士による対策提案をお受けください。
研修・教育を行う
インターネットに関するリテラシーの低い社員が、匿名性を悪用して会社に対する誹謗中傷被害を拡大させる事例が増加しています。このことは、退職した社員による被害だけでなく、在職中でも変わりません。
社員が軽い気持ちで上げたSNS投稿が炎上して、会社の信用を失墜させた「バイトテロ問題」、「バカッター騒動」が記憶に新しいのではないでしょうか。
在職中から、インターネット上への情報発信をする際の心構え、ネット上の情報が拡散された際の問題の重大性などを社員に理解してもらうため、会社が積極的に研修、教育を行う必要があります。
在職中からきちんと教育を徹底しておくことにより、退職後に会社への風評・誹謗中傷を行う可能性も下げることができます。
秘密保持誓約書を取得する
最後に、退職した社員からの風評・誹謗中傷トラブルを避けるための対策として、退職時に秘密保持誓約書を取得する方法があります。
退職時に取得する秘密保持誓約書とは、在職中に社員として知り得た会社の秘密情報について、退職後に利用したり開示・漏洩したりしないことを誓約させる書面のことをいいます。
合わせて、秘密保持誓約書に違反して情報を漏洩してしまった場合には直ちに削除すること、会社の負った損害について賠償することを記載しておきます。
「IT法務」は、弁護士にお任せください!
今回は、退職した元社員から、風評・誹謗中傷被害を受けた場合に、会社がとりうる対策について、弁護士が解説しました。
インターネット上の匿名性を利用して書かれた元従業員による会社の悪口は、社内の人が見れば、元社員が書いた根も葉もない悪口であることが明らかである場合であっても、事情を知らない人は信じてしまいます。
その結果、就職サイト・転職サイトなどで求職者の信用を失うことともなりかねません。取引先や顧客と元社員が繋がっている場合には、インターネット上だけにとどまらず、業務妨害の被害が拡大するおそれもあります。
退職した元社員からの嫌がらせによって、風評・誹謗中傷などの被害にお悩みの会社は、ぜひ一度、IT法務を得意とする弁護士にご相談ください。
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