倒産を余儀なくされると、株主や役員、金融機関、取引先など、多くの人に影響が及びますが、その中でも従業員の不利益は大きく、特に重要な関係者です。
従業員への説明が不十分だったり、不適切な方法で行われたりすると、倒産直前に労働トラブルが起こり、円滑な手続きの妨げとなります。一方、あまりに早い段階で伝えると、本来は回避できた倒産を助長するリスクもあり、告知のタイミングには注意を要します。
従業員にとっては生活の基盤を揺るがす重大事なので、完全な納得を得るのは難しいでしょう。それでもなお、経営状況を誠実に伝え、倒産に至ることを丁寧に説明し、理解を得るべきです。破産手続きの中では、一部の社員に引き続き協力を仰がなければならないこともあります。
今回は、倒産する企業が従業員に告知すべきタイミング、説明のポイントと、倒産による解雇を通知するときの注意点について、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 倒産による混乱を避け、従業員を守るため、事前の告知と説明が必須
- 倒産直前の一斉説明が原則だが、重要な社員に先に説明することもある
- 倒産によって社員は地位を失うが、未払い賃金は立替払制度で保護される
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倒産する前に従業員に告知すべき理由
倒産前に従業員に告知・説明すべき理由を解説します。倒産は避けられないとしても、事前に従業員へ状況を説明し、告知することが重要です。
従業員には状況を知る権利がある
従業員は、企業にとって欠かせない存在です。経営状況の全てを開示するのは難しいとしても、自らの勤務先の将来について、可能な限り情報を知る権利があります。
業績の悪化によって倒産が避けられない状況となれば、経営者が最も気にかけるべきは従業員の将来でしょう。大切に思うからこそ、倒産することを「いつ、どのように伝えるべきか」と悩み、不安を抱える経営者も少なくありません。
従業員の不利益を軽減できる
倒産によって社員に大きな負担がかかるのは避けられない事実です。
倒産はやむを得ないとしても、その不利益を可能な限り軽減する努力が求められます。倒産について社員の同意や承諾は不要ですが、誠実な説明を行わなければなりません。
適切なタイミングで状況を伝え、丁寧に説明すれば、労働者側でも事前に心構えができます。時間的な余裕があれば、転職活動など、次の一手を早めに打つこともできます。これらの早めの準備は、従業員の生活への影響を緩和する役に立ちます。
破産手続きへの協力が必要がなる
法人が破産手続を進める際、従業員の協力は不可欠です。
裁判所の破産手続は煩雑で、経営者一人で進めるのは現実的ではありません。人手が必要になる場面も多く存在しますし、担当者でなければ分からない情報もあるでしょう。
たとえ弁護士に依頼し、破産申立てを代理してもらったとしても、経理作業や財務資料の取りまとめなど、多くの実務対応は会社側で行う必要があります。特に、幹部社員や経理担当者は、倒産直前まで協力せざるを得ません。この協力を得るためにも納得感のある説明が不可欠なのです。
破産の支障となる労働問題を避けられる
倒産直前に労働トラブルが起こると、破産手続きの支障となってしまいます。
経営悪化を理由とする解雇は、いわゆる「整理解雇」に該当しますが、これを有効に進めるには整理解雇の4要件を満たす必要があります(①解雇の必要性、②解雇回避の努力義務、③解雇対象者の選定の合理性、④手続きの妥当性)。
一方で、会社が倒産し法的整理に至った場合、全社員を適法に解雇可能です。
とはいえ、倒産に関する告知や説明が不十分なまま解雇に踏み切れば、従業員から不当解雇を主張されるリスクが高まります。倒産直前で紛争が発生した場合、労働審判や訴訟などは破産管財人が引き継いで対応しなければならず、破産手続きに遅延や混乱が生じるリスクがあります。
また、説明不足による社員の混乱は、インターネットやSNSを通じて社会的に広まりやすく、企業だけでなく経営者個人の再出発の障害となる危険もあります。
「自己破産からの復活は可能?」の解説

倒産を従業員に告知する適切なタイミングは?
法人が倒産に至る際には、原則として全従業員を解雇することとなります。そのため、遅くとも倒産前には、従業員に事情を説明し、解雇を通知する必要があります。とはいえ、告知があまりに直前だと従業員が対応できず混乱を招きますし、逆に早すぎても誤解や不安が生じます。
したがって、倒産の告知は「いつ、どのように行うか」が極めて重要です。
倒産時の告知は、解雇通知の時期とも密接に関係し、労働基準法の定める「解雇予告」のルールも踏まえて対応しなければなりません。
倒産直前の告知が原則
倒産に関する情報が早期に広まると、社内外に大きな混乱を招く原因となります。
特に大企業の場合、社会的な影響も大きく、風評被害によって取引先との信頼関係が損なわれたり、倒産手続そのものに支障が出たりするリスクも見逃せません。また、中途半端な説明や根拠のない噂が先行すれば、社員間に過度な不安や混乱が広がる可能性もあります。
したがって、倒産の告知は、原則として「破産申立ての直前」が望ましいです。
つまり、会社は、倒産に至る事実を秘匿しながら法的整理に向けた準備を進め、従業員への告知は申立てと同時、または直前に行うのが実務的な対応です。
重要な社員には事前の説明が必要
一方で、倒産の手続きには社員の協力が不可欠です。
特に、財務資料の整理や経理処理などを担う幹部社員・経理担当者などの「キーパーソン」には、倒産手続きに先立って早めに事情を説明し、理解を得ておく必要があります。重要な人材への説明を怠り、退職を誘発すると、破産手続きを担う社員すらおらず、準備が滞ってしまいます。
このような事態を避けるため、一定の責任を持つ社員には、全体告知よりも前に個別に説明し、破産手続きへの協力を依頼する必要があります。
なお、事前に説明を受けた社員が秘密を漏らさないよう、情報管理の徹底も重要です。
予告なく解雇を通知するなら、解雇予告手当を払う
社員の解雇は、労働基準法の「解雇予告」のルールを守らなければなりません。具体的には、以下のいずれかの対応が求められます(労働基準法20条)。
- 解雇の30日前までに予告する。
- 30日に不足する日数分の平均賃金を「解雇予告手当」として支払う。
このルールは、倒産の場面でも適用されます。したがって、倒産によって解雇する当日に通知し、即時解雇とする場合は、30日分の解雇予告手当の支払いが必要です。混乱を避けるために、倒産直前まで秘匿せざるを得ないケースも多いので、30日前に解雇予告するのは現実的ではなく、手当を支払って対応するのが一般的です。
解雇予告手当を払わずにした解雇も、直ちに無効となるわけではありません。
裁判例(最高裁昭和35年3月11日判決)は、「予告期間もおかず、予告手当の支払いもしないで、労働者に解雇の通知をした場合は、使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り、通知後30日を経過した時か、または通知後本条の解雇予告手当の支払いをした時のいずれか早いときから効力を生じる」とし、必要な期間の経過後に有効となることを示しました。
「解雇通知書」の解説

倒産を従業員に説明する方法と、注意点
会社が倒産すると、社員は退職を余儀なくされ、将来の収入を失います。そのため、従業員への告知・説明は、タイミングだけでなく、どう伝えるかという「方法」も重要です。十分な説明と質疑応答により、不安を払拭する努力をしてください。
以下では、倒産を円滑に進めるにあたり、社員への説明方法と注意点を解説します。
一斉に説明するのが原則
倒産に関する説明は、可能な限り一斉に行うのが原則です。
社員を一堂に集め、同時に説明することで、情報の行き違いや不公平感、不信感が生まれるのを防ぐことができます。説明にタイムラグがあったり、社員ごとに内容が違ったりすると、社内の混乱を招く要因となります。「勤務先の倒産」という重要な情報は、社員間で共有されるのは避けられず、不正確な噂が広がれば、誤解や不安、混乱を引き起こしてしまいます。
大規模な会社や、複数の事業所が点在する組織では、Web会議などのオンラインツールを活用し、全社員に同時に伝える工夫をするのも効果的です。
どうしても同時に説明するのが難しい場合は、説明の内容をあらかじめ書面で統一し、誰が説明しても同じ内容が伝わるように準備しておきましょう。
従業員の不安を軽減する努力をする
倒産は、従業員にとって生活基盤を揺るがす重大な出来事です。できる限り不安を和らげるためにも、誠実で丁寧な説明が求められます。
中途半端な説明や事実の隠蔽は、かえって従業員の不信感を招きます。会社の破産によって給与や退職金の支払いがどうなるのか、失業後に利用できる公的制度の内容など、従業員が不安に感じやすいポイントは事前に整理し、分かりやすく説明すべきです。
会社の方が、社員よりも法律知識を有しているのが通常なので、その情報の非対称性を踏まえ、従業員に丁寧に情報提供しなければなりません。
説明内容に不安がある場合や、適切な対応に自信が持てない場合には、弁護士のサポートを受けるのがお勧めです。
想定問答を作成してリハーサルする
倒産に関する社員への説明は、非常にデリケートな対応が求められます。
労働者側も感情的になりやすい場面であり、社長や役員の一言が大きな誤解を生み、トラブルに発展することもあります。そのため、アドリブに頼るのではなく、あらかじめ想定問答集を準備し、入念なリハーサルをして臨んでください。
特に、次のような質問は事前に想定しておきましょう。
- 倒産の前後で、いつ社員の地位を失うのか?
- 給与や退職金はどうなるのか?
- 雇用保険の手続きや受給はどう進めるのか?
- 再就職支援はあるのか?
- 社会保険や年金はどうなるのか?
- 倒産の原因は?
- もっと早く説明できなかったのか?
説明する人が話し方を誤ったり、感情的になったりすると、従業員の不信や怒りを招くことになりかねません。よくある質問には回答を準備し、十分な準備をして誠実な態度で臨むことが、従業員との信頼関係を守り、破産手続きを円滑に進める鍵となります。
倒産による退職は「会社都合」として扱われる
倒産時の社員への説明は、生活への不安をできるだけ軽減することが重要です。従業員が特に心配するのが、退職後の生活費や収入の確保です。
そのため、倒産を告知・説明する際は、「失業保険について有利な取り扱いである」という点を必ず伝えるようにしてください。
倒産による退職は、「解雇」に該当します。つまり、労働者本人の意思によらない退職であり、「会社都合退職」として取り扱われるのが原則です。
この場合、雇用保険制度上は「特定受給資格者」とされ、以下のように受給開始日・受給日数の点で、失業保険の給付条件が自己都合退職よりも有利になります。
- 給付開始までの期間
- 会社都合:7日間の待機期間後
- 自己都合:7日間の待機期間+1ヶ月の給付制限
- 給付日数
- 会社都合:90日〜330日(年齢・勤続年数などで変動)
- 自己都合:90日〜150日
このように、倒産による退職は、早期に失業手当を受給でき、支給期間や金額面でも自己都合より有利に扱われるのが大きな特徴です。
倒産の告知にあたっては、ただ「退職になる」と言うだけでは従業員の不安を煽りかねません。説明においては、次の点を明確に伝えてください。
- 今回の退職は会社都合退職であること
- 失業保険がすぐに支給開始となること(給付制限なし)
- 支給期間や金額も、自己都合より手厚くなること
情報を正確に伝えると同時に、従業員がスムーズに失業保険を申請できるよう、従業員がハローワークの手続きを進めるために不可欠となる離職票の交付などを速やかに進めるべきです。
倒産によって解雇される社員の給料の扱い
最後に、倒産に伴う社員の給料・退職金の扱いについて解説します。
倒産する場合、社員の不安は「未払いの給与や退職金がどうなるのか」という点です。実際、倒産する企業は資金繰りに余裕がなく、未払いが生じるケースは少なくありません。しかし、労働者の生活を守るため、労働債権は、他の債権よりも優先して保護されます。
労働債権の届出が必要
法人の破産手続きにおいて、債権者はそれぞれ、自らが有する債権の内容と金額を裁判所に届け出る必要があります(債権届)。
未払いの給与や退職金も「債権」に該当するので、従業員も債権届出書を提出します。期限内に届出を行わない場合、法人の財産から配当を受けられません。そのため、従業員への説明の際も、「未払いの給与等がある人は債権届出が必要である」旨をしっかり伝えてあげることが大切です。
優先的に配当を受けられる
破産手続きにおいて、届け出られた債権は、保護の必要性に応じて分類されます。
未払いの給与や退職金などの労働債権は、「財団債権」と「優先的破産債権」に分類され、一般の破産債権よりも優先的な配当を受けられる仕組みになっています。
財団債権
財団債権は、他の債権に先立って弁済される最優先の債権。労働債権のうち、以下の範囲が財団債権に該当します。
- 破産開始決定前3か月分の未払い給与
- 退職前3か月分の給与に相当する退職金
優先的破産債権
優先的破産債権は、財団債権には該当しないが、有利な扱いを受けられる債権。労働債権のうち、次の部分が優先的破産債権に該当します。
- 破産開始決定前3か月を超える未払い給与
- 退職前3か月分の給与を超える退職金
未払賃金立替払制度による救済
会社に支払い能力がなく、給与や退職金が未払いのまま倒産した場合でも、国による救済制度が利用できます。それが、独立行政法人労働者健康安全機構による「未払賃金立替払制度」です。この制度では、一定の条件を満たす労働者に対し、国が未払い給与などの一部を立て替えます。
主な対象者の要件は、次の通りです。
- 労災保険の適用事業所で、1年以上勤務した労働者
- 倒産前の6か月以内に退職しており、その退職日から2年以内であること
- 破産管財人または労基署長の証明・確認を受けた者
立替払いを受けることのできる金額には上限があります。原則は、未払賃金総額の100分の80に相当する金額ですが、退職日の年齢によって限度額が存在します(実際に支払われる金額は、限度額の100分の80の金額となります)。
| 退職日の年齢 | 未払賃金の総額 | 立替払の限度額 |
|---|---|---|
| 45歳以上 | 370万円 | 296万円 |
| 30歳以上45歳未満 | 220万円 | 176万円 |
| 30歳未満 | 110万円 | 88万円 |
まとめ

今回は、倒産せざるを得ない会社が理解すべき、「従業員への説明のポイント」について解説しました。破産を従業員に告知する際は、そのタイミングについて慎重な判断を要します。
会社の倒産や法人の破産は、経営者も不本意でしょう。公にするのを躊躇する気持ちも理解できます。しかし、説明や告知が不十分だと、社員は重大な不利益を受けます。倒産に伴い、社員は解雇され、給与をはじめとする生活の保障を失うからです。倒産がやむを得ないとしても、十分な説明を行い、少しでも社員の未来に配慮すべきです。
倒産は避けられないとしても、従業員への説明を誠実に行えば、一定の理解を得られます。逆に、情報が不正確だと、「経営者の一方的で無責任な倒産」と受け止められると、破産手続きの円滑な進行にも支障が生じかねません。
倒産の告知は、適切なタイミングで、わかりやすく、誠意をもって行うことが重要です。法人破産の手続きが複雑な場合ほど、スケジュール管理や対応方針について専門家の助言が必要です。不安や疑問がある場合は、早めに弁護士へご相談ください。
- 倒産による混乱を避け、従業員を守るため、事前の告知と説明が必須
- 倒産直前の一斉説明が原則だが、重要な社員に先に説明することもある
- 倒産によって社員は地位を失うが、未払い賃金は立替払制度で保護される
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